- 作成日 : 2025年12月24日
障害者雇用の助成金は儲かる?収益の仕組みや不正受給のリスク、正しく活用するポイントを解説
障害者雇用の助成金とは、障害者を雇用する際に生じる指導員の配置や施設設備の改善といった「事業主の経済的負担」を軽減するために、国から支給される公的な支援制度です。「助成金で儲かるのでは?」という噂もありますが、制度の本質はあくまでコストの補填であり、利益目的での運用は本来の趣旨ではありません。
本記事では、助成金の財務的な仕組みを紐解きながら、安易な利益追求が招く「早期離職による経営損失」や、不正受給による「信用失墜・法的ペナルティ」といった重大なリスクについて徹底解説します。
また、助成金を単なる臨時収入としてではなく、採用コストの抑制や定着支援といった「未来への投資」として活用し、企業の生産性を高めるための正しいアプローチも紹介します。リスクを回避し、法令を遵守しながら健全な障害者雇用を進めるためのガイドラインです。
目次
障害者雇用の助成金で儲けることは可能か?
前提として、障害者雇用の助成金で「儲けること」を目的にしてはいけません。障害者雇用に関する助成金は、企業が障害者を雇用する際に生じる特別な費用や負担を軽減し、雇用を促進することを目的としています。これらは「収益」や「利益」を生み出すためのものではなく、社会的な責任を果たすための企業の努力を支援するものです。
理論上、助成金が雇用に伴うコストを上回るケースはあり得ますが、その差額を「儲け」と見なして事業の主たる目的とする行為は、助成金の制度趣旨に反します。
- 障害者雇用の本来の目的:企業の戦力確保、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性の受容と活用)の推進、社会貢献です。
- 助成金の目的外使用:助成金受給のみを目的とした雇用は、不正受給のリスクを伴うだけでなく、結果として障害者の適切な処遇を損なうことにも繋がりかねません。
健全な企業経営とは、障害者雇用を通じて得られる人材の活用、企業のイメージ向上、生産性の向上といった本質的な価値に焦点を当て、助成金はそのための一時的な支援策と捉えるべきです。
障害者雇用の助成金の収益仕組みとは?
障害者雇用における助成金は、会社にとって「利益」ではありません。あくまで、障害者を雇用するためにかかった「費用の割引クーポン」のようなものと考えるのが分かりやすいでしょう。
ここでは、助成金とコストの関係を、シンプルなお金の流れで解説します。
助成金の役割
障害者雇用では、バリアフリー工事や、業務を教えるための担当者の配置など、通常よりも多くのお金や手間がかかることがあります。
助成金は、そうした「最初に必要な費用」や「サポートにかかる費用」の一部を国が肩代わりしてくれる制度です。会社が採用に踏み切りやすくするための「補助」であり、プラスの利益を作るためのものではありません。
支出項目
障害者雇用を成功させるためには、単なる人件費だけでなく、定着率を高めるための「環境整備(ハード)」や「人的支援(ソフト)」への投資が不可欠です。具体的には、主に以下のような項目に費用が発生します。
これらは、障害のある方が長く安定して働くために欠かせない費用です。
助成金でカバーできる範囲
発生するコスト負担を軽減するために、国は「採用」「定着」「環境整備」の各フェーズに対応した助成金制度を用意しています。これらを適切に活用することで、初期投資や運用にかかる財務リスクを大幅に抑えることが可能です。
- 雇い入れを支援する助成金
- ハローワークなどの紹介で採用した場合に、助成金を受給できます。国が雇用を後押ししてくれる制度です。
- 環境整備を支援する助成金
- スロープ設置や介助者の配置にかかった費用の一部を補助するもの。これは「設備投資の負担」を軽くしてくれます。
- お試し雇用(トライアル)の助成金
- 本当にその仕事が合っているかを見極める期間の費用を補助するもの。「採用の失敗リスク」を減らしてくれます。
これらの助成金は法人に限らず、個人事業主であっても一定の要件を満たせば受給可能です。ぜひ以下の記事で詳細をご確認ください。
助成金活用時の収支イメージ
企業における実質的なコスト負担と助成金の関係は、以下の計算式で表すことができます。
