- 作成日 : 2025年7月7日
監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社の違いとは?メリット・デメリットや選び方を解説
IPOを目指す企業にとって、会社の機関設計(コーポレートガバナンス体制)の選択は重要な課題です。とりわけ「監査等委員会設置会社」と「指名委員会等設置会社」の違いを正しく理解し、自社に最適な形態を選ぶことが求められます。
本記事では、両者の制度概要から構造上の違い、メリット・デメリット、IPO準備企業での選定基準を解説します。
目次
監査等委員会設置会社および指名委員会等設置会社の概要
監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社は、会社法に基づく機関設計の一つであり、上場企業はこれらのいずれかを選択できます。従来の監査役会設置会社とあわせて、現在は3つの制度形態が存在しています。
監査等委員会設置会社とは
監査等委員会設置会社は、2015年施行された改正会社法により創設された制度で、取締役会の中に監査等委員会を置く形態です。監査役会を廃止し、代わりに取締役から選任された監査等委員(3名以上、うち過半数は社外取締役)が監査・監督機能を担います。これにより、取締役会の内部で一定の監督機能が確保され、執行と監督の分離が図られます。
監査等委員は業務執行に関与できず、社外取締役としての独立性を保ちながら監査を担当します。取締役会内に設けられる委員会は監査等委員会のみで、指名・報酬委員会の設置は任意です。また、監査役は設置できません。監査役会設置会社からの移行も比較的容易で、社外監査役を社外取締役に転換することで移行が可能です。
指名委員会等設置会社とは
指名委員会等設置会社は、2003年に導入された制度で、指名、監査、報酬の3つの法定委員会を備えるのが特徴です。業務執行と監督が明確に分離されており、執行役が日常の経営を担い、取締役会は経営全体の監督に専念します。
各委員会は取締役の中から構成され、その過半数は社外取締役でなければならず、取締役の選解任や報酬決定といった経営の中核事項を、社外中心の委員会が担います。監査委員会も同様に社外取締役中心で構成され、業務の違法性だけでなく妥当性も監査対象となります。
この制度では、取締役会から執行役への権限委譲が可能で、迅速な意思決定が実現できます。取締役の任期は1年と短く、毎年の株主総会で信任を問う柔軟なガバナンスが可能です。なお、取締役会の過半数を社外取締役とする義務はありませんが、実務では社外比率を高める傾向にあります。
なお、上場企業はこれら3つの機関設計から1つを選択する必要があります。非公開会社であっても、これらの制度を任意で導入することが可能です。上場準備中の企業では、株主総会の特別決議と定款変更により移行が可能となります。
監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社の違い
監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社は、いずれも企業統治強化を目的とした会社法上の制度ですが、その構造や委員会の機能、社外取締役の位置付けなどにおいて明確な違いがあります。ここでは、両者の制度的な相違点を整理し、それぞれの特徴が企業経営にどのような影響を与えるのかを解説します。
取締役会の構成と執行分離の程度
指名委員会等設置会社では、取締役会と執行役の間に明確な役割分担があり、取締役会は経営全体の監督に専念し、執行役が業務執行を担います。これにより、業務執行と監督機能の完全な分離が実現され、取締役会は経営のガバナンス機能に集中できる構造となっています。
一方、監査等委員会設置会社では執行役という制度は存在せず、代表取締役を含む取締役自身が業務執行を行いつつ、取締役会の中に設置される監査等委員会によって監督を行います。そのため、執行と監督の分離は一部にとどまり、取締役会が両機能を併せ持つ形となります。
設置する委員会の種類と機能
指名委員会等設置会社は、法定である三つの委員会(指名委員会、報酬委員会、監査委員会)を必ず設置し、それぞれが取締役の選解任、役員報酬の決定、業務監査を担います。これにより、経営陣の人事や報酬決定に社外取締役が直接関与し、企業統治の透明性を高めています。
対して、監査等委員会設置会社では、法定で設置義務があるのは監査等委員会のみです。取締役の指名や報酬の決定は、従来通り取締役会が行うため、指名・報酬に関して社外の関与は間接的となります。任意で指名・報酬に関する委員会を設けることは可能ですが、制度上の義務はありません。
社外取締役の比率と独立性
