- 更新日 : 2025年6月24日
労災で複数の病院にかかった場合、手続きや補償はどうなる?請求方法を解説
労災(労働災害)でケガや病気を負った場合、治療を受ける病院は1か所とは限りません。救急搬送された後、自宅近くの病院に通院を切り替えたり、専門治療やリハビリ目的で複数の医療機関を受診したりすることもあります。しかし、労災保険では病院の変更や併用に際し、独自のルールや書類が必要になります。この記事では、複数の病院にかかった場合の手続き、必要書類、転院や紹介状の扱い、休業補償との関係まで、人事労務担当者が押さえておきたいポイントを解説します。
目次
労災で複数の病院にかかる前に知っておきたいこと
労災で負傷や疾病を負った場合、治療の過程で複数の病院を受診するケースは決して珍しくありません。例えば、事故直後に救急搬送された病院で初期治療を受けた後、自宅近くの病院に転院する、あるいはリハビリのために専門の医療機関を併用するなど、状況によって受診先を変更または追加することがあります。
ただし、複数の病院を受診する場合には、労災保険の制度上、受診する医療機関の種類や請求方法に応じた手続きが必要です。制度を正しく理解しておかないと、補償が受けられなかったり、費用の自己負担が発生したりする恐れもあるため注意が必要です。
労災保険指定医療機関と非指定医療機関の違い
まず確認しておきたいのが、受診先の医療機関が労災保険指定医療機関かどうかという点です。指定医療機関とは、都道府県労働局長により「労災保険による診療が可能」として認可された病院・診療所を指します。
この指定医療機関を受診した場合、被災労働者は窓口での医療費の支払いが不要です。医療費は医療機関から労働基準監督署へ直接請求されるため、従業員が立て替える必要はありません。
一方、非指定医療機関を受診した場合は、一時的に治療費の全額を自己負担する必要があり、後日、払い戻しの申請を行う形式になります。手間がかかるうえ、必要書類や領収書の保管が求められるため、できる限り指定医療機関を選ぶことが望ましいでしょう。
最初の受診時は「労災」であることを伝える
労災による受傷直後に初めて医療機関を受診する際には、受付で「労災による受診です」とはっきりと伝えましょう。労災扱いである旨を伝えずに健康保険で受診してしまうと、後から切り替えの手続きが必要になり、患者側にとっても医療機関にとっても手間が増えてしまいます。
初診時に必要な主な書類は以下のとおりです。
- 様式第5号(業務災害)または様式第16号の3(通勤災害)
→ いずれも「療養(補償)給付たる療養の給付請求書」と呼ばれ、医療機関に提出します。
→ 記入欄には事故の発生状況や負傷の部位、事業主の証明欄があります。
この書類を提出すれば、被災労働者はその場で医療費を支払うことなく、労災扱いでの治療を受けることができます。
参考:主要様式ダウンロードコーナー(労災保険給付関係主要様式)|厚生労働省
労災で病院を変更・転院する場合の手続き
転院先が労災指定医療機関かどうかで、必要な書類や申請方法が異なります。
ここでは、労災保険を利用したまま転院・病院変更する場合の手続きや注意点について整理します。
転院時は事前に変更届を準備する
労災保険では、最初に提出した療養給付請求書(様式第5号または様式第16号の3)に記載された医療機関が、給付の対象医療機関として登録されます。これを変更する場合、原則として転院先で「指定病院等(変更)届」を提出する必要があります。
具体的には以下のとおりです。
- 業務災害の場合:様式第6号(療養補償給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届)
- 通勤災害の場合:様式第16号の4(療養給付たる療養の給付を受ける指定病院等(変更)届)
この書類は、転院先の労災指定医療機関に提出し、必要に応じて事業主の証明も受けます。変更届を提出することで、新たな医療機関でも労災扱いでの治療が継続されます。
紹介状がなくても転院できるが、用意するとスムーズ
