- 更新日 : 2025年11月4日
出向者の給与計算はどうする?負担割合や社会保険の注意点
出向者の給与計算は、出向元と出向先、どちらの企業が給与を支払い、どちらがその費用を負担するかを、事前の出向契約で明確に定めるのが基本です。この契約内容によって、給与の支払い方法から社会保険の手続き、税務上の処理まで、すべての取り扱いが決まります。
「社会保険はどちらの会社で手続きするのか」「出向先が負担する金額はどう決めるのか」など、担当者が抱える疑問は少なくありません。
この記事では、出向者の給与計算における支払パターンから、社会保険・税務上の注意点、トラブルを防ぐための契約のポイントまでを分かりやすく解説します。
目次
そもそも出向とは?在籍出向と移籍出向の違い
出向とは、従業員が自社(出向元)との雇用契約を維持したまま、別の会社(出向先)の指揮命令下で長期間働く勤務形態を指します。グループ会社間の人材交流、経営指導、従業員のキャリア形成、技術指導、あるいは一時的な人員調整など、様々な目的で行われます。
給与計算のルールを理解する前に、まず2種類の出向の違いを明確に把握しておくことが重要です。
- 在籍出向
出向元との雇用関係を維持したまま、出向先で勤務する形態です。本記事で解説する給与計算は、主にこの在籍出向を対象とします。従業員は出向期間が終了すれば出向元に復帰することが前提であり、労働契約の籍は出向元にあります。 - 移籍出向(転籍)
出向元との雇用契約を合意の上で終了させ、出向先と新たに雇用契約を結ぶ形態です。これは実質的に「転職」と同じ扱いです。そのため、給与計算や社会保険の手続きはすべて移籍先の企業が行うことになり、本記事で解説する複雑な問題は基本的に生じません。
出向者給与の支払・負担パターンはどう決める?
在籍出向における給与計算の最も重要なポイントは、「誰が給与を支払い(支払元)」、「誰がその費用を実質的に負担するか(負担元)」です。これは出向元と出向先の協議によって決定され、主に以下の3つのパターンがあります。
それぞれのメリット・デメリットを理解し、自社の状況に合った方法を選択する必要があります。
【直接負担方式】出向元が給与を支払い、出向先が費用を負担する
出向元が給与支払いや社会保険手続きを継続し、出向先はその費用を「出向負担金」として出向元に支払う、実務上多く採用されている方式です。
- 給与支払:出向元が出向者に給与を全額支払います。
- 費用負担:出向先は、あらかじめ取り決めた金額を「出向負担金」として出向元に支払います。
この直接負担方式は、出向社員の給与体系や福利厚生、退職金制度などを出向元の基準のまま維持できるため、社員が安心して出向できるというメリットがあります。
また、給与の支払元と社会保険の加入元が一致するため、事務処理が比較的簡潔になる点も企業側にとって魅力的です。出向先は労働の対価として、人件費相当額を出向元に支払う形となります。
実務上の注意点
出向負担金の内訳は、出向契約書で明確に定めておきましょう。給与や賞与だけでなく、会社が負担する社会保険料(法定福利費)、退職金引当金、福利厚生費など、どこまでの範囲を請求するかを双方で合意形成することが、後のトラブルを防ぎます。
税務上、出向負担金が合理的な根拠なく過大または過小と判断される場合、「寄附金」として扱われることがあります。寄附金と判断されると損金に算入できなくなるため、負担金の算定根拠は客観的に説明できるようにしておかなければなりません。
【間接負担方式】 出向先が給与を支払い、差額を出向元が調整する
出向先が出向社員に直接給与を支払い、出向元の給与水準に満たない場合にその差額を出向元が補填する方式です。
- 給与支払:出向先が出向者に直接給与を支払います。
- 費用負担:もし出向先の給与が出向元の基準より低い場合、その差額を補填するために出向元が出向者に「差額補填金」を支払うなど、両社で費用を分担します。
出向者が他の出向先社員と同じ給与体系で働くため、指揮命令系統の統一性が保ちやすく、出向先での業務への一体感が生まれやすいメリットがあります。ただし、従業員が給与を2社から受け取ることになるため、社会保険の手続きや年末調整が煩雑になるというデメリットも考慮しなければなりません。
実務上の注意点
特に社会保険の手続きが複雑になります。2か所以上の事業所から報酬を受ける場合、主たる事業所を選択し、年金事務所へ「二以上事業所勤務届」の提出が必要です。
