- 更新日 : 2025年8月5日
職長教育と安全衛生責任者教育の違いは?それぞれの基本や注意点を解説
建設現場における安全衛生管理は、労働災害を未然に防ぎ、働くすべての人々の安全と健康を守るための最重要課題です。その中核を担うのが、現場の指揮者や安全衛生管理体制のキーパーソンとなる人材の育成です。
この記事では、特に建設業に従事される方々にとって理解しておくべき「職長教育」と「安全衛生責任者教育」に焦点を当て、それぞれの基本的な内容から、両者の違い、さらには受講する際の注意点までを解説していきます。
目次
職長教育の基本
職長教育は、建設現場をはじめとする多くの業種において、労働者を直接指導・監督する立場にある者に対して行われる、労働安全衛生法に基づいた重要な安全衛生教育です。
職長教育の役割と目的
職長教育は、労働安全衛生法第60条に基づき、事業者に実施が義務付けられている教育です。ここでの「職長」とは、単に役職名としての職長だけでなく、作業チームのリーダー、班長、主任など、現場で労働者を直接指揮し、作業の安全を含めた管理を行う立場の人全般を指します。
この教育の主な目的は、職長が現場の安全衛生環境を適切に整備し、作業員に対して効果的な教育や指導を行うための知識と能力を習得することにあります。具体的には、作業方法の決定、労働者の適正な配置、危険性・有害性の調査とそれに基づく対策の実施、異常時や災害発生時の措置など、現場の安全と生産性を両立させるための多岐にわたる能力を養うことを目指します。職長は、事業者の方針を現場の作業員に伝え、作業員からの意見を吸い上げるパイプ役としての役割も期待されており、現場のキーパーソンと言えるでしょう。
職長教育の対象者と対象業種
職長教育の対象者は、新たに職務につくことになった職長、その他作業中の労働者を直接指導または監督する立場にある人(作業主任者を除く)です。これには、前述の通り、特定の役職名を持たない場合でも、実質的に現場の監督業務を行っている人が含まれます。
対象となる業種は、労働安全衛生法施行令第19条で定められており、建設業のほか、製造業(一部除く)、電気業、ガス業、自動車整備業、機械修理業が主要なものです。さらに、2023年4月1日からは法改正により、食料品製造業、新聞業、出版業、製本業、印刷物加工業などで監督指導を行う方も対象となりました。
職長教育の主な内容と時間
職長教育の具体的な内容は労働安全衛生規則第40条で定められており、合計で12時間の講習が必要です。主な科目は以下の通りです。
- 作業方法の決定及び労働者の配置に関すること(2時間)
- 労働者に対する指導又は監督の方法に関すること(2.5時間)
- 危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づき講ずる措置に関すること(リスクアセスメント等)(4時間)
- 異常時等における措置に関すること(1.5時間)
- その他現場監督者として行うべき労働災害防止活動に関すること(作業設備・環境の保守管理、労働災害防止についての関心の保持・労働者の創意工夫を引き出す方法など)(2時間)
これらの科目は、職長が現場で直面する様々な状況に対応し、安全かつ効率的に作業を遂行するための実践的な知識とスキルを網羅しています。
安全衛生責任者教育の基本
安全衛生責任者教育は、特に複数の企業が混在して作業を行う建設現場などにおいて、事業者間の連絡調整を通じて労働災害を防止するために重要な役割を担う「安全衛生責任者」に対して行われる教育です。
安全衛生責任者の役割と目的
安全衛生責任者は、労働安全衛生法第16条に基づき、統括安全衛生責任者を選任すべき事業者以外の請負人(関係請負人)が、建設業や造船業の特定事業において選任する立場の人です。複数の下請事業者が同じ場所で作業を行う場合、それぞれの作業が相互に影響し合い、予期せぬ危険が生じる可能性があります。
安全衛生責任者の主な役割は、このような混在作業における労働災害を防止するため、元請の統括安全衛生責任者との連絡調整、および同じ現場で作業を行う他の関係請負人との連絡調整を行うことです。具体的には、統括安全衛生責任者からの指示や連絡事項を自社の作業員に確実に伝達し、その遵守状況を管理すること、また、複数の業者が関わる作業間の安全な段取りや工程について協議し、調整を行うことなどが中心となります。この教育の目的は、安全衛生責任者がこれらの職務を適切に遂行し、現場全体の安全衛生水準の向上に寄与するための知識と能力を習得することにあります。
安全衛生責任者教育の対象者と対象業種
安全衛生責任者教育の対象者は、建設業および造船業の特定事業(複数の事業者が混在して作業を行う事業)において、関係請負人に選任された安全衛生責任者です。具体的には、その事業者の代表として、元請の統括安全衛生責任者と連絡・調整を行う立場にある人が受講義務を負います。
