• 作成日 : 2025年7月7日

IPO準備における法定監査とは?会社法監査・金融商品取引法監査の基礎を解説

IPOを目指す企業や経営者にとって、「法定監査」は欠かせないプロセスです。本記事では、会社法監査と金融商品取引法監査という2つの法定監査の基本や、IPO準備におけるポイントを解説します。

法定監査とは?押さえておきたい基礎知識

法定監査とは、法律によって実施が義務付けられる外部監査のことです。企業の財務状態や経営成績を示す財務諸表が適正に作成されているかを、公認会計士または監査法人といった第三者がチェックします。日本では主に「会社法監査」と「金融商品取引法監査」の2種類があり、IPOを準備する企業は通常、この両方に対応する必要があります。

会社法監査(会社法による法定監査)

会社法監査は、会社法に基づいて行われる法定監査です。株主や債権者を保護することを目的として、一定規模以上の株式会社に対し財務諸表の監査を義務付けています。対象となるのは、会社法で「大会社」と定義されている最終事業年度の資本金が5億円以上、または負債総額が200億円以上の企業や、監査等委員会設置会社などの特定のガバナンス形態を採用する企業です。これらの企業では、会計監査人として公認会計士または監査法人を選任し、毎期の決算書類(貸借対照表損益計算書株主資本等変動計算書など)の適正性について監査を受けることが法で定められています。

会社法監査で監査されるのは、株主総会に提出・承認される計算書類およびその附属明細書です。大会社の場合、事業年度ごとの個別財務諸表に加えて、該当すれば連結財務諸表も作成し監査を受けます。ただし、会社法上キャッシュフロー計算書は必ずしも計算書類に含まれません(※上場企業など金融商品取引法の適用を受ける場合には作成・開示されます)。会社法監査の結果は監査報告書として取りまとめられ、取締役や監査役(監査等委員)そして株主に報告されます。適正な監査意見を得ることは、企業の信用維持に直結するため、会社法監査は大会社にとって社会的信用を担保する役割を果たしています。

金融商品取引法監査(上場企業に義務付けられる法定監査)

金融商品取引法監査は、金融商品取引法に基づいて行われる法定監査です。投資家保護を目的として、主に上場企業や有価証券を公開募集する企業に対し義務付けられています。上場企業は毎期、財務諸表等(貸借対照表、損益計算書、株主資本等変動計算書、キャッシュフロー計算書および注記など)の監査を受け、その結果を有価証券報告書などの法定開示書類に添付して公表しなければなりません。金融商品取引法監査の対象企業は多くが先述の「大会社」に該当するため、実務上は会社法監査と金融商品取引法監査を同一の監査プロセスで行い、それぞれ法令の要件に沿った監査報告書を作成します。

金融商品取引法監査では、連結財務諸表を含むグループ全体の財務情報が監査対象となる点が特徴です。また、財務諸表の監査に加えて、上場企業では内部統制報告制度(J-SOX法)に基づく内部統制の監査も義務付けられています。これは経営者が財務報告に係る内部統制の有効性を評価し報告する制度で、その評価書に対して監査人が意見を表明します。金融商品取引法監査の結果は、監査意見として有価証券報告書や四半期報告書に掲載され、投資家への重要な情報となります。適正な意見が継続して示されることで、企業は市場からの信頼を得ることができます。

IPO準備における法定監査のスケジュールとプロセス

IPOを目指す企業にとって、法定監査のスケジュールとプロセスを適切に理解し、計画的に対応することは重要です。上場審査では監査済みの財務諸表が前提とされるため、早期に監査体制を整える必要があります。ここでは、IPOに向けた法定監査の時期、実施すべき監査内容、プロセス全体の流れについて段階的に解説します。

N-2期から監査対応を開始する

IPOを予定する企業は、上場申請の2期前(N-2期)から法定監査を導入するのが一般的です。たとえば、2025年に上場申請を行う場合には、2023年3月期および2024年3月期の2期分について監査法人による年度監査を受け、監査報告書を取得しておく必要があります。さらに、申請時点では直近期(N期)の途中経過も問われるため、中間決算や四半期決算に対してもレビュー(四半期レビュー)を受け、その結果を証券取引所に提出することが求められます。

