- 作成日 : 2025年9月3日
複数基準配賦法とは?単一基準配賦法との違いや計算例をわかりやすく解説
より正確な原価計算を目指すうえで、複数基準配賦法は原価管理の精度向上に有効とされる手法の一つです。製造間接費を適切に製品へ配賦することで、経営判断の精度を高めます。しかし、単一基準配賦法との違いや、計算が複雑そうだと感じて導入をためらう方もいるかもしれません。
この記事では、複数基準配賦法の基本的な考え方から、具体的な計算例、簿記上の仕訳まで、初心者の方にもわかりやすく解説します。
目次
複数基準配賦法とは?
複数基準配賦法とは、製造間接費を「変動費」と「固定費」に分け、それぞれに異なる配賦基準を用いて製品原価を計算する方法です。 なぜ、わざわざ費用を分けて、異なる基準を使う必要があるのでしょうか。その基本的な考え方と目的について見ていきましょう。
なぜ複数基準配賦法が必要なのか?
この方法が必要な理由は、製造間接費に含まれる変動費と固定費では、その発生原因(発生メカニズム)が異なるためです。 変動費は、工場の稼働時間など「操業度」に比例して増減します。一方で、固定費は操業度にかかわらず一定額が発生します。
この性質の違う2つの費用を同じ一つの基準で配賦してしまうと、操業度の変化によって製品1個あたりの原価が不合理に変動し、原価が操業度の影響を強く受けるため、精度が低下するリスクがあります。複数基準配賦法は、この問題を解決するために生まれました。
変動費と固定費で基準を分けるのがポイント
複数基準配賦法では、費用の性質に合わせて配賦基準を使い分けるのが最大のポイントです。
- 変動費の配賦:
操業度に比例して発生するため、実際の操業度(例:実際の機械稼働時間)を基準に配賦します。 - 固定費の配賦:
操業度に関係なく発生するため、あらかじめ定めた正常な操業度(例:年間の標準的な機械稼働時間)を基準に配賦します。
これにより、生産量の変動に左右されない、安定した製品原価を計算できるようになります。
複数基準配賦法と単一基準配賦法との違い
複数基準配賦法を理解するために、従来の方法である「単一基準配賦法」との違いを比較してみましょう。
単一基準配賦法の計算と問題点
単一基準配賦法とは、製造間接費を変動費と固定費に分けず、総額を一つの配賦基準(例:実際の機械稼働時間)で配賦する方法です。計算が簡単なのがメリットですが、以下のような問題点があります。
たとえば、生産量が落ちて工場の操業度が下がると、実際稼働時間も減ります。すると、総額は変わらない固定費が少ない時間で割り算されるため、1時間あたりの配賦率が高くなり、製品1個あたりの原価が不当に高く計算されてしまいます。これは、経営者の価格決定や業績評価を誤らせる原因になりかねません。
複数基準配賦法のメリット
複数基準配賦法は、単一基準配賦法の問題点を解決し、より精度の高い原価管理を実現します。 変動費と固定費を分けて計算することで、生産量の変動が製品原価に与える不合理な影響を排除できます。これにより、より正確な製品原価にもとづく価格設定や、業績評価の参考指標として活用しやすくなる点が、大きなメリットです。
単一基準配賦法と複数基準配賦法の比較まとめ
項目 | 単一基準配賦法 | 複数基準配賦法 |
---|---|---|
計算方法 | 製造間接費の総額を一つの基準で配賦 | 変動費と固定費に分け、2つの基準で配賦 |
計算の簡便性 | 簡単 | 複雑 |
原価計算の精度 | 低い(操業度に影響される) | 高い(操業度の影響を排除) |
メリット | 計算がシンプル | 正確な原価計算、適切な業績評価ができる |
デメリット | 原価情報が不正確になりがち | 計算や固変分解に手間がかかる |
複数基準配賦法の計算手順と具体例
複数基準配賦法の計算は、決まった手順に沿って進めれば難しくありません。ここでは、計算の4ステップと、2つの具体例を解説します。
複数基準配賦法の計算の4ステップ
ステップ1:製造間接費を変動費と固定費に分解する
製造間接費の予算額を、変動費と固定費に分けます(固変分解)。
ステップ2:変動費と固定費それぞれの配賦率を計算する
変動費は実際操業度、固定費は基準操業度で割り、それぞれの配賦率を求めます。
