- 更新日 : 2025年6月24日
労災で医療費が10割負担?払えないときの対応や返金手続きを解説
労災(労働災害)によるけがや病気で病院を受診したにもかかわらず、医療費を全額(10割)請求されることがあります。受診した医療機関が労災指定病院でない医療機関を受診した場合や、必要書類がそろっていなかった場合などに発生するケースです。高額な医療費をその場で支払えないときはどうすればよいのでしょうか。この記事では、医療費が全額自己負担になる場合や、払えない場合の対応策、返金を受けるための手続きについて、具体的に解説していきます。
目次
労災で医療費が10割負担になるとき
労災保険は、業務中や通勤中のけがや病気について、治療費を原則全額補償する制度です。通常であれば、自己負担なしで治療を受けられます。しかし、医療費を全額請求されるケースもあります。どのような場合に全額請求されるのか解説します。
労災指定病院以外を受診した場合
労災で受診した病院が、労災指定医療機関ではない場合です。労災指定病院とは、都道府県労働局長から指定を受けた医療機関であり、労災保険に関する給付請求を病院側が直接行うことができます。そのため、患者が窓口で支払う必要は基本的にありません。
一方で、指定外の病院は、労災保険との契約がないため、治療費の請求は原則として患者本人が行うことになります。そのため、受診時には患者が一旦医療費を全額支払い、後日「療養の費用請求書」によって払い戻しを受けるという手続きが必要になります。
受診時に必要書類が提出できなかった場合
労災指定病院であっても、「療養補償給付たる療養の給付請求書(様式第5号)」や「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」など、必要な書類を受診時に提示できなかった場合には、医療機関によっては一時的に医療費の支払いを求められることがあります。なかには1万円程度の預かり金を請求する病院もありますが、後日書類を提出すれば返金されます。
健康保険証を提示してしまった場合
労災に該当するけがや病気であっても、本人が誤って健康保険証を提示してしまうと、通常の健康保険と同様に3割の自己負担が発生します。さらに、医療費の7割分を負担した全国健康保険協会や健康保険組合から、後日返還請求を受けることもあり、最終的には10割の医療費を一時的に支払う事態になりかねません。
このようなケースでも、手続きを踏めば労災保険への切り替えが可能ですが、対応が遅れればそれだけ自己負担期間が長くなり、経済的負担が増すことになります。
労災保険の対象外となる費用がある場合
労災保険は、治療に「必要と認められる」範囲の費用しか補償しません。以下のような費用は対象外となり、自己負担が必要です。
- 差額ベッド代(本人の希望で個室を選んだ場合)
- 医師が必要と認めない付添看護料
- 医療的効果が認められていない自由診療や特殊治療の費用
このような負担を回避するには、あらかじめ会社側で近隣の指定医療機関を調べ、労災時にどこを受診すべきかを従業員に周知しておくとよいでしょう。
労災指定外の病院で10割負担が払えないときはどうする?
やむを得ず労災指定外の病院を受診した場合、医療費は原則として一旦全額自己負担となります。もし請求された医療費が高額で、その場で支払えない場合は、そのまま放置せず、まずは医療機関の窓口で事情を説明し、場合により労働基準監督署や会社に相談しましょう。
病院窓口で事情を伝える
病院によっては、全額支払いの代わりに預かり金として一部の金額のみを受け取り、後日必要書類の提出を条件に精算する対応を取ってくれる場合もあります。あくまでも医療費を支払う意思があることを前提に、柔軟な対応をお願いしてみましょう。
医療機関によっては、以下のような対応をとってくれるケースがあります。
- 預かり金として一部の支払いだけを求める(例:1〜3万円)
- 分割払いの相談に応じてくれる
- 書類提出後に返金する前提で、支払いを一時保留してくれる
会社に相談する
従業員本人がこれらの対応を一人で進めるのが難しい場合には、会社の人事労務担当者に速やかに連絡を入れることが大切です。
労災であることが認められる限り、返金の申請は可能であり、必要書類の整備や監督署への申請のサポートを会社側が担うことで、従業員の負担を大きく軽減できます。会社によっては、返金までの期間を見越して一時的な立替え制度や給与の前倒し払いなどを設けていることもあるため、社内制度を確認することも効果的です。
企業側が早めに関与することで、従業員の不安を軽減し、法的トラブルも回避できます。
分割払いや一部入金の記録は必ず保管
支払いが一部にとどまった場合でも、領収書は必ず保管し、金額の証拠を残しておくことが重要です。
後日、労災保険への返金申請には原則として「医療費の領収書の原本」が必要です。
万が一紛失した場合には、病院からの再発行や「療養費等領収書紛失届」の提出が必要になります。
会社側としては、従業員からの申告があった時点で、労災の発生状況を確認し、治療にかかった病院が指定医療機関かどうかを把握しておく必要があります。そのうえで、払い戻し手続きの説明や、必要な書類の準備を支援し、従業員が金銭面で困窮しないよう早期対応に努めることが求められます。
労災の10割負担の返金を受けるには?