この式において、制度設計上、原則として「助成金受給額」が「雇用にかかる総コスト」を上回ることはありません。あくまでコストの一部を補填する性質のものです。
- 誤った認識:助成金を受け取るだけで手元に資金が残り、雇用そのものが利益になる。
- 本来の姿:助成金によって「初期投資や管理コスト」を最小限に抑え、雇用した社員が業務で成果を上げること(戦力化)によって、企業としての利益を生み出す。
障害者雇用の助成金を不正受給するリスクとペナルティ
助成金の要件を偽って申請する「不正受給」は、単なるルール違反ではなく犯罪行為にもなり得る重大な違反です。目先の利益を追う行為が、企業の存続を脅かすリスクになることを理解しなければなりません。
甚大な経済的ダメージと法的措置
不正受給が発覚した際のペナルティは、単なる返金だけでは済まされません。高額な違約金の上乗せや全助成金の支給停止など、極めて厳しい経済的・法的制裁が科されます。
- 助成金の全額返還とペナルティ:受給した助成金の全額返還に加え、受給日の翌日から返還日までの「年3%の延滞金」、さらに返還額の「20%相当額(違約金)」の上乗せ支払いが命じられます。
- 全助成金の支給停止:不正受給が確定すると、その後5年間は、障害者雇用に関するものだけでなく、雇用調整助成金やキャリアアップ助成金など、雇用関係のあらゆる助成金が申請・受給できなくなります。
- 刑事告発の可能性:悪質なケース(架空雇用の捏造など)では、詐欺罪(刑法第246条)として刑事告発され、逮捕・起訴される可能性があります。
信用失墜による事業存続の危機
不正受給による社会的信用の失墜は、経済的な損失以上に恐ろしい経営リスクです。企業名の公表により取引先や金融機関からの信頼を失い、事業の継続そのものが困難になります。
- 企業名の公表:不正受給を行った事業主の名称、代表者名、不正の内容、金額などが、都道府県労働局や厚生労働省のウェブサイトで実名公表されます。この情報はインターネット上に半永久的に残ります。
- 取引停止と融資への影響:コンプライアンス違反企業として、取引先からの契約解除や、金融機関からの融資停止・引き揚げに発展する恐れがあります。
- 従業員の離反:自社が不正を行っていると知れば、既存の従業員の信頼は地に落ち、大量離職を招く原因となります。
不正受給と見なされる典型的な事例
書類の偽造や実態のない申請は、いかなる理由があっても明確な不正受給と見なされます。特に以下のような行為は悪質性が高いと判断されるため、絶対に行ってはいけません。
- 架空雇用の申請(幽霊雇用):実際には勤務していない障害者を、書類上だけ雇用しているように偽装して申請する行為。
- 労働条件の虚偽申告:助成金の受給要件(週20時間以上の労働など)を満たすために、実際の労働時間を水増ししたり、賃金台帳を改ざんしたりして申請する行為。
- 助成金受給直後の解雇:助成金の支給対象期間が終わった直後に、合理的な理由なく障害者を解雇し、新たな障害者を雇って再度助成金を受け取ろうとする行為(雇用のリサイクル)。
障害者雇用の助成金で儲かるという誤解が招く経営上のリスク
本来必要な支援コストを削って利益を捻出しようとすることは、企業にとって百害あって一利なしです。助成金を利益として残そうとするあまり、障害者への配慮や環境整備、定着支援にかけるべき費用(コスト)を削減すると、結果として助成金受給額を上回る損失が発生してしまいます。
ここでは、利益確保を優先した無理なコスト削減が招く「経営上の失敗」について詳述します。
短期離職の常態化と採用コストの浪費
適切な受け入れ体制やフォローアップがない職場では、障害を持つ従業員が孤立や不安を感じ、早期離職に繋がる可能性が極めて高くなります。
- 採用コストの無駄:離職のたびに求人掲載、面接、入社手続きといった採用コストが繰り返し発生します。
- 教育コストの未回収:業務を教えるために費やした時間や人件費が、本人が戦力化する前に無駄になります。これでは助成金をもらっても、採用活動の赤字を補填するだけで終わってしまいます。
現場の疲弊と組織全体の生産性低下
支援体制への投資を惜しみ、現場の担当者任せ(丸投げ)にすることは、組織全体に悪影響を及ぼします。
