• 更新日 : 2025年8月5日

労働保険のメリット制とは?仕組みや適用条件をわかりやすく解説

「メリット制」という言葉を聞いたことがありますか?労働保険には、事業主の皆さんの努力が保険料に反映される、非常に合理的な仕組みがあります。それが、今回解説する労働保険のメリット制です。

この制度は、労災保険や雇用保険において、労働災害の発生状況や雇用量の変動に応じて保険料率が増減するもので、安全衛生活動に力を入れている企業や、雇用安定に努めている企業ほど保険料の負担が軽減される可能性があります。今回は、このメリット制の仕組みから適用条件、そして事業主の皆さんがこの制度を最大限に活用するためのポイントまで、分かりやすく解説していきます。

労災保険のメリット制とは?

会社を経営している方や総務・労務を担当している方であれば、「労災保険」は身近な制度でしょう。従業員が仕事中や通勤中に怪我や病気になった際に、必要な保険給付を行うための大切な制度です。この労災保険の保険料は、事業の種類ごとに定められた保険料率によって決まりますが、実はすべての会社が一律の保険料を支払っているわけではありません。そこで登場するのが「メリット制」という仕組みです。

メリット制の目的は「災害防止努力の促進」

メリット制の最も大きな目的は、事業主が積極的に労働災害の防止に努めることを促進することにあります。

「災害が多発している事業場」と「何年も無災害を継続している事業場」の保険料負担が同じでは、公平とは言えません。そこで、災害の発生状況に応じて保険料を増減させることで、事業主の災害防止努力を促し、職場全体の安全性を高めていくことを目指しています。

つまり、メリット制は、安全な職場づくりを頑張っている企業ほど保険料負担が軽くなる、インセンティブ(動機付け)の役割を果たす制度なのです。

「メリット」とは保険料の割引・割増のこと

「メリット制」という言葉を聞くと、何か良いことばかりをイメージするかもしれません。しかし、労災保険におけるメリットとは、保険料の「割引」だけでなく「割増」も意味します。

  • 労働災害の発生が少ない事業場 → 保険料が割引される
  • 労働災害の発生が多い事業場 → 保険料が割増される

このように、過去の災害発生状況という「実績」に応じて、次年度以降の保険料率や保険料額が変動するのがメリット制の核心です。災害防止に真摯に取り組む企業にとっては大きなメリットとなり得ますが、逆もまた然りということを理解しておく必要があります。

メリット制の基本的な仕組み

メリット制は、一定期間の「保険料額」と「保険給付額」のバランスを見て、その後の保険料率を調整する仕組みです。このバランスを測る指標として「収支率」が用いられます。

簡単に言えば、「支払った保険料に対して、どれくらいの保険給付が行われたか」を計算し、その割合によって保険料を安くしたり、高くしたりするのです。収支率が低ければ(=災害が少なければ)保険料は割引され、収支率が高ければ(=災害が多ければ)保険料は割増されます。

メリット制で保険料はいくら変わる?

メリット制が適用されると、具体的に労災保険料はどのように変動するのでしょうか。その鍵を握るのが、先ほど少し触れた「収支率」です。この収支率を基に、各事業場に適用される「メリット料率」が決定されます。

この章では、メリット制による保険料の変動メカニズムと、その根拠となる収支率の計算方法について、詳しく掘り下げていきます。

メリット料率の決定プロセス

メリット制によって変動する労災保険料率は、正確には「メリット料率」と呼ばれます。これは、本来の労災保険率から、非業務災害率(全業種一律0.6/1000)を減じた率を一定の範囲で増減させたものです。

メリット料率 = (基準となる労災保険率-非業務災害率)× ((100 ± メリット増減率) / 100)  + 非業務災害率

この「メリット増減率」は、収支率に応じて決定されます。つまり、収支率を計算することが、メリット制適用の第一歩となります。

「収支率」とは?計算方法を解説

収支率は、過去3年間の保険年度における、保険料に対する保険給付の割合を示すものです。計算式は以下の通りです。

収支率 = (過去3年間の保険給付等の額 ÷ (過去3年間の保険料額 × 第一種調整率)) × 100
  • 保険給付等の額
    療養補償給付、休業補償給付、遺族補償年金など、労働災害によって支払われた保険給付の合計額です。ただし、通勤災害や二次健康診断等給付は含まれません。
  • 保険料額
    その事業場が過去3年間に支払った労災保険料の確定保険料額です。
  • 第一種調整率
    一般の事業は0.67、林業は0.51、建設・港湾貨物取扱事業は0.63、船舶所有者の事業は0.35と定められています。

