- 更新日 : 2025年6月24日
労災を使うと会社の信用や責任はどうなる?従業員への不利な扱いも解説
労災(労働災害)が発生した場合、会社は法令に基づく手続きを進める必要がありますが、その対応次第では、社会的信用の低下や法的責任が問われることもあります。一方で、従業員側も「申請すると不利な扱いを受けるのでは」「申請後、職場にいづらくならないか」と不安を抱くことがあります。この記事では、労災申請によって会社にどのような影響が及ぶのか、そして従業員に不利益が生じることはあるのかという疑問に対してわかりやすく解説します。
目次
労災を使うと会社の信用はどうなる?
労災事故が発生し、従業員が労災保険の申請を行うと、会社の対応姿勢が社内外から注目されるようになります。企業として法令に沿って適切に対応していれば、信用を損なうことはありません。しかし、申請に非協力だったり、報告を怠ったりすると、企業の社会的評価に大きな影響を及ぼす可能性があります。
社会的評価への影響
労災の発生自体は、どの職場でも起こりうるものです。重要なのは、その後の会社の対応です。適切な報告・申請手続きを行い、従業員の補償に協力する姿勢を見せれば、会社としての信頼性が損なわれることはありません。
しかし、労災があったにもかかわらず、労働基準監督署への報告を怠ったり、従業員の申請を妨害したりするなどの対応をとった場合、「労災隠し」として報道されるおそれがあります。悪質と判断された場合は社名が公表され、社会的批判にさらされることもあります。
例えば、建設業や製造業などでは、労災が公になったことで企業イメージが悪化し、受注が減ったという事例もあります。逆に、誠実な対応を徹底した企業が、信頼を高めたケースもあるため、対応次第で信用への影響は大きく異なります。
取引先・採用活動への間接的な影響
労災事故の発生とその後の対応は、取引先や求職者の印象にも大きく関係します。例えば公共工事や大手企業との契約では、安全管理体制が厳しくチェックされるため、過去の労災対応が評価基準に含まれることがあります。
また、採用活動においても「安全に働ける環境が整っているか」は重要視される項目です。労災があったからといって一概にマイナス評価になるわけではありませんが、労働環境の整備や対応の誠実さは、企業選びにおいて求職者が注目するポイントです。
会社が労災対応に誠実であれば、むしろ「従業員を大切にする会社」として好印象を与えることもあります。逆に、対応が不十分であると「従業員を守らない企業」との印象を与え、企業ブランドに傷がつく可能性もあります。
労災を使うと会社の責任はどうなる?
労災が発生した際、事故の原因や会社の対応によっては、民事責任や行政処分の対象となる場合もあります。
安全配慮義務違反による損害賠償リスク
労働契約法や民法の規定により、会社は従業員に対して「安全配慮義務」を負っています。これは、従業員が健康で安全に働けるように職場環境を整備する義務です。
この義務を怠り、例えば適切な設備点検や安全教育がなされていなかった結果として労災が起きた場合、会社は民事上の損害賠償責任を問われる可能性があります。労災保険の給付とは別に、慰謝料や逸失利益などが請求されるケースもあり、内容によっては数百万円単位の負担が発生することもあります。
さらに、従業員が死亡したり、重度の後遺障害を負ったりするような重大事故の場合には、遺族からの損害賠償請求が訴訟に発展することもあります。労災保険だけではカバーしきれない損害について、会社が独自に責任を負うことになる点は無視できません。
労働基準監督署からの指導・処分
労災が発生した場合、会社には労働基準監督署への報告義務があります。休業日数に応じた時期に労働者死傷病報告(様式23号または24号)を提出しなければなりません。
報告義務を怠ると、「労災隠し」として労働安全衛生法に違反することになります。この場合、50万円以下の罰金が科されることがあり、悪質なケースでは会社名の公表や業務停止命令といった行政処分を受けることもあります。
また、労災の原因が作業環境や設備不備によるものである場合、労働基準監督署は会社に対して是正勧告や改善命令を行います。これに従わない場合には、さらなる法的措置が取られることもあります。こうした行政上の対応を受けること自体が、社内外に対する信頼性の低下につながりかねません。
労災を使われると会社はなぜ嫌がる?
