- 作成日 : 2025年7月7日
ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)とは?わかりやすく解説
ISO30414は、人的資本に関する情報開示のガイドラインとして、2018年に発行された国際規格です。企業が自社の人的資本に関する情報を、社内外の利害関係者に対して、透明性をもって比較可能な形で開示するための指針を示すもので、特定のシステムに対する認証制度ではありません。
この記事では、ISO30414がなぜ重要視されるのか、具体的な内容、導入メリット、そして活用に向けたステップなどを、専門家の視点からわかりやすく解説していきます。
目次
ISO30414(人的資本に関する情報開示のガイドライン)とは
ISO30414は、人的資本に関する情報開示において、以下の点を促進することを目的としています。
- 標準化
報告指標や定義に関する共通言語を提供し、一貫性のある情報開示を支援する。 - 透明性
ステークホルダーに対して、人的資本に関する透明性の高い情報を提供する。 - 比較可能性
組織間や経年での比較を可能にし、客観的な評価を助ける。 - 意思決定支援
経営層がデータに基づいた人的資本戦略を策定するための情報基盤を提供する。
ISO30414の対象
ISO30414は、大企業から中小企業、営利・非営利を問わず、あらゆる種類の組織が活用できるガイドラインです。内部管理や組織改善のためだけでなく、統合報告書やサステナビリティレポート等での外部開示にも利用できます。
ISO30414の取得方法
ISO30414は、ISO9001のような認証規格とは異なり、情報開示のためのガイドライン(指針)です。したがって、第三者機関による審査・認証を受けて取得するものではありません。企業がこのガイドラインを参考にし、自主的に人的資本に関する情報を収集・分析・開示していくための手引きとなります。
ISO30414の義務化について
ISO30414自体は任意のガイドラインであり、この規格そのものの導入や準拠が法的に義務付けられているわけではありません。
しかし、注意が必要なのは、関連する法制度や規則の動向です。例えば、日本においては、2023年3月期決算以降の有価証券報告書で「サステナビリティに関する企業の取組みの開示」が義務化され、その中で人的資本や多様性に関する情報(人材育成方針、社内環境整備方針、関連指標など)の記載が求められています。このような法的な開示義務に対応する際に、どのような情報をどのように開示するかの具体的な参照枠として、ISO30414が有効活用されるケースが増えています。
つまり、ISO30414自体は任意ですが、社会的な要請や法制度の流れの中で、その重要性は増していると言えます。
ISO30414の主要な項目一覧
ISO30414は、人的資本に関する情報開示のための11の主要領域と、それに対応する合計58の指標(メトリクス)を例示しています。これら全てを開示する必要はなく、組織は自社の状況や戦略、ステークホルダーの関心に応じて、重要性の高い指標を選択します。
11の主要領域
- コンプライアンス及び倫理
労働関連法規や社内規定の遵守状況、倫理研修の実施、内部通報制度の運用など、法令遵守や倫理的な行動に関する取り組み状況。 - コスト
総人件費、採用コスト、研修投資額、福利厚生費など、労働力に関連する総費用や投資効率。 - ダイバーシティ
性別、年齢、障がい、国籍、人種、価値観など、従業員の多様性の構成状況と、インクルーシブな(誰もが受け入れられ活躍できる)環境整備の状況。 - リーダーシップ
管理職や経営層のリーダーシップに対する従業員の信頼度、リーダーシップ研修の実施状況、次世代リーダー候補の層の厚さなど。 - 組織文化
従業員エンゲージメント(仕事への熱意や組織への愛着)、従業員満足度、組織の価値観の浸透度など、組織全体の風土や雰囲気。 - 組織の健康、安全及びウェルビーイング
労働災害の発生状況、メンタルヘルスケアの提供、長時間労働の是正、休暇取得状況など、従業員の心身の健康と安全な労働環境、働きがいに関する状況。 - 生産性
従業員一人当たりの売上高や利益、付加価値額など、人的資本が事業活動を通じて生み出す成果や効率性。 - 採用、異動、離職
