- 作成日 : 2025年6月20日
一人親方がインボイス制度に対応する、対応しない場合の対策を解説
一人親方のインボイス制度への対応は、「課税事業者になるかどうか」を自分で判断することから始まります。登録して課税事業者になるべきか、それとも免税事業者のまま続けるか。制度の内容や取引先の方針、自身の事業規模によって、選ぶべき対応は変わります。
本記事では、建設業などで働く一人親方の皆さんに向けて、インボイス制度にどう向き合うべきか、その選択肢と準備すべきポイントをわかりやすく解説します。
目次
一人親方にインボイス制度はどんな影響があるのか
インボイス制度は、消費税の適正な課税と控除を目的として2023年10月から始まった仕組みです。建設業界で働く一人親方や職人さんにも大きな影響が出ており、「今まで通りでは済まないかもしれない」と感じている方も多いでしょう。
インボイス制度により、消費税の仕入税額控除を受けるためには「適格請求書(インボイス)」の発行が必要になりました。しかし、インボイスを発行できるのは、税務署に登録をした「課税事業者」だけです。つまり、これまで消費税の納税義務がなかった「免税事業者」のままでは、取引先が消費税分を控除できなくなってしまうのです。
これが、一人親方にとって何を意味するのか。ここから詳しく見ていきます。
インボイスの登録が必要になる場合
インボイスの登録は、「登録する・しない」を自由に選べるわけではありません。以下の条件に該当する場合は、インボイス制度に関係なく、強制的に課税事業者となり、消費税の申告・納税が必要になります。
- 前々年の課税売上高が1,000万円を超えている場合(基準期間による判定)
- 自主的に「課税事業者選択届出書」を提出した場合
また、過去に課税事業者を選択していて、2年以内に免税に戻していない場合も、引き続き課税事業者としての義務があります。
なお、これらの条件に当てはまらなくても、自主的に課税事業者として登録することは可能です。たとえば、元請けとの取引を継続するために適格請求書を発行したい場合や、新しい仕事のチャンスを広げたいと考える場合には、自ら課税事業者として登録する選択をすることができます。
「今すぐに必要ではないが、今後のために準備しておきたい」という方も、インボイス制度や支援策について情報を集めて、柔軟に動けるようにしておきましょう。
インボイス制度の基本的な仕組み
インボイス制度では、商品やサービスの提供時に、消費税額と税率を明記した「適格請求書」のやり取りが必要になります。たとえば、今までのように「税込5万円」とだけ記載していた請求書は、インボイスとして認められません。
適格請求書には、次のような情報が必須です。
- 発行者の氏名または名称・登録番号(T+13桁)
- 取引年月日
- 取引の内容(〇〇工事など)
- 税率ごとの消費税額
- 税率の区分(10%、8%など)
- 書類の受領者名(請求先)
免税事業者にはこの請求書を発行する権限がなく、課税事業者として登録することで初めて発行が可能になります。
免税事業者が不利になると言われる理由
たとえば、元請けが一人親方に仕事を発注する際、その報酬には通常、消費税が含まれます。登録された課税事業者であれば、元請け側はその支払った消費税分を、国に納めるべき消費税額から差し引くことができます。これが「仕入税額控除」と呼ばれるしくみです。
しかし、発注先が免税事業者だと、この控除ができません。元請けにとっては「控除できない消費税分は、実質的に自社の負担になる」ということになります。そのため、「登録されていない方との取引は見直したい」と考える企業も出てくるでしょう。
これまで日当2万円で受けていた仕事でも、「控除ができないなら1万8,000円にしてもらえないか」と言われることがあったり、今後は「インボイスに対応している業者にまとめたい」と言われて、急に声がかからなくなるケースもあります。
これは一人ひとりの実力や信頼関係とは関係なく、制度に沿った判断であることが多いため、免税事業者のままでいることが不利に働く可能性があります。
一人親方がインボイス制度に登録しない場合の対策
