- 作成日 : 2025年8月5日
サステナビリティ情報開示は義務?目的や報告書への記載の仕方を解説
サステナビリティ情報開示は、企業活動の透明性を高めるための重要な取り組みとして注目されています。特に環境・社会・ガバナンス(ESG)への関心が高まる中で、日本でも有価証券報告書への記載が義務化されるなど、対応が求められています。本記事では、その基本から具体的な記載方法までを詳しく解説します。
目次
サステナビリティ情報開示とは
サステナビリティ情報開示は、企業が環境・社会・ガバナンスに関する取り組みや課題への対応を外部に伝えることです。
2023年3月期から、日本では上場企業に対して有価証券報告書での開示が義務になりました。金融庁が内閣府令を改正し、これまで任意だったESG(環境・社会・ガバナンス)関連の情報を、制度として明確に書くことが求められるようになりました。
企業は、有価証券報告書に次のような内容を記載する必要があります。
- 経営戦略におけるサステナビリティへの考え方
- 気候変動などに関するリスクと機会、その対応方針
- 人的資本(人材育成、多様性、健康など)への取り組み
この制度改正により、企業はESGにどのように取り組んでいるかを、投資家や顧客、取引先などに対して明確に伝える責任があります。
サステナビリティ(持続可能性)とは
サステナビリティとは、環境や社会に配慮しながら、長期にわたって安定して事業を行う考え方です。
近年、気候変動の深刻化や労働環境の多様化により、企業は利益追求だけでなく、社会的責任を果たすことが求められています。例えば、二酸化炭素排出の削減、省エネ対応、ジェンダー平等の推進、コンプライアンスの強化などがその一例です。
これまで一部の先進的な企業が取り組んでいた内容が、今では持続的成長を目指すすべての企業にとって欠かせない経営課題とされています。サステナビリティを軽視すれば、取引停止や資金調達の難化といったリスクにもつながります。
なぜサステナビリティ情報開示が求められているのか
サステナビリティに関する情報が重視されている背景には、投資家の意識の変化と国際的な開示ルールの整備があります。
世界的にESG投資の比重が高まっており、企業の中長期的な価値を判断するうえで、財務以外の情報も重要とされるようになっています。IFRS財団によるISSBの設立、欧州でのCSRD導入など、国際的に統一された開示ルールが整備されつつあります。
日本もこの動きに追随し、企業に対して次のような情報を開示することが求められるようになりました。
- 気候変動リスクの影響を事業にどう織り込んでいるか
- 多様な人材をどう活かし、育成しているか
- 企業統治の透明性や実効性をどう確保しているか
開示の充実は、投資家や金融機関との信頼構築だけでなく、従業員や地域社会に対する誠実な姿勢の証明にもなります。これが、情報開示が単なる義務ではなく、経営戦略の一部として位置づけられる理由です。
サステナビリティ情報開示の内容
2023年から義務化された有価証券報告書でのサステナビリティ情報開示の内容は、自社の経営方針や戦略と結びついた実質的な説明が求められています。スローガンや抽象的な目標ではなく、「なぜその取り組みを行っているのか」「どのように実行しているか」「どのような成果があるか」を丁寧に伝えることが重要です。
以下は、サステナビリティ情報開示が必要とされる主な項目です。
経営戦略とサステナビリティの関係
企業は、サステナビリティに関する考え方を経営戦略の中にどのように組み込んでいるかを示す必要があります。例えば、「気候変動が事業活動に与える影響をどう捉え、将来の事業戦略にどう反映させているか」「人材や地域社会との関係をどう強化しているか」といった視点から記載します。
リスクと機会の把握と対応
環境問題や社会的課題に起因するリスクをどのように認識し、それに対する具体的な対応策を検討・実行しているかを記載します。加えて、それらが企業にもたらす可能性のある機会についても触れる必要があります。例としては、脱炭素社会への移行が新たな事業機会を生むといった内容が挙げられます。
気候関連の情報
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の枠組みに沿った情報開示が求められています。
具体的には、以下の4点を柱にした記載が推奨されています。
- ガバナンス
- 戦略
- リスク管理
- 指標と目標
たとえば、「気温上昇がもたらす影響にどう対応しているか」「再生可能エネルギーの活用率」「温室効果ガス排出量の削減目標」などの具体的な数値や方針を含めます。
