- 更新日 : 2024年7月12日
価格転嫁とは?成功・失敗事例と交渉のコツを解説
価格転嫁とは、原材料費やエネルギー費の高騰に伴う生産コストの増加分を製品価格に反映させることを指します。
昨今の日本では、原材料費や石油価格の高騰に加え、昨今の賃上げトレンドによる労務費の増加も相まって、製品の生産コストは上昇傾向にあります。
本記事では価格転嫁の概要や動向から、課題、成功事例・失敗事例・交渉のコツまでを解説します。
目次
価格転嫁とは
はじめに、価格転嫁の意味や動向について解説します。
価格転嫁の意味
価格転嫁とは、製品の製造やサービスの提供に必要な原材料費・労務費などのコスト増加分を、製品・サービスの提供価格に反映させることを指します。
価格転嫁は、物価上昇やインフレーションの進行時、為替レートの大幅な変更時に発生しやすい傾向があります。
企業が利益を維持するために用いられますが、価格転嫁の実行は容易ではありません。
特に中小企業においては、他社との価格競争についても考慮する必要があり、価格転嫁に失敗すると製品・サービスを購入してもらえなくなる可能性もあります。
価格転嫁の動向
2024年2月に行われた帝国データバンクの調査によると、コスト増について、企業の75%が商品やサービスの価格に「多少なりとも価格転嫁できている」と報告しています。
しかし、価格転嫁率は40.6%と、約半年前の調査から3.0ポイント低下しており、多くの企業がコスト増を完全に価格転嫁できていない実態が明らかになりました。
また、「化学品卸売」や「鉄鋼・非鉄・鉱業製品卸売」などの業種では価格転嫁率が6割を超えており、業種によって差があることも確認できます。
以上のことから、価格転嫁は実施しているが、十分ではないケースも多いという実態が見えます。
出典:帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査(2024年2月)」
昨今の日本で価格転嫁が求められる背景
続いて、価格転嫁が求められる背景を解説します。
生産コストの高騰
昨今の日本では、物価高や円安の影響で、企業の生産コストが上昇しています。特に、原材料の価格上昇、労務費(人件費)の増加、エネルギーコストの高騰などが主な原因です。
東京商工リサーチの調査では、企業の73.6%で前年よりも生産コストが増加しているということが分かっています。
出典:東京商工リサーチ「企業の 7割で「原材料価格」、「人件費」などコスト上昇 人件費増加分は「転嫁できていない」がほぼ半数」
また人件費が増加している背景には、政府が「物価高を上回る所得増」を推進していることが挙げられます。
参考記事:首相官邸「物価高を上回る所得増へ」
しかし同調査結果から、これらのコスト増を価格に転嫁できていない企業が多く、とくに人件費の増加分は約半数の企業で転嫁できていない状況であることがうかがえます。
企業のブランドイメージの維持
元請け企業には、下請け企業の価格転嫁を許容することも求められています。
公正取引委員会は2024年3月に、「独占禁止法上の『優越的地位の濫用』に係るコスト上昇分の価格転嫁円滑化の取組に関する特別調査」の実施結果を報告しています。
この調査では、労務費や原材料価格が上昇しているにもかかわらず、価格交渉をせずに取引価格を据え置く企業を実名で公開しています。
出典:公正取引委員会「(令和6年3月15日)独占禁止法上の「優越的地位の濫用」に係るコスト上昇分の価格転嫁円滑化に関する調査の結果を踏まえた事業者名の公表について 」
このように「取引価格据え置き企業」として公表されると、企業のブランドイメージ失墜につながりかねません。
下請け企業と良好な関係を築いていくためにも、価格転嫁の許容は必要不可欠です。
価格転嫁の成功事例
本章では、価格転嫁の成功事例を2つ解説します。
パッケージング業界の事例
段ボール紙器製造と梱包資材を手がける企業のA社は、取引先への深い理解とデータに基づく交渉戦略により、価格転嫁を成功させています。
代表者のリーダーシップのもと、自社の位置づけと相手先の業績を精密に把握し、市場の供給力変化や地域別相場を考慮した上で、複数の値上げ案を提示しました。
これにより、相手先が受け入れやすい条件を提案でき、価格転嫁を円滑に実現できました。
製造業の事例
自動車部品製造のB社は、原材料費の上昇に直面していましたが、価格転嫁を成功させました。
価格転嫁を成功できた秘訣として、製品の品質向上やアフターサービスの強化など、顧客への付加価値の提供に力を入れたことが挙げられます。
この戦略により、顧客は価格上昇を合理的なものと受け止め、B社は取引先の理解を深めることができました。
また、原材料費上昇の明確な理由を適切な原価計算と共に説明することで、交渉をスムーズに進められました。
価格転嫁の失敗事例
ここからは、価格転嫁の失敗事例を2つ解説します。
食料品業種の事例
食料品業種のC社は、原材料価格の高騰に直面し、昨年から価格を5回にわたって上げたにもかかわらず、想定以上のコスト増を吸収しきれず、会社設立以来初の営業赤字に転落しました。
一方で、ある同業他社では、営業現場が迅速に値上げの説明を尽くして値上げを進めたことで、数%の営業減益に抑えられています。
このように、同業種でも価格転嫁の成功・失敗双方の事例があることは、企業間でのブランド力や市場での立ち位置の考慮、コミュニケーションの必要性などを示しています。
食品業の事例
製パン最大手のD社は、和洋菓子の価格を平均7.4%引き上げましたが、その結果消費者が製品から離れてしまい、販売の勢いを失いました。
これは消費者の節約志向との乖離が失敗の原因となったと考えられ、D社はこの反省を踏まえて低価格の新商品を投入するなど、消費者の需要に応える戦略を取り入れています。
この事例からは、単に価格を上げるだけでなく、市場のニーズや消費者の心理を深く理解し、柔軟に対応することの重要性がうかがえます。
価格転嫁交渉時のコツ
最後に、価格転嫁交渉時のコツを解説します。
良好な関係を構築しておく
価格転嫁交渉においては、取引先との良好な関係性が必要不可欠であり、日常的なコミュニケーションを交わし、相互理解を深めておくことが重要です。
経済産業省の「価格交渉ハンドブック」でも、価格交渉ができる関係性を構築しておくことが推奨されています。
参考:経済産業省「価格交渉ハンドブック 〜価格転嫁の実現に向けた交渉準備〜 (初級編)」
また、取引先のビジネス環境や課題を理解し、共感を示すことで、関係をさらに深めることが可能です。
価格転嫁の根拠となるデータの準備
価格転嫁の交渉を有利に進めるためには、自社の原価データを把握し整理した上で、値上げの根拠となるデータを準備することが必要不可欠です。
上記の価格交渉ハンドブックでも、「原価を示した価格交渉」が成功のカギとなることが示されています。
交渉前に自社のコスト構造や市場価格、取引先の状況を把握しておくことで、自社の立場を明確にし、取引先に対する理解を深めることが可能です。
また、複数の提案を用意することで相手に選択肢を与え、フレキシブルな対応を可能にします。
これにより、相手が受け入れやすい状況を作り出せます。
まとめ
本記事では、価格転嫁の意味や必要とされる背景、成功・失敗事例、交渉のコツについて詳しく解説しました。
価格転嫁は、企業間での信頼関係や市場心理を考慮せず実施すると、商品・サービスから顧客が離れてしまう可能性があります。
価格転嫁の交渉を実施する際には、取引先との良好な関係や、根拠となるデータの準備が必要不可欠です。
本記事の情報を、価格転嫁戦略の参考にしてみてください。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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