- 更新日 : 2025年7月7日
内部通報制度の問題点とは?主な課題と改善策を解説
内部通報制度(公益通報制度)は、企業内の不正行為を従業員が匿名または記名で通報できる仕組みです。日本では2006年の公益通報者保護法施行以降、多くの企業がこの制度を導入し、2022年改正法で従業員301人以上の事業者には制度整備が義務化されました。さらに2025年には、公益通報者保護法の大幅な追加改正が成立し、2026年施行予定です。
新たな改正では、通報者保護の強化や企業への罰則導入、通報妨害・通報者探索の禁止、体制整備義務の厳格化など、従来の問題点を解消するための実効的な制度強化が盛り込まれています。内部通報制度はコンプライアンス経営の要であり、近年では企業不祥事の発覚経路として最も重要な手段になっています。一方で、内部通報制度が十分に機能せず、不正の早期発見に結びつかなかった例も少なくありません。
本記事では企業における内部通報制度の主要な課題を整理し、それぞれに対する有効な対策や改善事例を最新の動向や公的ガイドラインを踏まえて紹介します。
目次
内部通報制度の問題点 1. 認知不足による利用率の低迷
多くの企業で内部通報制度が十分に周知されておらず、従業員の認知不足が課題となっています。認知不足の現状と原因、および認知向上のための取り組みについて解説します。
認知不足の現状と原因
消費者庁の大規模調査(就労者1万人アンケート)では、自社の内部通報制度を「よく知っている」または「ある程度知っている」と回答した従業員は全体の約4割にとどまり、6割以上は制度を十分に認識していません。制度の認知度が低い背景には、企業側の周知活動や教育の不足が考えられます。内部通報制度の内容や重要性について、新入社員研修や定期研修で十分に説明しておらず、社内報・ポータルサイトで周知していない企業も多いようです。その結果、従業員が内部通報制度の存在自体を知らない、または知っていても詳細な利用方法(通報窓口の連絡先や通報の流れなど)を理解していない場合があります。
2025年の改正法では、事業者に対して「制度内容の周知義務」が明文化されました。従業員や派遣労働者に対し、通報窓口や利用方法を繰り返し周知することが法的にも求められています。
認知度向上のための取り組み
制度の認知不足を改善するには、企業側で積極的な周知・教育を行うことが不可欠です。社内研修や説明会で内部通報制度の趣旨や通報方法を繰り返し伝えることで、従業員の理解度は高まります。実際、消費者庁アンケートでも「勤務先での研修・説明」が制度を知るきっかけとして最も多く挙げられており、研修の実施が認知度向上に有効であることが示されています。また、社内ポータルサイトや就業規則に通報窓口の連絡先や受付方法、匿名通報の可否、通報者保護の方針などを明記し、従業員がいつでも確認できる状態にしておくことも重要です。トップマネジメントから全社員に向けて内部通報制度の重要性を繰り返しメッセージとして発信し、問題ある行為を見たら遠慮なく通報するよう促すことも、利用促進につながります。
内部通報制度の問題点 2. 制度への信頼性欠如
内部通報制度は従業員から信頼されてはじめて機能します。内部通報制度に対する信頼性の欠如がもたらす影響と原因、信頼性を高めるための方策について考察します。
従業員に広がる不信感の実態
内部通報制度への信頼性欠如とは、従業員が「通報してもどうせ真剣に取り扱われないのではないか」「会社に不都合な内容は隠蔽されるのではないか」と疑っている状況を指します。内部通報窓口に匿名で通報する理由として「勤務先の窓口が信頼できたとしても、それ以外の関係者から自分が通報したことが上司等に漏れるおそれがあるから」と回答した就業者が44%に上ったとの調査結果もあり、相当数の従業員が自社の通報制度に不信感を抱いていることが示唆されます。また、内部通報対応を担う部署や担当者に不正への関与が疑われる人物が含まれている場合、通報しても適切に対処されないと社員が懸念するのは当然です。通報窓口が人事部門など経営層寄りの部署に置かれていると、組織内部の論理で通報が揉み消されるリスクがあり、窓口の独立性欠如が信頼性低下の一因となります。そのため、2025年改正法では、通報対応従事者の指定義務や体制整備義務が強化され、独立性・透明性の高い体制構築が一層求められるようになりました。
