- 作成日 : 2025年11月11日
工事請負契約書と注文書の違いは?法的効力や記載事項、作成義務などの異なる点を徹底解説
企業が工事を発注する際、工事請負契約書や注文書といった書類を取り交わします。この2つの書類は似ているようで、法的な効力や役割が大きく異なります。工事請負契約書と注文書の違いを正しく理解しないまま手続きを進めると、後々トラブルに発展しかねません。
この記事では、工事請負契約書と注文書(発注書)の違いを徹底解説しています。契約書作成時の注意点や、注文書での取引から正式な工事請負契約書への移行についても触れているので、ぜひ参考にしてください。
目次
工事請負契約書と注文書(発注書)の根本的な違いは?
工事請負契約書と注文書(発注書とも呼ばれます)は、契約の成立タイミング、法的効力、記載内容の網羅性、そして印紙税の有無という点で明確な違いがあります。それぞれ詳しくみてみましょう。
契約の成立タイミングと法的効力の違い
民法上、契約は申込みと承諾の意思が合致した時点で成立します。 これに対し建設工事では、トラブル防止のため、成立した契約内容を記した書面を交付することが建設業法で義務付けられています。
このとき、工事請負契約書はそれ自体が契約の成立と内容を証明する強力な書面です。発注者と受注者の双方が契約内容に合意した証として署名・捺印するため、一方的な内容の変更や撤回は原則としてできません。
一方、注文書は通常「申込み」の意思表示です。これに対し、相手方が注文請書を発行して明確に承諾を示したり、工事に実際に着手したりする(黙示の承諾)ことで、双方の意思が合致し契約が成立します。
ただし、建設工事で法律が求める書面交付義務を満たすためには、この注文書と注文請書をセットで取り交わすのが一般的です。
記載事項と詳細度の違い
工事請負契約書は工事内容や工期、請負代金、支払条件、契約不適合責任(旧:瑕疵担保責任)など、建設業法で定められた詳細な項目を網羅するのに対し、注文書は品名、数量、単価といった基本的な取引内容の記載に留まるのが一般的です。
トラブルを未然に防ぐため、工事請負契約書には、万が一の事態を想定した詳細な取り決めが記載されます。これに対し、注文書は取引の申し込みを目的とするため、記載内容は比較的簡素です。
| 比較項目 | 工事請負契約書 | 注文書(発注書) |
|---|---|---|
| 主な目的 | 契約内容の確定・証明 | 物品やサービスの申し込み |
| 法的効力 | 非常に強い(署名捺印で契約成立) | 相手の承諾が必要 |
| 主な記載事項 | 工事内容、請負代金額、工期、支払方法、遅延損害金、契約不適合責任、紛争の解決方法など | 品名、品番、数量、単価、金額、希望納期、納品場所など |
| 網羅性 | 非常に高い(建設業法に基づく) | 限定的 |
印紙税の有無の違い
契約金額が1万円以上の場合、工事請負契約書は印紙税の課税対象(第2号文書)です。注文書であっても、契約の成立を証明する目的で作成されたと客観的に判断される場合は、同様に課税文書(第2号文書)となります。
例えば、注文書に承諾の旨の記載があったり、双方の署名・捺印があったりする場合がこれにあたります。
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工事請負契約書と注文書、そもそもの作成義務に違いは?
