- 作成日 : 2025年8月19日
飲食店のハサップ(HACCP)義務化とは?衛生管理の5つの手順と必要書類を解説
飲食店におけるハサップ(HACCP)は、2021年6月から義務化され、原則すべての食品等事業者に衛生管理の実施が求められています。「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」に基づき、手引書の確認方法から衛生管理計画の作成、実施、記録、見直しまでの5つの手順で対応します。
この記事では、飲食店の経営者が知っておくべきハサップ義務化の具体的な対応方法から必要書類の作成手順、効率化ツールの活用法までをわかりやすく解説します。
目次
飲食店におけるハサップ(HACCP)とは?
HACCP(ハサップ)とは、食中毒を未然に防ぐための世界基準の衛生管理手法です。2018年に改正された食品衛生法により、2021年6月1日から、原則すべての飲食店でこの考え方にもとづく衛生管理が義務化され、食の安全に対する取り組みがこれまで以上に求められるようになりました。
HACCP(ハサップ)は、Hazard Analysis and Critical Control Pointの略で、食品製造における危害要因を分析し、重要管理点を設定して継続的に監視する衛生管理手法です。もともとアメリカの宇宙開発計画で宇宙食の安全性を確保するために開発され、現在では世界的に採用されている国際標準の衛生管理手法となっています。
原則すべての飲食店が義務化
ハサップに沿った衛生管理は、企業の規模や業態を問わず、原則としてすべての食品事業者が対象です。個人経営の小さなカフェから大規模レストランチェーンまで、食品の調理・提供を行うすべての店で取り組む必要があります。
学校・病院等の営業以外の集団給食施設、そうざい製造業、パン製造業(消費期限が概ね5日程度のもの)、調理機能を有する自動販売機なども義務化の対象に含まれています。
義務化の対象外となるのは、食品衛生上のリスクが低いと判断される一部の食品等事業のみです。たとえば、包装済み食品の販売のみを行う事業者や、常温保存可能な食品の製造のみを行う小規模事業者などです。
事業規模により異なるハサップの2つの基準
ハサップは、事業者の規模によって求められる基準が2種類に分かれます。
- HACCPに基づく衛生管理:大規模事業者やと畜場などが対象
- HACCPの考え方を取り入れた衛生管理:小規模な飲食店や小売店などが対象
多くの飲食店は後者の「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」に該当します。これは、業界団体が作成する手引書を参考に、簡略化された方法で衛生管理を進めるものです。
これまでの衛生管理とハサップとの違い
これまでの衛生管理とハサップ(HACCP)との大きな違いは、その考え方にあります。従来の管理が、主に完成品の抜き取り検査などで問題発生後に対応する手法だったのに対し、ハサップは食品の調理工程ごとに潜む危害要因(食中毒菌など)を分析し、問題が起きないように未然に防ぐ「予防」を重視します。
さらに、日々の衛生管理が正しく行われているかを証明するために、実施した内容を「記録」して保管することが求められます。この記録があることで、万が一問題が起きた際にも原因の追究がしやすくなるでしょう。
飲食店にハサップの導入が求められる理由
ハサップの導入が求められる背景には、食のグローバル化があります。食品の輸出入が活発になり、国際基準に合わせた衛生管理体制を国内でも整えることが必要になりました。
従来の抜き取り検査による衛生管理に比べ、HACCPはより効果的に問題のある製品の出荷を未然に防ぐことができます。
また、食中毒発生件数をさらに減らし、国内の食品全体の安全性を向上させる狙いもあります。すべての飲食店がハサップにもとづく衛生管理を行うことで、日本の「食」に対する国内外からの信頼を高めることにつながるのではないでしょうか。
ハサップ導入で飲食店が衛生管理を行う5つの手順
飲食店でハサップに沿った衛生管理を実施するには、手引書の確認、衛生管理計画の作成、手順書作成と従業員への周知、実施状況の記録と保存、定期的な検証と見直しの5つの手順を踏みます。
1. ハサップの手引書を確認
厚生労働省が公開している「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書(小規模な一般飲食店事業者向け)」を確認しましょう。この手引書には、飲食店で実施すべき衛生管理のポイントと実際の実施方法が詳しく書かれています。
手引書では、一般的衛生管理のポイントとして7つの項目、重要管理のポイントとして料理を3つのグループに分類した管理方法が示されています。また、衛生管理計画書や記録表のテンプレートも含まれており、そのまま活用できます。
