- 作成日 : 2025年3月25日
民法95条とは?錯誤の例や取消しの要件をわかりやすく解説
民法95条とは、錯誤に関する規定です。法律行為で重要な錯誤がある場合、表意者は取消しができます。旧民法で錯誤は無効とされていましたが、民法改正により取消しに変更されました。錯誤には種類があり、それぞれ取消しできる場合が異なります。
ここでは、民法95条の概要や錯誤の意味、取消しの要件などを解説します。
目次
民法95条とは
民法95条では、次の条文が規定されています。
意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤2 前項第2号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第1項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき4 第1項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
引用:e-Gov法令検索 民法
ここでは、民法95条の概要と法律の趣旨について解説します。
民法95条の概要
民法95条は、意思表示に錯誤があった場合に、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるとき、意思表示をした者は錯誤を理由としてその意思表示を取り消すことができることを規定しています。
錯誤とは「勘違い」や「間違い」のことであり、95条では意思と表示が不一致の「表示の錯誤」と、法律行為の基礎とした事情についての認識が真実と異なる「動機の錯誤」とに分けられます。
改正により無効から取消しに変更
改正前の民法95条では錯誤ある意思表示は無効とされており、表意者に重過失があった場合に無効の主張が制限されるという内容でした。改正後は取消権の発生になり、意思表示の効力を否定できるのは表意者側だけということが明確になっています。
改正の経緯は、旧民法での95条が、無効であるにもかかわらず、表意者以外は原則として無効を主張できないという判例理論が確立されていたことがあげられます。民法の一般的理解では誰でも無効を主張できるため、バランスを欠いているという指摘がありました。
また、詐欺(第96条)による錯誤は取消しができるという点も問題視され、今回の改正に至っています。
錯誤とは
錯誤とは、勘違いや誤りという意味です。民法が定める錯誤には、「表示の錯誤」と「動機の錯誤」があります。
それぞれの内容や事例をみていきましょう。
表示の錯誤
表示の錯誤とは、実際の意思とは異なる意思表示をすることです。95条では、「意思表示に対応する意思を欠く錯誤」と規定されています。
言い間違いや書き間違いなど、表示行為を誤るものです。表示の錯誤として、次のような事例があげられます。
- 10万ドルで購入するつもりで、「10万ポンドで買う」という契約書にサインした
- 住宅Aを購入しようと思い、「住宅Bを買う」という契約書にサインした
動機の錯誤
動機の錯誤とは、意思表示の動機にあたる認識が真実に反していることです。意思と表示は一致しているものの、動機で勘違いしているケースを指します。動機の錯誤として、次のような事例があげられます。
- リゾート開発計画の予定地になると聞いて土地購入したが、計画は単なる噂だった
- 最新の機能が搭載されたパソコンだと思い購入したら、古い型式のパソコンだった
改正前の民法では、動機の錯誤は原則として95条の錯誤にあたらないものとされ、意思表示の際に動機が明示または黙示的に表示されていれば、例外的に錯誤の主張が認められていました。
改正により、動機の錯誤は「表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤」として明文化されています。
表示の錯誤による取消しの要件
95条1項1号の表示の錯誤として取消しができるのは、錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであり、重過失がない場合です。
些細な錯誤がある場合にも取消しを認めては取引の安全が害されるため、重要な錯誤だけが取消しできるとされています。たとえば、10円以下を切り捨てないと思って契約書に10万10円と記載したら、切り捨てて10万円だったというような小さな錯誤は、契約を有効としても、表意者に不利益とはいえません。
また、表意者が少し注意すれば錯誤を防げたような重過失がある場合は、保護しなくても酷とはいえず、取消しは認められないとされています。
動機の錯誤による取消しの要件
95条1項2号の動機の錯誤で取消しができる要件は、表示の錯誤と同じく重要性があり、重過失がないことです。
さらに、動機の錯誤があった場合、2項で「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたとき」いう要件が加えられています。
これは、動機の錯誤は意思と表示が一致しており、取引相手が動機を知らない場合も取消しを認めてしまっては、取引の安全を害するためです。そのため、ただ動機の錯誤があるだけでなく、動機が取引をする基礎となっていることが明示もしくは黙示により表示されていると認められなければ、取消しができません。
取消しができる場合
取消しができる例として、次のような例があげられます。
近所に商業施設が建設されると聞いて土地を購入したとき、「施設ができるなら土地を買いたい」と申し出て購入したという場合は動機が明示されているため、取消しが認められます。
また、「もうすぐ施設ができるようで、便利になりそうだ」という会話をしていれば、黙示による意思表示があると考えられるでしょう。
表意者に重大な過失があっても錯誤による取消しが認められるケース