ステップ3:各部門(製品)への配賦額を計算する
求めた配賦率を使い、変動費と固定費それぞれの配賦額を計算します。
ステップ4:変動費と固定費の配賦額を合計する
両者の配賦額を合計し、最終的な製造間接費の配賦額を算出します。
計算例1:基本的な配賦計算
ある工場(A部門、B部門)の製造間接費のデータが以下のとおりとします。
- 製造間接費予算:変動費 600,000円、固定費 400,000円
- 基準操業度(正常機械時間):1,000時間
- 実際操業度(実際機械時間):A部門 500時間、B部門 300時間、合計 800時間
1. 配賦率の計算
- 変動費配賦率:600,000円 ÷ 1,000時間 = 600円/時間
- 固定費配賦率:400,000円 ÷ 1,000時間 = 400円/時間
2. 配賦額の計算
- A部門への配賦額:
- 変動費:600円/時間 × 500時間 = 300,000円
- 固定費:400円/時間 × 500時間 = 200,000円
- 合計:500,000円
- B部門への配賦額:
- 変動費:600円/時間 × 300時間 = 180,000円
- 固定費:400円/時間 × 300時間 = 120,000円
- 合計:300,000円
計算例2:予定配賦を用いた差異分析
実務では、計算した予定配賦額と、実際の発生額との差額(差異)を分析することが重要です。計算例1の続きで、差異分析まで行います。
- 当月の製造間接費の実際発生額が「変動費 500,000円、固定費 410,000円、合計 910,000円」だったとします。
- 合計予定配賦額は、A部門(50万)+ B部門(30万)= 800,000円です。
1. 総差異の計算
- 製造間接費配賦差異:実際発生額 910,000円 – 予定配賦額 800,000円 = 110,000円(不利差異) (不利差異とは、予定よりもコストが多くかかったことを意味します)
2. 差異の分解(予算差異と操業度差異)
この110,000円の不利差異の原因を、さらに詳しく分析します。
- 予算差異:実際発生額と、実際操業度における予算許容額との差。純粋なコストの使いすぎを示します。
- 予算許容額 =(変動費率600円 × 実際800時間)+ 固定費予算40万円 = 880,000円
- 予算差異 = 実際発生額 910,000円 – 予算許容額 880,000円 = 30,000円(不利差異)
- 操業度差異:固定費の回収不足額。工場の稼働率が予定より低かったことを示します。
- 操業度差異 = 固定費率400円 ×(基準1,000時間 – 実際800時間) = 80,000円(不利差異)
これで、総差異11万円の内訳が「コストの使いすぎで3万円、工場の稼働率低下で8万円」の損失だったことがわかります。
複数基準配賦法の仕訳(簿記)
複数基準配賦法を会計帳簿に記録する際の、基本的な仕訳の流れを見ていきましょう。
製造間接費の予定配賦
まず、計算例2で算出した予定配賦額を、製品の原価である「仕掛品」勘定に振り替えます。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
仕掛品 | 800,000 | 製造間接費 | 800,000 |
実際発生額との差異分析(操業度差異など)
次に、製造間接費の実際発生額(910,000円)を計上し、予定配賦額との差額を「製造間接費配賦差異」として計上します。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
製造間接費 | 910,000 | 現金預金など | 910,000 |
この時点で、「製造間接費」勘定の借方残高が110,000円(借方91万 – 貸方80万)となり、これが配賦差異となります。これを「製造間接費配賦差異」勘定に振り替えます。
借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
---|---|---|---|
製造間接費配賦差異 | 110,000 | 製造間接費 | 110,000 |