- 担当者の負担増: ノウハウやツールのない状態で指導を任された現場社員は、自身の業務時間を削って対応せざるを得ず、疲弊します。
- 組織のパフォーマンス低下:現場の混乱は他の従業員の士気にも影響し、部署全体、ひいては会社全体の生産性を押し下げる要因となります。
ブランディングへの悪影響
コスト削減のために劣悪な環境で働かせている事実は、必ず社内外に伝わります。
- 採用難の加速:障害者雇用に限らず、「人材を使い捨てにする企業」という評判が立てば、優秀な人材の確保そのものが困難になります。
「儲かる」を「利益を生む投資」に変える助成金の正しい活用法
助成金を単なる「臨時収入」として消費するのではなく、将来の利益を生み出すための「戦略的投資」として活用することが、経営として正解です。ここでは、助成金を活用して実質的なコストを下げ、損益分岐点を引き下げることで事業収益性を高める具体的なアプローチを紹介します。
採用・育成コストの最小化による収益性の向上
通常の人材採用にかかる高額な紹介料や、戦力化までの教育コストを助成金でカバーすることで、黒字化までの期間を大幅に短縮できます。
- 採用コストの抑制:人材紹介会社を経由せずにハローワーク等の公的機関を通じて採用し、「特定求職者雇用開発助成金」を活用することで、採用単価をゼロに近づけつつ人件費負担を軽減できます。
- 初期教育期間の赤字補填:入社直後の生産性が低い期間(研修期間など)の給与を助成金で賄うことで、教育コストを企業が持ち出すことなく、戦力化するまでの「我慢の期間」を乗り切ることが可能になります。
トライアル雇用活用によるミスマッチ・リスクの回避
採用のミスマッチは企業にとって最大の「損失」ですが、助成金制度を活用することで、金銭的リスクを負わずに適性を見極めることができます。
- 適性判断期間のコストゼロ化:「トライアル雇用助成金」を活用すれば、対象者1人につき4万円が支給されるため、実質的なコスト負担なしで、自社の業務に合う人材かどうかを見極めることができます。
- 採用失敗による損失防止:万が一、業務適性が合わずに本採用に至らなかった場合でも、助成金によって支払った賃金が補填されるため、採用失敗による財務的なダメージを最小限に抑えることができます。
設備投資への充当による生産性(ROI)の最大化
助成金を「環境整備」に全額投資し、障害のある社員が高いパフォーマンスを出せる環境を作ることは、最も投資対効果(ROI)の高い活用法です。
- 高性能な支援機器の導入:「障害者作業施設設置等助成金」などを活用して、高性能なPC、音声読み上げソフト、専用の作業デスクなどを導入すれば、本人の作業スピードが劇的に上がり、支払う給与以上の成果(利益)を生み出す可能性が高まります。
- 定着率向上による長期リターン:働きやすい環境への投資は定着率を高めます。熟練した社員が長く働いてくれることは、新たな採用コストを発生させないため、長期的には最も「儲かる(コストがかからない)」状態を実現します。
障害者雇用の助成金を正しく活用して未来へ投資しよう
本記事では「障害者雇用は助成金で儲かるのか」というテーマについて、財務的な仕組みとリスクの両面から解説しました。
結論として、助成金はあくまで雇用に伴う「コストの補填」であり、それ自体を収益の柱にすることは制度の趣旨から外れるだけでなく、経営上の大きなリスクとなります。安易な利益追求は、早期離職によるコスト増大や、不正受給による社会的信用の失墜といった取り返しのつかない事態を招きかねません。
しかし、適切な環境整備や採用活動のために助成金を有効活用することは、企業の生産性を高め、強い組織を作るための「賢い経営判断」です。目先の現金を得ることではなく、助成金を活用して人材という資産を築くことにこそ、障害者雇用の真の価値があります。
助成金制度は公的資金を原資としているため、その運用には極めて高い透明性と倫理観が求められます。ルールを厳守し障害者雇用を正しく進めることこそが、結果として企業の信頼と成長につながります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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