• 更新日 : 2025年12月5日

退職希望者を引き止めるには?企業のNG行為と離職を防ぐ対策も紹介

社員から退職の申し出を受けたとき、企業としてどのように対応すべきか悩む方は少なくありません。退職を引き止める行為自体は可能ですが、方法を誤るとハラスメントや法令違反につながる恐れがあります。

まずは、退職理由を正しく把握し、改善できる領域を見極めましょう。

本記事では、退職希望者を引き止める方法やNG行為、離職を未然に防ぐためのポイントを解説します。

退職を引き止める前に押さえるべき基本

退職を申し出る社員は、多くの場合なんらかの不満や悩みを抱えています。

引き止めを行う前に、「離職は特別なことではない」「強制はできない」という前提を理解しておくことが重要です。ここでは、企業側がまず把握すべき基本的な情報を整理します。

離職率の現状

新卒者の離職率は依然として高く、厚生労働省の調査によると、3年以内に高卒の37.9%・大卒の33.8%が離職しています。規模の小さい企業ほど離職が多く、従業員5人未満では高卒63.2%・大卒57.5%に達しています。

業種別では、宿泊業・飲食サービス業の離職率が突出して高く、労働負荷や働き方の影響が表れやすい状況です。

この数字が示すのは、「退職希望者が出るのは珍しくない」という現実です。社員の離職は個人の問題にとどまらず、業界構造や働き方の変化とも結びついています。

引き止めを検討する際は、この前提を理解したうえで冷静に向き合う姿勢が求められます。

参考:厚生労働省|新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)を公表します

退職の引き止めは難しいのが実情

退職を申し出る社員の多くは、長い検討期間を経て意思を固めています。簡単に考え直すケースは少なく、強い引き止めが逆効果になることもあるため、注意が必要です。

「民法627条」では、期間の定めのない雇用契約において労働者の「退職の自由」が明確に認められています。申し出から2週間で契約は終了し、企業には強制的に引き止める権限がありません。

強引な引き止めは、パワハラやトラブルにつながる恐れがあります。

なお、退職理由が解消できる場合や、社員にとって魅力的な条件を提示できる場合は、再検討してもらえることがあります。退職の引き止めを成功させるポイントは「企業都合ではなく、本人の希望に沿った提案」ができるかどうかです。

参考:e-Gov法令検索|民法627条

退職を引き止めるために企業が取るべき対応

退職を引き止めるには、感情的な説得ではなく、理由の把握・課題の整理・選択肢の提示といった「手順の整理」が欠かせません。

退職は突発的な出来事に見えて、実際には不満や不安が積み重なった結果です。原因を正しく捉え、企業として改善できる領域を示せれば、本人の考えが揺らぐ可能性は十分にあるでしょう。

ここでは、企業が冷静に取るべき3つの対応を解説します。

1. 退職理由を深掘りして本音を把握する

最初に取り組むべきは、退職理由の深掘りです。表向きの理由だけで判断すると、改善の糸口を見落とす恐れがあります。

下記のように、背景の「構造的な問題」を整理する姿勢が重要です。

  • 業務量の負担
  • 評価への不満
  • キャリアの不一致

ヒアリングでは事実ベースで話を聞き、内容を記録して後続の判断に使える形にまとめましょう。

人事と上司が視点を持ち寄り、個人の事情と組織要因を分けて捉えることもポイントです。目的は本音を暴くことではなく、改善可能な領域を見極める材料を集めることです。

2. 課題を整理し、改善点を明確にする

退職理由を把握したら、課題を分類します。下記のようにそれぞれ性質が異なるため、整理する必要があります。

  • 業務量
  • 人間関係
  • 評価制度
  • 将来への不安

業務調整やフォロー体制の強化など、すぐに改善できる項目を明確にし、短期間で着手できるかを判断しましょう。

経営方針や組織構造に関わる「すぐ変えられない領域」を正直に共有するのもポイントです。本人の価値観や状況と照らしあわせて、現実的な改善策を導きましょう。

3. キャリアビジョンに沿った選択肢を提案する

退職を思いとどまってもらうには、本人のキャリアビジョンと会社での将来像を結びつける提案が効果的です。

まずは、本人が描く成長の方向性を聞き、その実現に向けた道筋を提示します。下記のように、具体的な選択肢として示すことがポイントです。

  • 異動・役割変更
  • プロジェクト参画
  • スキル習得

あわせて、リモートワークや時短勤務、フレックスタイム制などの柔軟な働き方も選択肢に含めると、働きやすさに対する不安を和らげられるでしょう。

これまでの貢献や期待している役割を伝えることで、「必要とされている実感」も高められます。本人の希望に寄り添った条件を調整できれば、将来への展望が見え、退職を再考してもらいやすくなるでしょう。