この計算の結果、収支率が85%を超えるか、75%以下かで、保険料の割増・割引が決まります。

収支率が85%を超える: 労働災害が多いと判断され、保険料が割増になります。
収支率が75%以下: 労働災害が少ないと判断され、保険料が割引になります。
収支率が75%超 ~ 85%以下: 保険料の変動はなく、通常の保険料率が適用されます。

保険料の割引・割増率には上限と下限がある

メリット制による保険料の増減には、上限と下限が定められています。事業主の負担が急激に増えすぎたり、減りすぎたりしないようにするための措置です。

割引・割増の幅は、原則として最大40%です。

割引率: 最大で40%の割引
割増率:最大で40%の割増

つまり、どれだけ無災害を続けても保険料がゼロになることはなく、逆に災害が多発しても保険料が際限なく上がり続けるわけではありません。

【事業の種類別】メリット制の適用対象となる条件

メリット制は、すべての事業場に自動的に適用されるわけではありません。事業の規模や期間によって、適用対象となるための一定の条件が設けられています。事業の形態は大きく「継続事業」「一括有期事業」「単独有期事業」の3つに分けられ、それぞれ適用条件が異なります。

ここでは、自社がメリット制の対象となるのかを判断できるよう、事業の種類ごとに適用条件を詳しく解説します。

① 継続事業(一般的な会社はこちら)

継続事業とは、事業の期間が予定されていない、一般的な会社や工場、商店などを指します。多くの企業はこちらに該当します。

継続事業でメリット制が適用されるための条件は、以下の2つを両方満たすことです。

  1. 保険関係が成立してから3年以上経過していること。
  2. 以下のいずれかの規模要件を満たすこと。
    • 従業員数が100人以上であること。
    • 従業員数が20人以上100人未満で、かつ「災害度係数」が0.4以上であること。
    • (建設業・立木の伐採事業の場合)確定保険料が100万円以上であること。

少し難しい「災害度係数」という言葉が出てきました。これは、業種ごとの災害発生リスクを数値化したもので、リスクの高い業種ほど大きな値になります。自社の災害度係数がわからない場合は、所轄の労働局や労働基準監督署に確認することができます。

② 一括有期事業(建設業や立木の伐採事業など)

一括有期事業とは、建設工事や立木の伐採事業のように、一つ一つの事業には期間の定めがあるものの、それらをまとめて一つの事業として取り扱うものを指します。

一括有期事業でメリット制が適用される条件は、保険関係が成立して3年以上を経過しており、連続する保険年度中の各保険年度において確定保険料額が40万円以上であることです。

③ 単独有期事業(大規模な建設工事など)

単独有期事業とは、一括有期事業に該当しない、独立した有期事業のことです。例えば、大規模なビル建設やトンネル工事などがこれにあたります。

単独有期事業でメリット制が適用される条件は、以下のいずれかを満たすことです。

  1. 確定保険料の額が40万円以上であること。
  2. 建設の事業で、工事の請負金額が1億1,000万円以上であること。
  3. 立木の伐採の事業で、素材の見込生産量が1,000立方メートル以上であること。

中小企業向けの特例「特例メリット制」とは?

