- 更新日 : 2025年9月4日
工場のBCP対策とは?想定リスクと備えるべき対策・進め方を解説
工場は生産拠点であると同時に、物流・情報・人材など企業機能が集約された「中核」といえる存在です。そのため、一度でも操業が止まってしまうと取引の停止や売上損失に直結し、企業全体に大きな影響がおよぶ可能性があります。こうした事態を回避するために必要なのがBCP対策です。
本記事では、工場におけるBCP対策の基本や、対策を行わなかった場合のリスク、具体的な進め方を解説します。
工場におけるBCP対策とは
BCP(事業継続計画)とは、地震や火災、豪雨などの災害が発生した際にも、企業が重要業務を継続・早期復旧できるように備えておくための計画です。日本は自然災害が多く、工場においても継続的な操業が脅かされるリスクが常に存在します。
工場には設備・人員・物資などの機能が一か所に集中しているため、トラブルが発生すると事業全体にまで影響をおよぼす可能性があります。被災した場合には製品の供給だけでなく、下記の周辺機能にも影響が広がるでしょう。
- 物流
- 研究開発
- 品質管理
その結果、取引先や顧客への納品遅延だけでなく、経済活動の停滞・生活物資の不足といった社会全体へも影響が広がる可能性があります。こうしたリスクを最小限に抑えるために、自社の役割や機能を把握し、優先業務を明確にしてBCPに反映させることが大切です。
BCP対策を行わない場合のリスク
BCPを策定していない状態で災害や事故が発生すると、復旧判断や初動対応が遅れ、深刻な損失につながる恐れがあります。
なかでも工場は、人だけでなく事業継続に不可欠な生産設備や装置が集約されているため、被害が広がりやすいのが特徴です。その結果、復旧に多くの時間とコストを要してしまうケースも少なくありません。
BCPを導入していない場合に想定される主なリスクは、下記のとおりです。
- 生産設備のトラブルでラインが停止し、売上損失が発生する
- 納期遅延による取引先の信頼喪失と契約終了のリスクがある
- 原材料の仕入れが止まり、生産そのものが止まる
- データ消失で業務が再開できず混乱が長引く
これらのリスクを踏まえると、事業を止めないための備えを進めておくことは極めて重要です。
工場が備えるべきBCP対策の6つのポイント
BCP対策は単に「計画を作る」だけでは不十分です。実際に緊急時にすぐ動けるように、機能する仕組みとして整備しておくことが重要です。非常時に初動が遅れると、損失が一気に拡大しかねません。
1. 従業員の安全確保・安否確認体制を整備する
BCP対策において最優先となるのは、従業員の命と安全を守ることです。災害発生後に適切な避難誘導を行い、すぐに人員状況を把握できる体制を整えておきましょう。
工場で取り組むべき主な対策は、下記のとおりです。
対策 | 詳細 |
---|---|
避難経路の整備と表示 |
|
防災備蓄の設置 |
|
非常時の連絡手段の確保 |
|
現場単位での避難訓練・教育の徹底 |
|
このような対策をしておくことで、有事の際にも従業員の安全を優先した迅速な対応が可能になります。
2. 重要設備の保全と非常用電源を確保する
工場には生産ラインをはじめ、検査装置や搬送システムなど多くの設備が稼働しています。災害によって設備が破損すれば、生産停止はもちろん、復旧にも多大な時間とコストがかかります。
そのため、下記のような被害を最小限に抑えるための対策が必要です。
- 日常的に設備点検を行う
- 生産設備や棚などを耐震固定する
- 非常停止ボタンや落下防止ガードなどを導入する
- 非常用発電機やUPS(無停電電源装置)を準備する
このような設備面の備えをしておくことで、災害時にも早期に復旧へつなげられます。
3. 優先業務と復旧手順をマニュアル化する
災害発生時にはすべての業務を同時に復旧させることはできません。そのため、まず「売上や供給責任に直結する業務」を優先業務として特定し、再開の順番と判断基準を明確にしておく必要があります。
下記の内容を定めたマニュアルにまとめておけば、迷わず対応できるでしょう。
- 各業務の担当責任者
- 再開基準や判断フロー
- 代替業務の実施手順
紙だけでなく、データをクラウドに保存しておくことで、拠点が被災してもアクセスできる体制をつくれるでしょう。
4. データをクラウドで分散管理する
設計図や製造指示書、在庫管理データなどは、工場の運営に欠かせない重要な情報資産です。これらのデータを1台のサーバーや特定のPCだけで保管していると、災害やシステム障害が発生した際に復旧が遅れ、業務の再開が大幅に遅延するリスクがあります。
そのため、データをクラウドで分散管理し、どの拠点からでもアクセスできる環境を整備しておきましょう。クラウド移行の際には、下記のセキュリティ対策を同時に実施することも欠かせません。
- アクセス権限の設定
- 通信の暗号化
- 多重バックアップ
こうした情報の分散管理によって、災害時でも速やかに業務を再開できる体制を整えられるでしょう。
5. 取引先や仕入れルートを多重化する
主要資材や部品の調達先が1社に偏っている場合、その取引先が被災したり物流機能が麻痺したりすると、資材が届かず自社の生産も停止してしまいます。こうしたリスクを避けるためには、同じ部品を調達できるサプライヤーを複数確保しておき、地理的に離れた地域にも調達ルートを分散しておくことが有効です。
「A社とB社の2社体制で調達する」「海外調達をバックアップに持っておく」といったように供給元を分散させておけば、一方が被災した場合でももう一方から継続的に供給を受けられます。
また、平常時から、サプライヤーと下記のような項目を共有・合意しておくことも不可欠です。
- 緊急時に誰が連絡窓口になるか
- 供給量をどのように割り振るか
- 優先順位をどうするか
こうした取り決めをあらかじめ整備しておくことで、災害時にも混乱なく調達ができ、サプライチェーン全体の安定につながります。
