- 更新日 : 2025年1月22日
労働条件の明示とは?労働基準法15条や2024年4月のルール改正、企業の対応を解説
労働者にとって、どのような条件で雇い入れられるのかは非常に重要です。雇い入れる側の企業にとっても、労働者に支払う賃金などの労働条件は重大な関心事になります。
当記事では、労働条件明示について解説します。具体的な明示事項の解説をはじめ、2024年4月から適用される改正内容への対応についても紹介しますので参考にしてください。
目次
労働基準法第15条による労働条件の明示とは?
労働基準法第15条第1項では、企業が労働者を雇い入れる際に、労働条件を明示することを義務付けています。労働条件の明示がなぜ必要なのか、どのような事項を明示すればよいのか解説します。
労働基準法第15条第1項、労働基準法施行規則第5条の内容
労働基準法第15条第1項により、労働者を雇い入れる企業は、その労働契約の締結に際し、賃金や労働時間などの労働条件を労働者に書面等で明示しなければなりません。この際に明示すべき事項は、労働基準法施行規則第5条に、絶対的明示事項と相対的明示事項として定められています。この労働条件明示義務は、企業規模や業種を問わず課せられています。また、明示の相手は正社員だけではありません。契約社員やパートタイマー、アルバイトなど、雇用形態を問わず労働契約の締結に際して明示が必要です。
労働条件の明示は、「労働条件通知書」で行われることが通常です。後述する絶対的明示事項などは、労働者にとって重要な労働条件のため、書面での通知が原則となります。しかし、2019年より労働者が希望する場合には、FAXや電子メール、SNSのメッセージなどでも労働条件の明示が可能となっています。労働者の希望に応じて使い分けるとよいでしょう。
労働条件通知書は、単独の書類としてだけでなく、「労働契約書兼労働条件通知書」という形を取る場合もあります。労働契約は口頭でも成立するため、契約書の作成は義務付けられていませんが、後の紛争防止などの観点から作成する企業がほとんどでしょう。労働契約締結に際して必要となる2つの書類を1枚にまとめることで、作成や保管の手間を省いているわけです。
労働条件の明示が必要な理由
労働者にとって、どのような条件で雇い入れられるかが重要なことは言うまでもありません。労働の対償として支払われる賃金などは、労働者の生活に直結する非常に重要な労働条件です。賞与や退職金などの福利厚生も重視される点となるでしょう。しかし、なぜ法で定めてまで企業に明示義務を課しているのでしょうか。
法が労働条件の明示を義務付ける理由は、後の紛争の発生を防止するためです。労働契約締結に際して、具体的な労働条件の明示がなされなければ、企業と労働者の間に「言った」「言わない」の紛争が起きることが予想されます。そのため、契約締結に際して、具体的な労働条件を示すことを義務付け、後の紛争発生を予防しています。労働者も、事前に具体的な労働条件を明示してもらったほうが、より納得したうえで働くことができるでしょう。
労働条件の明示の種類
労働条件の明示事項には「絶対的明示事項」と「相対的明示事項」の2種類が存在します。また、パートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者に対しては、「特定事項」と呼ばれる特別な明示事項が存在するため、併せて解説します。
絶対的明示事項
労働契約締結に際して、必ず労働者に明示しなければならない「絶対的明示事項」は、以下の通りです。
- 労働契約の期間に関する事項
- 期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準に関する事項
- 就業の場所及び従業すべき業務に関する事項
- 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の
- 無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に
- けて就業させる場合における就業時点転換に関する事項
- 賃金(退職手当及び臨時に支払われる賃金等を除く。)
- 決定、計算及び支払いの方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
- 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
賃金や労働契約の期間などをはじめとする労働条件は、労働者にとって極めて重要なものとなります。そのため、法は上記事項を絶対的明示事項とすることで、必ず明示を求めるだけでなく、書面の交付まで要求しています。なお、絶対的明示事項は原則書面の交付が必要ですが、昇給に関する事項に関しては、口頭による通知も可能です。
相対的明示事項
