- 更新日 : 2025年6月24日
労災の通院交通費は請求できる?タクシー代や自家用車も対象?条件を解説
通勤災害や業務災害によって通院が必要になった際、交通費は労災で補償されるのでしょうか。労災保険制度における通院交通費の支給範囲や支給条件、公共交通機関やタクシー、自家用車など交通手段ごとの対応、請求方法について詳しく解説します。
目次
労災で交通費が支給される条件とは?
通勤災害または業務災害によって通院が必要になった場合、労災保険では交通費も支給対象となることがあります。ただし、通院交通費が支給されるのは、所定の条件を満たしている場合に限られ、補償される範囲は一律ではありません。あらかじめ基準を理解しておくことが大切です。
まず前提として、通院交通費が支給されるには、通院距離が片道2キロメートル以上であることが原則とされています。これは、2キロメートル未満であれば、徒歩や自転車でも通院が可能であると考えられているためです。
ただし例外もあります。たとえば、被災者のけがや病状が重く、公共交通機関や自家用車を利用しなければ通院が困難な場合には、2キロメートル未満でも交通費が認められることがあります。このような判断は、主治医の意見や労働基準監督署の判断によって行われます。
通院先の医療機関にも条件がある
労災交通費が支給される通院先にも条件があります。原則として、自宅または職場から最も近い労災保険指定医療機関への通院であることが支給の前提です。この「最も近い」とされる範囲は、通常、同一市町村内または隣接する市町村内の医療機関が基準とされています。
ただし、近隣に適切な労災指定医療機関がない場合や、他の医療機関の方が実質的に通院しやすい場合には、隣接市町村外の医療機関でも支給が認められることがあります。この場合も、労働基準監督署の判断が必要です。
また、やむを得ず労災保険指定医療機関以外で治療を受けた場合には、いったん自己負担で支払ったうえで、後日、療養費としての申請を行う形になります。交通費についても同様で、通院目的が正当と判断されれば支給の対象となります。
労災の通院交通費として公共交通機関を利用した場合
労災による通院時に、電車やバスなどの公共交通機関を利用した場合、実際に利用した区間の運賃相当額が支給されます。ここでの「運賃相当額」とは、通常の大人料金を基準とした金額であり、特別な割引や優待などを考慮しない金額になります。
定期券を利用していた場合は注意が必要
このとき、通勤と同様に定期券を利用していた場合には注意が必要です。定期券でカバーされている区間については、別途交通費としては支給されないのが原則です。定期券の区間外から通院した場合や、通院のために特別に利用した場合などは、その区間について請求が可能です。
請求時に領収書は不要だが、内容の記載は必要
公共交通機関による通院の場合、原則として領収書の提出は求められません。これは、運賃の金額が明確で不正の可能性が低いためです。ただし、請求書には、利用した交通機関、乗車区間、片道・往復の別、金額などを正確に記載する必要があります。
また、定期券との重複を避けるために、必要に応じて通勤経路や定期券の区間の写しを添付するよう労基署から求められることもあります。
労災の通院交通費として自家用車を使った場合
公共交通機関ではなく、自家用車で通院を行った場合でも、労災保険における交通費の支給対象となります。ただし、自家用車の場合は実際にかかったガソリン代や駐車場代がそのまま支給されるわけではありません。労災保険では、走行距離に応じた「定額計算」によって支給額が決定されます。
自家用車の支給額は「距離 × 定額」で計算される
自家用車を利用した場合の交通費は、片道距離×2(往復)×定額単価(現在は1kmあたり37円)で計算されます。この定額単価は、燃料費や車両の維持費等を総合的に見積もったものとされており、実際のガソリン代とは異なります。
たとえば、片道10kmの距離を自家用車で往復した場合の支給額は以下の通りです。
- 往復距離:10km × 2 = 20km
- 支給額:20km × 37円 = 740円
送迎を家族が行った場合であっても、被災労働者本人が通院したと認められれば、同様に交通費の請求が可能です。
経路と距離の証明が求められる場合もある
自家用車を使用する場合、請求書には通院に使用した経路と走行距離を記載する必要があります。実際には、Googleマップ等の地図アプリで距離を測定し、その結果をもとに記載することが多いです。
また、労働基準監督署によっては、通院経路を示した地図の添付を求められることもあります。このため、地図データを印刷しておき、申請書に添付できるよう準備しておくと安心です。