採用充足率や充足期間、社内公募による異動者数、離職率(全体・理由別)、従業員の定着状況など、人材の獲得・配置・流出に関する動向。 - スキル及び能力
従業員が持つ資格や専門スキル、研修時間や内容、能力開発への投資額、リスキリング(学び直し)の取り組みなど、従業員の能力レベルと育成状況。 - 後継者育成計画
重要な経営ポジションや専門職に対する後継者候補の特定・育成状況、サクセッションプランの有無や実効性。 - 労働力の利用可能性
総従業員数、正規・非正規雇用の比率、職種別・地域別人員構成、人員計画との差異など、労働力の量や構成に関する基本的な状況。
ISO30414を活用するメリット
人的資本開示の重要性が高まる中で、ISO30414という国際的なガイドラインを活用することは、企業に多くの具体的なメリットをもたらします。これらのメリットは、社内の戦略・運営の高度化と、社外ステークホルダーとの関係強化という二つの側面に大別できます。
経営戦略と組織運営の高度化
ISO30414が提供するフレームワークに基づき、人的資本データを収集・分析することで、勘や経験に頼るのではなく、客観的な根拠に基づいた人事戦略の策定や効果測定が可能になります。これにより、経営判断の質が向上します。
また、離職率の傾向やスキルギャップといった潜在的なリスクを早期に特定し、適切な対策を講じるリスクマネジメントの強化にも繋がります。さらに、標準化された指標を用いることで、自社の状況を客観的に評価し、他社比較(ベンチマーキング)や継続的な改善活動を効果的に進めるための基盤ができます。
ステークホルダーとの関係強化と企業価値向上
投資家や金融機関をはじめとするステークホルダーは、企業の持続可能性を評価する上で人的資本情報を重視しています。
ISO30414に沿った情報開示は、これらのステークホルダーに対する説明責任を果たし、透明性の高いコミュニケーションを通じて企業への信頼を醸成します。
これはESG評価の向上にも寄与し、ひいては資金調達や企業価値全体に好影響を与える可能性があります。同時に、従業員の成長機会や働きがいに関する取り組みをISO30414が示す指標を通じて客観的なデータで示すことは、優秀な人材を引きつけ、定着率を高めるエンプロイヤー・ブランディングの強化に直結します。
ISO30414の導入に向けたステップ
ISO30414は「取得」するものではありませんが、ガイドラインとして有効活用するためには、計画的なアプローチが推奨されます。組織の状況に応じて段階的に進めることが可能です。
目的の明確化と指標選定
ISO30414の活用は、まず経営層が人的資本情報開示の重要性を理解し、その活用に向けた意思決定(コミットメント)を行うことから始まります。関係部署との連携体制を整え、全社的な取り組みとして位置づけることが重要です。次に、自社で現在管理・収集している人事関連データを確認し、現状を分析します。その上で、自社の経営戦略、事業特性、ステークホルダーが何を重視しているかを考慮し、ISO30414が例示する指標の中から、開示目的達成のために重要度が高い指標(マテリアリティの高い指標)を選定します。
データ収集・管理体制の構築
選定した指標について、データの定義や計算方法を明確化し、それらを正確かつ継続的に収集・管理できるプロセスやシステムを整備することが不可欠です。既存の人事システムや勤怠管理システムなどを最大限活用し、必要に応じて新たな仕組みの導入も検討します。ここで最も重要なのは、データの信頼性と一貫性を確保することです。
分析・報告と継続的改善
収集したデータは、単に集めるだけでなく、分析して傾向や課題を把握し、経営戦略や人事施策の改善といった社内の意思決定に活用することが重要です。同時に、統合報告書、サステナビリティレポート、自社ウェブサイトなどを通じて、社外のステークホルダーに対しても分かりやすく報告(情報開示)します。その際は、数値だけでなく、背景にある取り組みや今後の計画も併せて説明することが効果的です。そして、一度体制を構築したら終わりではなく、開示内容やプロセスを定期的に見直し、ステークホルダーからのフィードバックも参考にしながら継続的に改善していく姿勢が求められます。
ISO30414と関連する動向
ISO30414は、単独のガイドラインとして存在するだけでなく、現代の企業経営における重要な潮流と深く関連しています。
ESG経営における「S」の可視化