年度監査と四半期レビューを実施する

N-2期およびN-1期の2期分の決算については、会計監査人による監査証明(監査報告書)が必要です。加えて、上場申請期(N期)についても、上場審査では中間または第3四半期のレビュー報告書を求められるため、四半期財務諸表に対する監査法人のレビュー対応が必要となります。これにより、上場企業としてふさわしい財務報告の信頼性を示すことができます。

監査プロセスの全体像を把握する

IPOにおける監査の流れは、事前準備から始まり、監査計画の立案と予備調査、決算期日の監査手続、本決算後の詳細監査、そして監査報告書の作成・提出へと進んでいきます。事前の段階では、監査法人とのすり合わせにより必要な資料や内部体制の整備を行い、年度末には実地の監査対応を受けることになります。

会計基準の見直しと予備的な対応を行う

未上場企業の多くは、税務申告に基づいた会計処理を行っているため、IPOを見据えて財務報告の透明性や正確性を高める必要があります。監査法人と相談し、引当金の設定方法や収益認識の基準などを上場基準に合わせて見直し、予備的な監査(ショートレビュー)を実施する企業も少なくありません。早期から体制を整えておくことで、本番の法定監査にスムーズに対応できるようになります。

法定監査を依頼する監査法人の選定と関係構築

IPOを見据えた法定監査を進めるには、監査法人(または公認会計士)の選定は重要と言えます。

監査法人の選定ポイント

監査法人ごとに監査費用や得意分野、対応の柔軟性などが異なるため、自社の規模や業種、IPOまでのスケジュールに適した監査人を選ぶ必要があります。上場にあたっては、直前期までの財務諸表が「日本公認会計士協会の定める上場会社監査人登録制度」に登録された監査法人によって監査されていることが条件となります。そのため、IPO準備段階では上場会社の監査実績がある監査法人をパートナーに選ぶことが実質的な必須条件となります。

監査法人との協力体制

監査法人を選任したあとは、適切な関係構築が大切です。監査人は独立した第三者として企業の財務をチェックしますが、企業側も監査を円滑に進めるために協力体制を整えます。監査スケジュールに沿って必要な財務資料やエビデンスを適時に提供し、疑問点には丁寧に説明するなどの対応が求められます。健全なコミュニケーションにより、監査人から指摘された改善点を速やかに業務に反映させることができれば、財務報告の信頼性が高まりIPO審査への備えとしても有益です。また、近年は新規上場を目指す企業が増え、品質の高い監査サービスへの需要も高まっています。経験豊富な監査法人ほど依頼が集中する傾向があるため、早めに相談・契約しておくことが望ましいでしょう。

監査報告書の内容とIPO審査における評価

IPO準備において、法定監査の結果として得られる監査報告書は、証券取引所による上場審査で重視される資料のひとつです。

監査報告書に記載される監査意見の内容は、企業の財務の信頼性を示す重要な要素であり、IPOの成否に直結する場合もあります。ここでは監査報告書の構成と評価の視点を解説します。

監査意見

監査報告書には、公認会計士または監査法人が財務諸表を監査した結果として表明した監査意見が記載されます。意見の種類は主に4つあり、「無限定適性意見」「限定付適正意見」「不適正意見」「意見不表明」に分類されます。上場審査で望ましいのは「無限定適正意見」であり、財務諸表が会計基準に則って適切に作成されていることを意味します。反対に「不適正意見」や「意見不表明」は、信頼性の欠如を示すものと解され、IPOのハードルを大きく上げる結果となります。

不適正意見・限定意見

上場審査では、直近の監査報告書に「不適正意見」や「意見不表明」がある場合、原則として上場承認を受けることはできません。これは、審査機関が企業の財務情報の適正性を強く重視しているためです。また、「限定付適正意見」の場合でも、その理由や影響の程度によっては、上場審査担当者から詳細な説明や是正措置の提示を求められることがあります。そのため、継続的に適正意見を取得する体制の構築が、IPO準備企業にとっては非常に重要となります。

