- 作成日 : 2025年6月24日
秘密保持契約書(NDA)には反社条項が必要?
企業間で機密情報を共有する際に締結される「秘密保持契約書(NDA)」。情報漏洩を防ぐための重要な契約ですが、近年、このNDAにも「反社会的勢力排除条項(反社条項、暴排条項)」を盛り込むことが一般的になっています。
「NDAにも反社条項って必要なの?」「具体的にどんな内容を書けばいいの?」 秘密保持契約書を作成する立場にある方は、このような疑問をお持ちかもしれません。
この記事では、反社条項の基本的な知識から、その必要性、具体的な条項の内容、そして契約書作成・レビュー時の注意点までを、専門的な視点から分かりやすく解説します。
目次
そもそも反社条項(暴力団排除条項)とは?
まず、反社条項がどのようなもので、なぜ契約書に盛り込まれるようになったのか、基本的な背景から理解しましょう。
反社会的勢力の定義とリスク
「反社会的勢力」とは、一般的に、暴力団、暴力団関係企業、総会屋、社会運動標ぼうゴロ、特殊知能暴力集団など、「暴力、威力と詐欺的手法を駆使して経済的利益を追求する集団又は個人」を指します(厚生労働省「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針について」より)。
企業が反社会的勢力と関係を持つことには、以下のような重大なリスクが伴います。
- 不当要求のリスク: 暴力的な脅しや不当な要求を受ける可能性があります。
- 資金提供のリスク: 知らないうちに反社会的勢力の活動資金を提供してしまう恐れがあります(利益供与)。
- 企業価値の毀損: 反社会的勢力との関係が明るみに出れば、企業の社会的信用は失墜し、株価下落、取引停止、不買運動などにつながる可能性があります(レピュテーションリスク)。
- 従業員の安全: 従業員が反社会的勢力から危害を加えられたり、不当な圧力のターゲットになったりする危険性があります。
- 法的・行政的措置: 暴力団排除条例などに基づき、行政指導や勧告、公表措置などを受ける可能性があります。
これらのリスクを回避するため、企業は反社会的勢力との一切の関係を遮断することが強く求められています。
反社条項の目的
反社条項は、契約当事者が反社会的勢力ではないこと、および反社会的勢力と一切の関係を持たないことを相互に表明・保証し、万が一違反した場合のペナルティ(契約解除や損害賠償)を定めるものです。
契約書に反社条項を入れる主な目的は以下の通りです。
- 関係遮断の意思表示: 反社会的勢力とは取引しないという企業の断固たる姿勢を示す。
- 事前スクリーニング: 契約相手に対して反社会的勢力でないことを表明させることで、問題のある相手との契約締結を未然に防ぐ。
- 関係発覚時の離脱手段の確保: 万が一、契約後に相手が反社会的勢力であると判明した場合や、反社会的勢力と関係を持った場合に、速やかに契約関係を解消できるようにする。
- 損害発生時の補償確保: 反社条項違反により損害が発生した場合の賠償請求の根拠とする。
法的背景
反社条項が広く普及した背景には、法整備の進展があります。
- 政府指針: 2007年の政府犯罪対策閣僚会議幹事会申合せにおいて「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」が策定されました。この指針では、企業に対し、反社会的勢力との関係遮断のための取り組み(契約書への反社条項導入など)を推奨しています。
- 暴力団排除条例(暴排条例): 2011年に全都道府県で施行されました。これにより、事業者が暴力団に利益供与を行うことなどが禁止され、契約書に反社条項(暴排条項)を設ける努力義務などが規定されています。
これらの指針や条例により、企業が反社会的勢力対策を講じることは、単なるリスク管理に留まらず、コンプライアンス上の要請となっています。
秘密保持契約書(NDA)には反社条項が必須?