労災によって医療機関で10割負担を求められた場合でも、労災保険に返金を申請すれば、後日、全額が返金されます。
返金までにかかる期間は通常は1~2ヶ月程度ですが、申請が集中する時期や書類に不備があった場合などは3ヶ月以上かかることもあります。振込が完了する前に、支給決定通知書が届くため、いつ返金されるか確認ができます。
ただし、この返金は自動的に行われるものではなく、本人が必要な書類をそろえて労働基準監督署に申請する必要があります。
ここでは、申請の流れや準備すべき書類について解説します。
医療費の返金までの流れ
- 様式を入手・記入する
請求書の様式は、厚生労働省のウェブサイトまたは最寄りの労働基準監督署で入手します。必要事項を記入し、事業主の証明欄がある場合は、会社に記入を依頼します。会社が協力しない場合でも、労働基準監督署に相談することで、本人申請が可能な場合もあります。 - 医療費の領収書を添付する
支払いの証明として領収書の原本が必要です。コピーでは受理されないため、診察後に受け取った書類の原本は必ず保管しておきましょう。もし紛失してしまった場合は、医療機関に再発行を依頼するか、監督署の定める「療養費等領収書紛失届」を提出する必要があります。 - 労働基準監督署に提出する
書類がそろったら事業所所在地を管轄する労働基準監督署に提出します。提出時には、控えとしてコピーを手元に残しておくと安心です。
提出方法は、窓口への持参のほか、郵送でも受け付けられています。郵送の場合は、簡易書留など記録の残る方法での送付が望ましいでしょう。 - 審査・支給決定
提出された書類は、労働基準監督署において内容の審査が行われます。審査では、労災であること、支払内容が医療上妥当であること、提出された様式に問題がないことなどが確認されます。審査の結果、問題がなければ支給決定通知書が労働者本人宛に送付され、請求書に記載された本人名義の口座に医療費の返金額が振り込まれます。
労災の返金までのスケジュールは通常は1~2ヶ月程度ですが、申請が集中する時期や書類に不備があった場合などは3ヶ月以上かかることもあります。振込が完了する前に、支給決定通知書が届くため、いつ返金されるか確認ができます。
必要な書類
1. 療養の費用請求書
医療費の返金申請には、「療養の費用請求書」の提出が必要です。
- 業務災害の場合:様式第7号
- 通勤災害の場合:様式第16号の5
さらに、受診先が病院・薬局・整骨院・あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・訪問看護事業者など、どの種類に該当するかによって、記載すべき様式が(1)〜(5)の区分に細かく分かれています。
例えば、病院での受診は(1)、薬局での薬の購入は(2)といった具合に定められているため、実際にかかった先に合わせて正しい書式を選ばなければなりません。
記入の際には、診療日や医療機関名、支払った金額の内訳、治療内容などを正確に記載する必要があります。不明点がある場合には、提出前に労働基準監督署に確認をとっておくと、差し戻しのリスクを防ぐことができます。
2. 医療機関発行の領収書(原本)
支払い金額の証明として、病院や薬局で受け取った領収書の原本が必要です。労災保険の返金手続きでは、コピーや写真画像では受付されません。医療費を立て替えた際には、診察分だけでなく処方された薬の費用も含め、すべての領収書をまとめて保管しておきましょう。
仮に領収書を紛失してしまった場合は、医療機関に再発行を依頼するか、「療養費等領収書紛失届」を監督署に提出して申請することになります。
3. 事業主の証明(必要な場合)
療養の費用請求書には、労災発生の状況や勤務実態などを事業主(会社)が証明する欄が設けられていることがあります。証明が必要とされている様式を使用する場合には、労働者本人が記入した請求書を会社に提出し、内容を確認のうえで証明を受ける必要があります。
念のため、提出前に労働基準監督署へ確認しておくと安心です。
従業員が高額な医療費を支払うことなく、労災保険の補償を受けられるよう、企業側でも申請の流れや必要書類の情報をしっかり整理し、支援体制を整えておくことが望まれます。
参考:主要様式ダウンロードコーナー (労災保険給付関係主要様式)|厚生労働省
労災で10割負担を防ぐためにできること
労災による医療費の全額負担を未然に防ぐためには、企業側の準備と従業員への周知が不可欠です。ここでは、労災による10割負担を回避するために、企業があらかじめ講じておくべき対策を解説します。
労災指定病院の一覧を社内で共有する
従業員が労災で負傷した際に備えて、あらかじめ労災指定病院をリストアップしておき、事業所や各部署に周知しておきましょう。労災指定病院であれば、労災保険に基づいた「療養の給付」が受けられ、窓口での支払いは不要となります。
