- 更新日 : 2025年12月23日
中小企業の人材育成とは?課題・方法・採用との違いを解説
少子高齢化や人材流動化が進む中で、中小企業にとって「人材育成」は避けて通れない経営課題となっています。限られた人材で成果を上げるには、社員一人ひとりの成長が不可欠です。
本記事では、中小企業が人材育成に取り組む意義や効果、よくある課題と解決策、育成手法などを解説します。
目次
中小企業の人材育成はなぜ重要?
中小企業における人材育成は、限られた人材で高い成果を上げるために行われ、企業の競争力と持続性を左右します。人口減少が進む中で外部から人を確保することが難しくなるため、既存社員の能力向上が経営の安定に直結します。
生産性向上と業務効率の改善につながる
人材育成は、生産性を高めたい中小企業にとって不可欠な取り組みです。従業員のスキルが向上すると業務効率が改善し、少人数でも大きな成果を生み出せるようになります。日本全体で生産年齢人口が減少する中、外部人材に頼るだけでは企業の成長が難しくなっており、内部の能力開発が経営の柱となります。
知識や技能を持つ社員が増えることで作業の属人性も薄れ、組織全体の生産性が底上げされます。
モチベーションとエンゲージメントを向上させる
人材育成は、社員が自身の成長を実感できる機会を提供するため、仕事への意欲向上につながります。学びの機会を与えられた社員は企業から期待されていると感じ、エンゲージメントが高まります。結果として職場への愛着が強まり、離職率の低下にもつながります。
特に中小企業では一人の退職が大きな影響を与えるため、育成による定着向上の効果は大きいといえます。
管理職や専門人材の内部育成につながる
人材育成は将来の管理職候補や専門人材を社内で育てる役割も果たします。外部採用だけでは企業文化に合う人材を確保できないことも多く、内部育成は事業承継や世代交代の面でも大きな意味を持ちます。長期的に見ても、内部から人材を育てることで安定した組織運営が可能になり、企業の持続的成長の原動力につながります。
中小企業庁も人材育成を重要な経営課題として支援
中小企業庁の「2025年版 中小企業白書」によると、中小企業における人材育成の取り組みについて「5年前に比べて『取組を増やした』と答えた事業者の割合が約半数に上る」ことが示されています。また、人材育成を強化している事業者は採用後の定着率や売上、付加価値額の伸びにおいて、有意な成果を挙げていると報告されています。
これらのデータは、中小企業が人材育成を経営戦略の一環として重視しており、「育成を通じた人材確保・定着・生産性向上」の視点が明確に打ち出されていることを示しています。
中小企業の人材育成でよくある課題と解決策は?
中小企業では人材育成が重要視されている一方で、現場ではさまざまな課題が立ちはだかります以下で、代表的な課題と解決策を紹介します。
時間や人手の不足で育成の余裕がない
人材育成を行う余裕がないという悩みは、中小企業に多く見られます。業務量が多い中で教育に割ける時間や担当者が不足し、育成が後回しになるケースが少なくありません。結果として、研修が場当たり的になり、社員の成長機会が失われてしまいます。
解決策
人材育成を「特別な活動」ではなく「日常業務の一部」として捉え直すことが有効です。たとえば、OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)を計画的に組み込み、業務をしながら指導する体制を整えることが挙げられます。また、育成担当者の業務を一部軽減することで、教育に専念できる環境をつくることも重要です。
社内全体で育成を支える文化づくりが、中長期的な人材力の底上げにつながります。
育成する側・される側のスキルや意欲が不足している
中小企業では、教える側である上司や先輩社員に「育成スキル」が十分に備わっていないことも少なくありません。教える立場の人が、教育方法や指導のポイントを理解していないと、指導内容があいまいになり、効果的な育成が困難になります。一方、育てられる側の従業員にも学ぶ姿勢が欠けていると、成長に結びつきにくくなります。
解決策
まず社内で「なぜ育成が必要なのか」を共通認識として明確に伝えることが必要です。そのうえで、上司が部下の努力や成長を認める仕組みや、成果を人事評価に反映する制度を整備すれば、双方のモチベーションを高めることができます。また、育成担当者向けに簡易なファシリテーション研修やマネジメント講座を用意することで、指導力を強化する取り組みも有効です。
育成にかける予算が足りない
「育成にかける予算がない」という声は、中小企業で特に顕著です。大企業のように外部講師を呼んだり、大規模な研修を実施する余裕がないため、どうしても教育に消極的になりがちです。
解決策
現在ではコストを抑えながらも効果的な育成手法が数多く存在します。たとえば、eラーニングの活用により、低コストかつ場所を問わず学べる環境を整えることができます。YouTubeやオンライン教材、学習プラットフォームなども有力な選択肢です。また、社内の経験者が講師となる勉強会を定期開催すれば、実務に即した学びが得られ、費用も抑えられます。
さらに、厚生労働省の「人材開発支援助成金」などの公的支援制度を活用すれば、研修費用や教育担当者の人件費の一部を補助してもらえる可能性があります。
こうした外部支援の情報をこまめに収集し、自社の育成計画と照らし合わせて制度活用を進めることが、継続的な育成実施につながります。
中小企業に適した人材育成の方法は?