では、「秘密保持契約書(NDA)にも反社条項は必須なのか?」という点について考えていきましょう。
法的な義務はないが、「事実上必須」
結論から言うと、秘密保持契約書に反社条項を設けることを直接的に義務付ける法律はありません。
しかし、前述の通り、政府指針や暴排条例の流れを受け、企業コンプライアンスやリスク管理の観点から、あらゆる契約書に反社条項を盛り込むことが、現在の日本企業における標準的な実務となっています。
金融機関との取引基本約款や、不動産売買・賃貸借契約、業務委託契約など、多くの契約類型で反社条項は当然のように導入されています。この流れの中で、秘密保持契約書だけを例外とする合理的な理由は乏しく、反社条項を入れないことは、かえって「なぜ入れないのか?」と疑問視される可能性すらあります。
そのため、法的な義務はなくとも、企業の信頼性を確保し、足並みを揃える意味でも、NDAに反社条項を設けることは「事実上必須」と言える状況です。
反社条項が重要な理由
NDAは、M&Aの検討、共同開発、業務提携など、重要な経営判断や事業活動に先立って、当事者間で機密性の高い情報を共有するために締結されます。
このような重要な情報を共有する相手方が、反社会的勢力であってはならないことは言うまでもありません。もし相手方が反社会的勢力であった場合、共有した機密情報が悪用されたり、情報共有自体が反社会的勢力への協力とみなされたりするリスクも考えられます。
情報という重要な経営資源を守り、安心して情報交換を行うためにも、NDAの段階で相手方が反社会的勢力でないことを確認し、保証させることの意義は大きいと言えます。
反社条項がない場合は?
もしNDAに反社条項がない場合、以下のようなリスクが考えられます。
- 相手が反社だと判明しても、契約解除が困難な場合がある: 契約違反を理由とした解除権が明確でないため、関係解消に手間取る可能性があります。
- 損害発生時の責任追及が難しくなる: 契約上の根拠がないため、損害賠償請求が難しくなる可能性があります。
- コンプライアンス意識を疑われる: 取引先や監督官庁などから、反社会的勢力対策が不十分であるとみなされる可能性があります。
- レピュテーションリスク: 万が一、反社との取引が発覚した場合、「反社条項すら入れていなかった」という事実が、さらなる信用失墜を招く可能性があります。
これらのリスクを避けるためにも、NDAに反社条項を設けることが賢明です。
秘密保持契約書に入れる反社条項の内容
反社条項は、一般的に以下の要素で構成されます。秘密保持契約書に盛り込む際も、これらの要素を網羅することが基本となります。
1. 反社会的勢力の定義
まず、契約において「反社会的勢力」が何を指すのかを明確に定義します。一般的には、政府指針で示された定義を引用または参考にすることが多いです。
(例)「本契約において「反社会的勢力」とは、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロ又は特殊知能暴力集団等、その他これらに準ずる者をいう。」
2. 表明・保証
契約当事者双方が、以下の事項について真実であることを表明し、保証します。
- 自らが反社会的勢力に該当しないこと。
- 自らの役員等(取締役、執行役、監査役、従業員その他これらに準ずる者)が反社会的勢力に該当しないこと。
- 反社会的勢力が経営に関与していないこと。
- 反社会的勢力に対して資金提供や便宜供与などを行っていないこと、また、将来も行わないこと。
- 反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有していないこと、また、将来も有しないこと。
「役員等」の範囲をどこまで含めるか(例:主要な株主、顧問など)は、契約の重要性に応じて検討します。
3. 禁止行為(反社との関与や不当要求の禁止)
契約当事者双方が、自らまたは第三者を利用して以下の行為を行わないことを確約します。
- 暴力的な要求行為
- 法的な責任を超えた不当な要求行為
- 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
- 風説を流布し、偽計を用いまたは威力を用いて相手方の信用を毀損し、または相手方の業務を妨害する行為
- その他前各号に準ずる行為
4. 契約の無催告解除
一方の当事者が上記の表明保証に違反した場合、または禁止行為をした場合に、もう一方の当事者が催告をすることなく直ちに本契約を解除できることを定めます。
「催告なしに(無催告で)」解除できる点がポイントです。これにより、問題が発覚した場合に迅速に関係を断ち切ることができます。
5. 損害賠償
契約解除によって相手方に損害が生じたとしても、解除した当事者は賠償責任を負わないこと、および、違反した当事者が相手方に生じた損害を賠償する責任を負うことを定めます。
【例文】一般的な反社条項
以下に、上記要素を盛り込んだ一般的な反社条項の例文を示します。これはあくまで例文であり、実際の契約書作成にあたっては、事案に応じて弁護士などの専門家にご相談ください。
第〇条(反社会的勢力の排除)
