- 作成日 : 2025年4月8日
民法709条とは? 不法行為による損害賠償の要件や判例をわかりやすく解説
民法第709条は、不法行為にもとづく損害賠償請求権について規定している条文です。社会生活を送る上では誰しも他者に対して損害を出してしまう可能性があります。その場合に被害者が加害者に対して損害賠償をすることを認める基礎になるのが、民法第709条です。
本記事では民法第709条などについて、要件や判例などについてわかりやすく解説します。
目次
民法709条とは
民法第709条は、不法行為をした者に被害者への損害賠償をする責任を負うことを定める規定です。
人に対して何らかの請求をする場合には、その根拠となる権利が必要です。契約関係にある当事者が損害を出した場合には、契約上の規定にもとづいて請求ができます。しかし、例えば交通事故をした場合、加害者・被害者間には何らの契約関係もありません。民法第709条は、このような契約関係にない当事者が不法行為で損害を与えた場合に、被害者が加害者に損害賠償を求めることができることを規定する条文です。
民法第709条は、発生した損害を公平に分担するという趣旨から、被害者に加害者への請求を認める趣旨とされています。
そもそも不法行為とは
不法行為とは、故意・過失によって他人の権利や法律上保護される利益を侵害することをいいます。
故意とは「わざと」、過失とは「うっかり」、何かをすることをいいます。
人を殴ることは、他人の身体の安全という保護されるべき利益を故意によって侵害しているため、不法行為に当たります。また、よそ見で交通事故を起こしてけがをさせた場合、他人の車(財産権)や治療費(身体の安全)という、法律上保護される利益を過失によって侵害しており、不法行為に当たります。
このような直接の加害行為のことを一般不法行為といい、民法第709条はその被害者に加害者への請求権を認めています。
これとは別に、損害の公平な分担という趣旨から、加害者自身が不法行為をしたものでなくても、加害者に責任を負わせるのが損害の公平な分担といえる場合に、損害賠償責任を負う場合があります(特殊不法行為責任)。
特殊不法行為責任として、次のようなケースが民法に規定されています。
- 責任無能力者の監督義務者等の責任(民法714条)
- 使用者責任(民法第715条)
- 注文者責任(民法第716条)
- 工作物責任(民法第717条)
- 動物占有者の責任(民法第718条)
- 共同不法行為(民法第719条)
例えば、従業員が仕事中に第三者に損害を与えた場合、会社は不法行為をしていませんが、従業員によって利益を得ている会社に損害を負担させるのが公平であるといえます。そのため、使用者責任が認められています。
特に、従業員が第三者に不法行為をした場合の使用者責任、受注者が不法行為をした場合の注文者の責任、設置した建物が原因で第三者に損害を出した場合の工作物責任は、企業法務でも重要な事項のため注意が必要です。
不法行為の立証責任とは
不法行為の立証責任は被害者側にあります。
立証責任とは、裁判において主張した事実の真偽が不明な場合、当事者の一方が負う不利益や責任のことをいいます。立証責任を負っている人は、事実の真偽が不明である場合に、証明ができないと主張を認めてもらえず、係争等で負けることになります。
不法行為においては請求をする被害者に証明責任があるとされています。例えば、交通事故の場合は、損害の額や過失について証拠を集める必要があります。
不法行為による損害賠償が成立する要件
不法行為による損害賠償請求はどのような場合に請求が可能なのでしょうか。不法行為による損害賠償請求が成立する要件として、民法第709条以下の規定によると次の要件が必要となります。
- 故意・過失がある
- 権利・利益の侵害がある
- 損害が発生している
- 損害との間に因果関係がある
以下順番にその内容を確認しましょう。
故意・過失がある
不法行為による損害賠償請求が認められるための要件の1つ目は、故意・過失があることです。
民法第709条は「故意又は過失によって」と規定しています。故意とは「わざと」当該行為をしたことをいい、過失は「うっかり」当該行為をしたことをいいます。
権利・利益の侵害がある
不法行為による損害賠償請求が認められる要件の2つ目は、権利・利益の侵害があることです。
民法第709条は「他人の権利又は法律上保護される利益を侵害」と規定しています。例えば、被害者の物が壊された場合には他人の財産権を侵害したといえます。また被害者がけがをした場合には、身体の安全という法律上保護される利益を侵害したといえます。
