• 作成日 : 2025年8月19日

事業売却とは?メリット・デメリットや算出方法について解説

会社の重要な経営戦略の一つである事業売却。「M&A」と聞くと、会社全体の売買を想像する方もいるかもしれませんが、特定の事業部門だけを切り離して売却することも可能です。しかし、事業売却と一言で言っても、その手法や目的は多岐にわたり、成功させるためにはメリット・デメリットを理解し、適切な価値算定を行うことが不可欠です。

この記事では、事業売却の基本的な内容から、そのメリット・デメリット、そして最も重要な事業価値の算出方法までを解説します。

事業売却とは?

事業売却は、企業が特定の事業を第三者に譲渡するM&A手法です。その基本的な定義と、類似するM&A手法である「事業譲渡」や「会社売却」との本質的な違いを解説します。

事業売却の基本

事業売却とは、企業が保有する事業の一部または全部を、関連する資産や負債と共に第三者へ売却するM&A取引を指します。この手法の根幹にあるのは、売却後も売り手企業が法人格を維持し、存続する点です。売却対象とならなかった事業は、引き続き元の会社で運営されます。

この戦略は、単なる資産の現金化にとどまりません。現代経営における「選択と集中」という戦略を実現する、極めて能動的な成長戦略と位置づけられます。企業は、非中核事業や収益性が低い部門を売却することで、得られた資金や経営陣の関心といった限られた経営資源を、成長が見込める主力事業へ再投下できます。これにより、企業全体の競争力を高め、持続的な成長を目指すことが可能になります。その他、新規事業への投資資金の確保、組織のスリム化、あるいは会社全体の売却が望ましくない場合の事業承継問題の解決策としても活用されます。

事業譲渡との違い

事業売却を検討する際、しばしば「事業譲渡」という言葉を耳にしますが、結論から言うと、これら二つの用語は実質的に同じものを指します。「事業売却」が一般的なビジネスシーンで用いられる呼称であるのに対し、「事業譲渡」は会社法で定められた公式な法律用語です。

したがって、M&Aの交渉過程や最終的な契約書においては、法的な正確性を期すために「事業譲渡」という文言が使用されます。経営者がこの用語の使い分けを理解しておくことで、正式な手続きの段階で混乱することなく、円滑に交渉を進めることができます。なお、2006年の会社法施行以前は、旧商法で「営業譲渡」という用語が使われていましたが、法改正に伴い「事業譲渡」に改められた経緯があります。

会社売却との違い

事業売却と会社売却は、M&Aにおける代表的な手法ですが、その内容は根本的に異なります。事業売却が特定の事業に関連する資産や負債を個別に売買するのに対し、会社売却は通常、株式譲渡を通じて会社の所有権(経営権)そのものを移転させる行為です。この違いが、対価の受領者、債務の承継方法、税務、承認手続きなど、多岐にわたる側面に影響を及ぼします。

両者の相違点を理解することは、自社の状況に最適なM&A手法を選択する上で不可欠です。以下の表は、事業売却(事業譲渡)と会社売却(株式譲渡)の主要な違いを整理したものです。

比較項目事業売却(事業譲渡)会社売却(株式譲渡)
売却対象事業に関連する資産・負債・契約等会社の株式(経営権)
対価の受領者会社株主
債務・契約の承継個別承継(取引先や従業員の個別同意が必要)包括承継(原則として自動的に引き継がれる)
許認可の取扱い買い手による再取得が原則必要原則として会社に帰属し、引き継がれる
主要な税金売り手:法人税(譲渡益)
買い手:消費税(課税資産)
売り手(個人株主):所得税・住民税譲渡所得
承認手続き原則、株主総会の特別決議株主の合意(株式譲渡契約)

事業売却のメリット・デメリット【売り手側】

売り手にとって事業売却は、経営資源の集中や資金獲得といった利点をもたらす一方、税負担や手続きの煩雑さといった課題も伴います。ここでは、売り手の視点からメリットとデメリットを深く掘り下げて分析します。

