- 作成日 : 2025年5月7日
会社法370条(取締役会の決議の省略)とは?書面決議・みなし決議の要件を解説
会社法370条は、実際に取締役会を開催せずに書面決議が行える旨を定めた規定です。書面決議は「みなし決議」とも呼ばれ、迅速に決議を行える点がメリットです。
一方で法定の要件を満たさない場合、決議が無効となるおそれもあるため正しい手続きが欠かせません。本記事では、会社法370条が定める取締役会決議の省略について詳しく解説します。
目次
会社法370条(取締役会の決議の省略)とは
会社法370条とは、すべての取締役が同意すれば、実際に取締役会を開かずとも書面決議(みなし決議)をもって取締役会決議を可能とする規定です。これは、会社の迅速な意思決定を可能にする制度であり、とくに緊急時や物理的に取締役が一堂に会することが困難な状況で活用されます。
ただし、同意の方法や文書化の手続きに不備があれば、決議が無効となるおそれがあるため、法要件の正しい理解と手続きが不可欠です。ここでは、会社法370条の条文内容や書面決議(みなし決議)とは何かを解説します。
会社法370条の条文
会社法は、取締役会設置会社における取締役会決議の省略について、以下の条文で規定しています。
(取締役会の決議の省略)
第三百七十条 取締役会設置会社は、取締役が取締役会の決議の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき取締役(当該事項について議決に加わることができるものに限る。)の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたとき(監査役設置会社にあっては、監査役が当該提案について異議を述べたときを除く。)は、当該提案を可決する旨の取締役会の決議があったものとみなす旨を定款で定めることができる。
会社法370条における取締役会の書面決議(みなし決議)とは
会社法370条に基づく取締役会の書面決議(みなし決議)とは、一定の要件を満たした場合に、取締役会を開催せずともその決議があったものとみなす制度です。通常開催の取締役会は、定足数を満たした出席取締役の過半数の賛成で決議が成立する一方、書面決議(みなし決議)は、議決権をもつ取締役全員の同意が必要とされます。
また、監査役設置会社では監査役への事前通知も必須とされ、監査役が異議を述べた場合は書面決議(みなし決議)をできない旨が定められています。
会社法370条における書面決議(みなし決議)の要件
会社法370条に基づく書面決議(みなし決議)を有効に成立させるためには、以下の3つの要件をすべて満たさなければなりません。1つでも要件が欠けると、書面決議は無効となるおそれがあるでしょう。
- 定款による定め
- 取締役全員の同意
- 議事録の作成
以下に、それぞれの要件について詳しく解説します。
定款による定め
取締役会設置会社で書面決議(みなし決議)を行うためには、会社法第370条に基づく取締役会決議の省略を採用する旨の規定を定款に設けなくてはなりません。定款に規定がない場合、たとえ取締役全員が同意したとしても書面決議は有効に成立しないため注意が必要です。
定款変更には株主総会の特別決議が必要となるため、書面決議制度の導入を検討する場合は、事前に定款変更手続きが欠かせません。なお、この定款規定は任意であり、書面決議を認めないことも可能です。
取締役全員の同意
書面決議(みなし決議)が成立するためには、議決権をもつ取締役全員がその決議事項に対して、書面または電磁的記録で同意しなければなりません。つまり、一人でも同意しない取締役がいた場合、たとえ他の取締役の多数が賛成していても書面決議は成立しません。
出席取締役の過半数の賛成で決議が成立する通常開催の取締役会決議と比べて、書面決議は厳しい決議要件が求められています(会社法第369条)。さらに同意の手段は、書面または電子メールなどの電磁的記録によらなければならず、口頭での確認は法的効力をもちません。
議事録の作成
書面決議(みなし決議)が成立した場合も、通常開催の取締役会と同様に議事録の作成と保管が必要です(会社法369条、371条)。たとえ取締役会を実際に開催していない場合でも、どのような議案について、どの取締役がどのような方法で同意したのかを明記した記録を作成し、保管しておくことが求められます。
書面決議の際にも、議事録作成の手続きを怠らないよう注意しましょう。
参考:e-Gov 法令検索 会社法第三百六十九条
参考:e-Gov 法令検索 会社法第三百七十一条
会社法370条における書面決議(みなし決議)の効力
会社法370条に基づく書面決議(みなし決議)は、すべての要件を満たした場合、実際に取締役会を開催して決議を行った場合とまったく同じ法的効力をもちます。つまり、取締役が一堂に会して議論を交わし多数決で決定した場合と同等の効力が認められます。
この法的効力が認められる根拠は、会社法370条の条文自体です。同条は、取締役全員の同意が書面または電磁的方法でなされた場合、「取締役会の決議があったものとみなす」と明記しています。つまり、みなし決議は単なる合意や確認ではなく、正式な決議として法的拘束力をもちます。
一方、同意の取得方法や記録の不備があると、その効力を否定される可能性があるため注意が必要です。
会社法370条に違反した場合のリスク
会社法370条に違反して書面決議(みなし決議)を行った場合、決議が無効となるおそれがあります。過去の判例では、無効な取締役会決議に基づく会社の重要財産の処分について、原則有効とするものの、取引の相手方が有効な取締役会決議を経ていないことを知り、または知ることができた場合は無効であるとしています(最高裁昭和40年9月22日判決・民集19巻6号1656頁)。
また決議の効力喪失によって、取引の安全が脅かされ法的リスクや経営的な重大リスクが生じるおそれも否定できません。その結果、取締役に対する損害賠償責任や株主代表訴訟を提起されるおそれもあるため、法要件を遵守した運用が求められます。
会社法370条に関してよくある質問
会社法370条に基づく書面決議を有効にするには、制度や手続きに関する正しい理解が欠かせません。本章では、会社法370条に関してよくある質問について解説していきます。
取締役会の書面決議はどんな企業でも可能?