錯誤は表意者に重大な過失がある場合は取消しができませんが、2つの例外があります。
ここでは、例外のケースについて詳しく解説します。
相手方が悪意もしくは重過失の場合
「悪意」とは、表意者が勘違いして取引をしていることを知っているという意味です。錯誤があることを知っている相手方は保護する必要はなく、表意者に重過失があっても取消しができます。
また、相手も重過失で表意者の錯誤を知らなかった場合、悪意の場合と同じく保護の必要はないため、表意者に重過失がある場合でも取消しできるとされています。
相手方と表意者が共通錯誤の場合
相手方も表意者と同じく錯誤に陥っている「共通錯誤」の場合は、「表示」を重視する必要がなく、表意者には取消しが認められます。
たとえば、売買契約書に10万円のところ、桁を間違えて100万円と記載したとき、相手も10万円という認識で契約していた場合は、契約を取り消しても取引の安全を害することはありません。
また、近くに駅が新設されるという噂を売主・買主ともに信じて土地の売買契約を締結したケースでも、同じく取消しが認められます。
民法95条における「善意でかつ過失がない第三者」とは
民法95条4項では、取消しの効果を善意無過失の第三者に対抗できないことが規定されています。改正で新たに設けられた規定です。善意無過失とは、取消しできる取引であることを知らず、知らないことに過失がないことを指します。
たとえば、錯誤で取消しができる土地の売買があり、取消しについて知らない第三者が買主から土地を購入したケースが該当します。錯誤により売買契約が取り消されると、訴求効果で売買契約は無効になります。第三者は権利のない者から土地を購入したことになり、所有権を取得できません。
しかし、それでは取引の安全が害されるため、善意無過失の第三者に限り、取消しの効果が制限されています。第三者は土地の所有権を取得でき、錯誤の表意者は所有権を主張できないことになります。
民法95条に関連する判例
改正前の民法では、民法95条の錯誤の要件として「法律行為の要素に錯誤があること」が必要でした。改正民法では、これに代わって「錯誤の重要性」が要件とされています。この重要性の要件は、改正前民法の「要素」が争われた事案の判例が受け継がれていると考えられています。
最判昭和29年11月26日の判例では、買主Aが現居住者Bより同居の承諾を得て家屋を購入しようとした事案で、動機の錯誤による無効の主張を退けました。Bの同居承諾は買主Aの売買の意思表示をするについての動機に過ぎず、動機は相手方に表示されていないこと、相手方に表示されなかった動機の錯誤は法律行為の要素の錯誤とならないと判断されています。
判例で重視されている法律行為の要素は、改正後の民法95条における「錯誤の重要性」と考えられるでしょう。
民法95条の改正のポイントを押さえよう
民法95条は法律行為に重要な錯誤があった場合、取消しを認める規定です。改正前の無効から、取消しに変更されています。
表示の錯誤と動機の錯誤があり、動機の錯誤は、動機が法律行為の基礎とされていることが表示されていた場合に取消しができます。
改正では、新たに善意無過失の第三者に対抗できないことが規定されました。第三者の保護が明文化されたことで、より取引の安全が図られています。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
契約の知識をさらに深めるなら
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
法定代理人とは?権限から任意代理人との違いまで解説
法定代理人とは、本人の意思によらずに法律に規定された法定代理権に基づき本人を代理する者です。これは、契約を締結する際に関わってくる大事な制度の一つです。今回は、法定代理人の権限や任意代理との違いについてわかりやすくご説明します。 法定代理人…
詳しくみる民法627条とは?退職の申入れや解雇予告についてわかりやすく解説
民法627条は、雇用契約の解約の申入れに関して定めた法律です。雇用期間が設定されていない場合、同条では当事者はどのタイミングでも解約の申入れができると定められています。 本記事では、民法627条の概要、就業規則や労働基準法との関係を解説しま…
詳しくみる民法109条とは?表見代理の要件や110条との違いをわかりやすく解説
民法109条は、表見代理について定めた法律です。表見代理とは、代理権のない者が代理人であると誤信させて代理行為を行うことです。代理権のない行為は原則無効で本人には効果帰属しませんが、表見代理が成立すると認められると有効で、本人に契約の効果を…
詳しくみる未成年の定義とは?2022年4月からの民法改正についても解説!
2022年4月、「未成年」の年齢が引き下げられました。この法改正は、成年に達するかどうかの境目にいる若い方のみならず、企業関係者など多くの方に関係するものです。 そのため、「未成年」の定義などを整理して、理解しておきましょう。また、「未成年…
詳しくみる労働者派遣法とは?個別契約と基本契約の違いや法改正についても紹介
企業に人材を派遣する派遣会社と派遣社員を受け入れる派遣先企業は「労働者派遣法」に則って契約を締結し、それに従って派遣社員に業務を任せなければなりません。契約を結ばずに派遣社員を受け入れたり、契約内容を無視して仕事をさせたりすると、派遣会社や…
詳しくみる準拠法とは?契約における意味や国際取引における注意点を解説
準拠法とは、法律関係に適用される法のことです。契約書の内容に疑義が生じた場合や、契約に関して具体的な紛争が生じた場合には、準拠法に従って契約が解釈・適用されます。特に国際取引の契約書では、準拠法を明記することが大切です。本記事では準拠法の例…
詳しくみる