信頼性向上のための制度設計と運用
内部通報制度の信頼性を高めるには、制度設計と運用面で従業員の不安を取り除く工夫が必要です。第一に、通報窓口の独立性を確保することが重要です。内部通報対応に関与する者は経営陣から独立した立場であることが指針でも求められており、人事部門ではなくコンプライアンス部門や社外の第三者に通報窓口を設置することが望ましいでしょう。通報者の匿名希望にもできる限り対応し、通報内容や通報者情報の守秘義務を徹底することも信頼確保の基本です。
さらに、内部通報があった際には確実に調査・是正が行われるよう、重大な通報は取締役会や監査役等へも報告される仕組みとし、経営トップ自らが通報を真摯に受け止める姿勢を示す必要があります。加えて、社内報などで内部通報制度の利用状況(年間の通報件数や通報事例の概要、再発防止策の共有など)を可能な範囲で開示し、通報がきちんと問題解決につながっていることを社員にフィードバックすることも有効です。内部通報制度に対する透明性を高めることで、従業員の信頼感は徐々に醸成されていくでしょう。
内部通報制度の問題点 3. 通報者への報復リスク
内部通報をためらわせる大きな要因として、通報者への報復リスクが挙げられます。通報者への不利益取扱い(報復)の現状とリスク、そしてその防止策について説明します。
報復への不安と現状
公益通報者保護法の下では通報を理由とする解雇や減給など不利益取扱いが禁じられていますが、現実には「通報したら報復されるのではないか」という不安が根強く存在します。実際の調査でも、匿名での通報を希望する理由として「人事異動などで不利益な取扱いを受けるおそれがあるから」と回答した人が57%にのぼっています。また、企業側で通報者に対する報復行為が発生してしまったケースもあり、あるアンケートでは13.1%の企業で通報者への嫌がらせや報復的人事など不利益行為が実際に確認されています。本来あってはならないことですが、通報を契機に上司が通報者を疎んじてパワハラ的な言動をとったり、配置転換で干されてしまったりといった事例がゼロではないという現状です。社員が「告発しても自分が損をするだけ」と考えてしまえば、誰も内部通報などしなくなってしまうでしょう。
そのため、2025年改正法では、報復行為に対する厳罰化が導入され、通報後1年以内の解雇・懲戒は公益通報を理由としたものと推定される規定が新設されました。違反企業には最大3,000万円の罰金、関与した個人にも罰則が科されます。また、企業側に正当な解雇であることを立証する責任が負わされます。
報復を防止するための仕組み
通報者が安心して内部通報できるようにするには、報復を防止するための明確な仕組みと社内風土の醸成が必要です。まず、就業規則や内部規程で「通報者へのあらゆる不利益取扱いを禁止する」旨を明文化し、全社員に周知徹底します。万一通報者に不利益を与えた者がいれば懲戒処分を科すなど、会社として報復行為を許さない姿勢を示すことが重要です。通報受付から調査・是正までのプロセスにおいて通報者の氏名や所属等の情報は厳格に秘匿され、必要最小限の関係者以外には共有しない運用を徹底します。
また、通報者の保護を図る観点から、本人が希望する場合には一時的な配置転換や休職制度の活用など心理的・身体的な負担軽減措置を講じることも検討されます。さらに、内部通報者が会社の外部(マスコミやSNS等)に不正情報を漏らす事態を防ぐためにも、通報者に対して調査結果や是正措置を適切にフィードバックし、会社として真摯に対応したことを伝えることが有効です。
内部通報制度の問題点 4. 制度の形骸化
内部通報制度を設置しても、ほとんど利用されず形だけの存在になってしまうケースもあります。内部通報制度が形骸化してしまう背景と問題点を明らかにし、制度を実効性あるものにするための改善策を検討します。
形骸化する内部通報制度の実態
