- 更新日 : 2025年8月5日
一人親方における簡易課税の事業区分は?基礎知識や注意点も解説
インボイス制度の開始以降、消費税の申告について頭を悩ませる一人親方様が増えています。特に、経理の負担を軽減できる「簡易課税制度」は魅力的な選択肢ですが、その一方で「自分の事業はどの区分になるんだろう?」という疑問がつきまといます。
この記事では、一人親方、特に建設業の方々が最も気になる簡易課税の「事業区分」について、どこよりも分かりやすく徹底的に解説します。
目次
簡易課税制度とは?一人親方が知るべき基礎知識
まずは、簡易課税制度がどのようなものか、基本からおさらいしましょう。
簡易課税制度の仕組みをわかりやすく解説
簡易課税制度とは、その名の通り、消費税の納税額を簡易的な方法で計算できる制度です。
通常(本則課税)、消費税の納税額は以下の計算式で算出されます。
これに対し、簡易課税制度では、仕入れや経費で実際に支払った消費税額を一つひとつ計算する必要がありません。代わりに、売上で預かった消費税額に、事業の種類ごとに定められた「みなし仕入率」を掛けて、納税額を算出します。
この「みなし仕入率」は、事業区分によって異なり、第一種から第六種まで6つの区分に分けられています。みなし仕入率が高いほど、納税額は少なくなります。
簡易課税制度を選択できる条件
誰でも簡易課税制度を選択できるわけではありません。以下の条件を満たす必要があります。
- 基準期間の課税売上高が5,000万円以下であること
基準期間とは、個人の場合は前々年のことを指します。つまり、2年前の課税売上高が5,000万円を超えていると、その年は簡易課税制度を利用できません。 - 「消費税簡易課税制度選択届出書」を事前に税務署へ提出していること
原則として、適用を受けたい課税期間の初日の前日までに提出する必要があります。
簡易課税制度のメリット・デメリット
制度選択で後悔しないために、メリットとデメリットの両方を理解しておきましょう。
- 逆に、大きな設備投資や多くの材料仕入れがあり、実際の経費率がみなし仕入率を上回る場合は、本則課税よりも納税額が多くなってしまいます。さらに、簡易課税制度を適用している場合には、消費税の還付を受けることができません。
- 一度簡易課税を選択すると、原則として2年間は本則課税に変更できません(これを「2年縛り」と呼びます)。将来の設備投資計画などを踏まえて慎重に判断する必要があります。
一人親方の事業区分は?建設業のケース
ここからは、本題である事業区分の判定について、特に一人親方に多い建設業を中心に詳しく見ていきましょう。
事業区分の基本(第一種~第六種)
簡易課税制度の事業区分とみなし仕入率は、以下の6つに分けられています。
事業区分 | みなし仕入率 | 該当する事業(例) |
---|---|---|
第一種事業 | 90% | 卸売業(他の事業者から購入した商品を、その性質や形状を変えずに他の事業者へ販売する事業) |
第二種事業 | 80% | 小売業(他の事業者から購入した商品を、その性質や形状を変えずに消費者へ販売する事業)、農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡に係る事業) |
第三種事業 | 70% | 農業・林業・漁業(飲食料品の譲渡以外)、鉱業、建設業、製造業など |
第四種事業 | 60% | 第一種、第二種、第三種、第五種、第六種のいずれにも該当しない事業(例:事業者が自己において使用していた固定資産の譲渡、飲食店業、加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供) |
第五種事業 | 50% | 運輸通信業、金融・保険業、サービス業(飲食店業を除く) |
第六種事業 | 40% | 不動産業 |
一人親方のうち、材料を自身で仕入れず、手間賃のみで収益を得ている場合は、第4種事業(みなし仕入率60%)に該当します。全体のどの程度かは公的な統計がなく、傾向として理解してください。
建設業の一人親方は「第四種事業」が基本
なぜ多くの一人親方は、建設業でありながら第四種事業に該当するのでしょうか。
国税庁の指針では、第三種事業の「建設業」について、「元請として、工事の全部を下請に施工させる場合のその元請負」や「建設資材の販売を含む請負契約」などが例示されています。
しかし、一人親方の働き方の実態は、材料を自身で支給せず、元請けから支給された材料を使って技術(役務)を提供し、その対価として手間賃(人工)を受け取るケースが大多数です。
このような「加工賃その他これに類する料金を対価とする役務の提供を行う事業」は、第四種事業に分類されると定められています。
【ポイント】
ご自身の仕事が、工事一式を請け負い、材料も自分で仕入れて提供しているのか、それとも技術サービス(手間)を提供しているのかで判断します。多くの一人親方は後者に該当するため、第四種事業(みなし仕入率60%)となるのです。
一人親方の事業区分の具体例
- 大工、とび、左官、塗装工、内装工など(元請けから材料の支給を受け、自身の技術で施工し、手間賃を受け取っている場合)
→ 第四種事業(みなし仕入率60%) - 一人親方だが、自分で木材などの材料を仕入れ、それを使って家具製作やリフォーム一式を請け負い、顧客に納品している場合
→ 第三種事業(みなし仕入率70%) - 建設現場の設計や施工管理のみを行い、実際の工事は行わない場合(これは建設業というより「サービス業」に該当します。)
