- 作成日 : 2026年3月27日
賃上げ促進税制の繰越控除制度とは?赤字法人が活用する際の条件や注意点を徹底解説
中小企業は赤字でも控除枠を最長5年繰り越し、黒字年度の法人税を減らす
- 当期申告で明細書添付
- 毎年の給与総額増が条件
- 控除枠は台帳で期限管理
Q&A:赤字でも還付される?/A:還付なし。控除枠を確定し将来の黒字と相殺する
企業が従業員の給与を引き上げた際に、その増加額の一部を法人税から差し引くことができる賃上げ促進税制は、多くの経営者から注目を集めています。とりわけ令和6年度の税制改正によって、赤字企業でも将来の黒字転換時に減税を受けられる「繰越控除」の仕組みが導入された点は、極めて大きな変革となりました。
本記事では、この繰越控除制度の詳細から適用要件、実務上の留意点までを、人事労務や経営の視点で詳しく解き明かしていきます。
参考: 賃上げ促進税制|経済産業省
目次
賃上げ促進税制の繰越控除はどのような制度か?
制度の全体像を理解するために、まずは繰越控除が認められるようになった背景と基本的な枠組みを整理しましょう。本来はその期に支払う税金から差し引くものですが、新たなルールでは将来への持ち越しが可能です。
未控除額を5年間にわたって繰り越せる仕組み
税額控除という制度は、本来であれば算出した法人税額を上限としてその年度の税金を軽減するものです。しかし、賃上げを積極的に行ったものの、その年度の法人税額が少なかったり赤字であったりした場合には、控除しきれない金額が発生してしまいます。改正後の制度では、この「控除しきれなかった金額」を翌年度以降に持ち越し、最大5年間にわたって将来の黒字と相殺できる権利が与えられることになりました。この仕組みによって、単年度の業績に左右されず、中長期的な視点での賃上げ投資が促進される環境が整えられています。
赤字決算が続く中小企業への救済措置としての役割
これまでの税制では、利益が出ていない赤字法人にとって、税額控除の恩恵を受ける機会がほとんど存在しませんでした。給与を上げたとしても、差し引くべき法人税そのものが発生していないため、制度の利用を断念せざるを得ない状況が続いていたのです。今回の繰越控除の導入は、こうした企業の努力を無駄にしないための救済措置としての側面を強く持っています。現在は先行投資の段階で利益が圧縮されている企業であっても、将来的に収益化が見込まれるのであれば、今のうちに実施した賃上げが数年後の節税効果として戻ってくる設計となっています。
適用を受けるための確定申告書への記載方法
繰越控除の適用を将来受けるためには、賃上げを行った年度の確定申告において、適切にその旨を申告する必要があります。具体的には、確定申告書に税額控除の対象となる金額や、控除しきれなかった明細を記載した書類を添付して提出する手続きが行われます。仮に赤字であっても、この記載を怠ってしまうと、将来黒字になった際に過去の賃上げ分を遡って控除することは認められないため、注意を払う必要があります。毎年の税務申告の中で、将来の資産となる控除枠を積み上げていくという意識が、経理実務においても大切となります。
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繰越控除の適用を受けられる対象者は誰か?