6. 代替工場や外注先の確保と協力体制を構築する
自社工場が被災した場合に備えて、製造工程の一部を代替できる外部委託先や、他拠点を確保しておくことが重要です。とくに中核工程に関しては、下記の内容を整理しておく必要があります。
- 委託契約・協力協定の締結
- 資材や図面の受け渡し方法
- 製造条件・品質基準の共有
また、「いざというときに本当に切り替えられるのか」を確認するために、実際の稼働を想定した訓練や打ち合わせを定期的に実施しましょう。こうした準備を重ねておくことで、災害時にスムーズに代替拠点へ移行できる実践的な体制を構築できます。その結果、製品供給責任を果たせるため、取引先からの信頼維持にもつながります。
工場におけるBCP対策の具体的な進め方
BCPを効果的に機能させるには、実際に災害やトラブルが発生した場面を想定しながら、段階的に計画を組み立てていくことがポイントです。机上の計画にとどめず、実際に使える形に落とし込むことで、初動対応や復旧のスピードが大きく変わります。
1. 自社のBCPの目的と重要性を定義する
まずは、経営層が「なぜBCPに取り組むのか」という目的を明確にしましょう。形式的な理念ではなく、自社の現場に即した実被害を想定して目的を言語化することが重要です。
下記のように、自社にとってのBCPの目的を具体化することで、社内全体の理解と協力を得やすくなります。
目的 | 具体例 |
---|---|
供給責任を果たすこと | 主要取引先A社との供給契約を維持するため、72時間以内に再稼働できる体制を整えること |
企業価値を損なわないこと | 年間1,000万円の設備投資を行ってきた製造ラインを守り、売上損失を最小限に抑えること |
経営層が方針を示し、BCPがコストではなく「持続可能性への投資」であることを再認識することが重要です。現場任せにすると形骸化しやすく、実効性を欠く恐れがあります。
経営トップが自ら旗を振り、戦略的に関与することで、従業員の動機づけが働き、計画の実行力も高まります。
2. 継続が必要な業務・設備・人材を棚卸しする
BCPの目的が明確になったら、災害時に最低限維持すべき業務や設備、人材を洗い出しましょう。たとえば、他社への外部委託が難しい製造工程や、有資格者にしか対応できない作業などが該当します。
「どの業務を止めてよいのか」「どの業務は何としてでも継続するのか」を整理することで、BCPの軸となる優先順位が明確になります。この段階は、BCP全体の構成を決めるうえで重要なステップです。
3. 想定リスクごとの被害を洗い出す
事業継続を脅かすリスクを洗い出します。想定すべきリスクの例は、下記のとおりです。
- 地震・台風・洪水などの自然災害
- 火災や停電
- 感染症の拡大
- サイバー攻撃・情報漏えい
これらのリスクが発生した場合に、「どの業務に・どれくらいの影響が出るか」を具体的に可視化します。リスクマップや影響度分析を使えば、被害の大きい箇所を優先的に対策すべきポイントとして整理できます。
4. 対策の優先度を決め、計画に反映させる
洗い出した業務とリスクをもとに、実施すべき対策を整理する際は、重要度・緊急度・実現可能性の3つの視点で整理します。さらに、短期で着手できるものと、長期で投資が必要なものに分けて検討しましょう。
- 短期:避難訓練、簡易備蓄、業務マニュアルの整備
- 長期:代替工場や協力工場の確保、自家発電設備の導入、クラウド化による業務環境の整備
このように分類して整理することで、リソースに応じた実行計画を立てやすくなります。そのうえで、担当者・実施時期・予算を付けてBCP計画書に落とし込むことで、ようやく実行可能な体制になります。
5. 訓練・教育・見直しを継続的に実施する
BCPは策定した時点がゴールではなく、スタートです。定期的な訓練を行うことで、従業員が非常時に落ち着いて行動できるようになります。
また、設備の入れ替えや人員体制の変更があった場合、BCPの内容もアップデートが必要です。年1回程度の見直しや訓練をルール化しておくことで、BCPが形だけではなく機能する計画として定着します。
BCP対策を導入した工場の事例
BCP対策は「自社で何をすべきか」を考えるうえで、他社事例が大きなヒントになります。どのようなリスクを想定し、どのような対策を講じたかを具体的に把握することで、自社に落とし込む際のイメージもつかみやすくなるでしょう。
沢根スプリング|停電・津波に備えた多層的な地域密着型対策を実践
沢根スプリング株式会社は、各種ばねや医療用コイルを製造・販売する中小製造業です。地震や津波の発生が想定される地域に立地しています。そのため、設備の強化や外部との連携など、地震や津波の発生を想定したBCP対策を導入しています。
具体的な対策内容は、下記のとおりです。
主な取り組み内容 | 詳細 |
---|---|
設備・インフラ対策 |
|
連携・ネットワーク構築 |
|
運用・体制改善 |
|
実際に台風で停電が発生した際には、発電機を活用し業務継続と顧客対応を実現しています。
株式会社生出|従業員全体を巻き込んだBCPを構築
株式会社生出では、地震による業務停止を想定し、従業員の安全確保と事業継続の両立を目的に、BCPを構築しました。BCPを経営課題として位置づけ、初動対応から復旧までを明文化した手順書を整備しています。
とくに注力している取り組みは、下記のとおりです。
主な取り組み内容 | 詳細 |
---|---|
運用・教育体制の強化 |
|
サプライチェーン維持 |
|
これらの取り組みにより、取引先からの信頼が高まり、新規受注にも役立っています。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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