- 更新日 : 2025年6月2日
裁量労働制と36協定の関係は?適用条件や裁量労働制の注意点を解説
働き方改革や多様な働き方への関心が高まる中、「裁量労働制」と労働基準法第36条に基づく「36協定」について正しく理解することは、企業の人事担当者・法務担当者にとって大切です。裁量労働制は一部の専門職等で労働時間の算定方法を柔軟にする制度ですが、適切に導入・運用するには法律上の要件を満たし、36協定との関係にも注意しなければなりません。
本記事では、裁量労働制と36協定の基本的な概念から、適用条件、両者の関係性、メリット・デメリットを解説します。
目次
裁量労働制とは
裁量労働制とは、特定の業務に従事する労働者について、実際の労働時間にかかわらず「みなし労働時間」制を採用できる制度です。あらかじめ労使で定めた一定の時間を働いたものとみなして賃金を支払う仕組みであり、労働者の裁量に委ねる必要が高い業務で認められています。
裁量労働制の種類
裁量労働制には法定で認められた2種類があり、それぞれ適用対象や導入手続が異なります。
専門業務型裁量労働制
専門業務型裁量労働制は、一定の専門的業務に携わる労働者が対象です。労働基準法第38条の3に規定され、業務の性質上、働き方を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある場合に導入できます。
対象業務
法令で限定列挙された20種類の専門業務が対象となります(※2024年4月の改正前は19業務でしたが、「銀行・証券会社におけるM&Aアドバイザー業務」が追加され20業務となりました)。例えば、新商品・新技術の研究開発、情報処理システムの開発、新聞や雑誌の編集、弁護士・公認会計士・建築士など高度専門資格を要する業務、コピーライターやデザイナーのような創造的業務、大学の教授研究業務などが含まれます。対象業務は法律で厳格に定められており、それ以外の業務には適用できません。
導入手続
労使協定を事業場の過半数労働組合または過半数代表者と締結し、協定を所轄労働基準監督署に届け出る必要があります。協定には対象業務の範囲や1日のみなし労働時間、業務の遂行手段・時間配分について使用者が具体的指示をしないこと、健康・福祉確保措置や苦情処理措置の内容など所定の事項を定めます。2024年4月1日以降は、新たに労働者本人の同意を得ることが必須となり、同意しなかった労働者への不利益取扱い禁止や同意撤回の手続も協定に定めなければなりません。労使協定の有効期間は3年以内が望ましく、更新する場合は再度協定を締結します。
企画業務型裁量労働制
企画業務型裁量労働制は、企業の事業運営に関する企画・立案・調査・分析といった業務に従事する労働者が対象です。労働基準法第38条の4に規定されており、主にホワイトカラーの企画職向けの制度です。
対象業務
会社の経営方針や事業運営に関する企画立案、調査分析など、いわゆる企画職の業務に限られます。具体的には「事業運営上の重要事項に関する企画・立案・調査および分析業務」であり、営業や製造など直接収益にかかわる業務や、単なる定型事務は含まれません。業務の遂行手段や時間配分について使用者が具体的指示をしないことが要件で、労働者自身の裁量で仕事を進める必要があります。
導入手続
労使協定ではなく、使用者・労働者双方からなる労使委員会の5分の4以上の多数による決議が必要です。労使委員会は労働者代表が半数以上で構成され、決議内容(対象業務やみなし時間、健康確保措置・苦情処理措置等)は所轄労基署へ届け出ます。労働者本人の同意取得も企画業務型では当初から義務付けられており、同意しない労働者には適用できません。導入後も定期的に労使委員会を開催し、運用状況を報告・検証することが求められます。企画業務型も専門業務型と同様に、健康・福祉確保措置(後述)や苦情処理制度の実施が義務付けられています。
36協定とは
次に、「36協定」とは何かを確認しましょう。36協定とは、労使間で締結する「時間外・休日労働に関する協定届」のことで、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超える労働や法定休日の労働を命じるために必要な協定です。使用者が従業員に時間外労働・休日労働をさせる場合、この協定を労働組合または労働者代表と締結し、所轄の労働基準監督署に届出を行うことが法律で義務付けられています。
36協定を結び届け出ることで初めて、時間外労働・休日労働が法的に可能となりますが、協定を結べば無制限に残業させて良いわけではありません。労働基準法では、たとえ36協定を締結・届出していても時間外労働には上限規制が定められています。原則として月45時間・年360時間が時間外労働の上限であり、これを超える残業はできません。