出典:HACCPハサップの考え方に基づく衛生管理のための手引書 (小規模な一般飲食店事業者向け)|公益社団法人日本食品衛生協会
2. 衛生管理計画の作成
手引書を参考に、店舗の実情に合わせた衛生管理計画を作成します。計画は「一般的衛生管理のポイント」と「重要管理のポイント」の2つで構成され、それぞれについて「いつ」「どのように」「問題があったときはどうするか」を明確にします。
一般的衛生管理では、原材料の受入確認、冷蔵・冷凍庫の温度確認、交差汚染・二次汚染の防止、器具等の洗浄・消毒・殺菌、トイレの洗浄・消毒、従業員の健康管理、衛生的な手洗いの実施の7項目について計画を策定します。
3. 手順書を作成し従業員への周知
衛生管理計画に基づいて、実際の作業手順書を作成し、従業員全員に周知徹底を図ります。手順書には、各作業の実施方法、確認ポイント、記録方法などを詳しく記載し、誰でも同じレベルの衛生管理ができるようにします。
新しく入社した従業員に対しても、手順書を使った研修を実施し、ハサップに基づく衛生管理の重要性と実際の実施方法を理解してもらうことが大切です。
4. 実施状況を記録し保存
日々の衛生管理の実施状況を記録し、1年間程度保存します。法的な保存期間の定めはありませんが、手引書では「1年間程度」が例として示されています。提供する食品の消費期限などもふまえ、店舗ごとに適切な期間を設定しましょう。
記録は「良」「否」の○印記入方式で簡単に実施でき、問題があった場合はその内容と対処法を特記事項に記載します。
記録により衛生管理を適正に実施していることが証明でき、保健所の監視員から提示を求められた場合にも速やかに対応できます。また、記録を振り返ることで改善点を見つけ、継続的な衛生管理の向上につなげられます。
5. 定期的な検証と見直し
月に1度程度の頻度で記録を確認し、同じような問題が繰り返し発生していないかチェックします。問題が継続している場合は、原因を分析して衛生管理計画や手順書の見直しを行います。
また、メニューの変更や設備の更新があった場合も、それに合わせて衛生管理計画を見直し、常に実情に合った管理ができるよう調整します。
飲食店のハサップに必要な衛生管理計画の作り方
衛生管理計画の作成では、一般的衛生管理と重要管理の2つのポイントについて、それぞれ具体的な管理方法を定めます。計画書には各項目の実施タイミング、確認方法、問題発生時の対処法を明記し、従業員全員が理解できる内容にします。
一般的衛生管理の記録(7項目)
一般衛生管理は、飲食店の基盤となる衛生管理です。主に以下の項目について、いつ、どのように対応するかのルールを定めます。
- 原材料の受入の確認:納入時に外観、におい、包装状態、表示を確認し、問題があれば返品・交換
- 冷蔵・冷凍庫の温度確認:始業前に温度計で確認し(冷蔵10℃以下、冷凍-15℃以下)、異常時は原因確認と調整
- 交差汚染・二次汚染の防止:作業中に保管状況と器具の使い分けを確認し、汚染があれば加熱または廃棄
- 器具等の洗浄・消毒・殺菌:使用後に洗浄・消毒を実施し、汚れが残っていれば再洗浄
- トイレの洗浄・消毒:始業前に実施し、業務中に汚れがあれば再清掃
- 従業員の健康管理:始業前に体調・傷の確認を行い、消化器症状があれば調理作業を禁止
- 衛生的な手洗い:必要なタイミングで実施し、不十分な場合はすぐに手洗いを指導
重要管理の記録(3つのグループ分類)
一般衛生管理に加えて、食中毒のリスクをふまえて特に注意すべき調理工程を「重要管理点」とします。例えば、非加熱で提供するもの(刺身など)、加熱するもの(ステーキ、ハンバーグなど)、加熱後に冷却・再加熱するもの(カレー、スープなど)といったメニューのグループごとに、温度や時間の管理方法を具体的に定めます。
- 第1グループ(非加熱のもの):刺身、冷奴など → 冷蔵庫から取り出したらすぐに提供
- 第2グループ(加熱するもの):ハンバーグ、焼き魚など → 火の強さや時間、見た目で十分な加熱を確認、「75℃で1分以上」のように具体的に基準を設定
- 第3グループ(加熱後冷却・再加熱するもの):カレー、スープなど → 速やかな冷却と再加熱時の温度確認
飲食店のハサップ対応を効率化するテンプレート
ハサップの衛生管理計画や日々の記録簿(チェックシート)は、国や自治体が提供するテンプレートや、HACCP管理アプリなどを活用することで、飲食店の負担を軽減できます。
厚生労働省が提供する手引書
厚生労働省のウェブサイトには、食品等事業者団体が作成した業種別手引書へのリンクが掲載されています。例えば、一般飲食店事業者向けの手引書には、衛生管理計画書のテンプレートと記入例が含まれており、具体的な手順書として、原材料の受入確認から温度計の精度確認まで、詳細な作業手順が記載されていることから、そのまま活用することができます。
手引書には推奨される衛生的な手洗い方法のイラストも掲載されており、従業員教育にも活用できます。PDFファイルとして無料でダウンロードできます。