自家用車の交通費請求は、定額計算で比較的シンプルですが、距離の正確な把握と経路の妥当性が問われる点に注意が必要です。特に長距離の通院や複数回にわたる通院を行った場合には、日数ごとの記録と照らし合わせて正確に申請書を作成しましょう。
労災の通院交通費でタクシー代が認められるケース
通院時に公共交通機関を使えない状況や、自家用車が使用できない事情がある場合、タクシーを利用することもあるでしょう。
しかし、タクシーは他の交通手段に比べて高額であるため、労災保険では原則としてタクシー代は交通費の支給対象とはなりません。
しかし、例外として認められるケースがあり、実際に支給された事例も存在します。適用の可否は、あくまで利用の必要性が合理的かどうかによって判断されます。
医師の指示や身体状況が根拠となる
タクシー代の支給が認められるためには、公共交通機関の利用が困難な事情があることを明確にする必要があります。主な例としては以下のようなケースが挙げられます。
- 骨折などにより歩行が著しく困難で、バスや電車の利用ができない
- 付き添いが必要で、自家用車の用意も難しい
- 医師からタクシー利用を勧められている(診断書等で確認可能)
- 最寄りの交通機関が極端に本数が少ないなど、現実的に通院が不可能な地域に居住している
これらの理由をもとに、医師の意見書や診断書、または労基署との事前相談の記録を添えることで、支給の判断が下される可能性が高まります。
タクシー代の請求には領収書が必須
他の交通手段と異なり、タクシー代の請求には必ず領収書の原本が必要です。これは、支払い金額の証明と、実際に利用したことを確認するためです。また、請求書には「なぜタクシーを利用したか」の理由欄に、具体的な事情を記入する必要があります。
加えて、通院の日時・区間・距離なども明記しなければならず、場合によっては地図の添付や医師のコメントが必要になることもあります。
労働基準監督署の判断が最終的な決定を行う
最終的にタクシー代が支給されるかどうかは、労働基準監督署が「妥当な利用であるかどうか」を判断して決定します。このため、支給を希望する場合は、事後ではなく事前に労基署へ相談しておくことが望ましいとされています。
特に、継続的に通院する必要がある場合や、治療期間が長期化しそうな場合は、初期の段階で相談し、利用許可や見解を得ておくことで、トラブルを防ぐことができます。
労災の通院交通費で新幹線や飛行機が使えた事例はある?
労災による通院交通費の支給は、一般的には居住地または勤務地に近い医療機関への移動を前提としています。そのため、新幹線や飛行機といった長距離移動にかかる交通費は、原則として補償の対象外とされています。
しかし、例外的にこれらの費用が認められた事例もあります。通院目的や医療機関の必要性が合理的に認められれば、労基署の判断により交通費の一部または全額が支給される可能性があります。
地方在住者が都市部への専門医受診などが対象になりうる
遠方にしか専門医がいない場合、または特定の疾患に対する専門的治療を受ける必要がある場合には、労働者が都市部の専門医療機関を受診する正当な理由があると認められることがあります。
たとえば、中皮腫や難治性の疾病に関する事例では、患者が地方から都市部の病院に通院する必要があり、新幹線や飛行機、都市部でのタクシー移動などが労災交通費として認められたケースがあります。このような例では、初めは支給が却下されたものの、審査請求によって一部費用の支給が認められた事例も報告されています。
例外的な支給が認められるための条件
長距離移動が労災交通費として認められるためには、次のような条件が必要です。
- 最寄りまたは隣接地域に適切な医療機関がないこと
- 傷病の内容が高度な医療を要するものであること
- 長距離移動がやむを得ないとする医師の判断があること
- 通院先の選定が妥当で、費用が常識的な範囲内であること
これらの点について、事前に労働基準監督署と相談し、必要であれば医師の意見書や治療計画などを用意することが大切です。
新幹線や飛行機利用の請求には証拠書類が必須
新幹線や航空機などの費用を請求する際には、必ず領収書の原本が必要となります。また、利用経路や日数、目的地の医療機関情報なども記載された明細書を添える必要があります。さらに、「なぜその医療機関を選んだのか」についての合理的な理由を記載することが求められます。
ケースによっては、労基署が追加の説明や資料を求めることもあるため、申請は可能な限り丁寧に行いましょう。
労災の通院交通費を請求する際の必要書類
労災による通院交通費は、必要な条件を満たしていれば労災保険から支給されますが、そのためには所定の手続きを経て申請する必要があります。
