- 作成日 : 2025年7月7日
架空売上とは?手口やIPO審査との関係、防止策を解説
架空売上は、実在しない取引を帳簿上で売上として計上する会計不正の一つであり、企業の信頼と経営を根本から揺るがす重大な問題です。近年では、IPO準備中や上場企業においてもこの不正が発覚し、上場廃止や倒産、経営者の責任追及に発展した事例が相次いでいます。
この記事では、架空売上をテーマに、手口や発生の背景、企業にもたらす影響、防止策や不正を防ぐ体制の構築までを解説します。
架空売上とは
架空売上とは、実際には存在しない取引を帳簿上で計上し、企業の業績を実態より良く見せる会計不正の一種です。売上の虚偽計上や水増しとも呼ばれ、典型的な粉飾決算の手口とされています。短期的には業績を好調に見せかけられますが、実態を伴わないため後に大きな問題を引き起こします。これは明確な違法行為であり、発覚すれば民事・刑事の責任や行政処分の対象となります。架空売上は過去にも多くの企業で発生しており、費用の先送りや在庫水増し以上に頻繁に用いられる不正手段です。上場企業でも発覚例があり、業種や規模にかかわらず起こり得る問題です。信用失墜や経営破綻に至る可能性もある極めて危険な行為です。
架空売上が行われる背景・動機
企業が架空売上という重大な会計不正に手を染める背景には、単なる経理上の操作では済まされない複雑な要因が絡んでいます。ここでは、企業が架空売上を行うに至る背景やその根本的な動機を3つの観点から整理します。
業績へのプレッシャー
企業が架空売上を計上する大きな要因の一つは、「業績悪化を隠したい」「成長の鈍化を外部に知られたくない」という経営上のプレッシャーです。赤字や減収をそのまま開示すれば、金融機関や投資家からの信用が低下し、資金調達や事業提携に影響が及ぶ懸念があります。IPOを目指す企業や成長中の企業では、計画の未達や減益を表に出すことが許されにくく、架空売上によって業績を一時的に見栄え良くする誘惑に駆られることがあります。
実際に「業績の下方修正を避けたい」「外部から成長が止まったと見なされることを恐れている」といった理由で、売上の水増しに至るケースが存在します。こうした圧力は、財務報告に対する経営者の正しい判断力を損なう原因となります。
報酬制度と評価制度
経営者の報酬や評価が業績目標の達成に直結している場合、不正のリスクは高まります。目標達成が昇格や報酬の上乗せと強く結びついていると、「目標を達成すること」自体が自己目的化し、手段を問わず数字を作る発想になりやすくなります。
このような状況下では、数字の帳尻を合わせるために架空売上が用いられることがあります。さらに「多少のごまかしは当たり前」といった風土が組織に蔓延していれば、不正のハードルは一層下がります。こうした不健全な組織文化の中では、社員も違和感を抱かずに不正に加担してしまう傾向があります。
内部統制・監査体制の弱さ
不正が発覚しにくい環境が存在していることも、架空売上が横行する土壌となります。経営陣が強い権限を持ち、内部監査部門が機能していない場合、社内で不正を食い止める抑止力が働きません。内部統制が形だけにとどまっていたり、監査役や監査部門が経営トップに意見できないような状況では、不正の温床となります。
ある上場準備中の企業では、社長の直轄下にわずかな人数の内部監査体制しかなく、上場前から組織ぐるみで架空売上が行われていた事例があります。業績プレッシャーと内部統制の脆弱性が同時に存在することが、架空売上が発生する典型的な構図と言えます。
架空売上の典型的な手口
架空売上の手口は年々巧妙化しており、見た目だけでは発覚しにくくなっています。架空売上に用いられる代表的な手法について解説します。
架空の取引先や子会社を使った売上計上
最も基本的な手口の一つが、存在しない顧客や子会社を利用して売上を捏造する方法です。例えば、実在しない架空の顧客名義で受注があったように装い、請求書を発行して売上を計上します。また、実在していても取引実態のない子会社や関連会社に架空の発注をさせて、グループ内で売上を立てるといった事例もあります。
このような取引では当然ながら代金の支払いは行われず、売掛金が発生しても回収されません。そのため帳簿上の売掛金が不自然に膨らみ、長期間未回収の債権として残ることになります。場合によっては、実在の顧客を装って偽造した注文書や契約書を用い、取引があったように見せかける例も報告されています。
複数企業による循環取引の活用
もう一つ代表的なのが、「循環取引」と呼ばれる手口です。これは複数の企業が協力し、実際にはモノやサービスのやり取りを行わないにもかかわらず、形式上の売買を繰り返して売上を嵩上げする不正です。たとえばA社がB社に商品を売ったように装い、B社はC社に、C社は再びA社にというように、取引をぐるぐると回します。
