- 作成日 : 2025年6月20日
法人化の売上分岐点とは?節税シミュレーションやあえて法人化しないケースも紹介
個人事業主として事業が軌道に乗り、売上や利益が伸びてくると、次に考えるのが「法人化」ではないでしょうか。
一般的に、ある一定の所得を超えると、個人事業主として所得税・住民税を支払うよりも、法人化して法人税等を支払う方が税負担を抑えられるケースが出てきます。この税負担が逆転するおおよそのラインが、いわゆる「売上分岐点」や「利益分岐点」として意識されるのです。
この記事では、法人化の売上分岐点について分かりやすく解説します。
目次
法人化の売上分岐点とは
法人化の売上分岐点とは、個人事業主として事業を続けるよりも、法人化した方が節税効果などの金銭的メリットが大きくなる売上高または所得の水準を指します。
重要なのは、売上分岐点は法律で明確に定められているものではなく、個々の事業状況や経費構造、将来の事業計画などによって変動するということです。そのため、一概に「売上が〇〇万円を超えたら法人化すべき」と断言できるものではありません。
個人事業主の場合、売上から必要経費を差し引いた「所得」に対して所得税や住民税が課税されます。一方、法人の場合は、代表者個人への給与(役員報酬)は法人の経費となり、役員報酬を受け取った個人は給与所得として所得税・住民税が課税されます。そして、法人の利益に対して法人税等が課税される仕組みです。この税金の計算の違いが、分岐点を考える上での前提となります。
法人化の分岐点は所得と売上のどちらで考えるべき?
法人化の分岐点は、売上ではなく所得で考える方が実態に近いです。なぜなら、税金は売上そのものではなく、売上から経費を差し引いた「所得」に対して課税されるからです。
例えば、同じ売上1,000万円でも、経費が200万円で利益800万円の事業と、経費が800万円で利益200万円の事業とでは、税負担は大きく異なります。したがって、ご自身の事業の利益率を把握し、所得ベースでシミュレーションすることが重要です。
ただし、一般的に「売上」で語られることが多いのは、所得を把握するよりも売上の方が客観的に捉えやすく、大まかな目安としてコミュニケーションが取りやすいためでしょう。この記事でも便宜上「売上分岐点」という言葉を使いつつ、所得の重要性も強調していきます。
法人化の売上分岐点の目安
よく言われる法人化の売上分岐点の目安としては、以下のようなものがあります。
- 売上高:800万円~1,000万円程度
- 所得:800万円程度
これらの数値が目安とされる主な根拠は以下の通りです。
所得税と法人税の違い
個人事業主の所得税は、所得が多くなるほど税率が上がる「累進課税制度」(5%〜45%)です。一方、法人税は基本的に一定の税率(資本金1億円以下の普通法人の場合、所得800万円以下の部分は15%、800万円超の部分は23.2% ※2025年5月現在)です。そのため、所得が一定額を超えると、個人の高い所得税率よりも法人税率の方が有利になるポイントが出てきます。
法人化による節税効果
その他、法人化によって以下の節税効果があると言われています。
給与所得控除
法人化すると、経営者自身に役員報酬を支払うことができます。この役員報酬は給与所得となり、「給与所得控除」が認められます。これにより、同じ所得額でも個人事業の所得より課税対象額を圧縮できる場合があります。
消費税の免税
課税売上高が1,000万円を超えると、その2年後(または特定期間の売上により翌年)から消費税の課税事業者となります。法人を設立すると、資本金1,000万円未満であれば原則として設立から最大2年間は消費税が免除される(特定期間の課税売上高による判定あり)というメリットがあります。
法人化の売上分岐点に影響を与える税金
法人化を検討する上で最も大きな動機の一つが「節税」です。ここでは、個人事業主と法人で具体的にどのような税金がかかり、どう違うのかを比較してみましょう。
個人事業主にかかる税金
個人事業主が納める主な税金は以下の通りです。
- 所得税:所得(売上-経費)に対して課税されます。所得額に応じて税率が5%から45%まで変動する累進課税です。
- 住民税:所得割は、所得に対して一律約10%(都道府県民税・市区町村民税の合計)が課税されます。所得割の他に均等割もあります。