必ず明示が求められる絶対的明示事項に対して、企業に定めがある場合に明示が求められる事項を「相対的明示事項」と呼びます。相対的明示事項は以下の通りです。
- 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払いの方法並びに退職手当の支払いの時期に関する事項
- 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及びこれらに準ずる賃金並びに最低賃金額に関する事項
- 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
- 安全及び衛生に関する事項
- 職業訓練に関する事項
- 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
- 表彰及び制裁に関する事項
- 休職に関する事項
退職手当(退職金)や賞与などは、法定のものではなく、支給するか否かは企業の自由です。そのため、このような企業の裁量に委ねられている事項を「絶対的明示事項」と区別して「相対的明示事項」としています。
なお、相対的明示事項は絶対的明示事項と異なり、書面の交付は要求されていません。そのため、口頭での通知でも足りますが、通常は絶対的明示事項と合わせて書面の形で交付します。
短時間労働者に対する特定事項
パートタイム・有期雇用労働法第6条により、パートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者を雇い入れる際には、書面等による「特定事項」の明示が必要となります。絶対的明示事項や相対的明示事項に加えて、明示が必要となる特定事項は以下の通りです。
- 昇給の有無
- 退職手当の有無
- 賞与の有無
- 短時間労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口に関する事項
上記事項は、原則として書面で通知することが必要です。しかし、パートタイマーやアルバイトなどの短時間労働者が希望する場合には、FAXや電子メールによる通知も可能となっています。
2024年4月より労働条件の明示ルールが改正
2024年2月現在において、明示すべき事項はこれまで解説してきた通りです。しかし、2024年4月からは、以下の事項も明示が必要となります。
- 就業場所・業務の変更の範囲
- 更新上限(通算契約期間または更新回数の上限)の有無と内容
- 無期転換申込機会
- 無期転換後の労働条件
上記のような明示が求められる背景には、無期転換ルールの認知度不足が挙げられます。有期雇用労働者の無期転換申込は、2018年から始まった制度ですが、活発に利用されているとは言えませんでした。そのため、無期転換申込機会などの明示を義務付けることで、制度の認知度向上と利用促進を図っています。また、多様な働き方の普及により、制度の対象となる短時間労働者が増えたことも理由に挙げられるでしょう。
業務の変更の範囲や更新上限などの事項に関しては、労働者の予見可能性を高めることが目的です。雇い入れの直後だけでなく、その後の配転の範囲も明示されることでキャリアプランが立てやすくなるでしょう。また、更新の上限が明示されることもキャリアプランを立てる際に役立ちます。
次項から改正によって、明示が必要となる事項ごとの解説を行います。
就業場所・業務の変更の範囲
就業場所や従事する業務に関しては、これまでも絶対的明示事項として明示が必要でした。しかし、改正によって、それらの変更範囲についても明示が必要となります。
これまでであれば、雇い入れ直後の就業場所や業務内容について明示すれば足りていました。しかし、2024年4月からは雇い入れ後の配転などで想定される就業場所や業務内容についても書面による明示が必要となったわけです。
この明示事項は、2024年4月以降に締結する全ての労働契約が対象となります。明示のタイミングは、労働契約の締結時及び更新時です。また、この明示は正社員や契約社員、パートタイマーなどの雇用形態を問わず必要となります。ただし、一時的・臨時的に生じた就業場所や業務内容の変更範囲まで明示を求めるものではありません。
変更の範囲は、以下のように定めます。
就業の場所
雇い入れ直後 | 変更の範囲 |
---|---|
東京本社 | 東京本社、大阪支社、広島支社 |
従事すべき業務
雇い入れ直後 | 変更の範囲 |
---|---|
運送 | 運送及び運行管理 |
就業場所や業務に限定がある場合には、その範囲を明確にすることが必要です。また、雇い入れ直後の就業場所や業務内容から変更が予定されていない場合には、その旨を明示します。
更新上限の有無と内容
これまでも有期労働契約であれば、契約期間や更新の有無、更新基準などについて明示が必要でした。2024年4月以降は、それらに加えて更新上限の有無とその内容についても書面による明示が必要となります。更新上限がある場合には、更新上限の回数や通算契約期間の上限についても明示が必要です。