最終的に、この差異は売上原価に加算または減算されます。この差異をさらに「予算差異」や「操業度差異」に分析することで、なぜ差異が発生したのか(予算の使いすぎか、工場の稼働率の問題かなど)を明らかにできます。
複数基準配賦法と責任会計
複数基準配賦法は、原価計算を精密にする目的もありますが、「責任会計」という経営管理手法と深く結びついています。
責任会計とは
責任会計とは、社内の組織単位ごとに権限と責任を明確にし、その責任範囲内で達成すべき業績を評価する管理手法です。ポイントは、「管理可能性」の原則、すなわち各部門の管理者が自らコントロールできる費用についてのみ責任を負うという考え方です。
複数基準配賦法が責任会計にどう貢献するか
複数基準配賦法による差異分析は、責任会計を実践するうえで非常に有効です。 先ほどの計算例で算出した「予算差異」と「操業度差異」を考えてみましょう。
- 予算差異(30,000円の不利差異)
材料の無駄遣いや光熱費の非効率な利用など、主に現場の製造部門が管理できる(コントロール可能な)原因で発生します。したがって、この差異の責任は製造部門の管理者にあると考えられます。 - 操業度差異(80,000円の不利差異)
工場の稼働率が予定より低かったことを示します。その原因が、営業部門の販売不振による生産量の減少にある場合、これは製造部門ではコントロールできません。この差異の責任は、営業部門や、生産計画を立てた管理者にあると考えられます。
このように、複数基準配賦法を用いて差異を分解することで、誰が何に対して責任を負うべきかを分析する材料となります。これにより、不公平な業績評価をなくし、各部門が自らの責任範囲で改善活動に取り組むことを促すことにつながります。
複数基準配賦法を導入する際の注意点
複数基準配賦法は精度が高い一方で、導入には費用の分解や基準設定の難しさ、管理コストの増大といった課題も伴います。 実務でつまずかないために、以下の3つのポイントを理解しておくことが大切です。
製造間接費の固変分解が複雑
第一のハードルは、製造間接費を変動費と固定費に正確に分解(固変分解)する作業の複雑さです。 材料費のように明らかに変動費とわかるもの、減価償却費のように固定費とわかるものもありますが、修繕費や光熱費のように、両方の性質を持つ「準変動費」や「準固定費」も少なくありません。
これらを正確に分解するには、勘定科目法、回帰分析といった専門的な知識や手法を用いる必要がありますが、中小企業の実務では、過去のデータから実態に即した比率を合理的に決定するといった判断も求められます。
基準操業度の設定が難しい
第二に、固定費配賦の精度を左右する「基準操業度」の設定が、実務上の大きな課題となります。 基準操業度とは、季節的変動などをならした、企業の生産設備を正常かつ効率的に利用した場合に達成可能な操業度を指します。この設定が甘すぎたり厳しすぎたりすると、操業度差異が常に大きく発生してしまい、管理会計上の指標として機能しなくなります。
過去の実績や将来の販売計画などをふまえ、客観的かつ合理的に設定することが極めて重要です。
管理コストの増大
最後に、単一基準配賦法に比べて計算プロセスが複雑になるため、経理部門の業務負担といった管理コストの増大は避けられません。
Excelでの管理には限界が生じやすく、計算ミスや属人化のリスクも高まります。この手法を本格的に運用するには、担当者のスキルアップはもちろん、将来的には原価計算に対応した会計システムや生産管理システムの導入も視野に入れる必要があるでしょう。
複数基準配賦法でより精度の高い原価管理を実現する
複数基準配賦法は、単一基準配賦法に比べて計算は複雑になりますが、それを上回るメリットがあります。費用の性質に応じて変動費と固定費を異なる基準で配賦することで、生産量の変動に左右されない、安定的な製品原価を算出できます。
これは、的確な価格戦略や、公平な業績評価、そして責任会計体制の構築につながる、高度な原価管理の第一歩です。自社の原価計算の精度に課題を感じているなら、複数基準配賦法の導入を検討してみてはいかがでしょうか。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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