両者とも社外取締役の登用が制度上求められますが、その構成比率と役割に違いがあります。監査等委員会設置会社では、監査等委員会の過半数を社外取締役とすればよく、取締役会全体に占める社外取締役の比率は必ずしも多数である必要はありません。
一方、指名委員会等設置会社では、すべての法定委員会において社外取締役が過半数を占める必要があり、実務上も取締役会の構成において1/3以上を社外取締役とする企業が多く見られます。その結果として、指名委員会等設置会社の方が取締役会における社外の独立性がより高く、経営への牽制力も強くなりやすい構造です。
業務執行に関する権限委譲の範囲
指名委員会等設置会社では、法律で定められた基本的な事項を除き、ほとんどの業務執行に関する決定権を取締役会から執行役へ委譲することができます。これにより、業務の意思決定が迅速化され、機動性の高い経営が可能となります。
監査等委員会設置会社においても、取締役会専決事項の一部を代表取締役などの業務執行取締役に委任することは可能ですが、委任の対象や範囲には一定の制限があります。そのため、権限委譲の柔軟性という点では、指名委員会等設置会社がより高い自由度を有しています。
監査・監督機能
監査等委員会も指名委員会等設置会社の監査委員会も、法的に強い権限を持つ委員会である点は共通しています。しかしながら、指名委員会等設置会社の監査委員会は、違法性に加えて業務の妥当性についても監査権限を持ち、かつ社外取締役が中心となることで、取締役会に対してより独立した立場から監督を行うことが可能です。
監査等委員会も同様に妥当性監査を行えますが、その構成員は取締役会の一部であり、取締役会の一翼としての性格を持つため、完全に独立した監督機能とはなりにくい面もあります。このため、監督機能の強度や独立性という観点では、指名委員会等設置会社に軍配が上がると言えるでしょう。
監査等委員会設置会社を選ぶメリット・デメリット
監査等委員会設置会社は、ガバナンスの強化と機動的な経営を両立させやすく、上場準備企業にも多く採用されています。一方で、制度としての限界や留意点もあります。ここでは、導入にあたって検討すべきメリットとデメリットを整理します。
メリット
ガバナンスと監査機能の強化
監査等委員(社外取締役)が取締役会の議決権を持ち、経営判断に直接関与できるため、監査・監督機能が強化されます。従来の監査役にはなかった実効性の高い牽制が期待されます。
迅速な意思決定
監査等委員会設置会社は取締役会専決事項の一部を代表取締役等に委任できるため、経営判断の迅速化が可能です。従来型に比べてスピード重視の経営に適しています。
役員数・コストの削減
監査役を置かずに済むため、役員数を絞ることができ、報酬などのコスト削減にもつながります。社外取締役2名を含む4名程度で必要要件を満たすことも可能です。
移行のしやすさ
監査役会設置会社からの移行は比較的簡便です。既存の社外監査役を社外取締役(監査等委員)に転換でき、常勤監査役の配置も不要となるため、導入のハードルが低い点が利点です。
デメリット
人事・報酬の独立性の限界
監査等委員会には指名や報酬決定の権限がなく、最終判断は取締役会に委ねられます。社外取締役の関与は間接的で、経営トップの人事に対する独立性は限定的です。
社外取締役比率の低さ
法律上、取締役会の過半数を社外取締役とする必要はなく、内部取締役が多数を占める構成も可能です。その結果、外部の視点が経営に反映されにくくなる可能性があります。
監査体制の見直しが必要
常勤監査役を置かない分、非常勤の社外取締役による監査体制への移行が求められます。内部監査部門の補完や連携が不可欠で、実務的な再構築が課題となります。
対外的なインパクトの弱さ
指名委員会等設置会社と比べると、ガバナンス改革としての印象は控えめです。海外投資家の中にはより高度な体制を評価する傾向があり、改革姿勢として受け取られにくい面もあります。
監査等委員会設置会社は導入しやすく、一定のガバナンス強化が可能な一方で、完全な独立性や外部評価を求める企業には限界もあることから、目的や体制に応じた慎重な判断が求められます。
指名委員会等設置会社を選ぶメリット・デメリット
指名委員会等設置会社は、経営と監督の分離を徹底し、社外取締役が経営の中枢に深く関与する仕組みを持つため、ガバナンス水準の高さが評価されています。ここでは、同制度の導入における主なメリットとデメリットを整理します。
メリット
ガバナンスの徹底と対外的信用
社外取締役が多数を占める指名・報酬・監査の各委員会を設け、取締役会が監督に特化することで、ガバナンス体制が明確になります。海外投資家や機関投資家からの信頼を得やすく、グローバルな株主構成を持つ企業には適した体制といえます。
経営効率と戦略性の向上