また、緊急時に備え掲示版や社内ポータルで常時閲覧できるようにしておくと対応しやすくなります。
受診時に必要な書類をすぐに渡せる体制を整える
労災指定病院であっても、所定の請求書類(様式第5号や様式第16号の3など)を提出できなければ、その場で一時的に費用を支払わなければならないケースがあります。とくに初診時や時間外・休日の受診では、書類が間に合わず立替えが生じることもあります。
こうしたリスクを減らすには、労災発生時に必要な書類をすぐに取り出して渡せる体制を整えることが大切です。あらかじめ必要な様式をファイルに保管し、担当者不在でも他のスタッフが対応できるよう周知しておくことが望まれます。
労災発生時の社内連絡フローを明確にしておく
現場でけがをした場合、誰に、どのように連絡するかを明確にしておきましょう。社内フローを構築し周知しておくことが基本です。
例えば、「負傷者が発生した場合は直ちに上長へ報告」「人事部門が書類の準備と病院選定を支援」といった流れを社内マニュアルに明記し、定期的な教育を通じて従業員へ浸透させておくと、トラブル発生時も冷静に対応できます。
健康保険証を提示しないよう事前に周知する
労災が原因で病院を受診する場合、健康保険証を使用してはいけません。これは、健康保険が業務外の怪我や病気を対象とした制度であるためです。誤って健康保険証を提示してしまうと、自己負担が発生するうえに、後から労災へ切り替える手続きも煩雑になります。
従業員には「仕事中や通勤中のけがでは、健康保険証は使用しないこと」を明確に伝えておくとともに、入社時研修や安全衛生教育の中で再確認する機会を設けることが有効です。
労災により働けない期間を補う支援制度
労災で医療費を立て替えたり、休業によって収入が減ったりすると、家計への影響も大きくなります。こうしたとき、国や自治体、会社にどんな制度があるか確認していきましょう。
労災保険からの休業補償給付と休業特別支給金
労災により仕事に就くことができず、賃金を受けられない従業員は、休業4日目から労災保険から「休業補償給付」と「休業特別支給金」を受けることができます。
休業補償給付は給付基礎日額(労災発生直前3ヶ月間の平均賃金)の60%、休業特別支給金は給付基礎日額の20%であり、合計で給付基礎日額の80%が支給されます。
ただし、休業開始後、最初の3日間は「待期期間」となり、休業補償給付は支給されません。業務災害であれば、この3日間については労働基準法に基づき、事業主が平均賃金の60%を補償する義務があります。
これらの給付を受けるためには、従業員本人が「休業(補償)給付支給請求書(様式第8号、第16号の6)」を作成し、労働基準監督署へ提出する必要があります。会社側の証明も必要となるため、人事労務担当者は書類準備を支援し、スムーズな申請をサポートすることが求められます。
会社独自の休業補償制度
企業によっては、就業規則や労働協約の中で、労災保険に上乗せする形で補償を行っている場合があります。例えば、労災による休業期間中も給与の100%を支給する制度や、待期期間の3日間も満額支給する制度などが該当します。
こうした制度があるかどうかは企業によって異なるため、人事労務担当者は自社の制度内容を改めて確認し、対象となる従業員に的確に案内することが重要です。
その他の公的な貸付制度
労災保険の給付や会社の補償だけでは生活費が不足する場合には、公的な貸付制度を活用することも選択肢のひとつです。代表的な制度としては、「生活福祉資金貸付制度」があり、緊急の生活費が必要な方には「緊急小口資金」や「総合支援資金」などの枠組みが用意されています。
これらの制度は、各市区町村の社会福祉協議会が窓口となっており、一定の条件を満たせば、無利子または低利で貸付を受けることが可能です。とくに返金までに数ヶ月かかる見込みがある場合や、家計が一時的に逼迫している状況では、有効な支援策となります。
労災の10割負担が払えないときは早めに相談しよう
労災で医療費の全額を請求されても、すぐに支払うのが難しいという状況は珍しくありません。とくに労災指定外の病院を受診した場合や、必要な書類がそろっていなかったときは、一時的に10割負担となることがあります。
そのような場合は、まず病院に労災であることを伝えたうえで、支払いの猶予や分割の相談をしてみましょう。同時に、労働基準監督署へも早めに連絡し、返金手続きや必要な書類について確認することが大切です。
企業も、従業員が安心して申請を進められるよう、書類の準備支援や社内制度の案内などを通じて、実務的なサポートを行うことが求められます。制度を理解し、早めに相談・対応することで、金銭的な負担を抑えることができます。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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