紹介状がなければ転院できないという誤解がありますが、労災保険上は紹介状がなくても転院自体は可能です。ただし、用意しておくと初診時の対応がスムーズです。
- 医療機関同士での情報共有がスムーズになり、診療内容が途切れにくい
- 初診時に「選定療養費(紹介状なしの加算費用)」を請求されることがある
- 治療の継続性・必要性を労基署に説明しやすくなる
紹介状がない場合でも転院はできますが、可能な限り転院元の医師に作成を依頼しておくことが望ましいです。
非指定医療機関への転院時は自己負担→払い戻し
転院先が労災指定医療機関でない場合(非指定医療機関)、その場での治療費はいったん被災労働者が全額自己負担する必要があります。
この場合、以下の書類を後日、労働基準監督署に提出することで、支払った費用の払い戻しが可能です。
- 様式第7号(業務災害)または様式第16号の5(通勤災害)
- 医療機関が発行した領収書の原本
非指定医療機関での治療を希望する場合は、事前に労基署へ相談しておくことで、手続きがより円滑になります。
労災で同時に複数の病院を受診するとき
労災によるケガや病気の治療中、複数の診療科での診察や、リハビリの併用が必要になることは少なくありません。例えば、整形外科での主治医の治療を受けながら、別の専門機関でリハビリを受けたり、眼科・皮膚科など別の部位を並行して治療したりするようなケースです。
こうした複数の医療機関を同時に利用する場合でも、労災保険の補償を受けることは可能です。ただし、受診の必要性が医学的に認められていること、正しい書類が整っていることが前提となります。
原則として、それぞれの病院に給付請求書を提出する
同一の傷病に関して複数の病院を受診する場合、それぞれの医療機関に「療養(補償)給付たる療養の給付請求書」を提出する必要があります。
- 業務災害:様式第5号
- 通勤災害:様式第16号の3
同じ傷病であっても、医療機関が異なれば、それぞれが独立して請求処理を行うため、各病院に書類を分けて提出することになります。事業主の証明欄も、それぞれの様式に必要となるため、会社側で複数通の証明書作成が必要になる場合もあります。
複数の医療機関で治療を行う必要がある場合は、あらかじめ労基署に相談しておくことをおすすめします。
異なる診療科の併用は診断書が必要な場合がある
ケガや病気が複数の部位にわたり、それぞれ異なる診療科で治療を受けている場合は、診療科ごとに診断書が必要になることがあります。この診断書は、後に行う休業補償や障害補償給付の申請において重要な資料となるため、記載内容の整合性や矛盾がないよう注意が必要です。
同時受診でも必要書類の提出先や書式は変わらない
複数の病院を併用する場合でも、書類の種類や提出方法は基本的に通常の受診と同じです。ただし、申請書類が増える分、記入ミスや抜け漏れが生じやすいため、次の点に注意しましょう。
- 書類は医療機関ごとに分けて作成する
- 事業主証明欄はそれぞれの様式に記載する必要がある場合あり
- 提出日や通院日など、記載内容に一貫性があるかを事前に確認する
また、労基署から「なぜ複数の医療機関を利用しているのか」について照会を受けた場合に備え、医師からの紹介状や診療指示書があると説明がスムーズになります。
診断書が1通で足りる場合と、複数必要な場合
すべての治療が同一の傷病に起因し、最終的な診断や療養指導を主治医が一貫して行っている場合には、その主治医による診断書1通で足ります。
例 )
- 最初に救急病院で応急処置を受け、その後の本格的な治療を別の病院で継続
- 主治医が複数の診療記録を一括してまとめ、最終診断を下している
この場合は、最終的に治療を主導した医療機関が「主たる診療機関」とみなされ、他の医療機関での診療記録は添付不要とされることもあります。
ただし、次のような場合は、それぞれの医師から独立した診断書を取得する必要があります。
- 異なる部位に複数の傷病が発生し、それぞれ異なる診療科で治療を受けている場合(例:骨折と視力障害を別々に治療)
- 医療機関ごとに異なる内容の治療が行われ、症状固定の時期や労務不能の判断に差異がある場合
診断書の作成費用の負担