臨時的な特別の事情がある場合のみ36協定に特別条項を付けて上限を延長できますが、その場合でも次の条件を全て満たす必要があります。
- 年間の時間外労働(休日労働を除く)総計が720時間以内
- 時間外労働+休日労働の合計が月100時間未満(休日労働分も含めて計算)
- 時間外+休日労働の2~6ヶ月平均が各期間で80時間以内
- 月45時間を超える残業ができるのは年6回まで
上記の罰則付き上限規制は2019年の法改正(働き方改革関連法施行による労働基準法改正)で導入されたもので、これに違反した場合、企業や経営者には刑事罰が科される可能性があります。なお36協定には様式上「1日当たりの残業時間」の記入欄がありますが、法定では1日については特段の上限はなく、あくまで目安として記入するものです(もっとも1日あたりの過度な残業は結果的に上記月間上限を超過する恐れがあるため注意が必要です)。また、36協定締結の有無にかかわらず実際に時間外労働・休日労働をさせた場合には割増賃金の支払い義務が生じる点にも留意しましょう。
36協定を締結していないのに時間外労働を行わせた場合は労働基準法違反となり、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる可能性があります。これは法定労働時間遵守や割増賃金支払いを担保するための厳しい制裁規定です。
裁量労働制と36協定の関係性
裁量労働制と36協定は一見無関係のようにも思えますが、実際には密接に関係しています。裁量労働制を導入していても、場合によっては36協定の締結・届出が必要となります。ここでは両者の関係性と、36協定違反時のリスクについて解説します。
「裁量労働制にすれば残業代が不要になるから36協定も要らない」といった誤解がありますが、それは誤りです。裁量労働制はあくまで労働時間の算定方法をみなし時間に置き換える制度であって、残業代を削減するための制度ではありません。実労働時間の設定や状況によっては、当然に残業代が発生し得るため、裁量労働制を適用していても36協定が必要となる場合があります。
【裁量労働制で36協定の締結が必要なケース】
- みなし労働時間が法定労働時間を超える場合
1日のみなし時間を8時間より長く(例:9時間など)定める場合は、その超える部分は法定時間外労働とみなされます。したがって時間外労働をさせるための36協定の締結・届出が必要です。例えば専門業務型裁量労働制で1日のみなし労働時間を10時間と協定した場合、法定労働時間8時間を超える2時間についてはあらかじめ36協定を締結しておかなければなりません。なお、この超過分2時間については割増賃金(25%増以上)の支払いも必要です。実際に働いた時間ではなくみなし時間で給与計算する裁量労働制ですが、みなし時間自体が法定を超えている場合、その部分は法定時間外労働と扱われるためです。 - 休日労働を行う場合
裁量労働制の適用者であっても、法定休日に労働させる場合は36協定(休日労働の項目)の締結・届出が必要になります。労働基準法第35条により、毎週少なくとも1日の法定休日を与える義務がありますが、その法定休日に出勤させるには36協定で休日労働を定めておかなければなりません。裁量労働制だからといって例外はなく、これは他の労働者と同様です。なお、法定休日労働については割増賃金35%以上(休日労働割増)を支払う必要があり、これも裁量労働制適用者であっても同じです。
上記以外にも、所定休日(法定外の休日)に労働させ週40時間を超える場合など、実質的に法定時間外労働となるケースでは36協定が求められます。要は「裁量労働制であっても法定労働時間を超える労働や法定休日労働をさせる場合には、事前に36協定を締結しておかなければならない」という点が重要です。
法に違反した場合のリスク
もし裁量労働制適用者について36協定を結ばずに時間外・休日労働を行わせた場合、労基法違反となり罰則の対象となります。
行政指導や是正勧告を受けるだけでなく、悪質な場合は書類送検・刑事罰もあり得ます。また、当該労働者から未払い残業代の請求を受けるリスクも高いです。
36協定が無効・不存在の場合でも、実際に法定時間を超えて働かせていれば割増賃金の支払い義務自体は免れられず、過去に遡って不足分を精算しなければなりません。裁量労働制を理由に36協定を軽視すると、企業にとって大きな法的・経済的リスクとなります。