監査上の主要な検討事項(KAM)

上場企業の監査報告書では、近年「監査上の主要な検討事項(Key Audit Matters, KAM)」の記載が導入されました。これは監査人が特に注目した領域や判断が難しかった事項について、投資家向けに開示するものです。IPO準備段階ではKAMの記載義務はありませんが、将来的には上場企業として自社がどう評価されうるのか、事前にその観点を理解しておくことで、上場後の開示体制や監査対応に役立ちます。監査人がどの項目に注意を払うかを意識することは、財務報告全体の質を高めることにもつながります。

適正意見の継続取得が信頼構築の鍵

IPO審査では、過去数年間にわたって監査報告書で適正意見が取得されていることが求められる傾向にあります。これにより、企業の財務報告体制が長期にわたり安定して機能していると評価され、投資家や証券取引所からの信頼を得やすくなります。IPO準備段階では、会計処理や開示の適正性を日常的に見直し、監査人との連携を通じて適正意見を継続的に確保する体制を築くことが求められます。

法定監査をめぐる最新動向【2025】

法定監査を取り巻く制度や監査基準は、時代の要請や投資家ニーズに応じて継続的に見直されています。2025年現在においても、監査の透明性や独立性を高めるための改革が進められており、企業にとって監査対応の質がより一層問われる状況にあります。以下では、直近の動向とIPO企業が押さえておくべき視点を解説します。

監査基準と開示制度が強化されている

ここ数年、監査報告書の開示内容が拡充され、投資家にとっての可視性が大きく向上しました。代表例が「監査上の主要な検討事項(KAM)」の導入です。2021年以降、上場企業の監査報告書には、監査人が特に注目した重要事項が記載されるようになり、投資家が企業の財務リスクをより具体的に把握できるようになりました。KAMは監査の透明性を高めると同時に、企業側にも高い説明責任が求められる内容となっています。

監査人の独立性を担保する規制が進んでいる

日本公認会計士協会は、監査の独立性を強化するため、被監査会社から受ける報酬構成や非監査サービスの範囲について規制を強化しています。たとえば、監査法人が同一企業に提供できる助言サービスの内容や回数には制限がかかるようになり、利益相反リスクの低減が図られています。これにより、監査が形式的ではなく実質的にも中立性を持ち、投資家の信頼を損なわない仕組みが整備されています。

IPO審査で内部統制や開示体制への評価が強まっている

近年のIPO審査では、単に法定監査の適正意見が得られているだけでなく、その背景にある内部統制や情報開示体制が審査対象となる傾向が強まっています。これは、過去の不正会計や会計ミスといった企業不祥事を教訓とした動きであり、証券取引所や金融庁が上場企業の信頼性をより厳格にチェックしていることの表れです。IPOを目指す企業にとっては、法定監査とともに内部統制の整備を戦略的に捉え、同時並行で体制を強化していく姿勢が求められます。

IPO準備では制度変化に迅速に対応する体制を整える

制度改正や監査基準の見直しは、企業にとって対応負担にもなり得ますが、一方で経営の質や企業価値を高める好機でもあります。IPO準備段階から、監査法人と連携しながら制度の変化に対応できる社内体制を整備することで、審査基準への対応力や投資家からの信頼度も向上します。常に変化する監査環境を的確に捉え、柔軟かつ迅速に対応する姿勢が、上場準備を成功に導きます。

IPOと法定監査の関係を正しく理解し万全の準備を

IPOを成功させるには、法定監査への対応を適切に行い、財務面の信頼性を高めておくことが不可欠です。会社法監査と金融商品取引法監査の違いや要件を正しく理解し、計画的に監査を実施することで、上場審査をスムーズに乗り越える土台が築けます。また、経験豊富な監査法人の協力のもとで財務報告体制を整備し、監査報告書で適正意見を継続的に得られれば、投資家や取引先からの信用力も向上するでしょう。法定監査は単なる上場の条件ではなく、企業の健全性を示す指標でもあります。十分な準備と正確な情報開示により、信頼される企業としてIPOの舞台に臨んでください。


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