- 作成日 : 2024年2月1日
権利濫用の禁止とは?濫用にあたる行為や事業者が注意すべき点を紹介
「権利濫用」とは、権利の行使ではあるものの、社会常識や道徳に基づいて判断すると無効にするのが妥当な行為のことをいいます。
企業も法律遵守のもと事業活動を行うべきですが、条文の内容に沿っていれば常に権利の行使が認められるわけではない点に留意しないといけません。この権利濫用の禁止についてわかりやすく解説していきます。
権利濫用の禁止とは?
形式的には正当な権利の行使に見えても、実態に即して権利行使を認めるべきではないケースがあります。この法理を「権利濫用の禁止」と呼びます。
法律の条文の内容をそのまま解釈すれば確かに権利の行使が認められる場面であっても、加害の意図を持って本来不必要な権限を振るっているなど、社会的な常識に照らして「権利の濫用だ」と評価されるときは、当該権利の行使が無効になります。
民法という、誰にでも適用される日本の基本的な法律でも、その第1条にて次のように規定が置かれています。
(基本原則)
第一条 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は、これを許さない。
権利濫用について明示しているのは同条第3項です。
一応は権利者のために存在している権利であっても、絶対的な存在とは考えられていないのです。そこで原則は権利者が好きに行使できるとしつつ、場合によっては社会的な制約を受けることも想定されています。
権利の濫用にあたる行為
権利の濫用にあたる行為かどうかを明確に区分することはできません。
一般的には①権利行使の目的の正当性、②権利者が得る利益と相手方が受ける損害のバランス、の2点を考慮して判定します。
権利者の主観的事情も絡んできますが、例えば権利者が他人に損害を与えることを目的に権利を行使しているケースであれば①の観点から「権利の濫用」と評価されやすくなります。
また、権利を行使しても権利者には利益がなく、他方で行使の結果他人が大きな損失を被るというケースだと②の観点から「権利の濫用」と評価されやすくなるでしょう。
その他の事情も総合的に考慮しますので、結局のところはケースバイケースです。その事案ごとに「権利の行使を認めるべきか、それとも行使される相手方を救済すべきか」を考える必要があるということです。
権利濫用の禁止に反した事例
権利濫用の禁止の法理が適用される場面は限定的ですが、これまでに何度も裁判所が「権利濫用の禁止」の法理を適用して解決した事例はあります。
もっとも有名な事例は「宇奈月温泉事件(最判昭10年10月5日)」と呼ばれる事件です。
- 事件の概要
湯元から温泉を通すため木管を引く必要があったところ、わずかに他人の土地を通ることとなり、温泉施設の経営者が当該土地を借りてお湯を通していた。そこへ当該土地を購入した人物が現れ、「土地を買わないと管を除去してもらう」などと主張し、法外な売価を提示してきた。 - 裁判所の判断
温泉施設の経営者から不当に利益を得ようとしていたことや、土地所有者と経営者の利益の比較衡量から、「権利濫用により認められない」と判断。土地所有者による請求を棄却した。
土地の所有者が自分の土地に通っている管をどかしてほしいと主張するのは、それ自体違法なことではなく、正当な主張といえます。ただし、経営者から過大な利益を受け取るためにわざと土地を購入し、このような主張をするのは、目的に正当性がなく被害も大きいことから、濫用だと評価されたのです。
他にも「土地所有者が、同じ土地を利用する他人の通行を妨害する目的で、当該土地上に板垣を設置した行為」を権利濫用と評価した事例、「被相続人の内縁の妻が住む家屋を取得した相続人が、家屋の明け渡しを求めた行為」を権利濫用と評価した事例などもあります。
事業者が気を付けるべきポイント
権利濫用の問題は、個人のみならず法人である企業にも同様に適用されます。
そこで他社・他人に対して債権を持っているとしても、その行使の在り方についてはよく考える必要があります。権利があるのをいいことに悪用する形で行使することは避けましょう。
例えば、「あえて債務者が困るタイミングで行使をする」「自社にとって利益がなく行使の必要性がないものの、債務者を破産に追い込むためにあえて行使する」「他社を困らせて憂さ晴らしをするためだけに権利を取得してこれを行使する」といった行為は権利濫用と評価される可能性があります。
経営戦略として、競合他社との競争に勝つために権利を行使することもあるでしょう。結果的に自社が利益を得て他社が蹴落とされることもあるかもしれません。しかし、その行為が常に濫用になってしまうわけではありません。
この解釈については社会常識との照らし合わせも必要です。無効になる行為の解釈は時代によっても変わりますので、権利濫用が疑われるケースにおいては弁護士の意見も聴くようにしましょう。
「権利濫用だ」と主張されない運用を心がけよう
契約上の関係から優位な立場にあり、権利を行使できる場合であっても、「権利濫用の禁止」の法理により無効とされてしまうリスクがあります。法令の趣旨に沿えば基本的に権利濫用と評価されることはありませんが、不当な目的を持って行使するときは要注意です。
過去に権利濫用を理由に権利の行使が無効とされた事例もあり、権利を主張する前に、社会常識から考えても理解が得られる行動かどうか、道徳的な行動かどうかを考え直してみましょう。心配なケースでは専門家にアドバイスを求めるとよいでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
契約の知識をさらに深めるなら
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
手形保証とは?保証人は誰を選べばよい?
お金を借りる際に保証人を求められることがありますが、手形にも手形債務を保証する手形保証という制度があります。この手形保証をする人を手形保証人と呼ぶことがあります。手形保証は、民事保証とは意味合いが異なります。ここでは、手形保証の基礎知識や民…
詳しくみる金融商品取引法とは?概要や禁止行為、罰則をわかりやすく解説
金融商品取引法とは、経済の健全な発展や投資家の保護を目的とした法律です。証券会社や投資ファンド、投資顧問会社などの金融商品取引業者は金融商品取引法という法律にのっとって業務を行わなければなりません。 この記事では金融商品取引法の規制内容や対…
詳しくみる破産手続開始原因である「支払不能」が認められるケースとは?
会社や個人が、債務超過や支払不能に陥ったとき、破産をすれば、債務の負担から解放されます。破産手続は、裁判所に申立てて行いますが、破産開始決定されるには、一定の要件を満たしていなければなりません。 本稿では、要件となる破産手続開始原因の1つで…
詳しくみる下請法の違反事例は?公正取引委員会による調査や罰則について解説
下請法とは、立場や資本力が優位な発注者による資本力の小さい受注者に対する不正な取引を防止する法律です。下請法は、取引内容と資本金の規模を判断基準として適用されます。 本記事では、下請法の概要や親事業者に発生する義務、よくある下請法違反の事例…
詳しくみる著作物とは?法的な定義や具体例、事業者が注意すべき点を解説
著作物とは思想または感情を表現したもので、著作権法で保護されています。法に定められている方法で利用する場合は、事前に著作権者の許可を得なければなりません。 今回は、著作物として保護される要件や種類、具体例などを解説します。保護の内容や事業者…
詳しくみる商品形態模倣とは?不競法での定義や具体例、禁止行為を解説
不競法(不正競争防止法)における商品形態の模倣とは、他人の商品の形態を模倣した商品を譲渡する行為です。不正競争として禁じられ、差し止めや損害賠償請求の対象になります。 本記事では不競法で禁止される商品形態の模倣について詳しく説明するとともに…
詳しくみる