→ 第五種事業(みなし仕入率50%)
複数の事業を行っている場合
例えば、「普段は手間賃で工事(第四種)を行っているが、時々、知人に頼まれて資材を販売(第二種)することもある」というケースも考えられます。
このように複数の事業を営んでいる場合、原則として、事業区分ごとに売上を分けて経理し、それぞれのみなし仕入率を使って税額を計算する必要があります。
しかし、中小事業者にとって、その区分経理は非常に煩雑です。そのため、以下のような特例が認められています。
- 一種または二種の事業を営む事業者が、三種から六種の事業も行っている場合
一種または二種の事業に係る売上を区分できていれば、それ以外の事業の売上をまとめて、その中で最も低いみなし仕入率を適用できます。 - 一種または二種以外の事業を営む事業者が、複数の事業を行っている場合
主たる事業(売上が最も大きい事業)のみなし仕入率を、事業全体の売上に適用することが認められています。
多くの一人親方は2のケースに該当するでしょう。例えば、第四種の売上が9割、第五種の売上が1割であれば、全体の売上に対して第四種のみなし仕入率60%を適用して申告することが可能です。
一人親方が簡易課税で失敗しないための注意点
簡易課税はメリットの大きい制度ですが、いくつか知っておかないと損をしてしまう注意点があります。
「消費税簡易課税制度選択届出書」の提出期限は絶対厳守
簡易課税の適用を受けたい場合、必ず「適用を受けようとする課税期間の初日の前日まで」に「消費税簡易課税制度選択届出書」を納税地の税務署に提出しなければなりません。
なお、「消費税簡易課税制度選択届出書」は、課税事業者でなければ提出しても簡易課税の適用を受けることができない点は認識しておく必要があります。免税事業者が「消費税簡易課税制度選択届出書」を提出しても、簡易課税の適用を受けることができるのは、課税事業者になった年以降となります。
例えば、2026年1月1日~12月31日の期間で簡易課税を受けたい個人事業主は、2025年12月31日までに提出が必要です。
この期限を1日でも過ぎてしまうと、2026年分は適用できず、本則課税での申告となります。翌年の2027年分から適用したい場合は、改めて2026年12月31日までに提出する必要があります。開業初年度から適用を受けたい場合は、その開業した年中に提出すれば問題ありません。
※原則として期限を1日でも過ぎるとその年度は適用できませんが、震災などの「やむを得ない事情」がある場合、税務署の特例承認を得られることもあります。
2年間は原則として変更できない「2年縛り」
一度簡易課税を選択すると、事業を廃止した場合を除き、2年間は継続して適用しなければならず、本則課税に戻ることはできません。
例えば、「来年は大きな機械を買うから経費がかさむ。だから来年だけ本則課税に戻したい」ということはできないのです。短期的な視点だけでなく、2~3年先を見越して制度を選択することが重要です。
インボイス制度導入に伴う「2割特例」との関係
インボイス制度を機に免税事業者から課税事業者になった一人親方のために、「2割特例」という負担軽減措置が設けられています。(2026年9月30日の属する課税期間まで)
2割特例は、売上税額の8割を控除できる(つまり納税額は売上税額の2割で済む)という非常に有利な制度です。みなし仕入率に換算すると80%に相当します。
- 簡易課税(第四種)のみなし仕入率:60%
- 2割特例のみなし仕入率:80%
この二つを比べると、明らかに2割特例の方が納税額は少なくなります。2割特例の対象となる一人親方(※)は、簡易課税の届出を出していても、申告時に有利な2割特例を選択して申告することが可能です。
ただし、2割特例は期間限定の措置です。将来的に特例が終了した後は、簡易課税(第四種:60%)か本則課税かを選択することになります。
※2割特例の対象者:インボイス登録を機に免税事業者から課税事業者になった方。基準期間(2年前)の課税売上が1,000万円を超えている事業者などは対象外です。
※2割特例は、期間中に課税事業者となった免税者が申告時に売上税額の20%を納税額とする方式です。簡易課税制度とは計算原理が異なるため、単純な “みなし仕入率80%” とは区別される点に注意が必要です。
売上が5,000万円を超えた場合の対応
順調に事業が拡大し、基準期間(2年前)の課税売上高が5,000万円を超えた場合、その課税期間は簡易課税制度を適用できません。自動的に本則課税での申告が必要となります。
「消費税簡易課税制度選択不適用届出書」を提出する必要はありませんが、売上が5,000万円を超えた翌々年は本則課税になる、という点は必ず覚えておきましょう。
事業内容を正しく理解し、最適な選択をしよう
今回は、一人親方のための簡易課税の事業区分について解説しました。消費税の申告方法は、納税額に直結する重要な選択です。ご自身の事業の実態はどれに当てはまるのか、そして将来の事業計画はどうなっているのかを冷静に分析し、最も有利な方法を選びましょう。
もし判断に迷う場合は、一人で抱え込まず、管轄の税務署や税理士などの専門家に相談することをお勧めします。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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