このように、裁量労働制と36協定は両輪といえます。裁量労働制を導入する際は、その内容に応じて必要な36協定も確実に締結・届出し、法定の範囲内で運用することが不可欠です。
裁量労働制のメリット・デメリット
裁量労働制には企業側・労働者側双方にメリットがある一方で、慎重に管理しないとデメリットも生じます。ここでは主なメリットとデメリットを比較してみましょう。
メリット
- 働き方の柔軟性向上
労働者が仕事の進め方や時間配分を自分の裁量で決められる点は大きなメリットです。上司から細かな指示を受けず、自身の判断で効率的に仕事を進められるため、自律的・創造的な働き方が可能になります。 - 出退勤時間の自由度
裁量労働制では原則として始業・終業時刻も労働者の決定に委ねられます。極端な話、所定のコアタイムなどがなければ、何時に出社して何時に退社するかは本人の裁量です。これにより通勤ラッシュを避ける勤務や、昼間に中抜けして用事を済ませる等、ワークライフバランスに配慮したスケジュール調整がしやすくなります。 - 効率アップが労働時間短縮につながる
定時の拘束がないため、仕事を効率化すれば実際の労働時間を減らすことも可能です。例えば業務の段取りを工夫したりスキルを向上させたりして所定のみなし時間より早く業務が片付けば、その日は早めに切り上げることもできます(みなし時間分の給与は保障されます)。このように成果で評価される働き方とも言え、労働者のモチベーション向上や創意工夫の促進につながる面があります。 - 企業側のメリット
企業にとっても、労働時間の管理がある程度簡素化できる、残業代コストの見通しが立てやすい、といったメリットがあります。みなし労働時間制により、毎月の所定給与で一定時間までの労働をカバーできるため、時間外手当の計算や支給を削減できる場合があります。ただし、後述のとおり過度な長時間労働が発生すれば健康管理上の責任や訴訟リスクも伴うため、「コスト削減目的」での安易な導入は禁物です。
デメリット
- 長時間労働の誘発リスク
労働時間の上限が明確でない分、仕事の進め方次第では労働時間がかえって長くなってしまう恐れがあります。能力が高く段取り上手な人は早く仕事を終えられますが、そうでない人や業務量の多い人はダラダラと長時間働いてしまうケースもあります。終業時刻が自己裁量ゆえに「際限なく働いてしまう」状況に陥りやすく、オン・オフの切り替えが難しいという声もあります。 - 残業代が支給されない(賃金面で不利になる可能性)
裁量労働制ではどれだけ長く働いても追加の時間外手当が原則発生しません。通常の労働者であれば残業すればするほど賃金が増えますが、裁量労働制の適用労働者は事前に定めたみなし労働時間分の賃金しか支払われません。そのため、繁忙期などに月間の実労働時間が大幅に増えても給与が増えず、労働時間の割に賃金が低く抑えられてしまう可能性があります。
労働者にとっては不公平感や不安につながりやすく、この点が裁量労働制の大きなデメリットと指摘されています。もっとも、深夜労働(22時~翌5時)や法定休日労働に割増賃金が発生する点は他の労働者と同様です。 - 業務過多による「定額働かせ放題」の危険
悪質なケースでは、企業が裁量労働制を口実にして過剰な業務を押し付ける恐れがあります。みなし時間を超えていくら働かせても残業代が増えないのを良いことに、人手不足の部署に裁量労働制社員を配置し、際限なく働かせるような例です。これは本来の裁量労働制の趣旨を逸脱した「制度の濫用」であり、労働者にとっては定額で無制限の残業を強いられる最悪の状況です。
このような事態を防ぐため、前述した健康確保措置や苦情処理窓口の設置が会社に義務付けられているのです。 - 労務管理の難易度
裁量労働制の下では表面的な残業時間の数字だけでは実態を把握しにくいため、管理者にとっては「見えない残業」をケアする必要があります。適切に実労働時間を把握し、忙しすぎる社員がいれば声をかけるなど細やかなマネジメントが求められます。
また、制度の対象者と非対象者の間で働き方や給与に差が出るため、不公平感への配慮や説明責任も発生します。
以上のように、裁量労働制は自由と責任が表裏一体の制度と言えます。うまく活用できれば生産性向上やワークライフバランス改善につながりますが、運用を誤ると長時間労働や不払い残業といった深刻な問題を招きかねません。企業としてはメリットを享受しつつデメリットを最小化するため、制度設計と適正運用に細心の注意を払う必要があります。
裁量労働制の運用における注意点
裁量労働制を適用するには、上記のように法的要件を満たす必要があります。不適切な運用は違法となり、労務トラブルの原因ともなります。ここでは導入・運用時の主な注意点を解説します。