売り手側のメリット

売り手企業が事業売却を選択する際には、戦略的に多くの利点が存在します。

第一に、必要な事業や資産を手元に残せる柔軟性です。会社全体を売却するわけではないため、オーナー経営者は会社の法人格、社名、そして中核となる事業を維持しながら、特定の部門のみを切り離すことができます。これにより、事業規模を縮小して経営を継続したり、新たな戦略に転換したりすることが可能です。

第二に、主力事業への経営資源の集中です。不採算部門や非中核事業を売却することで、多額の現金を得られるだけでなく、分散していた人材や設備、経営陣の関心を主力事業に再集中させることができます。これは企業の競争力を直接的に強化し、経営の安定化と成長の加速につながります。

第三に、会社の財務基盤の強化です。事業売却によって得られる対価は、株主個人ではなく会社に直接入金されます。この資金は、借入金の返済、研究開発への投資、新たな成長分野への進出など、会社の将来に向けた戦略的な投資の原資として活用できます。

最後に、中小企業経営者にとって切実な問題である個人保証の解除に向けた道筋をつけられる点です。多くの中小企業では、経営者が会社の借入金に対して個人保証を提供しています。事業売却で得た資金をこれらの借入金の返済に充てることで、経営者は長年の重荷であった個人的な財務リスクから解放される可能性があります。

売り手側のデメリット

事業売却は多くのメリットを提供する一方で、売り手側が認識しておくべきデメリットも存在します。

最も顕著なのは、手続きの複雑さとそれに伴う時間的コストです。事業売却では、資産、負債、取引先との契約、従業員の雇用などを個別に移転させる必要があります。それぞれの移転について、相手方の同意を取り付ける交渉が不可欠であり、株式を包括的に移転する会社売却に比べて手続きが煩雑で、長期化する傾向があります。

次に、税負担が相対的に高くなる可能性です。事業売却による譲渡益は、法人の利益として計上され、法人税の課税対象となります。実効税率は会社の規模や条件により異なりますが、標準的な中堅企業で約30%とされることが多く、個人株主が会社売却(株式譲渡)で得た譲渡所得に課される約20%の税率よりも高くなる場合があります。

また、競業避止義務も無視できません。これは会社法に明文規定があるわけではなく、譲渡契約において個別に定められるもので、一般に、合理的な範囲(期間・地域・内容)に限定される必要があり、過度な制限は無効とされる可能性があります。たとえば、競業避止の期間は通常数年程度が妥当とされています。このような義務は、売り手の将来の事業活動を制限する要因となり得ます。

最後に、偶発債務が会社に残るリスクです。事業譲渡では、契約書で明示的に買い手に引き継がれると定められた債務以外は、すべて売り手企業に残ります。将来、過去の事業活動に起因する未発見の債務(簿外債務など)が発覚した場合、その責任は売り手企業が負うことになります。

参考:法人課税に関する基本的な資料|財務省

事業売却のメリット・デメリット【買い手側】

買い手にとって事業売却は、必要な事業だけをピンポイントで取得できる戦略的な利点があります。しかし、許認可の再取得や契約の再締結など、特有のデメリットも存在します。買い手の立場からその両面を検証します。

買い手側のメリット

買い手にとって、事業売却は極めて戦略的な買収手法となり得ます。

最大のメリットは、必要な事業や資産のみを選択的に取得できる点です。買い手は、自社の戦略に合致する事業部門、技術、人材、顧客基盤だけをピンポイントで取得し、不要な資産や不採算部門を抱え込むリスクを回避できます。これにより、投資効率を最大化し、的を絞った事業展開が可能になります。

第二に、簿外債務などのリスクを遮断できる点です。事業譲渡契約では、引き継ぐ資産と負債が個別に明記されます。そのため、売り手企業に存在する可能性のある未認識の債務や過去の訴訟リスクといった偶発的な負債を引き継ぐ心配がありません。これは、財務内容が不透明な場合がある中小企業のM&Aにおいて、特に強力な防衛策となります。