交通費請求に必要な書類
労災の交通費請求には、「療養の費用請求書」と「通院移送費等請求明細書」の2つの書類が中心となります。
- 療養の費用請求書は、労災指定医療機関以外を受診した場合に提出します。
- 業務災害の場合は「様式第7号」
- 通勤災害の場合は「様式第16号の5」
- 労災指定医療機関で治療を受けた場合は、通院時に医療機関に様式第5号(業務災害)または様式第16号の3(通勤災害)を提出すれば、交通費も含めた手続きが簡略化されることがあります。
- 通院移送費等請求明細書は、すべての交通費請求に必要で、利用した交通手段・区間・距離・金額などを記載します。
これらの書類は、厚生労働省のホームページまたは最寄りの労働基準監督署で入手可能です。
交通費請求の記載内容と添付資料
記入にあたっては、以下のような情報を正確に記載する必要があります。
- 通院日および日数
- 出発地と目的地の詳細(通常の通勤経路との比較が必要な場合も)
- 利用した交通手段(例:バス、電車、自家用車、タクシー)
- 片道または往復の別
- 距離または実費運賃
- 実際の請求金額
さらに、以下のような添付資料が求められることがあります。
- タクシー利用時の領収書(原本)
- 自家用車の場合は通院経路を示す地図(Googleマップなど)
- 医師の証明や事業主の証明欄への記入
- 目撃者情報や事故の発生状況の記録(様式第16号の5など)
特に様式第16号の5では、災害発生日・発生場所・災害の原因なども記載する欄があり、事故を目撃した人がいる場合にはその氏名・住所も記入する必要があります。
提出方法と労基署での審査の流れ
申請書類が揃ったら、勤務先の事業所を管轄する労働基準監督署へ提出します。指定医療機関を経由して提出する場合もありますので、事前に確認しておくと安心です。提出後、労基署にて審査が行われ、必要に応じて追加の問い合わせや資料の提出を求められることがあります。
問題がなければ、審査後に通院交通費が認定され、被災者の指定口座に振り込まれます。支給までには、通常1〜2ヶ月程度の時間を要することが多いため、早めの手続きが推奨されます。
労災交通費の請求手続きの際に、書類の記載漏れや添付ミスがあると、審査に時間がかかったり、支給が遅れたりすることもあります。あらかじめ必要な項目を確認し、正確に申請を行うことが、従業員の不安を軽減し、制度の信頼性を高めることにつながります。
労災の通院交通費のよくある質問
届け出た通勤経路と違っていても交通費は請求できる?
はい、実際の通勤経路が会社に届け出たものと異なっていても、合理的な経路および交通手段であれば、通勤災害として認められる可能性があります。
労災保険では、会社への届け出内容よりも、「実際の移動が就業に関係し、一般的な通勤経路として妥当かどうか」が重視されます。たとえば、道路工事や天候による一時的な経路変更などは合理的とされる場合がありますが、個人的な都合で大きく迂回した場合は支給が否定されることもあるため注意が必要です。
通勤手当が出ている場合でも通院の交通費は請求できる?
はい、通勤手当が会社から支給されている場合でも、通院のための交通費は別途労災保険に請求することができます。
通勤手当は「通勤のために定期的に必要となる経費」として企業が支給するものであり、労災保険で支給される交通費とは目的も性質も異なります。したがって、たとえ通勤手当を受け取っていたとしても、通勤災害に伴う通院に関しては、労災としての交通費を正当に請求できます。
タクシーを使ったが、領収書をもらい忘れた場合はどうなる?
原則として、タクシー代の支給には領収書の提出が必須です。領収書がない場合、実費を確認することができず、申請は認められないのが通常です。
やむを得ず領収書が取得できなかった場合でも、利用日時や経路、理由を詳しく記載したうえで、労基署に相談することが必要です。ただし、認められる可能性は低いため、タクシーを利用する際には必ず領収書を取得するよう指導しましょう。
労災の交通費を正しく理解し、従業員を支援しよう
労災による通院交通費は、公共交通機関だけでなく、自家用車や場合によってはタクシーも対象となり得ます。ただし、距離や通院先の条件、交通手段ごとの要件を正しく理解したうえで請求する必要があります。人事担当者としては、従業員が安心して治療を受けられるよう、制度の仕組みや必要書類の整備を支援し、疑問点は速やかに労基署などに確認する姿勢が大切です。正確な運用が、従業員との信頼関係構築にもつながります。
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