- 更新日 : 2025年10月22日
労災保険に加入していない一人親方(個人事業主)はどう備えるべき?特別加入制度や代わりとなる制度・保険を解説
労災保険は労働者を保護するための制度です。一人親方(個人事業主)自身は事業主と見なされるため、労災保険の補償対象にはなりません。
しかし、万が一労災保険に未加入のまま現場で事故に遭ってしまった場合、治療費や休業補償が受けられないだけでなく、元請会社との関係悪化や仕事の受注停止といった深刻な事態に発展するリスクがあります。
この記事では、一人親方(個人事業主)が労災保険に未加入で事故に遭った場合の具体的なリスクを解説するとともに、そうした事態にどう備えるべきか、特別加入制度や代替となる保険について詳しく解説します。
目次
一人親方(個人事業主)は原則として労災保険に加入できない
労災保険とは、労働者が仕事中や通勤中に事故に遭った場合や病気に罹った場合に、治療費や休業補償、障害補償などを行う制度です。しかし、一般的には、個人事業主は原則としてこの労災保険に加入することはできません。
なぜなら、労災保険は労働者を保護するための制度であり、一人親方(個人事業主)自身は労働者ではなく、事業主であると見なされるからです。そのため、個人事業主自身が労働中や通勤中に事故に遭った場合や職業病に罹った場合、労災保険の補償対象にはなりません。
しかし、個人事業主が従業員を雇っている場合、その従業員は労働者と見なされ、労災保険の対象となります。そのため、個人事業主は従業員のために労災保険に加入する必要があります。
労災保険に未加入で事故に遭った場合の4大リスク
労災保険に加入していない一人親方(個人事業主)は、業務上や通勤時の事故によるケガや病気のリスクを全て自ら負わなければなりません。具体的には以下の4つの重大なリスクが存在します。
1. 治療費・休業補償の自己負担が高額になる
労災保険による補償がなければ、働けない間の生活費はすべて自己負担です。現場での事故による治療であっても、国民健康保険は使えますが、窓口負担(通常3割)が発生します。高所からの転落など大きな事故の場合、手術や入院、リハビリで数百万円の費用がかかることもあり、経済的に極めて深刻な状況に陥ります。
2. 元請会社に多大な迷惑をかけ、損害賠償を請求される
建設業では、下請の個人事業主が起こした事故でも、元請会社が労働基準監督署から指導を受け、安全管理責任を問われるケースが少なくありません。元請会社が治療費などを一時的に立て替えた場合、後日その費用を請求される可能性があります。これにより信頼関係が崩れ、今後の取引が停止になるリスクが極めて高いです。
3. 政府からペナルティとして費用を徴収される
労災保険の加入義務がある従業員に対して適切に加入手続きを行わなかった場合、国は被災労働者に給付を行った上で、事業主や元請会社に対して費用を徴収する「費用徴収制度」を適用することがあります。一人親方自身が未加入の場合は給付対象外となるため、この制度は直接は適用されません。
4. 現場に入れず、案件を受注できない
現在、コンプライアンスを重視するほとんどの元請会社は、現場に入る下請事業者に対して労災保険の加入を必須条件としています。労災保険の保険番号を提示できなければ、そもそも現場に入ることすらできず、仕事を受注できません。未加入であることは、事業継続そのものを危うくします。
一人親方(個人事業主)でも労災保険に特別加入できる業種・対象者
原則として一人親方(個人事業主)は労災保険に加入できないと説明しましたが、例外的に特別加入が認められている業種・職種があり、建設業もそのひとつです。この制度は、業種や職種によって異なる労働災害のリスクに対応するために設けられています。
特別加入できる方の範囲は、中小事業主等・一人親方等・特定作業従事者・海外派遣者の4種に大別されます。一つずつ見ていきましょう。
1. 中小事業主等
中小事業主及びその事業に従事する労働者以外の者(役員等)を指します。
※加入ができる事業の規模は、業種により労働者数の上限が下記の通り決まっています。
- 金融、小売、不動産、保険業:50人以下/li>
- 卸売、サービス業:100人以下