建設工事においては、工事請負契約書の作成は法律上の絶対的な義務ですが、注文書には同様の義務はありません。両者には作成義務において明確な違いがあることを理解しておきましょう。
工事請負契約書は法律で定められた絶対的な義務
建設業法第19条により、建設工事の請負契約では、金額の大小にかかわらず、必ず書面で工事請負契約書を作成し、双方が署名または記名押印の上で相互に交付することが義務付けられています。 これは元請・下請間の取引を含むすべての建設工事に適用され、口約束によるトラブルを防ぎ、当事者双方の権利と義務を保護することを目的としています。
なお、よく「500万円未満の軽微な工事なら不要」と誤解されることがありますが、これは建設業の「許可」が不要になる基準であり、契約書の「作成義務」が免除されるわけではありません。たとえ少額の工事であっても、工事請負契約書の作成は法律で定められた必須事項です。
注文書は取引慣行上の書類だが、下請法では義務になる場合も
一方、注文書は建設業法上の絶対的な作成義務はありません。あくまで取引の申し込みや内容確認といった実務上の慣行で使われる書類です。 一点、重要な注意点として、建設工事そのものの再委託(下請け)には、原則として下請法は適用されません。建設業法が優先されるためです。
ただし、建設工事に付随して資材の製造や修理、設計図等の作成を外部に委託し、資本金等の条件を満たす場合は下請法の対象となり、注文書などが3条書面として必要になります。
もし工事請負契約書がないと、どのようなリスクがある?
建設業法19条が定める書面を交付しない状態は、法律違反であるだけでなく住宅ローンの審査、確定申告、そして何より工事内容に関するトラブルなど、様々な場面で深刻なリスクを招きます。
住宅ローン審査や融資で不利になる可能性
金融機関からの融資を検討している場合、建設業法が定める書面がないことは審査における重大なリスクとなります。
特に、注文住宅の新築で住宅ローンを組む際には、工事請負契約書が融資対象の建物と契約金額を証明する根拠書類として、多くの金融機関で提出が必須とされています。
もちろん、リフォームローンや借換など、商品の種類や個別の状況によっては提出が不要なケースもあります。しかし「不要なケースもある」という例外をあてにして書面を準備しないのは非常に危険です。融資を円滑に進めるためには、原則として必須の書類だと認識しておくべきです。
住宅ローン控除や補助金が受けられない可能性
建設業法が定める書面がないことで、住宅ローン控除や各種補助金といった、数十万円から百万円以上にもなる金銭的なメリットを受けられなくなる可能性があります。これは、事業者はもちろん、個人が自宅を建てる場合にも直結する重大なリスクです。
住宅ローン控除の確定申告では「工事請負契約書の写し」等が、工事の事実と金額を証明する公的な証拠として必須となります。
また、国や自治体の補助金制度(例:子育てエコホーム支援事業など)においても、同様に契約書の写しが交付申請の必須書類とされています。
税務署や自治体は、客観的な証拠がなければ手続きを進めません。「知らなかった」では済まされない金銭的損失を避けるためにも、法に準拠した書面の締結・保管が不可欠です。
「言った・言わない」のトラブルに発展する可能性
追加工事の費用負担、工期の遅延、建材や設備の仕様違いなどが発生した際に、契約内容を証明する書面がないため、当事者間の主張が対立し、解決が困難なトラブルに発展するリスクが非常に高まります。
口約束のみで工事を進めると、以下のようなトラブルが起こりがちです。
- 当初の見積もりになかった追加工事を請求される
- 完成後に、依頼した仕様と違うことが発覚する
- 工事の遅延に対する損害賠償の根拠がない
- 工事後の不具合(契約不適合)に対する責任の範囲が不明確になる
工事請負契約書は、こうしたトラブルが発生した際に、契約内容に立ち返って解決を図るための唯一の拠り所となります。
工事請負契約書を作成する際に注意するべき点
有効な工事請負契約書を作成するためには、法律で定められた項目を網羅し、契約約款を精査し、印紙税を正しく納めることが重要です。それぞれ詳しく解説します。
建設業法で定められた記載事項を網羅する
契約書には、建設業法第19条で定められている15の項目(※)を必ず記載する必要があります。これらの項目が一つでも欠けていると、法律違反となる可能性があります。