労災は本来、従業員の権利として保障された制度ですが、申請しようとしたときに会社が協力的でない場合があります。その背景には、保険料や監督署対応への懸念など、いくつかの実務的・心理的な要因があります。
労災保険料が上がると思っている会社もある
労災保険の保険料は、会社が全額負担しています。そして一部の会社では、「労災を使うと保険料が高くなるのでは」と心配されることがあります。
実際には、一定の条件を満たす事業所だけに「メリット制」という仕組みが適用されます。これは、過去3年間に発生した労災の数や内容によって、保険料が少しだけ増えたり減ったりする制度です。ただし、労災が1件あったからといって、すぐに保険料が大きく変わるわけではありません。
特に小規模な会社の場合は、この「メリット制」が適用対象外であることも多く、労災の有無にかかわらず保険料は一定です。それでも制度の仕組みが十分に理解されていないと、「労災申請=会社が損をする」という誤解が広がりやすいのです。
報告や調査が大変だと感じる会社もある
労災が発生したとき、会社には「労働基準監督署」に事故を報告する義務があります。さらに、監督署が会社に対して「事故の原因は何か」「どう防げたのか」といった調査を行うこともあります。
このような報告や対応には、時間と手間がかかります。社内での聞き取りや、必要な書類をそろえる作業など、普段の業務に加えて対応しなければなりません。そのため、「面倒だから労災にしたくない」と考える企業もあります。
ですが、労災にしないという選択はできません。報告や申請を避けることで、逆に法律違反になることもあり、かえって信用を失うリスクもあります。会社としては、一時的な負担を避けようとするよりも、正しく手続きし、従業員の安全を第一に考える姿勢が求められます。
労災を会社が認めてくれないのは違法?
労災が起きたとき、会社が従業員を支援し、手続きをサポートする立場にあります。しかし実際には、「これは労災じゃない」「保険を使わなくてもいい」といった形で、申請を認めたがらない会社も存在します。結論から言えば、法律上、会社が労災申請を妨げることはできません。
労災が発生したら報告するのが会社の義務
会社には、労災の有無にかかわらず、事故が起きたことを労働基準監督署に報告する義務があります。例えば、労災が発生した場合には休業日数にかかわらず、「労働者死傷病報告書(様式第23号または第24号)」を提出しなければなりません。
この報告をしない、あるいは虚偽の内容で報告することは、「労災隠し」とみなされることがあります。労災隠しは法律違反で、会社には50万円以下の罰金が科されることもあり、悪質と判断された場合には社名の公表や行政処分を受けることもあります。
また、事故の内容によっては、消防や警察にも報告が必要となるケースがあります。つまり、会社が「これは労災じゃない」と判断して勝手に処理することはできません。
労災の申請を妨げることはできない
労災保険の申請は、基本的に従業員本人が行います。会社が「うちでは労災扱いにしない」と言ったとしても、従業員は直接、労働基準監督署に申請することができます。
申請の際には、会社が記入する「事業主証明」の欄がありますが、会社がこれを拒否したとしても、監督署にその事実を伝えれば申請自体は進められます。
また、「全額会社で治療費を出すから労災にしないでくれ」と言われることがありますが、これは従業員の権利を奪う行為です。従業員が労災保険を使うかどうかは、会社ではなく本人が決めることです。
会社が労災申請を妨げたり、それを理由に不当な扱いをしたりした場合、労働法違反として行政指導や処罰の対象になります。従業員は安心して申請できるよう、正しい知識を持っておくことが大切です。
労災を申請すると従業員に不利になることはある?
