- 更新日 : 2024年7月12日
1円ストック・オプションとは?メリットやデメリット・税法上の扱いを説明
新しく株式を購入する際、当たり前ではありますが購入費用が必要となります。企業の福利厚生に設定されるストック・オプションには、新しく発行される株式の価額を1円に設定することで購入時の負担を減らしつつ、退職金として活用できるものがあります。しかしこれは、よいことばかりではなく、一定のデメリットがあることも事実です。
本記事では、ストック・オプションのひとつである「1円ストック・オプション」の仕組みや税法上の扱い、導入するメリット・デメリットについて解説します。1円ストック・オプションは、役員・従業員の退職金を準備する方法として最適であるため、退職金の準備に悩んでいる人はぜひ参考にしてください。
目次
1円ストック・オプションとは
1円ストック・オプションとは、無償税制非適格ストック・オプション(無償で役員や従業員に付与されるもので、税制の優遇を受けられないタイプのストック・オプション)を活用したものです。その名のとおり、権利行使価額を1円に設定したものになります。
通常の無償税制非適格ストック・オプションであれば、権利行使時に給与所得として課税対象になります。無償で株式を役員や従業員に付与するメリットがある反面、課税による金銭的負担があることはデメリットと考えてよいでしょう。
しかし行使価額を1円に設定すれば、新株予約権(新たに発行される株式を事前に予約しておく権利)を行使する際に同時点の株式と同じだけの価値が得られるだけでなく、売却時に退職所得として扱われるようにすることもできるのです。これにより、本来かかるはずの権利行使時の金銭的負担が発生せず、売却時の譲渡課税のみで済むメリットがあります。
通常のストック・オプションについては「ストック・オプションとは?発行前に知っておきたい仕組みやメリットを徹底解説!」で解説しています。
1円ストック・オプションのメリット
1円ストック・オプションのメリットは、会社側と従業員側でそれぞれ次のとおりです。
【会社側】
- 給与として損金算入できる
- 従業員のモチベーションを向上させられる
【従業員側】
- 税金を安く抑えられる
- 低負担で権利行使できる
1円ストック・オプションは、会社側と従業員側の双方にとって税制面で有利なストック・オプションです。それぞれのメリットについて詳しく見ていきましょう。
【会社側】給与として損金算入できる
会社は、1円ストック・オプションを給与として損金算入できます。損金とは法人税の計算をする際に差し引けるお金のことで、それを含んで計算することを損金算入と言います。
会計処理の際に費用として計上していない「給与」を「損金」に算入できますが、1円ストック・オプションは税制非適格ストック・オプションに該当するため、従業員の場合は発行時に発生した価額を全額損金として算入できるのです。しかし、役員は価額の一部しか損金算入できません。
費用計上額については、無償ストック・オプションを権利行使価額1円で役員・従業員に付与した場合、株式発行時点の株価の終値から1円を控除した金額がストック・オプションの公正価値となるケースが多いです。仮に株価を150円とすると、149円(150円-1円)に相当する金額が将来にわたって費用計上されます。なお、会社が損金算入するタイミングは権利行使時です。
【会社側】従業員のモチベーションを向上させられる
これはストック・オプションすべてのメリットともいえますが、会社が成長すれば株価が上がるため、その分売却時に受け取れる金額が増えます。結果として、従業員が「会社の成長に関わりたい」と思うようになりモチベーション向上が見込めるのです。インセンティブのひとつとして導入する企業も最近は増えています。
また、ストック・オプション制度を導入していることにより、人手不足の解消にも役立ちます。ストック・オプションの制度があると、求職者は福利厚生を意識している会社として認識するためです。最近では、求人媒体の検索条件に「ストック・オプションの導入」があるほどです。
【従業員側】税金を安く抑えられる
1円ストック・オプションは、通常の税制非適格ストック・オプションと違って、権利行使時の利益が退職所得として課税されます。そのため、最大55%となる給与課税ではなく最大45%の退職金課税が適用され、税金を安く抑えられます。
【従業員側】低負担で権利行使できる
通常の税制非適格ストック・オプションの場合、権利行使時に利益が発生すると給与所得として課税されます。しかし、権利を行使しただけで実際に利益が発生したわけではないため、かえって従業員の負担が大きくなってしまうのです。
1円ストック・オプションの場合は権利行使のタイミングが退職時になるため、退職所得控除が適用されます。そのため、勤続年数に応じた控除や1/2計算が原則として適用できます。退職所得は、会社から従業員への感謝の意味合いが強いことから、納税者有利の制度とされています。
ちなみに、退職所得・退職所得控除額の計算方法は以下のとおりです。