労災保険指定医療機関で発行された診断書は、原則として費用は労災保険から支給されるため、患者本人の負担は不要です。
一方、非指定医療機関で診断書を作成してもらった場合は、一時的に自己負担し、払い戻しを請求します。
労災で複数病院にかかった場合の休業補償の取扱い
労災で複数の病院を受診することになったとしても、被災労働者が働けない状態である限り、休業補償は支給されます。
労災によるケガや病気で複数の医療機関を受診している場合でも、就労不能であることが医師により認められれば、休業補償給付の対象になります。治療を行っている病院の数ではなく、「実際に働けない状態であるかどうか」が補償の判断基準です。
診断書の提出のタイミング
複数の病院を受診している場合、休業補償の申請に使用する診断書は、主治医とされる医師のものを提出するのが基本です。休業期間が長期にわたる場合や、途中で通院先が変わった場合には、時期に応じた診断書を複数提出することになります。
また、休業補償給付の申請は原則として1ヶ月単位で行われるため、その都度、
- 就労不能の期間
- 傷病の経過
- 今後の見通し
などが明記された診断書が必要になります。
複数事業労働者は「別紙3」の提出が必要な場合も
複数の職場で働く労働者が労災により休業した場合は、通常の休業補償と比べて、給付基礎日額の算定方法が異なります。複数の事業所での賃金を合算して算出されるため、それに対応する書類の準備が必要になります。
提出が必要になる書類には以下のようなものがあります。
- 別紙3(複数の就業先に関する情報を記載)
- 各就業先からの賃金証明書または給与明細
- 勤務状況が確認できる勤務表や就労契約書
こうしたケースでは、一部の事業所が労災と認めていても、他の事業所の協力が得られないことで手続きが滞ることもあるため、事前に関係各所と連携し、従業員が不利益を被らないよう支援することが求められます。
労災で複数の薬局を使用した場合
労災による治療の過程で複数の薬局を使用しても、正しい手続きと記録があれば労災保険の対象になります。基本的なルールは変わりませんが、使用薬局が多いほど、記録や証拠書類の整理が重要になります。
以下の点を押さえておきましょう。
- 薬ごとに処方箋が発行された日付・医療機関名・薬局名・購入金額を記録しておく
- 薬局ごとに申請書類(様式第7号または第16号の5)を個別に作成する
- 複数の薬局で非指定薬局が混在する場合、領収書と処方箋を1セットにして保存する
とくに、リハビリ中の痛み止めや湿布、眼科・皮膚科など異なる診療科での処方が重なる場合、重複請求や記載ミスが発生しやすくなるため注意が必要です。
労働基準監督署が請求内容を確認する際、複数の薬局を利用している理由について説明が必要になることがあります。例えば、「治療を受けた医療機関が異なる」「通院先の都合で処方箋ごとに薬局が分かれた」など、正当な理由があれば問題ありません。
そのため、必要に応じて以下のような補足資料の準備が有効です。
- 処方した医療機関の診療明細書や指示書
- 使用薬局ごとの処方箋の写し
- 申請書に記載する際の利用理由欄の丁寧な記述
複数の薬局を利用した場合でも、医師の指示に基づくものであり、申請書と領収書を正確にそろえていれば、労災保険の補償対象として問題なく認められます。
労災で複数の病院にかかった場合は証拠書類を保管しよう
労災によるケガや病気で、複数の病院や薬局を利用することは決して特別なことではありません。しかし、医療機関の指定区分や使用する書類、診断書の整合性など、労災保険の手続きには押さえるべきポイントがあります。
転院や併用受診を行う際は、事前に必要な届出や確認を行い、紹介状や領収書などの証拠書類を確実に保管しましょう。
人事担当者は、従業員が不安なく治療を受け、適切な補償を受けられるよう、制度理解と実務支援の両面で丁寧にサポートしていくことが求められます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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