人的資本および多様性
従業員の教育、キャリア支援、働きがい、多様性の確保など、人材に関する取り組みも重要な開示対象です。性別や国籍にとらわれない人材登用、ワークライフバランス、健康経営などのテーマが含まれます。
人的資本については、単なる福利厚生の紹介ではなく、人材をどう企業成長に結びつけているかを示す必要があります。たとえば、「女性管理職比率の目標と実績」「研修制度とその参加率」などです。
社内統治体制(ガバナンス)
経営の監視体制や内部統制の仕組みについても記載します。取締役会の構成、役員の選任プロセス、コンプライアンスへの取り組みなどが該当します。外部の視点が入りやすい体制や、意思決定の透明性を高める仕組みについての説明も含まれます。
サステナビリティ情報開示では、環境・社会・ガバナンスの3つの領域すべてにおいて、具体的で説得力のある情報をわかりやすく伝えることが求められます。
サステナビリティ情報開示の内容の決め方
サステナビリティ情報開示の内容は、自社の特性と社会からの期待をふまえて選定します。すべての企業が同じ情報を開示すればよいわけではなく、重要性と影響度を軸に取捨選択する必要があります。
マテリアリティ(重要課題)の特定
マテリアリティとは、自社の事業に大きな影響を与える課題や、ステークホルダーが特に注目しているテーマを意味します。これを明確にすることで、どの情報を深く掘り下げて開示すべきかが見えてきます。
マテリアリティの特定には、以下のような手順がよく用いられます。
- 社内外のステークホルダー(社員、投資家、顧客、地域社会など)からの意見収集
- 国際基準(GRI、SASB、TCFD、ISSBなど)との照らし合わせ
- 競合他社や業界団体の開示事例の分析
- 経営戦略との整合性の確認
たとえば、製造業であれば温室効果ガスの排出削減や資源循環、サービス業であれば労働環境や人的資本の活用などが重点項目になる可能性があります。
経営との一貫性を持たせる
開示内容は、単なる現場の取り組み報告ではなく、経営全体の方向性と一体になっていることが重要です。たとえば、「脱炭素化を推進する」という方針を掲げる場合は、どのような投資や組織体制を整えているのか、数値目標と達成状況まで含めて説明する必要があります。
また、人的資本についても「ダイバーシティ推進」や「人材育成の方針」があれば、それを経営目標や人事制度と結びつけて開示すると説得力が高まります。
中長期の視点を持つ
サステナビリティに関する課題は、短期間で結果が出るものではなく、中長期的な視点で捉える必要があります。したがって、開示においても、将来のビジョンや目標に加え、進捗管理や評価方法をあわせて示すことが望まれます。
その際、過去の取り組みとの一貫性や、未達成であった目標への対応策なども説明することで、透明性と信頼性が高まります。
サステナビリティ情報開示を有価証券報告書への記載例
サステナビリティ情報の記載は、有価証券報告書の「サステナビリティに関する考え方及び取組」欄を使って行います。
2023年3月期から、有価証券報告書の中に「サステナビリティ」の項目が新設され、企業はここで環境・社会・ガバナンスに関する情報を記載する必要があります。記載内容は一律ではありませんが、一例として、次のような構成に沿って整理されることがあります。
記載構成の例
- 基本方針
持続可能な社会に向けた企業の姿勢、経営との関係、社内体制など - リスクと機会の分析
気候変動や人材に関する外部環境の変化を踏まえた認識と対応策 - 気候関連情報(TCFD対応)
ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標 - 人的資本・多様性に関する事項
採用、育成、働き方改革、女性管理職比率など - ガバナンスの体制と実行状況
取締役会、内部統制、コンプライアンス対応など
記載例(抜粋・簡易化)
基本方針
当社は「環境と調和した企業活動を通じて持続可能な社会の実現に貢献する」ことを経営理念の一つに掲げ、サステナビリティを経営戦略の重要な柱と位置づけています。経営会議の下にサステナビリティ推進委員会を設置し、全社横断的な取組を実施しています。
リスクと機会の分析
気候変動による原材料価格の高騰や、再生可能エネルギーに対する需要拡大は、当社の製品ポートフォリオに影響を及ぼす可能性があります。今後は省エネルギー型製品の開発に注力し、新たな収益機会の創出を目指します。
気候関連情報(TCFD対応)
当社はTCFD提言に基づく開示を進めています。2030年度までにスコープ1およびスコープ2の温室効果ガス排出量を2013年度比で50%削減する目標を掲げ、再生可能エネルギーへの転換を進めています。