中小企業の人材育成は、自社の規模や業種、人員構成に合わせて適切な育成方法を組み合わせることで、効率的に社員の成長を促すことができます。それぞれの手法の特徴とメリットを解説します。
OJT(現場での研修)
OJT(オン・ザ・ジョブ・トレーニング)は、職場の実務を通じて先輩社員が後輩を直接指導する育成方法です。日常業務の中で必要なスキルや知識を教えられるため、即戦力となる実践的な力を身につけやすい点が特徴です。新人や若手社員の育成に適しており、現場での経験を積ませながら成長させることができます。
ただし、指導を行う先輩社員には通常業務と教育の両立による負担がかかるため、計画的にOJT担当者を支援しながら進める必要があります。
Off-JT(職場外研修)
Off-JT(オフ・ザ・ジョブ・トレーニング)は、職場を離れて行う研修プログラムです。社外のセミナーや専門講師による講習、集合研修、オンライン講座への参加などがこれに該当します。ビジネスマナーや専門知識、マネジメントスキルなど、日常業務から離れて体系立てて学ぶのに適した方法です。業務を一時中断して集中して学べるため効果が高い一方で、外部機関の利用料や受講料などコストがかかる点には注意が必要です。
中小企業では費用対効果を考慮し、必要な分野に絞ってOff-JTを活用するとよいでしょう。
eラーニングの活用
インターネットを活用したeラーニング(オンライン学習)は、近年中小企業でも導入が進んでいる手法です。パソコンやスマートフォンがあれば場所や時間にとらわれず学習できるため、忙しい現場でもスキマ時間に知識習得が可能です。また、全国の従業員に同じ内容を一斉に提供でき、研修にかかる交通費や会場費を大幅に削減できる経済的メリットもあります。動画教材やオンラインテストを組み合わせれば、理解度を測定しながら効果的に進めることができます。
比較的低コストで導入できるため、人材育成予算が限られる中小企業にとっても取り入れやすい方法です。
自主学習(自己啓発)の支援
社員自身が自主的にスキルアップに取り組む「自己啓発」を支援することも、有効な人材育成策の一つです。自主学習は時間や場所の自由度が高く、社員が自分のペースで学べる柔軟な方法です。ただし個人の意欲に委ねる部分が大きいため、放任すると社員間で習熟度に差が開きやすい側面もあります。そのため、企業側で自主学習を後押しする仕組みを用意することが大切です。
たとえば資格取得や通信講座の受講費用を会社が補助したり、業務時間内外で勉強時間を確保できるよう特別休暇やスキル研修の機会を提供したりする方法があります。こうした支援により、意欲の高い社員だけでなく全従業員に自己啓発の風土を根付かせることができます。
メンター制度の活用
メンター制度は、経験豊富な先輩社員が新人・若手社員の相談役・指導役となり、業務面だけでなく精神面でも支援する仕組みです。先輩がマンツーマンでサポートすることで、若手社員は安心して仕事に取り組める環境を得られ、早期離職の防止や定着率の向上につながります。日常業務では気軽に質問しづらい内容も、メンターには相談しやすいため、知識やノウハウの社内共有にも効果的です。
中小企業では特に人材の入れ替わりが業績に直結しやすいため、メンター制度を通じて新人の育成とフォローを充実させることは、人材定着と組織力強化に有効な施策と言えるでしょう。
人材育成を行わない中小企業にはどんなリスクがある?