ISO30414は、ESG(環境・社会・ガバナンス)と深く結びついています。特にESGの「S」(社会)において中核となる、労働慣行、人権尊重、ダイバーシティ&インクルージョン、従業員の健康と安全、人材育成といった要素について、その取り組みや成果を具体的かつ定量的に示し、外部に説明するための強力な枠組みをISO30414は提供します。これにより、企業の社会的側面に関する情報開示の質を高め、ESG評価の向上に貢献することが期待されます。
他の開示基準との連携とグローバルな要請
GRIスタンダードやIFRS財団傘下のISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が開発するサステナビリティ開示基準など、他の主要な非財務情報開示基準においても人的資本は重要項目として扱われています。ISO30414は、これらの基準が求める人的資本情報の具体的な測定・報告方法に関する詳細なガイダンスを提供し、相互に補完する役割を果たします。また、世界各国で非財務情報開示の義務化や要請が強化される流れの中、国際的に認知されたガイドラインであるISO30414を参照することは、これらのグローバルな要請に対応する上でも有効です。
ISO30414の導入における課題
ISO30414の活用は多くのメリットをもたらしますが、実践にあたってはいくつかの課題や留意すべき点が存在します。これらを事前に認識しておくことが、スムーズな導入と効果的な活用につながります。
データに関する課題
ISO30414の活用を進める上で、まず直面しやすいのがデータに関する課題です。必要なデータが社内に散在していたり、そもそも収集されていなかったりする場合があります。また、データの精度が低い、あるいは部署ごとに指標の定義が異なっていると、正確な分析や比較が困難になります。そのため、データ収集基盤の整備、データ品質の確保、そして社内での指標定義の統一が重要な課題となります。
運用体制とリソースに関する課題
データ収集、分析、報告体制を構築し、それを継続的に運用していくためには、相応の人的・時間的リソースが必要となります。特にリソースに限りのある中小企業にとっては、優先順位付けや既存資源の活用といった工夫が求められます。さらに、従業員に関する機密情報や個人情報を取り扱うため、情報セキュリティの確保とプライバシー保護に関する法規制・倫理規範の遵守は、運用体制における絶対的な前提条件です。
中小企業における課題
ISO30414は、大企業だけのものではありません。むしろ、中小企業にとってこそ、人材確保・定着、生産性向上、組織力強化、さらには円滑な事業承継といった喫緊の経営課題に取り組む上で、非常に有効なツールとなり得ます。
一方で、大企業に比べて経営リソース(人員、予算、専門知識、システム等)が限られていることが多いのも事実です。そのため、ISO30414の活用にあたっては、現実的なアプローチが求められます。最初から多くの指標を網羅しようとせず、自社の最重要課題に関連する指標や、比較的データ収集が容易な指標からスモールスタートで取り組むことが推奨されます。また、何のために情報を収集・開示するのか、そして既存の人事データや社内アンケートなどを最大限工夫して活用する視点が、無理なく取り組みを進める上で重要になります。
ISO30414で人的資本経営を前進させましょう
ISO30414は、目に見えにくい人的資本という重要な経営資源を可視化し、その価値を組織内外に示すためのガイドラインです。
ISO30414を活用することは、データに基づいた効果的な人事戦略の実行、従業員のエンゲージメント向上、生産性改善に繋がり、ひいては企業の持続的な成長と競争力強化の基盤となります。また、投資家をはじめとするステークホルダーとの建設的な対話を促進し、社会からの信頼を得るためにも不可欠です。
人的資本の情報開示は、もはや特別なことではなく、これからの企業経営におけるスタンダードとなりつつあります。ISO30414を正しく理解し、自社の状況に合わせて賢く活用していくことが、未来を拓く鍵となるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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