退職を引き止める際のNG行為

退職希望者を引き止める場面では、対応次第で信頼関係が大きく揺らぎます。誤った言動は、社員の意思をさらに強固にするだけでなく、ハラスメントや法令違反に発展する可能性もあります。

適切な引き止めを行うためには「やってはいけないこと」を正しく理解しておくことが欠かせません。ここでは、企業が避けるべきNG行為を解説します。

1. 会社都合の押しつけ・心理的圧力

退職希望者に会社事情を押しつける発言は、引き止めどころか関係悪化の原因になります。「今辞められると困る」などの言葉は、本人に責任を転嫁しているように受け取られ、心理的負担を与えがちです。

「どこへ行っても通用しない」といった否定的な発言も、人格否定やハラスメントと捉えられる可能性があります。

労働者には退職の自由が認められています。企業側には、強制的に引き止める法的権限はありません。

強圧的な言動を行えば、トラブル化しやすく、社内外の評判にも悪影響を及ぼすでしょう。誠実な対話こそが、もっとも効果的なアプローチです。

2. 事実と異なる情報の提示

実現できない待遇改善や、曖昧な昇給・昇格の約束を口にすることは厳禁です。一時的に引き止められても、後に実現しなければ強い不信感を生み、再離職につながります。

信頼を失えば、口コミ・評判サイトで悪評が広がるなど、企業に長期的な不利益をもたらす可能性もあります。

改善策を示す際は、社内で確実に実行できる内容に絞りましょう。担当者の裁量を超える条件を提示すべきではありません。

退職理由への対応は「現実的に可能な範囲」を丁寧に説明し、双方が納得できる選択肢を共有する姿勢が求められます。

3. 年次有給休暇の取得や退職手続きの妨害

退職希望者の有休取得を制限したり、退職日を引き延ばしたりする行為は、大きな問題につながります。「後任が見つかるまで辞められない」といった言葉には、法的な根拠はありません。

権利を妨げる対応は、労働基準法違反に発展する可能性もあります。退職手続きを阻害すれば、企業への不信感が強まり、紛争や訴訟に発展することがあります。

企業が守るべきは、円滑な手続きと働く人の権利です。スムーズな退職をサポートする姿勢は、最終的に企業の信用にもつながります。

以下の記事では、会社側が行う退職手続きについて詳しく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。

優秀な人材の離職を防ぐ5つの対策

厚生労働省の調査によると、前職を辞めた理由として、男性では「給料等収入が少なかった」(10.1%)、女性では「労働条件が悪かった」(12.8%)が上位に位置しています。

優秀な社員が辞める背景には、給与や労働条件、職場の人間関係など「企業が改善できる要因」が多く含まれています。優秀な社員を失わないためには、離職につながる要因を早期に取り除き、働き続けたいと思える制度づくりが欠かせません。

ここでは、優秀な人材の流出を防ぐために企業が取り組むべき5つの対策を解説します。

参考:厚生労働省|令和6年雇用動向調査結果の概況

1. 定期的な組織サーベイで課題を可視化する

離職を防ぐには、社員のコンディション変化を早期に察知することが重要です。そのために効果的なのが、定期的な組織サーベイです。

下記のように、外から見えにくい課題を数値で把握でき、改善すべき領域を客観的に判断できます。

  • ストレス
  • 人間関係
  • 業務負荷

月次・四半期など短いスパンで継続すると、組織の変化点にも気づきやすく、離職兆候の早期発見に役立ちます。

さらに、データをもとに現場と対話を重ねることで「声を聴いてもらえている」という安心感を与え、信頼関係の強化や定着率向上にもつながるでしょう。

2. 安心して意見を言える職場環境をつくる

社員が安心して意見を伝えられる環境は、離職を防止するための重要な要素です。上下関係に影響されず意見を言える雰囲気があれば、人間関係によるストレスが軽減されるため、問題が深刻化する前にサポートを提供しやすくなります。

具体的には、次のような取り組みが効果的です。

  • 1on1を月1回以上の頻度で実施する
  • ピアコーチングやメンター制度を導入する
  • 意見を否定しない文化を浸透させる
  • 日常的に声をかける習慣をつくる