通常のメリット制では最大±40%の調整幅ですが、中小企業における労働災害防止活動を一層促進する趣旨で、所定の安全衛生措置を講じた中小企業事業主を対象に「特例メリット制」(通常は最大±40%のメリット増減率を最大±45%とする制度)を設けています。

特例メリット制の適用要件

特例メリット制の適用を受けるためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。

① メリット制適用の継続事業であること
メリット制が適用される継続事業であり、「建設の事業」及び「立木の伐採の事業」以外の事業であること が必要です。

② 中小企業事業主であること
企業全体の常時使用する労働者数が業種に応じた基準以下であることが条件です。

主たる事業の種類労働者数の上限
金融業、保険業、不動産業、小売業、飲食店50人以下
卸売業、サービス業100人以下
上記以外の事業300人以下

③ 所定の安全衛生措置を講じたこと
以下のいずれかの措置を実施する必要があります。

  • 快適職場推進計画による措置
  • 労働安全衛生マネジメントシステムの実施

④ 適切な期間内での申告
安全衛生措置を講じた保険年度の次の保険年度の初日から6か月以内に、特例メリット制の適用を申告していること が必要です。

メリット制との違い

通常のメリット制との主な違いは調整幅の拡大と、特例適用の申告要件や安全衛生措置などが必要なことです。

調整幅の違い

メリット収支率通常のメリット制特例メリット制
5%以下-40%-45%
75%超え85%まで0%0%
160%超え+40%+45%

安全衛生措置を講じた保険年度の翌々保険年度から3年間、特例メリット制による労災保険率の増減が適用されます。

申請手続き

特例メリット制の適用には2段階の手続きが必要です。

  1. 安全衛生措置の確認
    都道府県労働局安全衛生主務課で安全衛生措置の実施確認を受ける
  2. 特例メリット制の申告
    確認後、労働保険徴収主務課に特例適用を申告する

メリット制を理解する上での注意点

メリット制は、企業の安全衛生への取り組みを保険料に反映させる合理的な制度ですが、正しく理解しておくべきいくつかの注意点があります。制度の適用タイミングや、特殊なケースでの取り扱いを知ることで、より正確な資金計画や労務管理に繋がります。

最後に、メリット制を運用する上で押さえておきたいポイントを解説します。

すぐに適用されるわけではない

メリット制の適用条件を満たしたからといって、すぐにその翌年度から保険料が変動するわけではありません。

メリット制は基準日(3月31日)に条件を満たしている事業場に対し、その翌々保険年度から適用されます。例外的な特例もあるため注意が必要です。

例えば、2023年3月31日時点で初めて適用条件を満たした場合、収支率の算定期間(過去3年間)を経て、実際にメリット料率が適用されるのは2025年度の保険料から、ということになります。適用までにはタイムラグがあることを覚えておきましょう。

第三者行為災害の扱いは?

「第三者行為災害」とは、交通事故のように、労災の原因が第三者(加害者)にある災害のことです。

この場合、被災した従業員への保険給付はまず労災保険から行われますが、政府は後でその費用を第三者(加害者)に請求(求償)します。メリット制の収支率を計算する際には、この政府が求償した金額分は、保険給付額から控除されます。

つまり、第三者の責任で発生した災害によって、事業場の収支率が不当に悪化し、保険料が割増されるといった不利益が生じないように配慮されています。

複数事業場がある場合の考え方

複数の工場や支店を持つ企業の場合、労災保険の適用は原則として事業場ごとに行われます。したがって、メリット制の適用も、それぞれの事業場が適用条件を満たしているかどうかで個別に判断されます。

本社ではメリット制が適用されていても、小規模な支店では適用されない、といったケースは十分にあり得ます。企業全体としてではなく、事業場単位で管理することが重要です。

メリット制を理解し、安全な職場づくりを目指そう

この記事では、労災保険の「メリット制」について、その仕組みから対象事業、計算方法、注意点までを網羅的に解説しました。

メリット制は、単に保険料が安くなる・高くなるという制度ではありません。日々の安全衛生活動や災害防止への努力が、保険料という具体的な形で評価される仕組みです。この制度を正しく理解することは、適切な保険料コストの管理に繋がるだけでなく、従業員が安心して働ける職場環境を構築する上で、非常に重要な意味を持ちます。

自社の労働災害の発生状況を把握し、収支率を意識することは、安全管理体制を見直す良いきっかけにもなります。これを機に、メリット制の適用を目指し、さらなる労働災害防止に努めてみてはいかがでしょうか。


※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。

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