第三に、税務上の大きなメリットである「のれん」の損金算入です。買収価格が、取得した事業の純資産の時価を上回る部分の金額は、会計上「のれん」として資産計上されます。税務上、こののれんは「資産調整勘定」と呼ばれ、5年間で均等に償却することができ、その償却費は損金として扱われるため、法人税の負担を軽減する効果があります。これは株式譲渡による買収では得られない、事業譲渡特有の利点です。

最後に、シナジー効果の創出です。新たな事業ラインや技術、販路を獲得することで、既存事業との間でコスト削減(規模の経済)、クロスセルによる売上増加、技術融合による新製品開発など、多岐にわたる相乗効果が期待できます。

買い手側のデメリット

買い手は事業売却のメリットを享受する一方で、特有の課題にも直面します。

第一に、許認可の再取得が原則として必要になる点です。事業運営に必要な許認可は、売り手企業に紐づいており、自動的には承継されません。買い手は、自らの名義で必要な許認可をすべて再取得する必要があり、これには時間と手間がかかる上、取得が保証されているわけでもありません。

第二に、取引先との契約関係の再締結です。顧客、仕入先、賃貸人など、事業に関わるすべての契約は、第三者の同意を得て個別に巻き直す必要があります。主要な取引先が契約の継続を拒否したり、不利な条件を提示してきたりするリスクが伴います。

第三に、従業員の再雇用と同意の取得です。従業員の雇用契約も自動的には引き継がれず、買い手は対象となる従業員一人ひとりと新たに雇用契約を締結し、転籍の同意を得る必要があります。事業の中核を担うキーパーソンが転籍を拒否した場合、買収した事業の価値が大きく損なわれる危険性があります。

最後に、消費税の負担です。建物、機械設備、そして「のれん」といった課税資産の取得に対しては、消費税が課されます。これは買収にかかる総キャッシュアウトを増加させる要因となります。ただし、消費税申告時に仕入税額控除の対象となるため、買い手のコストになるわけではありません。

これらのメリット・デメリットを俯瞰すると、買い手にとってM&A手法の選択は「リスク」と「手間(フリクション)」のトレードオフであることがわかります。

会社売却(株式譲渡)は、契約や許認可が自動的に移転するため手間は少ないですが、簿外債務を含むすべてのリスクを包括的に引き継ぐ「ハイリスク・ローフリクション」な手法です。対照的に、事業売却(事業譲渡)は、個別の手続きが多く手間はかかりますが、引き継ぐ債務を限定できるため「ローリスク・ハイフリクション」な手法と言えます。

買い手は、自社のリスク許容度や、複雑な移転手続きを管理する能力を勘案し、最適な手法を選択します。

事業価値の算出方法

事業売却の価格は、客観的かつ合理的な根拠に基づいて算出されます。ここでは、企業価値評価で用いられる代表的な3つのアプローチと、M&A特有の概念である「のれん」の価値について専門的に解説します。

企業価値評価の3つのアプローチ

事業価値を算定する際には、専門家が用いる標準的な評価フレームワークが3つ存在します。それは、コストアプローチ、マーケットアプローチ、インカムアプローチです。どの方法にも一長一短があり、単一の手法で完璧な価値を導き出すことは困難です。そのため、実務ではこれらのアプローチを複数組み合わせ、多角的な視点から妥当な価格レンジを模索することが一般的です。

コストアプローチ(例:時価純資産法)

コストアプローチは、企業の貸借対照表(バランスシート)上の資産と負債に着目する評価方法です。代表的な手法である時価純資産法では、対象事業が保有するすべての資産を現在の市場価値(時価)で評価し直し、そこから負債の時価を差し引いて事業価値を算出します。