労災の制度は、本来、働く人を守るために作られたものです。しかし現実には、「申請すると評価が下がるのではないか」「職場で気まずくなるかも」といった不安の声も少なくありません。ここでは、労災申請によって従業員に不利なことが起こる可能性があるのか、法律上の保護とあわせて確認していきます。
申請による評価や人間関係への影響
労災を申請したことで「協調性がない」とみなされたり、職場での雰囲気が悪くなるのではと心配したりする方もいます。特に、会社側が申請に対してあまり協力的でない場合、申請した従業員が浮いてしまうような空気が生まれることもあるでしょう。
しかし、労災を申請することは法律に基づく正当な権利です。それを理由に人事評価を下げたり、業務上不利な配置転換を行ったりすることは、労働法に反します。厚生労働省も、申請を理由とする不利益な取扱いは禁止されていると明確にしています。
会社がこうした対応をとっている場合、労働基準監督署や労働組合、社労士、弁護士などに相談することができます。不当な扱いを受けたままにせず、外部の専門家に早めに相談することが重要です。
休業中の従業員に対する不当な対応は違法
労災によって従業員が休業している間、会社はその従業員に対して適切な配慮を行う義務があります。例えば、休業中の従業員に対して「もう戻らなくていい」「自分から辞めた方がいい」といった退職を促すような言動をすることは、退職勧奨に該当し、不適切とされる場合があります。本人が同意していないにもかかわらず、執拗に退職を求めるような行為は違法な圧力(パワハラ)とみなされる可能性があります。
さらに、労災による休業中に会社が一方的に解雇を行うことは、原則として認められません。労働基準法第19条では、「業務上の傷病による療養のために休業している期間およびその後30日間」は解雇してはならないと定められています。これに違反して解雇した場合、労働基準監督署から是正指導や行政処分を受けるおそれがあります。
また、「復職の目処が立たないから」といった曖昧な理由で雇用契約を終了させようとする場合も、慎重な対応が求められます。従業員の回復状況や復帰可能性を適切に確認し、医師の意見などを踏まえて判断することが必要です。
賞与や給与への影響
労災で休業すると、基本的には労災保険から「休業補償給付」が支給されます。この給付は、原則として給付基礎日額の60%で、さらに「休業特別支給金」として20%が上乗せされ、実質的には約80%が保障されます。
ただし、休業期間中は会社からの給与支払いがストップする場合が多く、賞与(ボーナス)についても会社の規定によって支給額が減ることがあります。例えば、「出勤日数に応じて支給する」という就業規則がある会社では、休業期間が長引いたことで支給額が減る可能性があります。
一方で、「労災による休業は通常の欠勤とは別扱い」として、賞与の査定から除外している企業もあります。労災休業による不利益を回避するためにも、就業規則や人事評価の取扱いを事前に確認しておくと安心です。
労災をめぐる会社と従業員のトラブルを防ぐには?
労災をきっかけに、会社と従業員の信頼関係が揺らいでしまうケースは少なくありません。申請手続きへの対応が不十分であったり、制度に対する理解が不足していると、社内での誤解や不信感が生まれやすくなります。こうしたトラブルを未然に防ぐためには、日頃からの体制整備と風通しの良い環境づくりが不可欠です。
社内教育と安全体制の整備
まず必要なのは、労災についての正しい知識を、管理職を含むすべての従業員が共有している状態をつくることです。定期的な安全衛生教育の場で、労災の制度や申請手続き、安全配慮義務について周知することは、意識づけにつながります。
また、危険な作業手順が放置されていないか、設備の安全基準が守られているかなど、職場のリスクアセスメントを定期的に実施することも大切です。安全衛生委員会の開催や、安全管理者の役割明確化など、組織的な体制を構築することで、労災の発生そのものを減らすことができます。
相談窓口の設置と風通しの良い環境づくり
労災に限らず、ケガや不調、業務負担について従業員が安心して相談できる体制があるかどうかは、トラブルを防ぐうえで非常に重要です。労働災害が起きた際に「申請したいけど、誰に言えばいいのかわからない」といった状況では、適切な初期対応が遅れてしまうリスクがあります。
専用の相談窓口を設ける、産業医や衛生管理者を活用する、人事部門が適切にフォローするなど、制度的にも心理的にもアクセスしやすい仕組みをつくりましょう。また、申請した従業員が不利益を感じないよう、管理職への教育も欠かせません。
「申請してよかった」「会社がきちんと対応してくれた」と従業員が感じることで、職場の信頼感は大きく高まります。これは結果として、安全意識の向上や離職防止にもつながります。
労災を正しく知り適切な対応で会社の信頼を守ろう
労災は、万が一の事故や病気に備えて整備された大切な社会保障制度です。労災を使うことで会社に一定の影響が生じるのは事実ですが、その多くは制度に対する誤解や不安からくるものであり、正しい知識に基づいて対応すれば過度に恐れる必要はありません。
労災が起きたとき、会社が誠実に対応し、従業員の申請を支援することは、法令を守るだけでなく、社内外の信頼を高める大きな機会にもなります。逆に、申請を妨げたり非協力的な姿勢を取ると、法的責任や社会的信用の低下といったリスクが高まります。
従業員側も、労災を使うことに対して引け目を感じる必要はありません。それは働く人に保障された正当な権利であり、会社が制度を正しく活用できる体制を整えることで、双方にとって安心できる職場環境が実現します。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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