保険料は両社の給与を合算した額で決まり、各社が支払う給与額に応じて按分して納付します。 また、年末調整は原則として主たる給与の支払者(多くは出向元)が、出向先の給与情報も含めて行うことになります。そのため、企業間で源泉徴収票の情報を連携するなどの実務が発生します。
出向先が給与支払いと費用負担のすべてを行う
出向先が給与の支払いから費用負担まで全てを担い、出向元の金銭的負担をなくす方式です。
- 給与支払:出向先が出向者に給与を全額支払います。
- 費用負担:出向元は費用を負担しません。
この方法は、出向が数年以上の長期にわたる場合や、給与水準がほぼ同じグループ会社間での出向などで採用されることがあります。出向先にとっては、自社の給与体系に完全に組み込めるため管理がしやすい一方、出向元との雇用関係は維持されているため、出向元で適用される退職金規程などとの整合性をどう取るか、事前に詳細な取り決めが必要です。
実務上の注意点
出向元の昇給や退職金規程が適用されなくなる可能性があるため、出向期間中の貢献を復帰後の待遇にどう反映させるか、明確なルールを設けるべきでしょう。特に退職金については、出向期間中の勤続年数を通算するのか、出向先で別途積み立てるのかなどを契約で定めておかないと、社員の不利益につながりかねません。実質的に転籍(移籍出向)に近い形となるため、対象となる社員から慎重に同意を得るプロセスも重要です。
出向者の社会保険料はどちらが負担・手続きする?
社会保険の手続きは制度ごとに異なります。健康保険・厚生年金は給与を支払う会社、雇用保険は主たる賃金を支払う会社、労災保険は原則として実際に勤務する出向先で適用されます。ただし労災については、契約内容や実態によっては出向元が責任を負う場合もあるため、個別に確認が必要です。
健康保険・厚生年金保険
原則として、給与を支払う会社で加入手続きを行います。両社から給与が支払われる場合は、どちらの会社を主たる事業所とするかを従業員が選択し、年金事務所に「二以上事業所勤務届」を提出する必要があります。この届出を怠ると、保険料の計算が正しく行えないため注意が必要です。実務上は、主たる給与を支払う会社(多くは出向元)で手続きを一本化するのが一般的です。
雇用保険
主たる賃金を支払う会社(生計を維持するのに必要な、主たる賃金を受けている雇用関係がある方)で加入します。通常、出向元との雇用関係が主となるため、出向元で加入し続けるケースがほとんどです。
労災保険
労災保険は、給与の支払元がどこであっても、実際に指揮命令を受けて働いている事業場(出向先)で適用されます。これは、業務上の安全配慮義務を負い、労働環境を直接管理しているのが出向先であるためです。万が一業務中に事故が発生した場合、保険給付の手続きは出向先が行います。保険料の納付義務も出向先に生じます。
税務上の注意点は?給与負担金と寄付金の違い
出向先から出向元へ支払われる「出向負担金」は、税務上、適切な金額であれば出向先の経費(給与や外注費)として認められます。しかし、この金額が不相当に高い、または低い場合、「寄付金」と見なされ、税務上の不利益が生じる可能性があります。
出向負担金の決め方
出向負担金は、単に出向者の給与額そのものではなく、出向元がその従業員を雇用するために負担している総コストを基準に算出するのが合理的です。そのため、出向負担金の額が出向者の給与額面より多くなるのは当然であり、これが「ピンハネ」に当たることはありません。内訳は主に以下の要素で構成されます。
これらのコストを積み上げて、双方合意の上で負担金の額を決定します。
給与負担金が「寄付金」と見なされる具体的なケース
国税庁の法人税法基本通達では、給与負担金が実質的に出向先への贈与や利益供与にあたる場合、その金額は「寄付金」として扱われると示されています。寄付金と認定されると、経費として認められる金額(損金算入額)に上限があるため、法人税の負担が増えるリスクがあります。具体的には、以下のようなケースが該当します。
- 出向先が経営不振等で、本来負担すべき人件費を支払う能力がないために、出向元が負担している場合。
- 出向元が、給与負担金の名目で出向先の他の経費(交際費など)まで肩代わりしている場合。
- 上記のような合理的な計算根拠がなく、明らかに過大または過小な金額が設定されている場合。
出向期間中の昇給や賞与の扱いはどうなる?