人材育成を実施しない中小企業では、従業員の成長機会が奪われるだけでなく、組織の活力や競争力の低下といった経営上の重大な問題に発展するおそれがあります。以下では、育成不足によって起こりうるリスクを解説します。
モチベーションの低下と優秀人材の離職
人材育成が行われない職場では、従業員が成長を実感できず、日々の業務にやりがいを見出しにくくなります。その結果、仕事へのモチベーションが下がり、企業への帰属意識も希薄になります。成長意欲のある社員ほど、自己実現が叶わない環境に不満を抱きやすく、より良いキャリアを求めて退職する傾向があります。
人材が次々と流出することで社内に残る人材の負荷は増え、さらに人材流出が加速する悪循環に陥るリスクもあります。
ノウハウの蓄積が進まず、生産性が低下する
人材育成を怠ると、社内に知識やスキルが体系的に蓄積されにくくなります。属人化した業務は引き継ぎが困難になり、担当者が退職した場合に対応できる人材がいない、という状況が起こります。その結果、業務効率が落ち、生産性が大きく損なわれる可能性があります。育成によって汎用的なスキルや業務知識を広く共有しておくことは、組織としての安定運営に不可欠です。
組織力・競争力が失われ、変化への対応力が弱くなる
人材育成を軽視している企業では、新たな市場環境や技術の変化に適応できる人材が育たず、イノベーションが起こりにくくなります。これは中長期的に見て、他社との競争に取り残される大きな要因となります。とりわけ中小企業では、少人数体制ゆえに一人ひとりの役割が重く、育成を怠った際の影響が企業全体に及びやすいという特性があります。
育成を通じて社員に期待と責任を与えることは、信頼関係の構築にもつながります。育成のない企業は、従業員からの信頼を徐々に失い、最終的には組織そのものの価値が問われる事態を招く可能性もあります。
人材育成と人材確保(採用)の違いは?
人材育成と人材確保(採用)は、いずれも人材に関する企業戦略の一部ですが、その目的や手法は異なります。どちらか一方に偏るのではなく、両者を組み合わせることで、より強固で持続的な組織づくりが可能になります。
育成は内部の人材への投資、確保は外部からの補充
人材育成とは、既存社員に対して知識・スキル・マインドを身につけさせ、会社の目標に合致した人材へと成長させる取り組みです。これは「内部にいる人材を磨き上げる戦略」と言えます。
一方、人材確保(採用)は、企業が必要とする新たな人材を外部から迎え入れ、職場に定着させる活動であり、「社外から必要な力を補う手段」として機能します。育成は継続的な関係性構築、確保はマッチングと導入が中心となる点でも違いがあります。
両者は経営戦略上、相互に補完する関係
中小企業にとっては、採用と育成を切り離して考えるのではなく、両輪として連動させる視点が求められます。たとえば、効果的な人材育成によってリーダー候補や専門職を社内から育てることができれば、外部からの採用コストを抑えられます。また、キャリア開発の機会が多い企業は、求職者からも魅力的に映り、採用面でも有利になります。逆に、既存社員にない専門スキルや新しい価値観を取り入れるには、戦略的な外部採用も欠かせません。
人材育成と人材確保はアプローチが異なるものの、目的は共通しており、企業の人的資本を強化するためには両方のバランスが不可欠です。
人材育成で中小企業はさらなる成長へ
中小企業が持続的に成長していくためには、社員一人ひとりの成長を促す人材育成への地道な取り組みが欠かせません。従業員のスキル向上やモチベーションアップを図ることで生産性が高まり、限られた人材でも大きな成果を生み出せるようになります。また、社員の定着率が上がれば採用コストの削減にもつながり、組織力の強化によって競争力が増すでしょう。
自社の未来を切り拓く鍵は「人」にあり、社員を育てることこそ中小企業経営の要と言えるでしょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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