- 作成日 : 2024年12月17日
IPO準備企業の税務とは?留意事項や押さえておくべき財務会計との違いを解説
資本主義社会において、上場企業は「社会の公器」としての役割を果たすといわれています。その上場企業になるための、IPO審査では、財務会計に基づいた決算書の作成が求められます。ただしその際は、IPO準備企業に特有の税務問題に留意しなければなりません。
そこで本記事では、IPO準備企業における税務について解説していきます。
目次
税務会計とは
税務会計は税額を決定するための会計手法で、法人税法などの規定に基づいて行われます。主に、国や地方自治体が課す税金の算定に使用されます。
IPOを目指す前の段階では、多くの企業が税務会計に基づいて決算書を作成します。しかし、IPOを目指す際には、投資家の保護を目的とした財務会計(企業会計)に基づいて決算書を作成する必要があります。
IPO準備企業の資本政策における税務上の留意事項
IPO準備企業にとって、資本政策は非常に重要な問題です。株式の移動や増資、または関係会社間の持ち合い関係の見直しなど、さまざまな施策を検討しなければなりません。
施策を実施する時期や株式の移動先、引受人の属性などによって税務上の取り扱いが異なりますので、この章で詳しく解説します。
株式の移動
株式の移動には、売買による移動と贈与による移動があります。例えば、既存の株主である退職者や旧経営者からオーナーグループが株式を買い取る場合や、上場前にオーナーからオーナー一族への贈与によって株式を移動させる場合には、低額譲渡(市場価格よりも著しく低い価格で財産を譲り受けた場合、その差額が贈与とみなされること)などの課税問題を避けるために適正な株価(時価)で移動することが求められます。
第三者割当増資
第三者割当増資(特定の第三者に対して新たに株式を発行し、有償で資金を調達する「新株発行増資」の一形態)で特定の者に株式を割り当てる場合、既存株主の利益保護のため、適正な価格で割り当てを行わないと株主間に不平等が生じ、有利発行(株式や社債を市場価格よりも低い価格で発行すると、発行を受けた者がその差額分の利益を得たとみなされること)などの課税問題が発生する可能性があります。
株主割当増資
株主割当増資(既存株主それぞれの持株比率に応じた株式の割当)を行う場合、発行価格が株主にとって有利な価格であっても、株主間の価値の移転がないため、原則として割当を受けた株主に対する有利発行などの課税問題は発生しません。
しかし、同族会社の特定の株主が、意図的に株式の全部または一部を放棄し、親族など特別な関係のある者に持分を移転する場合、その移転は贈与とみなされます。この場合、親族などが株式を取得したものとして扱われるため、通常課税が発生します。
関係会社の整備
人的・資本的関係がある企業が存在する場合には、投資者保護や役員の公私混同の防止、適切な情報開示の観点から、財務状況や取引関係などが厳格に審査されます。
そのため、関連するグループ企業を再編する際には、一般的に資産移転を行った法人で資産の譲渡損益が計上され、株主に対してはみなし配当や譲渡損益に関する問題が発生します。ただし、特定の税制適格条件を満たす場合には、これらの課税が繰り延べられることが認められています。
以下ではグループ企業を再編する手法別に実施した時点の課税についてもう少し説明します。
- 株式交換・株式移転
株式交換とは、子会社の株主が所有する株式を親会社に譲渡し、その見返りとして親会社の株式を受け取る手続きです。一方で株式移転は、既存の株主がその株式を拠出し、新たに設立される完全親会社の株式を受け取るプロセスを指します。株式交換や株式移転は通常「株式の譲渡」とみなされ、実施時点で含み損益が実現したものとして課税されます。ただし、一定の条件を満たす場合には、交換・移転時点では課税されず、取得した株式を売却するまで繰り延べられます。 - 合併・会社分割
企業グループ内で合併や会社分割が行われる場合、資産の移転は、通常時価での移転と見なされ、譲渡損益に対する税金が発生します。ただし、税制適格要件を満たす合併や分割の場合、資産は帳簿価格で引き継がれ、譲渡損益の課税は繰り延べられます。
IPOにおける資本政策について詳細を知りたい方は以下記事もご参照ください。
ストックオプションに関する税務
ストックオプションとは、自社の株式をあらかじめ決められた価格で購入する権利のことを指します。
IPOを目指す企業は資金が限られていることが多いため、大規模な企業と比較して、調達した資金を事業投資に回さなければならず、人件費に資金を割くことが難しい場合があります。
そのため、IPO準備中の企業はストックオプション制度を導入し、報酬の一環としてストックオプションを付与することで、優秀な人材を引き寄せる手段として利用されることが多いです。
ストックオプションはIPO準備企業の人事政策などにおいて特に重要であるため、税務面についても知っておきましょう。
ストックオプションの種類による税務の違い
ストックオプションには、税制非適格ストックオプションと税制適格ストックオプションがあります。
- 税制非適格ストックオプション:権利行使時に給与所得が課され、さらに売却時には譲渡所得に対して課税される
- 税制適格ストックオプション:権利行使時には課税されず、売却時にのみ譲渡所得に対して課税されるため、課税回数が少ない
従業員にストックオプションを付与する際は、税制適格ストックオプションが選ばれる傾向があります。税制適格ストックオプションについては、以下の記事をご参照ください。
IPO準備企業が押さえるべき税務会計と財務会計の違い
本章では、まず財務会計の概要を説明し、さらにIPO準備企業が押さえるべき税務会計と財務会計の違いのうち、特に問題になることが多い減損と資産除去債務について説明します。
財務会計とは
財務会計とは、企業が投資家などの利害関係者に対して会社の財務状況を示すための会計を指します。上場企業に求められる財務会計は投資家の保護を前提としており、不測の費用や損失などのリスクを早期に織り込むという考え方が基本となっています。
なお、IPO準備企業に求められる財務会計については以下の記事で詳しく解説しているので、ご参照ください。
減損
減損は固定資産の価値が大幅に低下した場合に、その帳簿価額を見直して適正な価額に修正するための会計処理のことです。
減損を適用する際は、まず対象となる資産を特定します。その際、固定資産を個別に見るのではなく、「独立したキャッシュ・フローを生成する最小単位」としてグループ化し、その単位を対象とします。
次に、減損の兆候があるかを判断します。減損の兆候があると認められた場合、減損損失を計上するかどうかを判断します。その結果、将来キャッシュ・フローの合計額が簿価よりも小さい場合は、減損損失の金額を見積もります。
これを減損損失の測定と呼び、簿価から割引した後の将来キャッシュ・フロー総額を引いた額が減損損失となります。
資産除去債務
資産除去債務とは有形固定資産の取得、建設、開発、または通常の使用に伴い生じる、当該有形固定資産の除去に関する法的な義務やそれに準じるものを指します。法令や契約に基づく資産除去債務には、以下のような例があります。
- 不動産の賃貸借契約における原状回復義務
- 定期借地権契約終了時の建物などの除去義務
- 建物に含まれるアスベストの除去義務
多くの企業は、建物の賃貸などにより資産除去債務を計上することになります。
まとめ
上場準備中の企業にとって、IPOは社会的に影響力のある上場企業へと変わる重要なプロセスです。その過程では、従来の税務会計から財務会計への移行や、IPOに向けた資本政策の策定など、IPO特有の課題が数多く発生します。
これらの課題は、企業や経営者、従業員に対して大きな影響を及ぼす可能性が高いため、慎重な対応が求められます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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