このアプローチの利点は、貸借対照表という客観的なデータに基づくため、計算が比較的容易で理解しやすい点にあります。しかし、その一方で、将来の収益力やブランド価値、技術力といった無形の資産価値(のれん)を評価に反映できないという大きな欠点を抱えています。そのため、清算価値の算定や、資産保有型の企業評価には適していますが、成長性のある事業の価値を適切に評価するには不十分とされています。

マーケットアプローチ(例:類似会社比較法)

マーケットアプローチは、評価対象の事業と類似する上場企業の市場評価を基準に価値を算出する方法です。その代表格である類似会社比較法は、マルチプル法とも呼ばれます。

この手法では、まず事業内容や規模が似ている複数の上場企業を選定します。次に、それらの企業の企業価値(EV)が利益(EBITDAなど)や純資産の何倍になっているかという評価倍率(マルチプル)を計算します。最後に、算出したマルチプルを評価対象事業の財務指標に乗じることで、事業価値を推定します。

この方法の利点は、実際の株式市場で形成されている株価を基にするため、市場の期待やセンチメントを反映した客観性の高い評価が可能である点です。しかし、評価の妥当性は、いかに適切な類似企業を選定できるかに大きく依存します。特に、独自のビジネスモデルを持つニッチな事業の場合、真に比較可能な上場企業を見つけることが困難であり、評価結果が歪むリスクがあります。

インカムアプローチ(例:DCF法)

インカムアプローチは、事業が将来生み出す収益力(キャッシュ・フロー)に着目して価値を評価する方法です。その中でもDCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法は、継続企業を評価する上で最も理論的で精緻な手法とされています。

DCF法では、まず対象事業の将来の事業計画に基づき、今後5年から10年程度のフリー・キャッシュ・フロー(FCF)を予測します。次に、その将来のキャッシュ・フローを、資本コスト(リスク)を反映した割引率(一般的にWACC:加重平均資本コストが用いられる)を使って現在の価値に割り引きます。これらの現在価値の合計が、事業価値となります。

このアプローチの最大の利点は、将来の成長性やM&Aによるシナジー効果など、事業固有の価値を評価に織り込める点です。一方で、その評価額は、将来の事業計画や割引率といった多くの仮定に大きく依存するため、作成者の主観が入りやすく、前提条件が少し変わるだけで結果が大きく変動するという繊細さも持ち合わせています。

「のれん」の価値と会計・税務

M&Aの文脈で頻繁に登場する「のれん」は、買収価格が、買収対象の識別可能な純資産の時価を上回った場合の差額を指します。これは、ブランドの評判、顧客との関係、独自の技術やノウハウといった、貸借対照表には現れない無形の資産価値を金銭的に表現したものです。

のれんの扱いは、会計と税務で異なります。会計上、日本の会計基準では、のれんは無形固定資産として計上され、20年以内の一定期間で規則的に償却(費用化)されます。一方、税務上では、のれんは「資産調整勘定」と呼ばれ、5年間で償却されます。この税務上の償却費は、買い手にとって損金算入が認められるため、税負担を軽減する効果があります。

この会計と税務の期間のズレは、戦略的な意味合いを持ちます。買い手は5年間という短期間で税務上のメリット(節税効果)を享受できる一方、会計上の利益への影響はより長期間にわたって平準化されます。この買い手が享受する税務上のメリット(タックスシールド)は、M&A交渉における重要な論点となります。知識のある売り手は、このタックスシールドの価値の一部を価格に反映させるよう主張することで、より有利な条件での売却を目指すことが可能です。

事業売却にかかる税金

事業売却には、売り手と買い手の双方に特有の税金が発生します。2025年6月現在の税制に基づき、課税対象となる利益や資産、そして具体的な税金の種類を明確にし、注意すべき点を解説します。

売り手企業に課される税金

事業売却において、売り手企業に課される最も主要な税金は、売却によって生じた利益(譲渡益)に対する法人税です。

譲渡益は、以下の計算式で算出されます。

譲渡益=譲渡価格−譲渡資産の簿価

この計算式における譲渡資産の簿価とは、譲渡する資産の帳簿価額から負債の帳簿価額を差し引いた純額を指します。

算出された譲渡益は、その事業年度における他の事業損益と合算され、課税所得を構成します。この課税所得に対して、法人税、地方法人税、法人住民税、法人事業税を合わせた実効税率(多くの企業で約30%~34%)が適用されます。