- 甲および乙は、相手方に対し、自ら(法人の場合には、その代表者、役員または実質的に経営を支配する者を含む。以下本条において同じ。)が、現在、暴力団、暴力団員、暴力団員でなくなった時から5年を経過しない者、暴力団準構成員、暴力団関係企業、総会屋等、社会運動等標ぼうゴロまたは特殊知能暴力集団等、その他これらに準ずる者(以下これらを「反社会的勢力」という。)に該当しないこと、および次の各号のいずれにも該当しないことを表明し、かつ将来にわたっても該当しないことを確約する。
(1) 反社会的勢力が経営を支配していると認められる関係を有すること
(2) 反社会的勢力が経営に実質的に関与していると認められる関係を有すること
(3) 自己、自社もしくは第三者の不正の利益を図る目的または第三者に損害を加える目的をもってするなど、不当に反社会的勢力を利用していると認められる関係を有すること
(4) 反社会的勢力に対して資金等を提供し、または便宜を供与するなどの関与をしていると認められる関係を有すること
(5) 役員または経営に実質的に関与している者が反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係を有すること - 甲および乙は、相手方に対し、自らまたは第三者を利用して次の各号の一にでも該当する行為をしないことを確約する。
(1) 暴力的な要求行為
(2) 法的な責任を超えた不当な要求行為
(3) 取引に関して、脅迫的な言動をし、または暴力を用いる行為
(4) 風説を流布し、偽計を用いまたは威力を用いて相手方の信用を毀損し、または相手方の業務を妨害する行為
(5) その他前各号に準ずる行為 - 甲または乙は、相手方が前二項の表明・確約に違反した場合、または違反していたことが判明した場合には、何らの催告を要せず、直ちに本契約を解除することができる。
- 前項の規定により本契約が解除された場合、解除された当事者は、解除により相手方に生じた損害を賠償しなければならない。また、解除した当事者は、相手方に対し、解除によって生じた損害の賠償を請求しないものとする。
反社条項をレビューする際のチェックポイント
自社で作成する場合だけでなく、相手方から提示されたNDAの反社条項をレビューする際にも、以下の点を確認しましょう。
自社・相手方双方の表明保証になっているか?
反社条項は、一方当事者だけでなく、双方が表明し保証する形式になっていることが基本です。自社だけが義務を負う内容になっていないか確認しましょう。
表明保証の対象範囲は適切か?
表明保証の対象に「役員等」が含まれているか、その範囲は適切かを確認します。自社の実態に合わせて、「実質的に経営を支配する者」といった文言の要否も検討します。
解除権・損害賠償の規定は明確か?
- 無催告解除が可能になっているか?
- 自社から解除した場合、相手方への損害賠償義務を負わない旨が明記されているか?
- 相手方の違反により生じた損害を、相手方に賠償請求できる旨が明記されているか?
これらの点が明確になっているかを確認し、自社に不利益な内容になっていないか検討します。
反社条項の実効性を高めるために
反社条項を契約書に入れるだけでは十分ではありません。その実効性を高めるためには、以下の取り組みが重要です。
契約前の「反社チェック」の重要性
契約書に反社条項を設けることと並行して、契約を締結する前に相手方が反社会的勢力でないかを確認する「反社チェック」を実施することが極めて重要です。
反社条項は、あくまで問題が発覚した場合の事後的な対応策としての意味合いが強いですが、反社チェックは、そもそも反社会的勢力との契約締結を未然に防ぐための予防策です。
反社チェックの方法
反社チェックの方法には、以下のようなものがあります。
- インターネット検索: 企業名、代表者名、役員名などで検索し、ネガティブな情報がないか確認します。
- 商業登記簿の確認: 役員構成などを確認します。
- 新聞記事データベースの検索: 過去の報道などを確認します。
- 業界団体等への照会: 業界内での評判などを確認します。
- 専門調査機関の利用: 専門の調査会社に依頼し、より詳細な調査を行います。
- 警察・暴力追放運動推進センターへの相談: 必要に応じて相談します。
どのレベルまでのチェックを行うかは、取引の重要性やリスクに応じて判断しますが、形式的なチェックに留まらず、実効性のあるチェック体制を構築することが求められます。
秘密保持契約書の反社条項で企業を守ろう
秘密保持契約書(NDA)は、重要な情報をやり取りする上で不可欠な契約ですが、その相手方が反社会的勢力であってはなりません。
NDAに反社条項を設けることは、法的な義務ではないものの、コンプライアンス遵守、リスク管理、企業の信頼性確保の観点から、現代の企業実務においては「事実上必須」と言えます。
反社条項の内容としては、「定義」「表明保証」「禁止行為」「無催告解除」「損害賠償」といった要素を漏れなく盛り込むことが基本です。
さらに重要なのは、契約書に条項を入れるだけでなく、契約締結前に「反社チェック」を実施し、反社会的勢力との関係を未然に防ぐことです。
反社条項の適切な設定と、実効性のある反社チェック体制の構築。この両輪によって、反社会的勢力によるリスクから企業を守り、健全な事業活動を推進していきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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