対象業種は、建設業と造船業のうち一定の数以上の従業員を使用する現場に限定されています。これらの業種は、構造的に多くの下請事業者が同一の場所で複雑に作業に関与するため、事業者間の連絡調整を担う安全衛生責任者の選任と教育が法律で義務付けられているのです。
安全衛生責任者教育の主な内容と時間
安全衛生責任者教育の講習時間は合計14時間です。その内容は、職長教育(12時間)の科目を全て含んだ上で、さらに以下の2つの科目が追加されます。
- 安全衛生責任者の職務等(安全衛生責任者の役割や心構え、関係法令など)(1時間)
- 統括安全衛生管理の進め方(安全施工サイクルや安全工程の打ち合わせの進め方など)(1時間)
これらの追加科目は、安全衛生責任者が元請事業者や他の下請事業者とのコミュニケーションや調整業務を円滑に行うために不可欠な知識を付加することを目的としています。
職長教育と安全衛生責任者教育の違い
職長教育と安全衛生責任者教育は、どちらも建設現場の安全衛生水準の向上という共通の目的を持っていますが、その役割、対象者、法的根拠、教育内容には明確な違いがあります。これらの違いを理解することは、適切な人材育成と法令遵守に繋がります。
役割と責務の根本的な違い
最も大きな違いは、その役割と責務の範囲です。
- 職長
現場の最前線で、自らが率いる作業チームの労働者を直接指導・監督し、作業の安全かつ効率的な遂行に責任を持ちます。作業計画の作成、危険箇所の特定と対策、作業員への具体的な指示や安全指導などが主な業務です。いわば「実行部隊のリーダー」です。 - 安全衛生責任者
複数の業者が混在する現場において、主に事業者間の「連絡調整」を通じて、混在作業に起因する労働災害の防止に責任を持ちます。統括安全衛生責任者からの指示の伝達や、他社との作業スケジュールの調整などが主な業務であり、直接的に作業員を指揮する立場ではありません。いわば「安全のための外交官」のような役割です。
対象者と法的根拠の違い
教育の対象となる人と、その根拠となる法律も異なります。
- 職長教育
- 対象者:新たに職務につく職長や、作業員を直接指導・監督する者。
- 法的根拠:労働安全衛生法第60条。
- 安全衛生責任者教育
- 対象者:建設業・造船業で選任された安全衛生責任者。
- 法的根拠(選任):労働安全衛生法第16条。教育自体は、この選任された者が受けるべきものとして位置づけられています。
教育内容と時間数の違い
それぞれの役割に応じた専門知識を習得するため、教育内容と時間数にも違いがあります。
項目 | 職長教育(12時間) | 安全衛生責任者教育(14時間) |
---|---|---|
作業方法の決定及び労働者の配置に関すること | 2時間 | 2時間 |
労働者に対する指導又は監督の方法に関すること | 2.5時間 | 2.5時間 |
危険性又は有害性等の調査及びその結果に基づき講ずる措置に関すること(リスクアセスメント等) | 4時間 | 4時間 |
異常時等における措置に関すること | 1.5時間 | 1.5時間 |
その他現場監督者として行うべき労働災害防止活動に関すること | 2時間 | 2時間 |
安全衛生責任者の職務等 | — | 1時間 |
統括安全衛生管理の進め方 | — | 1時間 |
安全衛生責任者教育は、職長教育の科目に加え、事業者間調整に必要な「安全衛生責任者の職務等」と「統括安全衛生管理の進め方」の2時間が追加されています。
なぜ建設業では「職長・安全衛生責任者教育」として統合されることが多いのか
建設現場の実情として、下請事業者の職長が、その事業者の代表として安全衛生責任者を兼務するケースが非常に多く見られます。これは、職長が日々の作業状況や現場の危険箇所を最もよく把握しているため、元請の統括安全衛生責任者や他の関係請負人との連絡調整役としても適任であると考えられるからです。
このような実態を踏まえ、厚生労働省は、職長教育(12時間)と安全衛生責任者教育(職長教育の科目に2時間追加)を統合した14時間の「職長・安全衛生責任者教育」としての実施を推奨しています。これにより、職長として必要な現場管理能力と、安全衛生責任者として必要な連絡調整能力を一度の教育で効率的に習得できるため、建設業ではこの統合教育が一般的となっています。
職長教育と安全衛生責任者教育を受講する際の注意点
これらの重要な教育を効果的に活用し、法令を遵守するためには、受講対象者の正確な把握、再教育の必要性、そして適切な講習機関の選定など、いくつかの注意点があります。
受講対象者の確認と選任の法的義務
まず、自社の誰がどの教育を受ける必要があるのか、また安全衛生責任者については誰を選任すべきかを正確に把握することが不可欠です。
- 職長教育の対象者