出典:HACCPハサップの考え方に基づく衛生管理のための手引書 (小規模な一般飲食店事業者向け)|公益社団法人日本食品衛生協会
自治体が公開しているチェックリスト
千葉市、川崎市、福岡市などの自治体では、業種別の手引書に対応した「衛生管理計画書」と「記録表」の様式がエクセル(Excel)ファイルとして提供されています。
特に川崎市は、仕出し弁当、ホテル・旅館、すし店、焼肉店、パン類製造業、食肉販売業など業種別に一覧で「衛生管理計画と記録表」を提供しており、横浜市の「衛生管理計画様式(計画、記録、振り返り用紙)」は、Excelファイルとして提供されており、チェックリストとしても活用いただけます。
出典:HACCP(ハサップ)衛生管理計画と記録表の様式|川崎市
ハサップ(HACCP)記録・管理アプリ
スマートフォンやタブレットで使用できるハサップ(HACCP)記録・管理アプリも登場しています。これらのアプリでは、チェック項目の入力、写真での記録、データの自動集計などができ、紙ベースの管理よりも効率的です。
ただし、アプリを選択する際は、厚生労働省の手引書に準拠した内容であることを確認し、費用対効果を十分に検討することが大切です。
飲食店のハサップ導入に必要な書類
飲食店がハサップを導入するさいに必要な書類は、衛生管理計画書、一般的衛生管理の実施記録、重要管理の実施記録、連絡先一覧、毎月の振り返り記録になります。これらの書類を事前に「届け出る」必要はありませんが、店内に保管し、日々の衛生管理に活用するとともに、保健所の査察などがあった際に提示できるようにしておくことが求められます。
以下の書類をテンプレート化して効率よく作成しましょう。
- 衛生管理計画書
一般的衛生管理と重要管理のポイントを記載した計画書 - 一般的衛生管理の実施記録
7項目の日々の実施状況を記録する日誌 - 重要管理の実施記録
料理のグループ別管理状況を記録する日誌 - 連絡先一覧
保健所、ガス・電気・水道、主要仕入先の連絡先を整理したリスト - 毎月の振り返り記録(推奨)
月1回の記録確認と改善点の検討結果を記載
書類の入手方法
厚生労働省のホームページ「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」から、各業種別の手引書と様式をダウンロードできます。公益社団法人日本食品衛生協会では簡易版や外国語版も提供しており、外国人従業員がいる場合にも活用できます。
飲食店がハサップを導入しないとどうなる?
HACCPに沿った衛生管理を怠った場合、直ちに罰則が科されるわけではありませんが、段階的に重い措置が取られます。まず保健所から改善指導を受け、従わない場合は食品衛生法に基づき営業停止などの行政処分が下されることがあります。
この行政処分に違反して営業を続けると、「三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金」といった罰則の対象となります。また、営業許可の更新が認められないなど、営業の継続そのものが困難になる恐れがあります。
- 衛生管理状況に不備がある場合は口頭や書面で改善指導
- 改善指導に従わない場合は営業禁止や停止の行政処分
- 処分中に営業を継続した場合は懲役や罰金の対象
飲食店の営業への影響
ハサップ未対応の場合、営業許可の更新が困難になったり、保健所の立入検査で指導を受けたりする場合があります。また、食中毒が発生した際に適切な記録がないと、原因究明や責任の所在がはっきりしなくなり、より重い処分を受ける恐れがあります。
ハサップを適切に導入している飲食店では、食中毒リスクの大幅な削減、業務効率の向上、顧客からの信頼獲得といったメリットが得られます。国際的な衛生管理基準への対応により、将来的な事業拡大の基盤も構築できます。
飲食店のハサップ(HACCP)は信頼される店づくりの証
飲食店におけるハサップ対応は、衛生管理を「見える化」し、店舗全体で食の安全を守る体制を整える取り組みです。
ハサップの導入は、①手引書の確認、②衛生管理計画の作成、③手順書の整備と周知、④記録の保存、⑤定期的な見直しという5つのステップで進めるのが基本です。
必要な書類や様式は厚生労働省や自治体の公式サイトから無料でダウンロードでき、記録業務にはHACCP対応アプリなどのツールも役立ちます。
ハサップへの対応は、法令順守にとどまらず、食中毒リスクの低減や業務の標準化、さらにはお客様からの信頼獲得といった経営上のメリットにもつながります。
現場のスタッフ全員が目的を理解し、日々の衛生管理に主体的に取り組むことで、安全で持続可能な店舗運営が可能となるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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