この明示は全ての契約で求められるわけではなく、有期労働契約の締結時と更新時に必要な事項です。なお、契約締結時になかった更新上限を新設または更新上限を短縮する場合には、その理由をあらかじめ説明しなければなりません。
無期転換申込機会及び無期転換後の労働条件
同じ企業との間で、有期労働契約が反復更新され、通算5年を超えることになった場合、労働者は無期労働契約への転換申込が可能となります。この無期転換申込により、期間の定めのない労働契約へと転換されることになり、企業はこの申込を拒めません。
2024年4月からは、労働者に無期転換申込権が発生する契約更新のタイミングごとに無期転換申込機会(無期転換申込が可能である旨)の明示が必要となります。また、無期転換申込権が発生する更新のタイミングごとに転換後の労働条件を明示することも必要です。
1年の契約期間であれば5回目、3年であれば初回の更新時が明示のタイミングとなります。また、賃金などの労働条件は必ず変更しなければならないわけではなく、同様の条件のまま無期労働契約へ転換することも可能です。
労働条件の明示ルールの改正で企業が行うべき対策
就業場所や業務内容の変更範囲の明示は、全ての労働契約の締結及び更新時に必要となります。そのため、ほとんどの企業で今回の改正への対応が必要となるでしょう。次項から具体的な対応策を紹介します。
労働条件通知書の見直し
前倒しで対応している企業でなければ、2024年4月以降は、現在使用している労働条件通知書は使用できません。明示が必要となる変更の範囲が記載されていないからです。今回の改正により変更の範囲など、必要となる明示事項が増えるため、労働条件通知書の記載事項追加や修正が必須となります。追加などに併せて、通知書に不備がないか確認するとよいでしょう。
労働条件通知書の書き方については、こちらの記事もご参照ください。
有期契約労働者の更新上限の再確認
有期契約労働者との間で、更新上限を設けている企業も多いでしょう。2024年4月からは更新時に改めて上限回数などを明示しなければなりません。労働者との間で上限回数の認識にずれがないかなども確認しておきましょう。
無期転換ルールが適用される有期契約労働者の把握
有期契約労働者が在籍している場合には、その労働者に無期転換ルールが適用されるのか把握しなければなりません。無期転換申込権が発生する更新タイミングで明示が必要となるため、しっかりと把握しておきましょう。あらかじめ適用対象者を把握しておくことで、スムーズに無期労働契約に移行できるようになります。
労働条件の明示ルールの改正に関する注意点
今回の改正に関しては、ほぼ全ての企業が影響を受けることになります。そのため、「自社には関係ない」などと考えずにしっかりと改正内容を把握し、明示漏れなどがないようにしなければなりません。
労働条件の明示は仮に労働者との合意があっても、省略できません。申込権を行使しないと表明している労働者に対しても、明示義務は同様に課されることに注意してください。また、無期転換に関しては制度の周知だけでなく、相談窓口の設置などが推奨されます。
労働条件の明示に違反した場合の罰則
労働条件の明示義務違反には、労働基準法第120条第1号により、30万円以下の罰金が予定されています。また、特定事項の明示義務に違反した場合には、パートタイム・有期雇用労働法第31条によって、10万円以下の過料に処される恐れもあります。罰則を受けることがないようにしましょう。
労働条件の明示を電子化できるケース
絶対的明示事項や相対的明示事項などの労働条件を明示する際には、労働条件通知書等による書面での明示が原則です。しかし、労働者の希望がある場合には、以下のような電子的方法による明示も認められています。
- ファックスによる明示
- eメールによる明示
- LINEなどSNSを通じて明示
電子的な方法によって明示する場合も、書面と明示事項は異なりません。ただし、出力し、書面として作成できる場合に限られます。書面以外の方法によって明示する場合には、印刷や郵送のコストを削減可能です。しかし、誤送信などの恐れもあるため、メリットとデメリットを考慮したうえで、明示方法を選択しましょう。
労働条件の明示事項を正しく理解しよう
労働条件は、労働者と企業双方にとって重要なものです。明示すべき労働条件は法によって定められており、違反には罰則も予定されています。2024年4月からは、これまでとは異なった明示事項が追加されるため、しっかりと理解し正しく明示を行いましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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