この制度はすべての企業に一律に適用されるわけではなく、企業の規模や特性によって適用の可否や内容が分かれています。自社がどの区分に該当するかを正しく把握することが第一歩です。
資本金1億円以下の法人を中心とした中小企業者等
繰越控除のメリットを最大限に享受できるのは、主に中小企業者等に分類される法人です。具体的には、資本金の額または出資の金額が1億円以下の法人のほか、受託法人ではない農業協同組合や商工会議所などがこれに含まれます。一方で、資本金が1億円以下であっても、大規模法人の子会社である場合などは中小企業者等に該当しない「みなし大企業」として扱われるため、自社の資本構成を詳細に見極める必要があります。この区分によって、繰越期間の有無や控除率の最大値が決まるため、経営判断における判断材料として非常に重みがあります。
設立5年以内の法人や認定創業ベンチャーへの優遇
創業間もないスタートアップ企業やベンチャー企業にとっても、今回の制度改正は非常に追い風となる内容が含まれています。設立から間もない時期は開発費や人件費が先行し、赤字となるケースが多いものですが、そうした時期の賃上げ努力を将来に繋げられるよう配慮されています。とりわけ認定を受けた創業ベンチャーなど、成長が期待される企業に対しては、通常の企業よりも手厚い優遇措置が用意されている場合があります。早期の段階から優秀な人材を確保するために給与水準を引き上げることが、中長期的な税コストの低減に直結する仕組みといえます。
大企業が対象から外れる背景と区分けの定義
一方で、大企業については繰越控除の適用範囲が中小企業とは異なって設定されている点に注意を払わなければなりません。大企業の場合は、十分な利益を確保していることが前提とされることが多く、中小企業に認められている「赤字の場合の5年間繰越」といった強力な優遇が受けられません。これは、国の政策として、より経営基盤が不安定な中小企業の賃上げを重点的に支援しようとする意図が反映されているためです。自社が法的にどの規模に分類されるのか、また連結納税グループ内での扱いはどうなるのかといった視点は、税務戦略を練る上で欠かせない要素となります。
賃上げ促進税制を繰り越すための要件は何か?
繰越控除を受けるためには、当然ながら「賃上げ」という実態を証明するための厳格な要件をクリアしなければなりません。数値目標の達成だけでなく、適切な税務申告も不可欠となります。
給与等受取額が前年度より一定割合以上増加している事実
制度適用の大前提となるのが、国内雇用者に対して支払った給与等の総額が、前年度と比較して一定の割合を超えて増加していることです。中小企業の場合、全雇用者の給与総額が1.5パーセント以上増加していることが最低限のラインとなり、この基準を満たさない限り、そもそも控除額が発生しません。さらに、増加率が2.5パーセントを超えると控除率が上乗せされるなど、上げ幅に応じた段階的な優遇が設けられています。この計算の基礎となる「給与等受取額」の定義には、賞与や手当も含まれますが、退職金などの一部の支払いは除外されるため、計算式の精度を高める必要があります。
教育訓練費の支出やマルチステークホルダー方針への対応
税額控除率をさらに高めるための上乗せ要件として、従業員への教育訓練投資や、外部との協調を重視する経営姿勢も評価の対象となります。例えば、教育訓練費を前年度より10パーセント以上増やした場合、それだけで数パーセントの控除率加算が認められるケースがあります。また、一定規模以上の企業においては、マルチステークホルダー方針を公表し、従業員や取引先への還元姿勢を明確にすることが適用条件に加わる場合も少なくありません。単に給与を上げるだけでなく、人への投資を包括的に行っているかどうかが、制度活用の鍵を握ることになります。
青色申告書の提出と継続的な税務処理の完遂
事務的な側面において最も肝要となるのが、青色申告法人であることです。賃上げ促進税制を含む多くの税額控除制度は、適切な帳簿を備え、正確な所得計算を行っている青色申告者にのみ認められる特典です。また、繰越控除を将来適用するためには、欠損金が発生した年度であっても、継続して確定申告書を提出し、税務当局に対して控除枠の存在を通知し続けなければなりません。一度でも申告を欠かしたり、記載を誤ったりすると、過去に積み上げた繰越控除の権利が失効する恐れがあるため、税理士等の専門家と連携した継続的な管理が必要となります。
繰越税額控除を計算する際の注意点はどこか?