業務執行は執行役に委ねられ、取締役会は監督と戦略判断に集中できるため、経営のスピードと質が向上します。社外の視点を取り入れた長期的視野の意思決定も促進されます。
指名・報酬の透明性
役員人事や報酬決定は、利害関係の少ない社外取締役が過半数を占める委員会で審議・決定され、公正性と透明性が高まります。これにより、不祥事の抑止や経営への信頼感向上にもつながります。
国際水準での企業価値向上
制度自体が欧米のコーポレートガバナンスと整合しており、ESG投資の観点からも高い評価を得やすく、株主価値の向上が期待されます。
デメリット
体制構築のコストと人的負担
3つの委員会に社外取締役を複数配置する必要があり、報酬も含め人件費が増加します。また、委員候補の選定や調整にかかる工数も大きく、導入準備の負担は小さくありません。
社外人材の確保が困難
適任の社外取締役を確保することは容易ではなく、上場企業間での争奪が激化しています。人材確保が進まなければ、制度が形骸化するリスクもあります。
運営の複雑さ
複数の委員会運営や文書化、社内調整が求められ、社内統制も煩雑になります。取締役会の社外比率が高まると、現場との意思疎通に時間がかかる場面も出てきます。
経営陣の権限喪失への懸念
オーナー経営者や創業社長にとっては、外部の委員会が重要事項を掌握することに抵抗を感じやすく、経営スタイルの変革が求められる場合があります。
IPO準備企業はどちらを選ぶべき?選定基準と判断ポイント
IPO準備企業が監査等委員会設置会社または指名委員会等設置会社を選ぶ際は、企業の特性やリソース、上場市場の要件などを踏まえて判断する必要があります。以下に主な検討ポイントを示します。
企業規模・社内リソース
体制の選択は、自社の規模や人員体制に見合っているかが重要です。指名委員会等設置会社は多くの社外取締役や委員会運営体制が必要なため、大企業向きです。一方、中小企業では、監査等委員会設置会社や従来型の監査役会設置会社が現実的な選択肢となります。
上場市場区分とガバナンス要件
上場する市場によってガバナンスに求められる水準は異なります。たとえばプライム市場では、取締役会の3分の1以上を独立社外取締役とすることが求められ、指名・報酬委員会の設置も推奨されています。監査等委員会設置会社でも、任意でこれらの委員会を整備している企業が多数あります。一方、スタンダードやグロース市場では要件がやや緩く、監査役会設置会社のままでも対応可能なケースがあります。
経営体制・社風との適合性
トップダウン型の意思決定が浸透している企業では、委員会主導の合議制が混乱を招く可能性があります。その場合は、段階的に社外取締役を取り入れやすい監査等委員会設置会社を採用し、徐々にガバナンスを高めていく方法が有効です。逆に、透明性や説明責任を重視した経営を志向する場合は、上場時点で指名委員会等設置会社を選ぶことで、高いガバナンス意識を対外的に示すことができます。
上場審査への影響
上場審査では、機関設計そのものよりもガバナンスの実効性が問われます。社外取締役の数や体制整備の状況が開示資料で確認されるため、監査等委員会設置会社であっても社外取締役を複数確保していれば評価されやすくなります。逆に、監査役会設置会社で社外取締役がほとんどいない場合は、改善を求められる可能性があります。
株主構成・ステークホルダーの期待
ベンチャーキャピタルや事業会社などの既存株主がガバナンスの強化を求めている場合、社外取締役の登用や委員会設置が条件となることがあります。また、将来の海外展開や外国人投資家の受け入れを視野に入れるなら、指名委員会等設置会社の方が国際的な信頼を得やすくなります。
多くのIPO準備企業にとってまずは監査等委員会設置会社を採用するのが現実的な選択となるでしょう。その上で、企業規模拡大やステークホルダーの要請に応じて指名委員会等設置会社への移行を検討するのが無理のないアプローチです。重要なのは、自社の成長段階や経営環境にフィットした体制を構築し、実効性のあるコーポレートガバナンスを実現することです。
自社に合った機関設計を選ぶことが、上場後の成長を左右する
監査等委員会設置会社と指名委員会等設置会社は、いずれもガバナンスを強化する有効な制度ですが、その導入効果や負担は大きく異なります。IPO準備中の企業にとっては、社内リソースや上場市場の要件、株主構成、経営陣の考え方などを総合的に踏まえて、無理なく運用できる体制を選ぶことが重要です。段階的な導入も視野に入れ、自社にとって実効性のある制度を構築することが、上場後の持続的成長と信頼獲得の土台となるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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