人的資本・多様性に関する事項
2022年度は、管理職候補となる女性社員に向けたリーダーシップ研修を実施し、翌年度の女性管理職比率は前年比2.5ポイント増となりました。従業員満足度調査の結果をもとに、フレックスタイム制度の改善も行いました。
ガバナンスの体制と実行状況
当社では社外取締役3名を含む取締役会を構成し、経営の透明性を確保しています。また、監査等委員会および内部通報制度を設け、不正リスクに対する体制を強化しています。
書き方のポイント
開示内容を記載する際には、いくつか意識しておくべきポイントがあります。
- 定量的な情報、つまり、目標値や実績などの数字を盛り込むことで、読み手にとっての信頼性と説得力が高まります。
- 経営戦略との一貫性を持たせることも重要です。サステナビリティへの取組が事業全体の方向性とどう結びついているのかを示すことで、単なる形式的な報告ではなく、企業の本気度が伝わります。
- 課題がある場合には、どのように改善に取り組んでいるかまで記載することで、透明性が高まり、読み手の信頼を得ることにつながります。
サステナビリティ情報開示の課題
サステナビリティ情報の開示に取り組む企業が直面する主な課題は、情報の選定、定量化、社内体制の整備、そして比較可能性の確保です。
制度としての枠組みが整ってきた一方で、実務の現場では「何を、どこまで、どう書けばよいか」という悩みが少なくありません。特に中小企業においては、社内リソースの限界や、専門知識の不足が足かせになるケースも見られます。
情報の選定
開示内容が企業ごとに異なるため、自社にとっての「重要なテーマ(マテリアリティ)」をどう特定すればよいか悩む声が多くあります。すべてを網羅的に記載しようとすると内容が散漫になり、逆に必要な情報が抜けてしまう恐れもあります。自社の業種・事業モデルと照らし合わせた上で、焦点を絞る作業が必要です。
定量化と数値目標の設定
サステナビリティに関する情報は、抽象的な表現にとどまりがちです。しかし有価証券報告書では、可能な限り数値で示すことが望まれます。例えば「温室効果ガスを削減しています」ではなく、「2030年までに2013年度比で50%削減を目指す」といった具体的な記述が求められます。
ただし、こうした定量目標を設定するには、前提となるデータの整備が必要です。多くの企業が、社内のデータ収集体制や測定方法の確立に苦労しています。
社内連携・体制の構築
サステナビリティ情報は、IR担当や経営企画だけで完結するものではありません。環境部門、人事、法務、現場部門など、複数の部署から情報を集める必要があります。情報の一貫性や信頼性を確保するには、社内の連携体制を明確にし、継続的に更新できる仕組みが求められます。
特に人的資本や多様性に関する情報は、人事部門と経営陣の認識が一致していない場合、整合性の取れた記載が難しくなる傾向があります。
サステナビリティ情報開示の今後
今後のサステナビリティ情報開示は、国際基準との整合性と、実質的な内容の深さがより重視されるようになります。
国際基準との整合性が重要に
今後のポイントは、国際基準との整合性です。2023年にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が発表した基準(IFRS S1およびS2)は、今後グローバルスタンダードとなる可能性が高く、日本でもこれらを参照したガイドライン整備が進められています。
これにより、日本企業も海外投資家にとってわかりやすく、比較可能な情報開示を行うことが期待されます。上場企業だけでなく、取引先として関係する中堅・中小企業にも、同様の透明性が求められる場面が増えてくるでしょう。
非上場企業への波及
現時点で制度開示の対象となっているのは上場企業ですが、金融機関や大企業との取引において、中小企業もサステナビリティ対応を問われるケースが増えています。サプライチェーン全体での情報開示やリスク管理が求められるようになるため、今後は非上場企業にも実質的な開示圧力がかかる可能性があります。
たとえば、ESG調達基準を設ける企業では、取引先に対して労働環境や環境負荷に関する情報提供を求める動きが活発です。中小企業でも、自社の取組を整理しておくことが、取引継続や新規獲得の条件となることがあります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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