実際の税計算においては、理論上の控除額がそのまま税金から引けるわけではないという現実的な壁が存在します。制限事項や順序について、正しい知識を持つことが大切です。
法人税額の20パーセントを上限とする控除限度額の壁
賃上げ額に対して算出された税額控除額がどれほど多額であったとしても、一度の事業年度で差し引ける金額には上限が設けられています。具体的には、その年度の法人税額の20パーセントが限度となります。もし賃上げによる控除額がこの20パーセントを超えてしまった場合、その超過分についてはその年には使用できず、翌年以降への繰越対象へと回されることになります。つまり、大きな賃上げを行ったからといって、その年の法人税がゼロになるまで控除し続けられるわけではないというルールを、資金繰り計画に織り込んでおく必要があります。
他の税額控除制度との併用における優先順位の把握
企業によっては、試験研究費の税額控除やDX投資促進税制など、複数の優遇制度を同時に利用する場面も考えられます。こうした場合には、それぞれの制度ごとに設定されている控除上限額の関係性や、計算の優先順位を整理しなければなりません。複数の制度を併用することで、合計の控除額が法人税額の一定割合を超えてしまい、結果として賃上げ促進税制の一部が翌年へ繰り越されるといった事態も想定されます。どの制度を優先的に消化し、どれを後回し(繰越)にするのが有利かというシミュレーションを行うことは、税負担を最小化する上で極めて効果的な作業となります。
控除しきれなかった金額を翌年以降に管理する台帳の整備
繰越控除が5年間認められるということは、裏を返せば5年前までの賃上げ実績を常に把握し続けなければならないことを意味します。税務申告の書類上での管理はもちろんですが、社内の管理資料としても「どの年度に発生した控除枠がいくら残っており、いつまでに使わなければならないか」を整理した台帳を作成しておくことが望ましいです。特に、法人の合併や分割などの組織再編が行われる際には、これらの繰越枠の引き継ぎ可否が複雑な議論を呼ぶことがあります。将来の黒字化に向けた資産として、この権利を大切に維持し続ける管理体制を構築することが、経営層に不可欠な視点です。
令和6年度改正で繰越ルールはどう変わったのか?
今回の改正は、日本の賃上げ機運を停滞させないための強力なメッセージが込められています。これまでの制度との違いを明確にし、そのメリットを再認識しましょう。
赤字法人でも5年間の繰越が可能になった新規定の導入
令和6年度の改正以前は、中小企業が赤字の年度に賃上げを行っても、その控除額を翌年以降に持ち越すことは原則としてできませんでした。このため、業績が悪化している中で従業員を支援しようとする企業の努力が報われにくいという構造的な課題が存在しました。新たな規定では、賃上げを実施した事業年度において法人税額がゼロ、あるいは欠損金が出ている場合でも、その年度の控除可能額を5年間にわたってストックできるようになりました。この変更こそが今回の改正の最大の目玉であり、中小企業の経営の選択肢を大きく広げる原動力となっています。
当期に法人税が発生していない場合の手続き上の留意事項
赤字の状態で制度を利用する場合、申告実務において戸惑いが生じるケースも少なくありません。法人税が発生していないため「税金の還付」が行われるわけではないという点を、まずは正しく理解しておく必要があります。現在の赤字年度で行うべきことは、将来の黒字とぶつけるための「控除枠の確定」であり、そのためには明細書を添付した申告が必須となります。また、地方税(住民税や事業税)における扱いも国税(法人税)と連動する部分が多いため、自治体への申告においても漏れがないよう配慮する必要があります。将来の納税額を減らすための種まきであるという認識を、社内で共有することが大切です。
過去の制度と比較した際のメリットと適用期間の延長
従来の賃上げ税制と比べ、今回の改正では適用期間が大幅に延長され、制度としての安定感が増しました。短期間で終了する時限措置ではなく、5年という長期の繰越期間を設けたことは、企業が腰を据えて人材投資に向き合うための環境を提供しています。また、人件費以外の教育訓練費などの要件も、より実態に即した形に調整されており、単なるバラマキではなく、企業の生産性向上をセットで支援する姿勢が鮮明になっています。経営層にとっては、この制度変更を機に、自社の賃金体系や教育制度を改めて見直し、中長期的な戦略の一部として税制優遇を組み込む好機であるといえます。
賃上げ促進税制の繰越活用を成功させるポイントを総括する
賃上げ促進税制の繰越控除は、赤字の苦境にある中小企業にとっても将来の飛躍に向けた強力な支援策となります。5年という猶予期間を活かすためには、毎年の確実な税務申告と、給与増加率や教育訓練費の緻密な計算管理が不可欠となります。単なる減税措置として捉えるのではなく、優秀な人材の確保と育成を通じた企業価値向上のためのエンジンとして、本制度を戦略的に活用することが、これからの経営層や人事労務担当者に求められる姿勢ではないでしょうか。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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