労働安全衛生法第60条に基づき、建設業や製造業など定められた業種で、新たに職務につく職長やその他作業員を直接指導・監督する者に対して、事業者は教育を実施する義務があります。役職名ではなく、実質的な業務内容で判断されます。 - 安全衛生責任者の選任と教育
労働安全衛生法第16条に基づき、建設業や造船業の特定事業において、関係請負人は安全衛生責任者を選任し、元方事業者に報告する義務があります。選任された安全衛生責任者は、安全衛生責任者教育(実態としては多くの場合、職長・安全衛生責任者教育)を修了している必要があります。
法令遵守はもちろんのこと、将来のリーダー候補や、より高い安全意識を涵養したい従業員に対しても、これらの教育機会を計画的に提供することが、企業の安全文化醸成にとって重要です。
再教育(能力向上教育)の重要性と頻度
職長教育および安全衛生責任者教育は、一度受講すれば終わりではありません。技術の進歩、法改正、新たな労働災害事例などを踏まえ、その能力を維持・向上させ、最新の知識に対応するために、定期的な再教育(能力向上教育)の受講が求められています。
この再教育は、厚生労働省の通達(平成3年1月21日付基発第39号)により、概ね5年ごと、および事業場で使用する機械設備等に大幅な変更があった場合に受講することが推奨または規定されています。再教育の内容は、関係法令の改正点、新たな安全技術、近年の災害事例分析、リスクアセスメント手法の再確認などが中心で、講習時間は5時間40分程度が一般的です。
安全管理は継続的な学習とアップデートが不可欠であり、再教育を形骸化させず、実質的な能力向上に繋がる機会として捉えることが重要です。
講習機関の選び方と費用相場
職長教育や安全衛生責任者教育は、各地の労働基準協会連合会やその支部、建設業労働災害防止協会(建災防)の都道府県支部といった公的性格を持つ団体のほか、民間の登録教習機関やコンサルティング会社なども実施しています。
受講方法としては、従来の会場での集合研修に加え、近年ではインターネットを利用したWeb講座(オンライン講座)も普及しており、時間や場所の制約を受けにくいメリットがあります。ただし、職長教育にはグループ討議が含まれることが一般的であるため、Web講座の場合でもその実施方法(例:オンラインでのグループワーク機能の有無など)を確認することが望ましいでしょう。
費用相場としては、建設業で一般的な「職長・安全衛生責任者教育」(14時間コース)の場合、テキスト代込みで1万5千円から2万1千円程度が目安となります。再教育(能力向上教育)はこれよりも安価な傾向にあります。
講習機関を選ぶ際は、実績と信頼性に加え、自社の業種や現場の実態に即したカリキュラムか、アクセスの良さ、開催日程の柔軟性、Web講座の場合はシステムの使いやすさやサポート体制なども考慮するとよいでしょう。また、将来的な継続受講を考え、再教育コースも安定して提供している機関を選ぶことも一考に値します。
資格取得後のキャリアパス
職長・安全衛生責任者教育の修了は、実質的に資格と同様に扱われることが多く、建設業界でのキャリアアップにおいて重要なステップとなります。これらの教育で得た知識や経験は、現場監督や施工管理技士としてのスキル向上に直結し、より大規模な現場や責任あるポジションへの道を開く可能性があります。また、安全管理の専門家としてのキャリアを追求する道も考えられます。自身のキャリアプランと照らし合わせ、計画的にスキルアップを図ることが推奨されます。
職長教育と安全衛生責任者教育の違いを理解して受講しよう
この記事では、建設業に従事される方々にとって必須の知識である「職長教育」と「安全衛生責任者教育」について、それぞれの基本から違い、受講時の注意点に至るまでを解説しました。
職長教育は、現場の最前線で労働者を直接指導・監督するリーダーを育成するための教育であり、作業の安全と効率化に直結します。一方、安全衛生責任者教育は、複数の業者が混在する建設現場において、事業者間の連絡調整を円滑に行い、統括的な安全衛生管理を推進するための教育です。
建設業においては、職長が安全衛生責任者を兼務することが多いため、「職長・安全衛生責任者教育」として統合された形で受講することが一般的であり、厚生労働省もこれを推奨しています。
これらの教育は、一度受けたら終わりではなく、概ね5年ごとの再教育を通じて知識をアップデートし続けることが重要です。法令遵守はもちろんのこと、教育で得た知識とスキルを現場で実践し、安全意識の高い職場文化を醸成していくことが、労働災害のない、安全で快適な建設現場を実現するための鍵となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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