- 個人事業税:原則として所得が290万円を超えた場合に、業種に応じた税率(3%〜5%)で課税されます。
- 消費税:課税売上高が1,000万円を超えた場合などに納税義務が発生します(インボイス制度導入により、免税事業者も登録を検討するケースが増えています)。
法人にかかる税金
法人が納める主な税金は以下の通りです。
- 法人税:法人の所得に対して課税されます。資本金1億円以下の普通法人の場合、所得金額に応じて税率が異なります(例:年800万円以下の部分は15%、年800万円超の部分は23.2% ※2025年5月現在)。
- 法人住民税:法人税割(法人税額に応じて課税)と均等割(資本金や従業員数に応じて定額で課税、赤字でも発生)があります。
- 法人事業税:法人の所得に対して課税されます。所得割の他に、資本金1億円超の法人には外形標準課税も適用されます。
- 消費税:個人事業主と同様、課税売上高が1,000万円を超えた場合などに納税義務が発生します。
- 固定資産税など:事業用の資産を所有している場合は固定資産税などもかかります(これは個人事業主も同様)。
経営者個人としては、法人から受け取る役員報酬に対して所得税・住民税が課税されます。
法人化による節税効果のシミュレーション
法人化による節税効果を具体的にイメージするために、簡単なシミュレーション例を見てみましょう。前提は以下の通りです。
個人事業主の場合
- 所得税(速算表に基づく概算):600万円 × 20% – 42万7,500円 = 77万2,500円
- 住民税(概算):600万円 × 10% = 60万円
- 個人事業税(概算):(600万円 – 290万円) × 5% = 15万5,000円
- 合計税負担(概算):約152万7,500円
法人の場合
- 社長への役員報酬を400万円と設定
- 法人の利益:600万円 – 400万円(役員報酬)= 200万円
- 社長個人の税金
- 給与所得控除(400万円の場合):400万円 × 20% + 44万円 = 124万円
- 給与所得:400万円 – 124万円 = 276万円
- 所得税(速算表に基づく概算):276万円 × 10% – 9万7,500円 = 17万8,500円
- 住民税(概算):276万円 × 10% = 27万6,000円
- 社長個人の税負担(概算):約45万4,500円
- 法人の税金
- 法人税:200万円 × 15% = 30万円
- 法人住民税(均等割は仮に7万円、法人税割は法人税額の一定割合だが簡略化)
- 法人事業税(所得割、簡略化)
- 法人の税負担(法人税のみ概算):約30万円 + α(法人住民税、、法人事業税等)
- 合計税負担(概算):約45万4,500円(個人) + 30万円~(法人) = 約75万4,500円~
この簡易シミュレーションの通り、法人化によって税負担が大きく軽減される可能性が示唆されます。これは、役員報酬に給与所得控除が適用されること、そして法人税率が個人の所得税の最高税率よりも低い水準にあるためです。
ただし、上記はあくまで簡略化されたシミュレーションです。ご自身の状況に合わせた正確なシミュレーションは、税理士などの専門家に依頼することをおすすめします。
法人化によるデメリット・後悔しないための注意点
多くのメリットがある法人化ですが、当然ながらデメリットや注意点も存在します。「こんなはずじゃなかった」と後悔しないためにも、事前にしっかりと把握しておきましょう。
設立・運営コストの増加
法人を設立し、維持していくためには、個人事業主にはないコストが発生します。
設立費用
運営コスト
- 税理士費用:法人の会計・税務申告は複雑なため、税理士への依頼が一般的です。顧問料などの費用が発生します。
- 社会保険料:後述しますが、法人化すると社会保険への加入が義務となり、その保険料負担(会社負担分と個人負担分)は個人事業主の国民健康保険・国民年金よりも高くなるケースが多いです。
- 法人住民税(均等割):法人は赤字であっても、資本金等に応じて最低限支払わなければならない法人住民税の均等割(年間7万円〜)が発生します。
- その他:登記変更費用(役員変更、本店移転など)、官報公告費用などがかかる場合もあります。
これらのコスト増を吸収できるだけの利益が見込めるか、事前に試算しておくことが重要です。
会計・事務処理の煩雑化