こうした取引では、資金も最終的には元に戻るため、実質的には売買がなかったのと同じですが、各社の帳簿上には売上高と仕入高がそれぞれ計上されます。とくに企業グループ内や関連会社同士ではこのような循環取引が起こりやすく、グループ全体の業績を不正にかさ上げする手段として用いられることがあります。
循環取引によって数十億円規模の利益水増しを行った企業が複数の証券取引所から監理銘柄に指定され、後に上場廃止となったケースも存在します。
資金の流れの偽装
より巧妙な事例では、架空売上によって発生した売掛金が実際に回収されたように見せかけるため、資金の流れまで偽装する手口が用いられます。通常、売上に対する代金が未回収であれば不正が疑われますが、この対策として、実際には存在しない取引先からの入金を装って資金を戻すことがあります。
循環取引の資金ルートを利用し、売掛金が回収されたように見せかける手口が知られています。しかし、さらに大胆な方法として、企業の経営者や関係者が自らの私財を使って銀行に入金し、あたかも売上代金が支払われたかのように見せかける手法も実在します。
架空売上が企業にもたらす影響
架空売上のような会計不正が発覚した場合、企業には甚大な悪影響が及びます。架空売上が露見した際に企業が被る主な影響について解説します。
社会的信用の失墜と資金調達への悪影響
架空売上が発覚すると、企業は一瞬にして社会的信用を失います。顧客や取引先、金融機関、投資家からの信頼は大きく損なわれ、これまで築いてきたブランド価値も失墜します。上場企業であれば株価が急落し、経営の安定性も揺らぎます。
不正によって生じる信用不安は、銀行からの融資打ち切りや、新規の資金調達困難といった形で経営に直結します。信用は企業経営の基盤であり、一度失えば回復は容易ではありません。
法的責任と制裁による経営へのダメージ
架空売上は金融商品取引法違反などの犯罪行為に該当するため、企業および関与した経営陣には法的な制裁が科されます。金融庁による課徴金の納付命令、証券取引所による上場廃止、特設注意市場銘柄への指定など、公的機関からの厳しい対応がなされます。
過去の不正会計事件では、73億円を超える課徴金が科されたほか、上場区分の見直しや信頼失墜による長期的な影響が生じました。また、投資家や債権者による民事訴訟、経営陣への株主代表訴訟が起きることもあり、経営トップ個人が刑事責任を問われることもあります。経営者が有罪判決を受ければ、企業の再生は著しく困難になります。
組織内部と経営の混乱
不正の発覚は社内にも波紋を広げます。経営陣の辞任や解任によって組織の統制が乱れ、従業員の士気は大きく低下します。優秀な人材の流出、新規採用の困難化、取引先の契約打ち切りなど、企業活動全般に影響が出る可能性があります。
さらに、再発防止策の構築や社内体制の見直しに多大なコストと労力を要し、経営資源が本業以外に割かれる状況となります。社会的非難の目にさらされながら再出発を図るのは極めて困難であり、最悪の場合、企業の存続そのものが危機に瀕することもあります。
架空売上とIPO審査の関係
IPO(新規株式公開)を目指す企業にとって、架空売上は重大なリスクとなります。架空売上がIPO審査に与える影響と、過去の事例から見える審査体制の現状について解説します。
架空売上がIPO審査に与える影響
上場審査では、証券会社や証券取引所が企業の財務諸表とその裏付けを詳細に精査します。架空売上を含む粉飾決算は、その信頼性を大きく損ねる要因です。利益や売上高の水増しは、企業の実態を正しく表さないため、上場承認に至らないのが通常です。
過去には架空売上の疑いが上場審査中に持ち上がり、上場申請が取り下げられた例もあります。また、上場審査時の粉飾を見抜けず、上場後に不正が発覚し、上場廃止・投資家の損失という最悪の結末を招いた事例もありました。この教訓は現在の審査体制の強化にも影響を与えています。
審査の厳格化と調査手続き
現在では、IPO審査において以前よりも一層慎重かつ詳細な財務調査が実施されています。主幹事証券は、監査法人の監査報告だけに依存せず、自らも売掛金や在庫といった不正が起きやすい項目について実地確認や残高証明の取得を行い、数字の裏付けを独自に検証します。
さらに、売上の急増や特定の取引先に偏った売上構成についても詳細にヒアリングが行われ、不自然な傾向がないかを厳しくチェックします。証券取引所においても、企業のガバナンスや内部統制体制を総合的に評価するため、単なる数字の整合性ではなく組織の体質そのものが審査の対象となります。
IPOを目指す企業がとるべき姿勢とは