取締役会の書面決議はすべての取締役会設置会社で可能ですが、定款に明示的な規定を設けることが前提条件です。書面決議の制度を採用するには、まず定款に会社法第370条の規定に基づき、取締役会の決議を省略できる旨の条項を記載しておく必要があります。
定款に定めのない会社が書面決議を行った場合、その効力は法的に認められない可能性があるため注意が必要です。
取締役会の書面決議には監査役の同意も必要?
取締役会の書面決議において、監査役の同意は不要です。監査役は取締役会に出席し意見を述べる権利はあるものの、決議の構成員ではないため、書面決議に関する法的な同意権は与えられていません。
ただし、書面決議にあたり監査役が異議を述べた場合には、書面決議自体を実施できません。
書面決議(みなし決議)における議事録の記載内容は?
会社法第370条に基づく書面決議(みなし決議)の場合、取締役会議事録の記載項目は以下のように定められています(会社法施行規則第101条4項1号)。
- 取締役会の決議があったものとみなされた事項の内容
- 当該事項の提案を行った取締役の氏名
- 取締役会の決議があったものとみなされた日
- 議事録の作成に係る職務を行った取締役の氏名
会社法370条に関連する法律
会社法370条の実務運用にあたっては、関連条文の理解が不可欠です。会社の意思決定機関である株主総会や取締役会の役割を定めた条文との関係を整理すれば、370条の意味がより明確になります。ここでは、会社法370条に関連する法律をご紹介します。
会社法309条(株主総会の決議)
会社法309条は、株主総会の決議要件を定めた条文です。株主総会のおもな決議要件は「普通決議」と「特別決議」「特殊決議」の3種類です。普通決議は議決権をもつ株主の過半数が出席し、出席株主の過半数の賛成が必要とされ、事業報告承認や取締役選任などに適用されます(会社法第309条1項)。
一方、特別決議は議決権をもつ株主の過半数が出席し、出席株主の3分の2以上の賛成が必要です(会社法第309条2項)。定款変更や合併、会社分割などの重要事項に適用されます。この他にも、定足数や議決権数が変動する特殊決議も存在します。取締役会と株主総会それぞれの決議要件の違いを正しく理解しておきましょう。
会社法362条(取締役会の権限)
会社法362条は、取締役会の権限および役割を規定しています。取締役会は、業務執行の決定、取締役の職務執行の監督、代表取締役の選定・解職という3つの重要な権限をもっています。とくに「重要な業務執行の決定」は、重要な財産の処分・譲受けや多額の借財などが含まれ、会社経営の根幹に関わる事項です。
会社法362条に定める権限や役割は、原則として取締役会の実開催による決議が必要です。ただし本記事で解説したように、会社法370条により一定の要件を満たせば書面決議(みなし決議)も認められます。
取締役会の書面決議(みなし決議)は正しい手続きが不可欠
会社法370条は「取締役会の決議の省略」について定めた条文です。一般に「書面決議」や「みなし決議」とも呼ばれる制度で、取締役会を実際に開催することなく決議を行えるため、緊急性の高い案件への対応や地理的に離れた取締役間の意思決定の効率化が図れます。
迅速な意思決定が可能となる一方、直接的な議論ができず一人でも反対すると成立しないなどのデメリットも存在するでしょう。コーポレートガバナンスの視点からすれば、書面決議(みなし決議)制度を法的要件に準拠しつつ適切に運用することが、効率的かつ健全な経営の実現への鍵となります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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