内部通報制度の形骸化とは、制度自体は存在するものの活用されておらず、有名無実化している状態を指します。もちろん不正がなければ通報は起きませんが、通報ゼロが長年続く場合、従業員が制度を知らないか信用していない可能性が考えられます。また、内部通報制度に関する社内ルールやマニュアルが未整備であったり、制度運用の定期的な点検・改善が行われていなかったりする企業も多く見られます。
このように、制度を導入しただけで更新や改善を怠れば、組織の実態にそぐわない形骸化した仕組みになってしまいます。さらに、内部通報窓口に本来の趣旨とは異なる従業員の不平・不満(労務上の不満や私的な苦情など)が多く寄せられ、担当者が対応に疲弊してしまうケースも報告されています。こうした状況では、本来取り上げるべき重大な不正案件への対応がおろそかになり、内部通報制度の目的が果たせなくなってしまいます。
制度を実効性あるものにする改善策
内部通報制度の形骸化を防ぎ、実効性を高めるためには、導入後の継続的な運用改善と組織風土の醸成が欠かせません。まず、内部通報制度の運用状況を定期的にチェックし、問題点があれば是正する仕組みを設けます。公益通報者保護法の改正に伴い「内部公益通報対応体制の定期的な評価・点検を実施し、必要に応じて内部公益通報対応体制の改善を行う」ことが企業に義務付けられており、これを着実に実施することが重要です。2025年の改正法では、体制整備義務違反に対して立入検査や是正命令、刑事罰といった強制措置が新設されました。定期的な運用点検・改善が法的義務となり、形骸化を防ぐための実効性が大幅に高まっています。
また、内部通報制度の運用責任者を明確に定め、十分な人的リソースを割り当てる必要があります。調査対応のスキルやノウハウが特定の担当者に偏らないように、担当者間で情報共有し人材育成を図ることも求められます。社内規程類が未整備の場合は早急に整備し、通報対象事項や手続き、通報者保護措置などを明文化しておきます。そして、内部通報が適切に機能して成果を上げた事例を社内にフィードバックすることで、経営層にも制度の有用性を認識させることができます。例えば、取締役会への内部通報状況の定期報告を義務付けるなど、経営陣の監督下に制度を位置付けることで、形骸化を防ぎ組織全体で内部通報を推進する姿勢を示すことが可能です。
さらに、運用に専門知識が必要な場合には社外の弁護士等に窓口業務を委託して不足するノウハウを補完することも有効です。
内部通報制度の問題点 5. 通報後の社内調査の不備
内部通報を受け付けても、その後の社内調査や対応が不十分では問題の解決につながりません。内部通報案件に対する社内調査の不備として指摘される点と、その改善策について考えます。
内部通報案件の調査で生じる問題点
内部通報案件の社内調査においては、いくつかの典型的な不備が指摘されています。第一に、調査の着手が遅れ、調査期間が不当に長引くケースです。通報内容を深刻に受け止めず放置や、担当者の多忙さから対応が後回しになると、証拠が散逸し問題が拡大する恐れがあります。第二に、調査自体が不十分で表面的なものに留まるケースです。通報内容の事実関係を十分に調べないまま曖昧な結論で終わらせたり、関係者ヒアリングや証拠収集が漏れてしまったりすることがあります。第三に、調査担当者のバイアスや権限不足によって適切な措置が取られないケースです。内部通報があったにもかかわらず、報告を受けた者の思い込みや調査担当者の権限・能力不足、事態を大事にしたくない忖度などから、然るべき対応が取られなかった事例が報告されています。
特に、通報内容に経営層や調査担当部署自身が関与する不正が含まれる場合、社内の人間だけによる調査には限界があり、客観性に欠けた処理が行われてしまう危険があります。
調査体制と手順の改善策
社内調査の不備を改善するには、調査体制と手順の強化が欠かせません。まず、内部通報を受け付けたら速やかに事実関係の予備調査を開始し、初期対応を迅速に行うルールを定めます。通報の重要度や緊急度に応じて調査の優先順位を判断し、必要に応じて専門部署や第三者を交えた調査チームを編成します。調査担当者には十分な権限を付与し、関係部署への資料提出要請や関係者への聞き取りを円滑に実施できるようにします。