IPOを目指す経営者にとって重要なのは、「不正により短期的に審査を通過しても、いずれ発覚すれば取り返しがつかない」という認識を持つことです。仮に架空売上によって一時的に上場に成功したとしても、上場後の監査や開示義務を通じて不正が明るみに出れば、上場廃止や経営陣の責任追及は避けられません。
現在の審査では、財務諸表の正確性だけでなく、内部統制やコンプライアンス体制も審査対象となっています。企業が不正リスクの高い体質を持っていると判断されれば、上場の可否以前に信頼を失うことにもつながります。
IPOと架空売上は本質的に相容れない関係です。上場を目指すのであれば、虚偽ではなく実績と透明性で信頼を得る姿勢が何よりも求められます。
架空売上の防止策
架空売上のような会計不正を未然に防ぐためには、ルールを定めるだけでなく、企業全体で不正を許さない仕組みと文化を育てることが不可欠です。不正防止体制の具体策を紹介します。
内部統制システムの整備と監視強化
企業が架空売上を防ぐには、まず不正が起こりにくい業務フローを構築することが基本となります。たとえば、売上の計上に関しては複数の担当者が関与し、一人で取引から記帳まで完結させない体制が効果的です。入金確認や売掛金の管理は、別部署が関与してチェックすることで、架空の債権が放置されるリスクを軽減できます。
システム面でも、ERP(基幹システム)などに異常取引を自動検知する設定を追加し、月末や期末に集中する不自然な売上計上に警告を出す機能を備えることが有効です。また、内部監査部門の独立性を確保し、社長直轄ではなく取締役会や監査役会などから監督される体制とすることで、監査の実効性を高めることができます。
さらに、第三者による不定期のフォレンジック監査を活用する、売掛金回収期間などの財務指標を定期的に分析し異常値を早期に察知するといった仕組みも、不正発見に貢献します。決算書の数値に表れるわずかな違和感を見逃さない姿勢が、不正の芽を早期に摘む鍵となります。
フォレンジック監査とは、不正行為を検出・立証するために、会計・財務記録やその他のデジタルデータを科学的・体系的に調査し、その結果を法廷で通用する形で報告することです。フォレンジック監査は、企業が不正による損害を最小限に抑えたり、再発防止策を講じたりする上で不可欠なプロセスとなります。
経営者の姿勢と企業文化の醸成
不正防止の中核となるのが、経営トップの姿勢です。「会計不正は絶対に容認しない」というメッセージを経営陣自らが明確に示し、倫理的判断を最優先とする文化を育てる必要があります。業績目標の達成を追い求めるのではなく、どのように目標を達成するかというプロセスの健全性が重要視されるべきです。
そのためには、社員へのコンプライアンス教育の徹底が欠かせません。新入社員や管理職向けの研修では、会計不正の具体例やリスクを紹介し、不正が発覚した際の影響を理解させることで、「自分には関係ない」といった他人事意識を払拭します。
また、現場に「不正は通報される」という健全な緊張感をもたらすためにも、上司や同僚の指示であっても「おかしい」と思えば声を上げる文化づくりが求められます。経営陣は率先して透明性を重視した行動を取り、社員が安心して働ける環境を整えることが、結果として不正防止に繋がります。
監査・通報制度の活用と不正防止体制の構築
不正を早期に発見する仕組みとして、監査と内部通報制度の整備も不可欠です。まず、社外監査役や会計監査人と適切に連携し、企業の財務実態を客観的に点検する体制を整備することが前提となります。経営者は監査人に対して隠し事をせず、重要な取引内容は積極的に開示する姿勢が必要です。
また、内部通報制度(ホットライン)を機能させることも重要です。多くの会計不正は、内部からの告発によって明るみに出ています。通報者の匿名性や保護が制度上確保されていなければ、制度は形骸化し、通報は期待できません。そのため、報復禁止の方針を明文化し、全社員に周知することが基本です。
あわせて、不正リスクの外部評価も有効です。公認会計士や専門の第三者によるリスクアセスメント、上場準備段階における模擬審査などを定期的に受けることで、自社の弱点を可視化し、早期の是正につなげることができます。
架空売上を防ぎ、信頼される企業経営を実現するために
不正が発覚した企業は信用を失い、経営に甚大な悪影響を被ります。IPOを目指す企業にとって架空売上は致命的なリスクであり、上場審査においても排除すべき要素です。こうした不正を防止するには、内部統制の強化、健全な企業文化の醸成、監査・通報制度の活用など多面的な対策が必要です。不正防止体制を構築し、透明性の高い経営を実践することで、企業は長期的な信頼と持続的成長を勝ち取ることができるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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