- 上記以外の業種:300人以下
2. 一人親方等
労働者を使用しないで下記の事業を行う一人親方その他の自営業者及びその者が行う事業に従事する労働者以外 の者を指します。
- 運送事業
- 土木、建築等の事業
- 漁業、林業の事業
- 医薬品の配置販売の事業
- 再生利用の目的となる廃棄物等の収集、運搬、選別、解体等の事業
- 船員法第一条に規定する船員が行う事業
- 柔道整復師法第2条に規定する柔道整復師が行う事業
- 歯科技工士法第2条に規定する歯科技工士が行う事業 など
3. 特定作業従事者
- 農業の危険な作業(農作業従事者)
- 指定農業機械作業従事者
- 国または地方公共団体が実施する訓練従事者
- 家内労働者およびその補助者
- 労働組合等の常勤役員
- 介護作業従事者
- 芸能関係作業従事者
- アニメーション制作作業従事者
- ITフリーランス
4. 海外派遣者
下記の3種類が該当します。
- 日本国内の事業主から、海外で行われる事業に労働者として派遣される者
- 日本国内で行われる事業から派遣されて、海外にある一定の事業に従事する事業主及びその他労働者以外の者
- 独立行政法人国際協力機構等開発途上地域に対する技術協力の実施の事業を行う団体から派遣されて、開発途上地域で行われている事業に従事する者
特別加入制度を利用することで、これらの方々も業務上の事由または通勤により怪我をしたり病気になった場合に、労災保険から補償を受けることができます。
なお、2024年11月1日より、企業などから業務委託を受けて働いているフリーランス(特定フリーランス事業)について業種・職種を問うことなく、労災保険に特別加入することができるようになりました。
労災保険の特別加入制度については、下記記事で詳しく解説しています。
一人親方(個人事業主)が労災保険に特別加入する方法
特定の業種・職種で働く個人事業主は、労災保険に特別加入することができます。特別加入団体に申し込む方法と、新しく団体を作って特別加入の許可を得る方法があるので、それぞれ詳しく見ていきましょう。
特別加入団体に申し込む
個人事業主が労災保険に特別加入するには、個人ではなく、団体としての申請が必要です。そのため、最初は地域の特別加入団体に申し込むことをおすすめします。
特別加入団体が事業主、加入希望者が労働者とみなされ、労災保険が適用されます。特別加入団体は、都道府県労働局長の承認を受けている必要があるので、確認が大切です。
特別加入団体に申し込む手続きは以下の通りです。
- 団体の選択:まず、自身の業種・職種に適した特別加入団体を選びます。特別加入団体は、全国的な業界団体や地域の商工会など、さまざまな団体が存在します。
- 団体への申し込み:選んだ団体に対して、特別加入の申し込みを行います。申し込みには、自身の事業内容や規模、事業所の所在地などの情報を提供する必要があります。
- 団体からの変更届提出:団体は、申し込みを受けた個人事業主全体を代表して、労働基準監督署に変更届を提出します。
- 特別加入の承認:労働局長は、申請書の内容を確認し、特別加入が認められるかどうかを判断します。特別加入が認められると、特別加入団体から労災保険加入証明書が交付されます。
新しく団体を作る
既存の特別加入団体に申し込む代わりに、個人事業主自身で新しく団体を作ることもできます。これは、特定の業種・職種の個人事業主が集まり、共同で労働基準監督署に特別加入申請書を提出する方法です。
新しく団体を作る手続きは以下の通りです。
- 団体の設立:まず、同じ業種・職種の個人事業主を集め、新たな団体を設立します。団体の設立には、団体の目的や規約、役員の選出など、多くの手続きが必要です。
- 団体からの申請書提出:団体が設立されたら、団体を代表して、労働基準監督署に特別加入申請書を提出します。申請書には、団体の情報と、団体に参加する個人事業主の情報を記入します。
- 特別加入の許可:労働局長は、申請書の内容を確認し、特別加入が認められるかどうかを判断します。特別加入が認められると、特別加入団体から労災保険加入証明書が交付されます。
一人親方(個人事業主)が労災保険に特別加入するといくら支払いが必要?