法人の会計処理や税務申告は、個人事業主(特に白色申告や簡易な青色申告)と比較して格段に複雑になります。
これらの事務負担を経営者自身が全て行うのは現実的ではなく、多くの場合、税理士や社会保険労務士といった専門家のサポートが必要になります。
社会保険への加入義務
法人化すると、社長1人の会社であっても、原則として健康保険と厚生年金保険(いわゆる社会保険)への加入が法律で義務付けられています。
社会保険料は、従業員(役員を含む)の給与(役員報酬)に基づいて計算され、会社と個人がそれぞれ約半分ずつ負担します。国民健康保険料や国民年金保険料と比較して、総額としての負担が増えるケースが多いです。特に、扶養家族が多い場合や、個人事業主時代に国民健康保険料の減免を受けていた場合などは、負担増を顕著に感じるかもしれません。
赤字でも法人住民税が発生
前述の通り、法人はたとえ事業が赤字であったとしても、法人住民税の「均等割」を納付する義務があります。これは、資本金の額や従業員数に応じて課税されるもので、最低でも年間約7万円程度かかります。
個人事業主の場合、所得がなければ所得税や住民税(所得割)は発生しませんが(住民税均等割は発生)、法人は赤字でも一定の税負担があることを理解しておく必要があります。
あえて法人化しない方がいいケース
ここまで法人化のメリット・デメリットを見てきましたが、必ずしも全ての個人事業主が法人化すべきというわけではありません。「あえて法人化しない」という選択肢が合理的なケースもあります。
- 所得がそれほど多くない:法人化による節税メリットよりも、設立・運営コストや事務負担の増加の方が大きい場合。
- 自由な資金移動を重視したい:個人事業主であれば、事業で得た利益は基本的に事業主のものです(生活費と事業資金の区別は必要)。一方、法人の場合、会社の資金を社長が個人的に自由に使うことはできず、役員報酬や配当といった形を経る必要があります。
- 事務作業の負担を避けたい:複雑な会計処理や社会保険手続きなどを避け、事業そのものに集中したい場合。
- 短期間で事業を辞める可能性がある:法人化すると、廃業(解散・清算)の手続きも煩雑で費用がかかります。
- 特定の許認可:一部の許認可は、個人事業主の方が取得しやすい、あるいは法人格が必須ではない場合があります。
ご自身の事業規模、将来の展望、ライフスタイルなどを総合的に勘案し、「法人化しない」という選択も視野に入れることが大切です。
サラリーマンが副業で法人化する場合の注意点
サラリーマンが副業で事業を行い、法人化を検討するケースもあります。この場合、いくつかの注意点があります。
勤務先の就業規則
まず、勤務先が副業を許可しているか、法人設立について制限がないかを確認する必要があります。
社会保険
勤務先で社会保険に加入している場合でも、自身が代表となる法人から役員報酬を得る場合は、原則としてその法人でも社会保険に加入する義務が発生します。保険料負担が増える可能性があるため注意が必要です。
売上の分け方・所得の管理
サラリーマンの給与所得と、法人からの役員報酬は明確に分けて管理し、それぞれ適切に税務申告を行う必要があります。法人の売上や経費の管理も個人事業とは異なるため、正確な会計処理が求められます。
節税メリット
サラリーマンの場合、給与所得控除は本業の給与ですでに受けています。副業の法人から役員報酬を取る場合、その金額設定や法人としての利益の出し方などを工夫しないと、期待したほどの節税効果が得られないこともあります。個人の所得税率と法人税率、社会保険料負担などを総合的にシミュレーションすることが重要です。
サラリーマンの副業での法人化は、税務・社会保険ともに複雑な面があるため、税理士や社会保険労務士に相談しながら進めることを強く推奨します。
最適なタイミングで賢く法人化を目指そう
法人化は、事業を成長させる上で非常に有効な選択肢の一つですが、そのタイミングの見極めは慎重に行う必要があります。売上分岐点はあくまで目安の一つであり、法人化にはメリットだけでなく、コスト増や事務負担増といったデメリットも伴います。これらのバランスをしっかりと比較検討し、ご自身にとって最適な選択をしてください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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