これらを習慣化できれば、職場の中に「否定されない安心感」が広がります。結果としてエンゲージメントが高まり、社員が組織にとどまる理由につながるでしょう。

以下の記事では、1on1について詳しく解説していますので、あわせてチェックしてみてください。

3. 労働環境や業務量のバランスを整える

労働条件のミスマッチは、離職理由の中でも多い項目です。長時間労働や休暇不足が続くと心身の負担が大きくなり、離職意向が高まります。

業務フローの最適化やシステム導入で負荷を下げ、無理のない働き方を整えましょう。有給休暇を取りやすい体制や、柔軟な働き方の選択肢を用意すると、仕事と生活のバランスが取りやすくなります。

また、福利厚生も充実させれば満足度向上につながります。社員が「ここで働き続けたい」と感じやすい環境に近づけられるでしょう。

4. 評価制度の透明性と納得感を高める

優秀な人材の定着には、「評価が公平である」と感じてもらうことが不可欠です。評価基準が曖昧なままだと、不信感や不満が生まれやすく、成果を出している社員ほど離職につながりやすくなります。

まずは「何が評価対象になるのか」「どのレベルを満たせば高評価なのか」を明確に示しましょう。下記の評価軸を可視化できるシステムを導入すれば、さらに評価の透明性を高められます。

  • 成果指標(売上・KPI達成度)
  • プロセス評価(行動・姿勢)
  • チームへの貢献

評価の軸を可視化することで、社員は「自分のどの行動が価値につながっているのか」を把握しやすくなるでしょう。

評価システムや人事考課シートで根拠を丁寧に伝えると、判断プロセスへの理解が深まり、不公平感も防げます。

以下の記事では、人事評価制度の目的や具体的な設計手順について詳しく解説していますので、あわせて参考にしてみてください。

5. キャリア支援や成長機会を提供する

優秀な人材をつなぎ止めるには、「ここで成長できる」「自分の仕事が会社に役立っている」と実感できる環境づくりが欠かせません。

まずは、本人が描くキャリア像を一緒に整理し、その方向性に合った役割や挑戦の機会を提示しましょう。自分のキャリアが前に進んでいると感じられるほど、働き続ける意欲は高まります。

成長の実感を高める取り組みの例は、下記のとおりです。

  • 新しい領域への挑戦
  • スキル研修
  • プロジェクトへの参画

また、若手にはメンター制度、経験者には専門スキルの深掘りなど、対象者に適した育成施策を組み合わせると効果的です。

退職の引き止めに関するよくある質問

退職対応では、法律上のルールや適切なコミュニケーションを理解しておくことが欠かせません。誤った対応は、違法行為やハラスメントにつながる恐れがあります。

ここでは、退職の引き止めに関するよくある質問を紹介します。

退職の引き止めは違法になる?

退職を引き止める行為そのものは違法ではありません。問題になるのは「引き止め方」です。

民法627条では、労働者に退職の自由が保障されており、強制や圧力をかける行為は認められていません。「辞めさせない」「退職を認めない」といった強制は、労働基準法第5条「強制労働の禁止」に抵触する恐れもあります。

引き止めはあくまで提案にとどめ、選択権は本人にあることを前提に行う必要があります。誠実な姿勢で臨むことが、企業側のリスク回避にもつながるでしょう。

参考:
e-Gov法令検索|民法627条
e-Gov法令検索|労働基準法第5条

退職の引き止めの成功率は?

引き止めの成功率は高くありません。多くの社員は、退職を申し出る段階で意思を固めており、単発の改善では覆りにくいためです。

厚生労働省の調査からも、退職理由は下記のように多岐にわたり、根本的な課題が積み重なって離職につながっていることがわかります。

  • 労働条件
  • 待遇
  • 人間関係

一方で、キャリア支援や働き方の柔軟性など「本人が何を大切にしているか」に沿った提案ができれば、思い直すケースもあります。成功のポイントは、条件改善の前に退職理由を正確につかむことです。

参考:厚生労働省|令和6年雇用動向調査結果の概況

退職希望者の本音を引き出すコツは?

退職を申し出た社員の「本音」を正確に把握できるほど、改善策や提示できる選択肢が的確になります。話しやすい環境を整え、率直な意見を引き出す工夫が重要です。

具体的な方法は、下記のとおりです。

  • 批判せずに傾聴する姿勢を徹底する
  • 事実確認をしながら丁寧にヒアリングする
  • 担当者側の気づきや経験を適切に共有する

社員が普段から信頼している上司や同僚が同席することで、本来言いにくい内容を引き出せる場合もあります。本音がわかるほど、改善策や提示すべき選択肢の精度が高まり、引き止めの成功率も上がります。


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