最低限記載すべき項目は以下の通りです。
- 工事内容
- 請負代金の額
- 工事着手の時期及び工事完成の時期
- 工事を施工しない日又は時間帯の定めをするときは、その内容
- 請負代金の全部又は一部の前金払又は出来形部分に対する支払の定めをするときは、その支払の時期及び方法
- 当事者の一方から設計変更又は工事着手の延期若しくは工事の全部若しくは一部の中止の申出があつた場合における工期の変更、請負代金の額の変更又は損害の負担及びそれらの額の算定方法に関する定め
- 天災その他不可抗力による工期の変更又は損害の負担及びその額の算定方法に関する定め
- 価格等(物価統制令(昭和二十一年勅令第百十八号)第二条に規定する価格等をいう。)の変動若しくは変更に基づく請負代金の額又は工事内容の変更
- 工事の施工により第三者が損害を受けた場合における賠償金の負担に関する定め
- 発注者が工事に使用する資材を提供し、又は建設機械その他の機械を貸与するときは、その内容及び方法に関する定め
- 発注者が工事の全部又は一部の完成を確認するための検査の時期及び方法並びに引渡しの時期
- 工事完成後における請負代金の支払の時期及び方法
- 工事の目的物が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない場合におけるその不適合を担保すべき責任(契約不適合責任)又は当該責任の履行に関して保証保険契約の締結その他の措置に関する定めをするときは、その内容
- 各当事者の履行の遅滞その他債務の不履行の場合における遅延利息、違約金その他の損害金
- 契約に関する紛争の解決方法
- その他国土交通省令で定める事項
※ 建設業法の条文上は第16号まで定められていますが、第16号(その他国土交通省令で定める事項)に該当する省令は2025年9月現在も未設定です。そのため、国土交通省のガイドライン等では、実務上記載すべき必須事項を15項目として案内しています。
契約約款の内容を十分に確認する
工事請負契約書に添付される契約約款には、トラブル発生時の詳細なルールが定められているため、署名・捺印する前に必ず全文を読み、内容を理解してください。
契約書本体には基本的な事項が記載され、具体的な条件は別紙の「契約約款」で定められていることが一般的です。特に、遅延損害金の利率、契約不適合責任(民法改正前の「瑕疵担保責任」)の期間や範囲、自然災害など不可抗力による損害の負担割合といった項目は、万が一の際に大きな影響を及ぼすため、注意深く確認しましょう。 不明な点があれば、必ず相手方に説明を求め、納得した上で契約を締結することが重要です。
収入印紙の貼付と消印を忘れない
契約書に記載された契約金額に応じた収入印紙を契約書に貼り付け、印紙と契約書にまたがるように消印(割り印)をする必要があります。
これを怠ると過怠税が課されます。過怠税の額は、原則として本来納めるべき印紙税額の3倍に相当(税務調査を受ける前に自主的に申し出た場合は1.1倍に軽減)します。収入印紙は契約書を2通作成する場合は、それぞれに必要です。
請負に関する契約書の印紙税額(例)
| 契約金額 | 印紙税額 |
|---|---|
| 1万円未満 | 非課税 |
| 100万円以下 | 200円 |
| 100万円超 200万円以下 | 400円 |
| 200万円超 300万円以下 | 1千円 |
| 300万円超 500万円以下 | 2千円 |
| 500万円超 1千万円以下 | 1万円 |
※税額は変更される可能性があるため、国税庁の最新情報をご確認ください。
※建設工事の請負契約書については、令和9年3月31日まで印紙税の軽減措置が適用される場合があります。
工事請負契約書の印紙金額については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
注文書で開始した取引を工事請負契約書へ移行するプロセス
プロジェクトの規模や内容が当初の想定を超えた場合や、金融機関からの融資など外部からの要請があった場合に、注文書での取引から正式な工事請負契約書への移行が必要になります。
当初は簡単な修理のつもりで注文書を交わしたものの、調査の結果、大規模な工事が必要だと判明するケースは少なくありません。その際は、当事者双方のリスクを管理し、詳細な取り決めを行うために、より網羅的な工事請負契約書を改めて締結します。