出向期間は数年に及ぶこともあり、その間の昇給や賞与の扱いも重要な論点です。これも出向契約であらかじめ明確に定めておく必要があります。
昇給の扱い
出向元の給与規程に基づいて定期昇給が行われるのか、それとも出向先での評価を基準に昇給額が決まるのかを定めます。出向元の規程を適用する場合、昇給後に出向負担金を改定する手続きについても決めておくとスムーズです。
賞与(報奨金)の扱い
賞与の支給元、算定基準も明確化します。出向元の業績と個人の評価に基づいて出向元が支払うケース、出向先の業績と評価に基づいて出向先が支払うケースなど、様々なパターンが考えられます。いずれの場合も、従業員に支払われた賞与は給与所得として課税対象となり、支払元企業が源泉徴収を行う必要があります。
出向によって給与が下がるのは違法?
出向命令自体が、人事育成や経営支援といった正当な理由に基づき、出向規定や労働協約に根拠があれば有効です。しかし、それに伴い賃金などの労働条件が不利益に変更される場合は、原則として従業員の個別的な同意が必要です。
同意を得る際には、なぜ給与が下がるのかという合理的な理由や、手当の追加などの代替措置、出向元への復帰後の処遇などを丁寧に説明し、書面で合意を得ることが、後のトラブルを防ぐ上で極めて重要です。同意なく一方的に給与を引き下げることは、違法と判断されるリスクが高いでしょう。
出向契約で必ず決めておくべき給与計算の重要ポイント
出向者に関する給与計算や労務管理のトラブルを防ぐためには、出向元と出向先の間で、詳細な「出向契約書」を取り交わし、運用ルールを文書化しておくことが最も重要です。以下に、特に給与計算に関連して定めるべき項目を解説します。
給与の支払元と負担元
前述した3つの支払・負担パターンのうち、どの方法を採用するかを明確に契約書に記載します。これは社会保険の手続きや税務処理の根幹となるため、最も基本的な合意事項です。
給与・賞与の金額と適用規程
出向者の給与や賞与を算定する際に、出向元と出向先、どちらの給与規程を基準にするかを定めます。給与水準が両社で異なる場合は、差額の補填方法や、出向期間中の昇給・賞与の具体的な決定プロセスまで詳細に規定します。
時間外労働(残業代)の計算ルール
時間外労働(残業)の上限を定める36協定や、実際の残業代の計算は、日々従業員を指揮命令し、労働時間を管理する出向先の規程が適用されます。この点を契約書で確認し、残業代の計算基礎や割増率、勤怠の締日などを両社で共有しておく必要があります。
社会保険の手続き分担
健康保険・厚生年金・雇用保険について、どちらの会社が被保険者資格の取得・喪失手続きや保険料の納付義務を負うのかを明記します。特に両社から給与が支払われる場合は、手続きを一本化する会社をどちらにするか、明確に定めます。
出向期間と復帰に関する規定
出向の開始日と終了日を明確に定めます。また、期間を延長する場合や、やむを得ず期間途中で出向を終了する場合の条件も規定しておくと、柔軟な対応が可能になります。さらに、出向期間終了後に出向元へ復帰する際の、配属先や役職などの処遇についても、可能な範囲で定めておくことが望ましいでしょう。
出向者の給与計算は事前の契約と丁寧な説明が重要
出向者の給与計算は、出向元と出向先のどちらが給与を支払い、どちらが費用を負担するかという、事前の取り決めがすべての基本となります。
給与の支払パターンによって社会保険の手続き方法が変わり、出向負担金の額は税務上のリスクにも影響します。後々のトラブルを避けるためにも、詳細な出向契約書を締結し、給与・社会保険・残業などのルールを明確に定めておくことが大切です。また、給与額の変動など、従業員本人に関わる重要な変更については、必ず事前に十分な説明を行い、理解を得ることが円滑な出向制度運用のために不可欠と言えるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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