損害が発生している
不法行為による損害賠償請求が認められる要件の3つ目は、損害が発生していることです。
民法第709条は「生じた損害を賠償する責任」と規定しています。損害については、実際に発生した財産的損害のみならず、民法第710条が規定するように「財産以外の損害」についても賠償する必要があります。
財産的損害には、実際に発生した損害(積極損害)の他に、例えばけがをして仕事を休むことになった休業損害のような、本来ならば得られたのに不法行為が原因で得られなくなった利益(消極損害)についても賠償が必要です。
財産以外の損害として賠償しなければならないものとして、精神的苦痛を受けたことに対する慰謝料が挙げられます。
損害との間に因果関係がある
不法行為と損害との間に因果関係があることが、不法行為損害賠償請求が認められるための要件の4つ目です。
損害の公平な分担という不法行為による損害賠償請求権の趣旨から、加害者の行為と結果との間に因果関係がないものについてまで責任を負わせるのは、相当ではありません。そのため、民法第709条などには規定はありませんが、因果関係が必要です。
ここにいう因果関係とは、「その行為からその結果が生じるのが通常であるといえる」という関係(相当因果関係)が必要とされています。
例えば、交通事故が原因で被害者が入院した時に、その病院で院内感染が広まり、被害者もこの感染症で死亡したとします。被害者が入院しなければ院内感染で死亡することはなかったため、「あれなければこれなし」という関係(事実的因果関係)からは因果関係が肯定されるようにも思えます。
しかし、事実的因果関係からはあらゆる事象で因果関係が肯定されてしまいます。それでは損害賠償が成立する要件として因果関係を必要とする意味が失われてしまうため、解釈によって相当因果関係に当たるものに絞られています。
実際に因果関係があるかどうかは、個々の案件によって判断するため、判断に迷う場合には弁護士に相談するのが良いでしょう。
不法行為による損害賠償が成立しないケース
不法行為の4つの要件に該当する場合でも、損害賠償請求権が認められない場合があります。次の3つのケースを知っておきましょう。
- 責任能力がない場合
- 正当防衛・緊急避難が成立する場合
- 被害者の承諾がある場合
責任能力がない場合
本人に責任能力がない場合には、不法行為による損害賠償責任を負いません。
責任能力とは、不法行為において「自己の行為の結果を弁識するに足る能力」をいいます(民法第712条・713条)。
「自己の行為の結果を弁識するに足る能力」とは、自分のやったことがどのような結果を招くかを認識できる知能があることをいいます。例えば、赤ちゃんが、高所にある今にも落ちそうな植木鉢を触って落とし、下にいた人がけがをしたとします。赤ちゃんは植木鉢を触って落とすと、下にいる人がけがをするという認識ができません。したがって、この規定によると、赤ちゃんは責任を負わないことになります。
本人が未成年者である場合としては民法第712条が、本人が精神上の障害がある場合について713条が、不法行為による損害賠償請求権を否定しています。
もっとも、このような場合でも被害者は救済されるべきです。そのため、民法第714条では責任能力がない人の不法行為については「責任無能力者を監督する法定の義務を負う者」に責任を認めています。
正当防衛が成立する場合
正当防衛・緊急避難が成立する場合には、不法行為責任は問われません。
正当防衛とは、「他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした」ことをいいます(民法第720条第1項)。
人を殴ってけがをさせた場合、その行為自体は上述の不法行為の要件をすべてて満たします。しかし、先に相手が殴りかかってきて自分の身を守るために殴ったのであれば、非難されるいわれはありません。そのため、不法行為責任は負わないとしています。
また緊急避難とは、「他人の物から生じた急迫の危難を避けるためその物を損傷した」場合をいいます(民法第720条第2項)。
例えば、他人が運転している車が暴走してこっちに向かって来たため、住宅の門を壊して中に逃げ込んだとします。住宅の門を壊した行為は不法行為の要件に当てはまりますが、他人の車が暴走して急迫の危難を避けるための行為なので、不法行為責任を負いません。
被害者の承諾がある場合
被害者の承諾がある場合も、不法行為責任は問われません。被害者が損害を負うことを承諾している場合にまで損害賠償請求を認める必要はないからです。