適用対象の厳格な限定
裁量労働制は誰にでも適用できるわけではなく、法律で定められた業務に従事する労働者に限られます。対象業務に該当しない職種に裁量労働制を適用すれば、その労使協定(または労使委員会決議)は無効となり、通常の労働時間規制が適用されます。裁量労働制の対象外の業務に制度を適用し割増賃金を支払わなかったために訴訟となった例もあります。
例えば、資格を持たない職員に「税理士の業務(専門業務型の対象業務の一つ)」として裁量労働制を適用したケースでは、対象業務に該当しない違法な適用と判断され、未払い残業代等の支払いが命じられました。導入前に該当業務かどうかを十分に検討することが重要です。
適正な手続の履行
裁量労働制は単に就業規則に定めるだけでは有効になりません。専門業務型は労使協定の締結および所轄労基署への届出、企画業務型は労使委員会の決議および届出が欠かせません。また2024年4月以降は専門業務型でも個別の労働者の同意が必要となり、同意の撤回手続なども定めておく必要があります。
これらの手続きを踏んでいない場合、裁量労働制は法的に認められず、時間外労働に対する規制違反・割増賃金不払いとなるリスクがあります。
運用上の遵守事項
裁量労働制を導入した場合でも、労務管理上守るべきルールがあります。使用者は対象業務の遂行手段や時間配分について具体的な指示をしてはならないとされています。言い換えれば、労働者の裁量に任せる建前である以上、「何時から何時まで働け」「この手順でやれ」といった細かな指示は制度の趣旨に反します。
また、適切な水準のみなし労働時間を設定し、みなし時間に見合った給与や手当を支給することも重要です。実態に比べて過小なみなし時間を設定すると、労働者に長時間労働を強いながら割増賃金を支払わない「定額働かせ放題」の状態に陥りかねず、紛争リスクが高まります。
制度導入時には業務内容に照らして妥当なみなし時間を協定で定め、必要に応じて手当(専門業務型でよく見られる「裁量労働手当」等)で報いる配慮も求められます。
労働時間の把握と健康確保
裁量労働制では実労働時間は労働時間数としてみなし時間に置き換えられますが、だからといって放任して良いわけではありません。実際に何時間働いているかについては会社として正確に把握し(自己申告やPCのログなどで管理)、過重労働にならないよう配慮する必要があります。特に、深夜や休日に及ぶ労働や長時間労働が発生していないかモニタリングし、健康・福祉確保措置を講じることが義務付けられています。
労働時間が長くなりがちな場合に代替休暇や特別休暇を与えたり、定期健康診断や産業医による面談指導を実施したりする措置が必要です。労働安全衛生法上も、1ヶ月あたりの時間外労働(法定時間超過部分)が80時間超となった労働者から申出があれば医師による面接指導を行う義務があります。会社は裁量労働制適用者についても適切な健康管理を行い、過労死ラインとされる長時間労働に至らないよう注意しなければなりません。
実際に、裁量労働制の下で長時間・過重労働となり過労死に至ったと認定されたケースも存在します。労働安全衛生法の改正により、2019年4月から客観的な方法による労働時間の把握が使用者に義務付けられています。この対象から裁量労働制は除外されていません。そのため、裁量労働制適用労働者であっても、通常の労働者と同様に労働時間の把握義務が課せられていることに注意しましょう。
他の労働条件の適用
裁量労働制を適用していても、労働基準法上の休憩時間や休日、年次有給休暇等の規定は当然に適用されます。例えば労働時間が6時間を超えれば45分、8時間を超えれば1時間の休憩を与える必要がありますし、年次有給休暇も通常どおり付与しなければなりません。
また、深夜22時~翌5時の労働には深夜割増賃金(25%以上)を支払う義務があります。裁量労働制だからといって労働者を休日なし・休憩なしで働かせたり、深夜労働手当を払わなかったりすれば明確な違法行為となります。
以上のように、裁量労働制は法令上の細かな要件をクリアして初めて成立する制度です。導入後も労働時間の状況把握や健康配慮など適正な運用が欠かせません。制度の趣旨を踏まえた適切な運用によって、初めて裁量労働制のメリットを活かしデメリットを抑えることができます。
法改正動向と裁判例から見るポイント
裁量労働制を巡っては、近年その運用実態や労働時間の長時間化が社会的に問題視され、法改正や判例の動きがあります。最新の動向を踏まえ、企業が注意すべきポイントを確認します。