インボイス制度に登録しない、つまり免税事業者のままで事業を続ける場合には取引先との関係や、請求の仕方、業務の進め方を工夫するなど、準備を進めていきましょう。
取引先に免税事業者であることを伝える
まず現在の取引先にその免税事業者であることを伝えておきましょう。
取引先が課税事業者であった場合でも、2023年10月から一定期間は経過措置があることを説明するのが効果的です。
たとえば、
- 2026年9月30日までは、取引先は仕入税額控除の適用割合のうち80%を控除できます。
- 2026年10月1日から2029年9月30日までは、その控除率が50%に下がるものの、引き続き一部控除は可能です。
この経過措置により、インボイスに登録していない免税事業者との取引であっても、元請け(課税事業者)は一定の期間に限って、消費税の一部を控除することができます。
また、新しい取引先と関係を築く際にも、免税事業者である理由や対応姿勢について説明することが大切です。
「今は免税事業者として対応しているが、必要があれば登録を検討するつもりがある」「帳簿や領収書の管理はきちんと行っている」といった前向きな姿勢が、安心感につながります。
価格交渉への備えをしておく
インボイス制度に登録しないことで、取引先から「控除できない分、価格を下げてもらえませんか」と言われるケースが予想されます。こうした要請にすぐ応じるのではなく、経過措置の存在や現在の取引実績をもとに、冷静に話し合う姿勢が重要です。
また、もし値下げに応じる場合は、その内容を明文化しておき、次年度以降に条件が変わる可能性があることも併せて伝えておくとよいでしょう。
経費や事務負担を抑える努力を続ける
免税事業者でいることのメリットのひとつは、消費税の申告や納税に関する手間がないことです。その分、日々の経費管理や事務作業をできるだけシンプルに保ち、効率よく業務を進めることが求められます。
経理ソフトやアプリを活用することで、記録の正確さを保ちつつ、作業の時間を削減できます。たとえば、請求書や領収書をスマートフォンで保存・管理できるツールなどを使えば、事務処理の負担を減らすことができます。
支援制度や経過措置を最大限活用する
免税事業者のままでいても、一定期間は元請け側が負担を軽減できる「経過措置」や、将来的に課税事業者になることを見越した支援制度を知っておくことが重要です。
経過措置(仕入税額控除の割合)
- 2023年10月~2026年9月までの取引:仕入税額控除の適用割合の80%を控除可能
- 2026年10月~2029年9月までの取引:50%を控除可能
この措置により、登録しなくても当面は取引が続けやすくなる背景があります。
2割特例
免税事業者から課税事業者に転換した場合、売上にかかる消費税額の2割を納税額とする特例。事前申請不要で、申告時に選択が可能です。期間は2023年10月1日から2026年9月30日までの日の属する各課税期間で適用可能です。
簡易課税制度
売上高が5,000万円以下であれば、業種別のみなし仕入率(建設業は70%)を使って消費税の計算を簡略化できます。経理の手間を大きく減らすことができる制度です。
帳簿のみの保存で仕入税額控除ができる少額取引の特例 (いわゆる「少額特例」)
1万円未満の仕入については、インボイスがなくても帳簿の保存のみで控除を受けられる特例。細かい仕入れの処理が簡素化されます。
これらの制度を理解し、将来課税事業者になるときに備えておくと、余裕を持って制度に対応できるようになります。
一人親方がインボイス制度に対応した場合の対策
課税事業者となってインボイス制度に対応する場合は、いくつかの実務的な準備と日常業務の見直しが必要です。自分の事業内容や取引先のニーズに応じて、丁寧に対応を進めていきましょう。
インボイスの登録
インボイスを発行するには、「適格請求書発行事業者」の登録が必要です。登録されると、「T」から始まる登録番号が発行され、それを請求書等に記載します。
インボイスの登録は税務署に次の方法で申請します。
登録後、国税庁から通知される13桁の登録番号(T+数字)を、請求書や領収書に必ず記載しましょう。
インボイスの登録は取消をすることもできます。
インボイス登録の取消は、取消届出書を管轄税務署に提出します。