もっとも、被害者の承諾は真意にもとづくものである必要があるため、脅されて同意したような場合には被害者の承諾としては認められません。
また、被害者の承諾は社会通念上相当といえるものである必要があることが条件で、例えば「自分を殺してほしい」というような内容の同意は無効です。
不法行為による損害賠償の判例
不法行為による損害賠償についての判例を紹介します。
配置転換によって損害が認定されて不法行為が成立
情報システム部で就労していた人が、倉庫係に配置転換をされたことについて慰謝料請求を求めた事案です。IT技術者として採用され、その後も情報システム専門職としてキャリアを積んでいくことが予定されている人について、情報システム専門職としてのキャリアを形成していくことができるとする期待は、合理的なものであり、法的に保護されるとして、慰謝料請求を認めました。(東京地方裁判所 平成22年2月8日判決(エルメスジャポン事件))
婚姻関係がすでに破綻している夫婦の不倫の損害賠償請求を否定
婚姻関係がすでに破綻している夫婦の一方が第三者と肉体関係をもった時に、他方の配偶者から第三者に対する不法行為責任について、要件の1つ目の守られるべき権利・利益がないとして損害賠償請求を否定した最高裁判例があります(最高裁判所平成8年3月26日判決)。
引火したガソリンを慌てて投げ他人の服に引火して火傷を負わせた
自分が持っていたガソリン缶に引火して、慌ててこれを投げてしまったため、近くで作業を手伝っていた人の衣服を炎上させて火傷を負わせ、死に至った事案です。最高裁判所は相当因果関係が必要であるとの認識の上で、引火したガソリン缶を投げて衣服を炎上させた行為について相当因果関係ありとして、損害賠償を命じました(最高裁判所昭和38年9月26日判決)。
不法行為による損害賠償の消滅時効
不法行為損害賠償請求の消滅時効についても知っておきましょう。
人に対して金銭を請求することができる債権については、民法第166条以下の消滅時効の制度によって、一定の要件で消滅してしまいます。不法行為による損害賠償請求権も債権の1つの種類であり、時効によって請求できなくなります。
一般的な債権については、権利を行使することができる時から5年の経過という期間(民法第166条)と、時効による消滅を主張する援用によって消滅すること(民法第145条)が規定されています。
最も、不法行為による損害賠償請求については、民法第724条第1項で、被害者が損害のことと加害者を知った時から3年と規定されており、5年よりも短くなっている点に注意が必要です。
ただし、民法第724条の2では、被害者の生命・身体が被害にあっている場合には、消滅時効が5年となる例外が定められています(2020年4月1日施行)。
そのため、交通事故の場合には、物損事故では3年、人身事故では5年、と同じ交通事故でも違う結論になります。
不法行為による損害賠償の過失相殺
不法行為の損害賠償請求については、過失相殺という制度もあります。
過失相殺(かしつそうさい)とは、被害者にも過失がある場合に、被害者の過失に相当する分を損害額から差し引くことをいいます。
例えば、交通事故の被害者もスピード違反をしていたような場合、そのスピード違反がなければそこまで大きなけがはしなかったと考えられます。そのため、損害賠償から被害者の過失分を差し引くのです。
例えば、被害者に1,000万円の損害が生じたとします。その損害に被害者の過失が2割ほど寄与しているといえる場合には、過失相殺によって認められる損害は800万円となります。
交通事故でよく問題になる過失割合は、どの程度の過失相殺をするかを意味しています。
不法行為による損害賠償請求は民法709条をチェックして理解を
民法第709条は不法行為損害賠償請求権の基礎となる条文です。
不法行為として損損害賠償請求をするためには、故意・過失、権利・利益の侵害、損害の発生、因果関係の4つの要件が必要です。また、行為者に責任能力がない、正当防衛・緊急避難が成立する、被害者の承諾がある、といった場合には損害賠償責任を負いません。他にも時効や過失相殺、本人が不法行為をしていない場合の特殊不法行為など、派生する問題も理解しておく必要があります。
どのような場合に不法行為となるのかイメージをしっかりつかみ、発生した不法行為の対応に活かしましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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