契約書への移行が必要になる主なケース
注文書での取引から、工事請負契約書への切り替えが検討されるのは、主に以下のような状況です。
- スコープ(範囲)の拡大・複雑化
- 例:雨漏りの調査(注文書)→ 大規模な屋根全体の葺き替え工事(契約書)が必要になった。
- 金額が大幅に増大した
- 例:数万円の補修費用の想定が、数百万円規模の工事になった。
- 工期が長期にわたることが判明した
- 例:数日で終わると思われた作業が、数ヶ月かかるプロジェクトになった。
- 第三者(金融機関など)からの要請
- 例:工事費用について住宅ローンを利用することになり、金融機関から正式な工事請負契約書の提出を求められた。
移行する際の具体的な流れと注意点
注文書から工事請負契約書へスムーズに移行するための、具体的な流れは以下の通りです。
- 双方での移行合意:まず、発注者と受注者の双方が、正式な工事請負契約書を締結する必要があることを確認し、合意します。
- 契約条件の再協議・確定:注文書に記載した内容をベースに、建設業法で定められた16項目(工期、支払条件、契約不適合責任など)を含む、より詳細な契約条件について改めて協議し、確定させます。
- 契約書の作成・レビュー:合意した内容に基づき、施工会社が工事請負契約書を作成します。発注者はその内容を十分に確認(レビュー)し、不明点や疑問点があれば、この段階で解消します。
- 契約の締結と既存の注文書の扱い:双方が契約内容に合意したら、署名・捺印をして契約を締結します。この際、新しい契約書が、先立って交わされた注文書の内容に優先することを明確にしておくことが重要です。契約書の前文などに「令和〇年〇月〇日付の注文書に代わり、本書をもって契約を締結する」といった一文を入れることで、後のトラブルを防ぎます。
工事請負契約書と注文書に関するよくある質問(Q&A)
Q. 工事請負契約書を紛失してしまった場合はどうすれば良い?
A. まずは契約の相手方(施工会社など)に連絡し、保管している契約書のコピー(写し)をもらうのが最も確実な方法です。
契約書は双方が1通ずつ保管しているため、相手方に原本が残っているはずです。コピーであっても、住宅ローン審査や確定申告の手続きで原本と同等の証明力を持つ書類として認められるケースがほとんどです。正直に事情を説明し、協力をお願いしましょう。
Q. 工事請負契約書はどこでもらえる?
A. 一般的なのは、工事を依頼する施工会社(ハウスメーカー、工務店など)から提示されるケースです。ご自身で雛形を入手する場合は、公的機関のサイトなどが利用できます。
作成する場合は、記載事項の漏れを防ぎ効率化するためにテンプレートを活用すると良いでしょう。施工会社から契約書が提示された場合でも、その条項が自社に不利でないかを検証する「ものさし」として、標準的な契約内容を把握しておくことが重要です。
Q. 注文書や工事請負契約書はどのくらいの期間保管する必要がある?
A. 法人税法では、帳簿書類として原則7年間の保存が義務付けられています。
これは取引の証拠書類(証憑書類)にあたるためです。個人事業主の場合、青色申告であれば帳簿や決算関係書類は原則7年間、請求書や注文書といったその他の書類は5年間の保存が必要です(白色申告も帳簿7年・その他5年)。一律に「個人は5年」ではない点に注意しましょう。
トラブル防止や税務調査への備えとして、法人・個人を問わず少なくとも7年間は保管しておくのが安全です。
工事請負契約書と注文書の違いを理解し、リスクに備える
本記事では、工事請負契約書と注文書の違いを、法的効力や作成義務、実務での役割といった多角的な視点から解説しました。両者は似て非なるものであり、その最も大きな違いは「取引全体のリスクを管理する詳細なルールが定められているか否か」にあります。
単なる「申し込み」の意思表示である注文書の気軽さに頼ってしまうと、追加工事やトラブル発生時の責任範囲が曖昧になり、大きな損失を招きかねません。
工事を円滑に進めるための第一歩は、目の前の書類がどちらの役割を担っているかを正確に見極めることです。この「違い」の理解こそが、無用なトラブルを避け、自社を守るための鍵となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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