ただし、売り手企業に過去の年度から繰り越された税務上の欠損金繰越欠損金)がある場合、これを譲渡益と相殺することが可能です。これにより課税所得を圧縮し、納税額を大幅に軽減できる場合があります。

買い手企業が負担する税金

買い手企業は、譲渡された資産のうち、消費税の課税対象となる資産の取得に対して消費税を負担します。この消費税は、売り手企業が買い手企業から預かり、国に納付する形式をとります。

課税対象となる資産(課税資産)には、建物、機械装置、車両、工具器具備品といった有形固定資産のほか、特許権や商標権などの無形固定資産、そして「のれん」が含まれます。

一方で、土地、有価証券(株式や社債など)、売掛金などの債権は非課税資産とされており、消費税の対象外です。

消費税額は、課税資産の譲渡対価に2025年6月現在の税率である10%を乗じて計算されます。

ただし、買い手企業が負担した消費税は申告時に仕入税額控除の適用対象となるため、買い手のコストになるわけではありません。

また、譲渡対象に不動産が含まれる場合、買い手は所有権移転登記に伴う登録免許税と、不動産取得税も別途納付する必要があります。

節税を企図したスキームの検討

事業売却における税負担を軽減するため、いくつかの代替的なスキームが検討されることがあります。

一つは、会社分割の活用です。会社分割は、事業を別の会社に承継させる組織再編行為であり、事業譲渡と類似した経済的効果をもたらします。会社分割は、原則として資産の譲渡には該当しないため、消費税が課されません。したがって、建物やのれんなど課税資産の価額が大きい取引では、会社分割を選択することで買い手の初期投資額を抑えることが可能です。

もう一つは、オーナー経営者企業において有効な、役員退職金の活用です。事業売却の実行前に、会社がオーナー経営者に対して適正な範囲で役員退職金を支給します。この退職金は会社の損金として扱われるため、事業売却益と相殺して法人税の課税所得を圧縮できます。受け取る側の経営者にとっても、退職所得給与所得配当所得に比べて税制上優遇されているため、所得税・住民税の負担を軽減できるという二重のメリットがあります。これは、中小企業の事業売却において広く用いられる税務プランニング手法です。

事業売却の手続きの流れ

事業売却は、準備から最終的な統合まで、複数のフェーズを経て進行する長期的なプロジェクトです。ここでは、一般的な手続きの流れを時系列に沿って分解し、各段階で何が行われるのかを具体的に示します。

準備・検討フェーズ

事業売却の成否は、この初期段階の準備の質に大きく左右されます。期間の目安は1ヶ月から3ヶ月程度です。

まず、売り手企業内部で売却の目的を明確化します。なぜ売却するのか、どの事業を切り離すのか、希望する売却価格や条件は何かといった戦略的な方針を固めます。次に、この複雑な取引を専門的な知見で導いてくれるM&Aアドバイザー(仲介会社やFA(ファイナンシャル・アドバイザー))を選定し、契約を締結します。

アドバイザーの支援のもと、買い手候補に提示するための資料を作成します。初期的な打診に用いる、社名が特定されない匿名のノンネームシートや、関心を示した候補先に開示する、より詳細な企業概要書(IM)などがこれにあたります。

交渉・基本合意フェーズ

買い手候補との具体的な交渉が始まる段階です。期間の目安は2ヶ月から4ヶ月程度です。

アドバイザーはノンネームシートを用いて、秘密裏に買い手候補へアプローチを開始します。関心を示した候補先とは、まず秘密保持契約(NDA)を締結し、その後、詳細資料であるIMを開示します。