過重労働への懸念と問題提起
裁量労働制は労働時間の実績と賃金が直結しないため、長時間労働が常態化しやすいとの指摘があります。裁量労働制の適用者が過労死し労災認定されたケースも報告されており、労働時間の不透明さが労働者保護上の課題となっています。また、前述のように制度の不適切適用(対象外業務への適用や同意なし適用等)により残業代不払いが生じ、紛争化する事例も散見されます。
こうした問題に対処するため、行政は裁量労働制の運用ルール見直しに乗り出しました。
2024年4月から、裁量労働制の制度について省令・指針の改正が行われています。主な改正点は次の2つです。
- 専門業務型裁量労働制の対象業務追加
新たに「銀行・証券会社におけるM&Aアドバイザー業務」が専門業務型の対象業務に加えられ、従来19業務だったリストが20業務になりました。これにより、金融領域の高度な専門業務についても裁量労働制が適用可能となります。ただし新設業務も含め業務範囲の限定列挙である点は変わりませんので、適用時には該当性を慎重に判断する必要があります。 - 専門業務型裁量労働制への本人同意義務付け
従来、労働者本人の同意が必要なのは企画業務型のみでしたが、改正により専門業務型でも適用の際に本人の同意を得ることが義務化されました。あわせて、同意しなかった労働者への不利益取扱い禁止や、同意を撤回できる手続の整備も求められます。既に専門業務型裁量労働制を導入している企業は、2024年4月以降の継続にあたり対象労働者からの同意取得や協定内容の変更手続を行う必要があります。
新たに導入する企業も、この同意手続を含めた運用ルールを整備しなければなりません。
今回の改正は、裁量労働制のデメリットとして指摘されていた労働者の意思軽視(企業が一方的に適用することへの懸念)や長時間労働の放置を是正する目的があります。厚生労働省の実態調査でも裁量労働制適用者の方が、若干労働時間は長い傾向が確認されており、こうした状況を改善するための措置と言えます。企業としては、この改正内容を踏まえて既存の協定を見直し、同意取得のプロセスや健康管理措置を再確認することが求められます。
裁判例の動向
裁量労働制に関する司法判断も、企業が留意すべきポイントです。裁量労働制の対象業務要件は厳格に解釈されており、逸脱すれば協定自体が無効と判断されます。たとえば東京高裁平成26年2月27日判決(いわゆるレガシィ事件)では、資格を持たないスタッフに税理士業務として専門業務型裁量労働制を適用していた事案について、「税理士の業務」とは有資格者本人が行う業務を指すとし、無資格者の補助業務は対象外と明確に判断しました。
この結果、当該労働者の残業代不払いが認定され、企業側に未払い残業代等の支払い義務が生じています。この裁判例は、企業が裁量労働制の対象業務該当性を安易に拡大解釈してはならないことを示すものです。
また、裁量労働制の下で過労自殺に追い込まれた事案で会社の責任が問われたケース(電通事件とは別の事例で、広告代理店社員が裁量労働制適用下で自死し労災認定)など、過重労働に対する企業の安全配慮義務が厳しく問われる動きもあります。裁量労働制だからといって労働時間管理を放任すると、結果的に労働安全衛生法上の義務違反や損害賠償責任につながりかねません。
以上のように、最新の法改正や裁判例は裁量労働制の適正運用を一層求める方向にあります。人事・法務担当者は常に最新情報をキャッチアップし、自社の裁量労働制の運用が法改正に対応しているか、判例上問題視される点がないかチェックすることが重要です。
まとめ
裁量労働制は上手に運用すれば柔軟で生産的な働き方を実現できる一方、導入要件を満たさなかったり運用を誤ったりすれば違法な長時間労働や残業代トラブルを招く可能性があります。36協定との関係も踏まえ、法定範囲内で制度を適用することが不可欠です。
企業の人事・法務担当者は、厚生労働省のガイドラインや通達も参照しながら、必要な手続や労務管理上の措置を確実に講じましょう。従業員の健康と公正な待遇を確保しつつ、裁量労働制のメリットを最大限に活かせるような運用が求められます。それにより、企業にとっても働く人にとっても有益な制度として、裁量労働制を活用していくことができるでしょう。
今後も関連法令の改正や判例にはアンテナを張り、コンプライアンスを徹底することで、「働きやすさ」と「法令順守」の両立を図っていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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