ただし、取り消したい課税期間初日(期首)の15日前までに提出する必要があります。15日前までに提出をしていれば、翌課税期間よりインボイス登録の取消が適用されます。
なお、一度取消をして、再度インボイス登録すると、最低でも2年間は取消すことが出来ない「2年縛り」がある点も認識しておくべき重要な点です。
適格請求書の書き方
適格請求書には、以下の項目を必ず記載しましょう。
- 登録番号(T+13桁)
- 取引年月日
- 取引の内容(例:〇〇工事 人工代 など)
- 税率ごとの金額(10%、8%など)
- 消費税額
- 請求先の名称
建設業の一人親方であれば、「人工代」や「応援作業」といった具体的な内容を明記し、数量(何人工)×単価の形で金額を示すと、取引先にも分かりやすくなります。
また、今後の取引に支障が出ないよう、請求書の書式をあらかじめ見直しておくとよいでしょう。市販のテンプレートや会計ソフトを利用することで、記載漏れやミスを防げます。
経理・会計の見直し
インボイス制度に対応すると、これまで以上に帳簿や請求書の保存・管理が重要になります。具体的には、発行した請求書や領収書の「控え」を7年間保管する必要があり、取引の内容や日付、消費税額なども正確に記録することが求められます。
また、消費税の申告では、売上に対する消費税から、仕入や経費に含まれる消費税を差し引いて納税額を計算します。これらを正しく処理するためには、インボイス対応の会計ソフトや請求書作成ツールの導入が有効です。
クラウド型のソフトであれば、スマホやタブレットからも記帳でき、請求書作成・保存・管理まで一括して行えます。紙で管理していた方は、仕分けや集計の手間が大幅に減り、ミスや漏れも防げます。
導入が難しい場合は、Excelテンプレートでも構いませんが、必ず消費税率ごとの金額と税額を記載しましょう。
元請けや取引先への説明
インボイスに対応することで、元請けとの取引が円滑になる反面、「税抜・税込の金額」「請求書の書き方」「いつから新形式にするか」などの実務的なやりとりも増えます。
登録後はまず、登録番号が発行されたことを元請けに伝えましょう。その際、「次回の請求からインボイスで発行します」といった伝え方をするとスムーズです。あわせて、「請求書の形式はこのままで大丈夫か」「控除を受けるために、必要な記載内容は何か」など、取引先が求めている要件も確認しておくと安心です。
元請けの経理担当者によっては、フォーマットの変更やデータ提出を求めるケースもあるため、事前にすり合わせておくと安心です。
また、消費税の納税義務が発生するため、価格交渉をする際には「税抜での設定」や「税込で据え置く」など、どちらの方式にするかを事前に共有しておくと、後々の誤解や不信感を避けることができます。
見積書・契約書の見直し
インボイス制度が始まると、請求書だけでなく見積書や契約書の記載内容も変更になります。これまでは「一式 ○○円(税込)」のような書き方でも問題ないケースがありましたが、今後は「税率ごとの金額の内訳」や「登録番号を記載した契約書」が求められます。
特に、公共工事や法人案件などでは、契約書や注文書にも登録番号の記載が必須となることが増えています。また、元請けが課税事業者の場合、見積書の段階で「消費税は別途」と明記されていないと、あとから「税込のつもりだった」と誤解されることもあります。
書類トラブルを避けるためにも、金額は「税抜価格」と「消費税額」を分けて明示し、合計金額を「税込」で記載するのが一般的です。
見積書や契約書のテンプレートを一度見直し、必要に応じてインボイス対応のフォーマットに更新しておきましょう。
支援制度の活用
インボイス制度に対応するにあたり、国や自治体の支援制度も確認しておきましょう。
支援制度は、主に 「税負担の軽減策」と「事務作業の負担を軽くする補助金」の2つに分かれます。
■ 2割特例・簡易課税制度(税負担の軽減策)
【2割特例】
インボイス制度の開始に合わせて新たに課税事業者になった人が利用できる制度で、納める消費税額を「売上にかかる消費税額の2割」に抑えることができます。たとえば、1年間で受け取った消費税が100万円だった場合でも、納税額は20万円で済みます。この制度は2023年10月〜2026年9月までの期間限定です。事前の届出は不要で、確定申告書にチェックを入れるだけで利用できます。