資料検討を経て、有力な候補先とは経営者同士のトップ面談を実施します。ここでは、数字だけではわからない経営理念や事業への想い、将来のビジョンなどを共有し、相互理解を深めます。

交渉が進展し、双方が取引に前向きになると、買い手候補から意向表明書(LOI)が提示されます。これには、希望買収価格、スキーム、主要な条件、独占交渉権の要求などが記載されます。内容に双方が合意すると、これらの条件を盛り込んだ「基本合意書」を締結します。これは法的な拘束力を持たない場合が多いですが、その後の交渉の基礎となる重要な文書です。

デューデリジェンスと最終契約フェーズ

基本合意後、買い手による詳細な調査(デューデリジェンス)と、最終的な契約交渉が行われます。このフェーズはM&A取引の中核であり、2ヶ月から3ヶ月程度の期間を要します。

デューデリジェンス(DD)は、買い手が買収対象事業の価値やリスクを精査するために行う調査活動です。専門家チーム(弁護士、公認会計士、税理士など)が、売り手から提供された資料を分析し、経営陣へのインタビューを通じて実態を把握します。主な調査領域は以下の通りです。

  • 財務DD
    財務諸表の正確性、収益性、キャッシュ・フローの実態を検証します。
  • 法務DD
    契約関係、許認可、訴訟リスク、コンプライアンス体制などを調査します。
  • 税務DD
    過去の税務申告の妥当性や、将来の税務リスクを洗い出します。
  • ビジネスDD
    市場での競争力、事業モデルの持続可能性、シナジー効果などを分析します。

DDの結果、当初は想定されていなかったリスクや課題が明らかになった場合、それに基づいて買収価格の引き下げ交渉や契約条件の再検討が行われます。

すべての条件が固まると、双方の弁護士が法的拘束力を持つ「事業譲渡契約書」を作成します。この契約書には、譲渡対象となる資産・負債のリスト、譲渡価格、従業員の処遇、表明保証、クロージングの前提条件など、取引のあらゆる詳細が規定されます。

クロージングと統合フェーズ

最終契約書に基づき、取引を完了させる段階です。

まず、売り手企業は、会社法に定められた手続きに従い、株主総会を招集して事業譲渡の承認(原則として特別決議)を得ます。

契約書で定められたクロージング日に、取引の実行が行われます。買い手は売買代金を支払い、売り手は資産の所有権を移転します。不動産の登記変更、取引先契約の承継(相手方の同意が必要)、従業員の転籍(本人の同意が必要)など、個別の移転手続きがすべてこの日をもって完了します。

クロージング後、買い手にとって最も重要なPMI(Post-Merger Integration:経営統合)の作業が始まります。買収した事業を自社の組織、システム、企業文化に円滑に統合し、期待したシナジー効果を現実に変えていくための活動です。PMIの成否がM&A全体の成功を決めるとも言われ、数ヶ月から数年にわたる継続的な取り組みが求められます。

メリット・デメリットを理解し、自社に合った事業売却を成功させよう

事業売却は、単なる資産整理ではなく、経営資源の再配分、資金調達、事業ポートフォリオの最適化を目的とした、極めて戦略的なM&A手法です。会社売却とは異なり、会社自体は存続させながら特定の事業のみを切り出すことができる柔軟性を持っています。

この手法を選択する上で最も本質的な判断基準は、「リスクと手間のトレードオフ」の理解にあります。事業売却は、買い手にとって簿外債務などの未知のリスクから隔離されるという強力なメリットを提供する一方で、許認可の再取得、契約の再締結、従業員の個別同意など、膨大な手続きを伴います。

事業売却を成功に導くためには、精緻な事業価値評価、法人税や消費税といった複雑な税務の理解、そして準備から統合まで続く長期間の法的手続きを緻密に管理することが不可欠です。これらの各段階には高度な専門知識が求められるため、経験豊富なM&Aアドバイザー、弁護士、公認会計士といった専門家の支援を受けながら進めることが、売り手・買い手双方にとって最良の結果をもたらすための定石と言えるでしょう。


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