通報内容に経営陣や調査担当部署自身が関与する場合には、社内だけで抱え込まず、独立した第三者委員会の設置や社外の法律事務所・調査機関に調査を委託することを検討します。人事部門が自らの案件を調査することは利益相反の点から望ましくなく、内部監査部門やコンプライアンス部門など別の部署が内部通報制度を管轄すべきだと指摘されています。2025年の改正法では、調査体制の整備義務や調査の透明性確保も強調されており、ガイドラインに沿った客観的・公正な調査体制の構築が不可欠です。
調査プロセスにおいては、調査結果の記録と報告書の作成を徹底し、再発防止策の検討まで含めて一連の対応を社内ルール化します。また、調査終了後には必要に応じて通報者に結果の概要や講じた措置をフィードバックし、問題が是正されたことを伝えます。
内部通報制度を改善して企業ガバナンスを強化しよう
内部通報制度の健全な運用は企業ガバナンス(統治)の質を高め、不祥事の未然防止につながります。課題に対し、適切な対策を講じ制度を実効性あるものとすることは、企業のリスク管理上重要です。
内部通報制度をしっかりと運用し、問題点を一つ一つ改善していくことは、不正の予防・早期発見ひいては企業価値の保全に直結します。内部通報制度の体制整備が不十分な企業には行政による指導・勧告や社名公表といった措置もあり得るため、法令遵守の観点からも制度の充実は避けて通れません。
2025年改正公益通報者保護法(2026年施行)では、通報者保護の厳格化、体制整備義務違反への罰則、周知義務の明記などが盛り込まれています。最新法令に即した制度運用・改善を進めることで、内部通報制度の問題点を解消し、企業ガバナンスの強化と信頼性向上につなげましょう。
企業は自社の内部通報制度を定期的に検証し、必要な改善策を講じて、従業員が安心して通報でき不正を見逃さない風通しの良い企業風土を醸成していくことが求められます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
購買業務における内部統制のポイント6つ|リスクもわかりやすく解説
内部統制を行うにあたり、気を付けるべきポイントに購買業務があります。企業によっては大きな力を持っており、それが行き過ぎた結果不正が発生した例も少なくありません。不正の温床にしないために、内部統制を行うことが重要です。 本記事では、購買業務の…
詳しくみる2023年4月に内部統制基準が改訂!見直しの背景や変更内容について解説
2023年4月に、内部統制の実施基準が改訂されました。 企業のリスク管理やガバナンス強化を目的としており、具体的な変更点や企業への影響は計り知れないものがあります。 本記事では、最新の改訂内容を解説し、企業がどのように対応すべきかを詳細に説…
詳しくみる脅威インテリジェンスでISMSを強化!基本から連携方法まで徹底解説
サイバー攻撃が高度化・巧妙化する現代において、ISMS(情報セキュリティマネジメントシステム)の重要性は増す一方です。しかし、形式的な運用だけでは十分な効果は得られません。そこで鍵となるのが「脅威インテリジェンス」の活用です。 この記事では…
詳しくみる三様監査とは?役割の違いや連携の重要性などを解説
現代のビジネスにおいて企業経営の透明性と信頼性を確保することはますます重要になっていますが、「三様監査」は企業経営の健全性を高めるための有力な手法とされています。 そこで本記事では、三様監査の基本的な概念、三者の連携の重要性、そして実際の連…
詳しくみるISMS運用とは?具体的な流れやPDCAサイクル、担当者の役割などを解説
「ISMS認証を取得したけれど、その後の運用って具体的に何をすればいいの?」という疑問や悩みをお持ちではありませんか? ISMS認証はゴールではなく、情報セキュリティレベルを維持・向上させるためのスタートラインです。 この記事では、ISMS…
詳しくみるIPOの業務フロー|フローチャート作成の重要性や作り方のポイントも解説
IPOの実現を目標としている企業は、必要な書類作成や経営管理体制の構築などの業務に多くの時間を要します。 そのため、準備期間が長い傾向にあり、円滑に進めるためにも業務フローを理解しておくことが大切です。本記事では、IPO準備の業務フローやフ…
詳しくみる