個人事業主が労災保険の特別加入を行う場合、保険料は給付基礎日額に基づいて計算されます。給付基礎日額は、個人事業主自身が選ぶことができ、日額3,500円から25,000円の範囲で設定することができます。
具体的な保険料の計算方法は以下の通りです。
- 給付基礎日額の設定:まず、個人事業主は自身の経済状況やリスク許容度に応じて、給付基礎日額を設定します。
- 年間保険料の計算:次に、給付基礎日額を365日で掛け、年間の保険料算定基礎額を算出します。
- 保険料の算出:最後に、保険料算定基礎額に労災保険率(建設業の場合、記事公開時点では0.017)を掛けることで、年間の保険料を算出します。
例えば、給付基礎日額を8,000円と設定した場合、年間の保険料は以下のように計算されます。
つまり、年間で約49,640円、月額に換算すると約4,137円の保険料が必要となります。
一人親方(個人事業主)の労災保険の代わりとなる制度や保険
個人事業主が労災保険に加入していない場合、労災事故に遭った際の補償を受けることができません。そこで、労災保険以外にも、個人事業主が補償を受けられる制度や保険について解説します。
民間の傷害保険
「民間の労災保険」と呼ばれる保険は、民間の損害保険会社が提供する保険商品の一つで、一般的には傷害保険と呼ばれます。しかし、厳密には公的な労災保険の代わりとなるような、労働者としての個人事業主本人を守る「民間労災保険」は存在しません。
「民間の労災保険」は保険会社により保険料や補償内容も様々で、事故や病気による収入の減少を補償することも可能です。しかし、民間の労災保険には注意が必要です。公的な労災保険と比較して、補償の範囲が広いとはいえ、保険料が高くなる傾向があります。また、保険金の支払いは掛け金に応じた保険金が給付され、全額補償されるわけではありません。そのため、保険に加入する際は、保険料や補償内容、保険会社の信頼性などをしっかりと確認することが大切です。
民間の財団法人
労災保険に加入できない個人事業主でも、自身を事故や病気から守るための制度を提供しています。
- あんしん財団:あんしん財団は、中小企業の健全な発展と福祉の増進に寄与することを目的に設立された公益財団法人です。月額2,000円の会費で、ケガの補償、福利厚生サービス、災害防止サービスの三事業を提供しています。また、補助金制度も提供しており、職場の環境改善のための補助金制度や、特定の設備を設置(購入)した場合に要した費用の一部を補助する制度などがあります。
- 日本フルハップ公益財団法人:日本フルハップ公益財団法人は、中小企業の健全な発展と福祉の増進に寄与することを目的に設立された公益財団法人です。月額1,500円の会費で、ケガの補償(共済)、安全快適な職場づくり(助成)、福利厚生の充実(健康管理の支援、余暇の活用支援)などすべてのサービスを提供しています。
小規模企業共済
小規模事業共済とは、小規模企業(事業)の経営者や役員の方が、廃業や退職時の生活資金などのために積み立てることのできる、いわば「経営者のための退職金制度」です。
この制度は、国の機関である独立行政法人中小企業基盤整備機構によって運営されており、常時使用する従業員の数が20人以下(商業・サービス業(宿泊業・娯楽業を除く)は5人以下)の個人事業主または会社等の役員が加入することができます。
小規模企業共済の掛け金は、月額1,000円から7万円までの範囲で自由に選び、支払い時は所得の控除をすることが可能となり、受け取り時も退職所得として税金負担が軽減されます。6カ月以上積み立てると、廃業した場合に共済金を受け取ることができ、退職金代わりにすることができます。
一人親方(個人事業主)の労災未加入に関するQ&A
Q1. 一人親方(個人事業主)が労災保険に未加入なのは違法ですか?
従業員を雇用していない一人親方自身が未加入であることは、直ちに「違法」とはなりません。なぜなら、特別加入は任意制度だからです。
しかし、従業員を一人でも雇用しているにも関わらず、その従業員のために労災保険に加入させていない場合は明確な法律違反となり、罰則の対象となります。
Q2. 未加入であることは元請会社にバレますか?
はい、ほぼ確実に分かります。 現在の建設現場では、新規入場者教育の際に、安全書類の一部として労災保険の加入証明書(保険番号が記載されたもの)の提出を求められるのが一般的です。提出できなければ、その時点で現場に入ることができません。
労災未加入のリスクを理解し、万が一への備えは万全に
一人親方(個人事業主)にとって、労災保険の未加入は「治療費の全額自己負担」「元請会社への責任問題」「現場への入場不可」といった、事業の継続を揺るがす重大なリスクを伴います。自身の身とビジネスを守るため、労災保険の特別加入制度を必ず利用するか、それが難しい場合でも民間の傷害保険などで万が一に備えることが極めて重要です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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