【簡易課税制度】
実際の仕入れや経費の金額に関係なく、業種ごとに決められた割合(建設業は70%)で仕入税額を計算できるため、計算がシンプルでミスが少なくなります。売上が5,000万円以下の事業者が対象で、簡易課税の適用を受ける場合には、適用を受けたい課税期間の初日の前日までに管轄税務署へ「簡易課税制度選択届出書」を提出する必要があります。一度選択すると原則2年間は変更できません。
■ IT導入補助金・記帳支援(事務負担を軽くする制度)
【IT導入補助金】
インボイス対応の会計ソフトや請求書発行システムなどを導入する際、その費用の一部を補助してくれる制度です。たとえば、クラウド型会計ソフトや請求書作成ツールを導入する場合、補助対象になることがあります。申請手続きはやや複雑ですが、導入コストを抑えつつ事務負担を減らせるのでおすすめです。
【記帳・経理相談支援】
商工会議所や税務署、地域の中小企業支援センターでは、無料で記帳や経理の相談ができる窓口を設けています。「帳簿の付け方が不安」「請求書のフォーマットをどうすればよいかわからない」といった悩みを、実際の資料を見せながらアドバイスしてもらえる場として活用できます。
制度はそれぞれ対象者・期間・申請方法が異なるため、ご自身の状況に合うものを選びましょう。わからない場合は、まず最寄りの商工会や税理士に相談してみるのが確実です。
一人親方がインボイス制度で不当な扱いを受けた際の対策
元請け会社などから、一方的に値下げを求められたり、取引を断られたりした場合、こうした要求のすべてが違法というわけではありませんが、中には法律やガイドラインに照らして不当な扱いとされるケースもあります。
どこまでが正当?どこからが不当?
元請けが取引条件を見直すこと自体は、事業上の判断として認められる範囲です。たとえば「インボイスに対応している業者を優先したい」「経費が増える分、価格を調整してほしい」という要望は、話し合いの余地があります。
しかし次のようなケースでは、不当な行為として法律違反にあたる可能性があります。
- 「登録していないなら取引停止」と一方的に契約を打ち切る
- 経過措置があるにもかかわらず、10%分の値引きを強要する
- 「登録しないと今後は現場に入れない」と過度に圧力をかける
こうした行為は、「優越的地位の濫用」として独占禁止法や下請法に違反する恐れがあります。
取引先に対して冷静に説明する
まずは感情的にならず、冷静に状況を説明しましょう。たとえば、
「現在は免税事業者ですが、経過措置により御社でも一部控除が受けられると国が定めています。」
といった伝え方をするだけでも、相手の誤解や強引な要請を和らげることができます。必要に応じて、国税庁や公正取引委員会の公式資料を用意して伝えるのも1つの手です。
不当だと感じたら、相談機関を活用する
一人で抱え込まずに、公的な相談機関を活用しましょう。
- 公正取引委員会の相談窓口(独占禁止法関連)
- 中小企業庁の下請Gメン制度(下請法の対応)
- 各都道府県の商工会・商工会議所
これらの機関では、状況に応じてアドバイスをもらえたり、元請け企業に対して行政指導が行われる場合もあります。
インボイス制度は自分に合った対策を見つけて対応しよう
インボイス制度は、一人親方にとって、日々の働き方や収入、そして経理などの事務作業に少なからず変化をもたらすものです。消費税の課税事業者になる道を選ぶか、あるいは免税事業者のままでいる道を選ぶか、どちらにも利点と注意すべき点が存在します。
もし課税事業者になることを選んだ場合には、「簡易課税制度」や期間限定の「2割特例」といった、納税額や事務作業の負担を軽くするための制度があります。
インボイス制度への対応は複雑に感じるかもしれませんが、一人で抱え込まず、必要であれば税理士などの専門家や、国や地域の相談窓口なども頼りにしながら、一歩ずつ対策を進めていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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