【退職所得の計算方法】
(収入金額 - 退職所得控除額) × 1 / 2 = 退職所得の金額
【退職所得控除額の計算方法】
勤続年数(=A) 退職所得控除額 20年以下 40万円 × A
(80万円に満たない場合には、80万円)20年超 800万円 + 70万円 × (A - 20年)
引用:国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」
1円ストック・オプションのデメリット
一方で、1円ストック・オプションには以下のようなデメリットもあります。
【会社側】
- インセンティブがあまり働かない
- 逆インセンティブが発生する可能性がある
【従業員側】
- 現金化できないタイミングがある
会社側と従業員側のデメリットも見ていきましょう。
【会社側】インセンティブがあまり働かない
通常のストック・オプションであれば、権利行使価格以上の利益を目指そうという意識が働きます。しかし、1円ストック・オプションの場合はそもそも権利行使価額を限りなく安い1円に設定しているため、意味をよく理解していないとインセンティブの意識があまり働かないというデメリットがあります。
【会社側】逆インセンティブが発生する可能性がある
逆インセンティブが発生する可能性があることにも注意が必要です。逆インセンティブとは、会社側の意図と従業員の意図が正反対になってしてしまうことです。ストック・オプションは通常の役割として、従業員のモチベーションを向上させるために導入します。
一方で、1円ストック・オプションを使って株式を毎月報酬として固定の金額で支給する場合、株価が安いと株式を多く受け取れるため株安に期待し、退職が近づくと多額の売却益を得るために株高に期待します。つまり、在職中は会社の成長によって株価が上昇しないようにしてしまう恐れがあります。そのため、在職中に会社への貢献をやめてしまう可能性があるのです。
【従業員側】現金化できないタイミングがある
1円ストック・オプションでは、従業員の退職時に退職金としてストック・オプションの権利を行使します。本来ならそのまま株式の売却を行い、退職金として現金を受け取りたいと考えるものです。しかし、退職所得とされた場合であっても納税資金がまかないきれない可能性もあります。また、従業員はインサイダー取引の対象者に該当することもあるため、いつでも現金化できるわけではありません。
インサイダー取引とは、上場会社の関係者などがその職務や地位により知り得た投資者の投資判断に重大な影響を与える未公表の会社情報を利用して、自社株等を売買することで自己の利益を図ろうとすることをいいます。つまり、ストック・オプションにより取得した株式を売却するタイミングがインサイダー取引に該当するため、ストック・オプションを現金化できなくなるのです。
1円ストック・オプションの税法上の扱い
1円ストック・オプションは、税制非適格ストック・オプションに該当します。税制非適格ストック・オプションとは税制適格要件を満たしていない新株予約権のうち、無償で発行されたもののことです。
厳しい要件をクリアして税制適格ストック・オプションに認められれば、権利行使時の課税が繰り延べられ、株式売却時の課税で済みます。ただし税制適格ストック・オプションの場合は、1円ストック・オプションが導入できなくなるほか、給与として損金算入できなくなってしまうのです。
付与者の課税タイミング 会社の損金算入タイミング 1円ストックオプションを付与したとき なし できない 1円ストックオプションの権利を行使したとき あり(最大45%が退職所得として課税される) できる 取得した株式が売却されたとき あり(約20%が譲渡所得として課税される) できない
まとめ
1円ストック・オプションは、税制非適格ストック・オプションを活用したストック・オプションです。会社側は、従業員の権利行使時に、1円ストック・オプションの大部分を給与として損金算入できる点が大きな魅力です。従業員側は、退職所得として課税されるため、通常のストック・オプションよりも税負担が少なくて済みます。
会社と従業員にとって大きなメリットがある1円ストック・オプションの導入を、この機会に考えてみてはいかがでしょうか。
よくある質問
1円ストック・オプションとは?
無償税制非適格ストック・オプションを活用したストック・オプションのことです。行使価額を1円に設定することで、権利行使時の株式と同等の価値が得られます。また、権利行使時の利益は退職所得として課税されます。
1円ストック・オプションを発行するメリットとは?
会社のメリットは、給与として損金算入できることや、従業員のモチベーションが向上することです。従業員のメリットは、通常のストック・オプションより税金を安くできること、低負担で権利行使ができることです。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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