- 更新日 : 2025年6月2日
36協定がない会社は違法?リスクやない場合の対策を解説
企業の労務管理において36協定(さぶろくきょうてい)は欠かせません。しかし、「36協定を結ばずに残業させている」「そもそも36協定を知らない」といった企業も少なくありません。
36協定なしで従業員に法定時間を超える残業や休日出勤をさせることは、労働基準法違反となり、罰則の対象になる可能性があります。さらに、労働基準監督署の調査で発覚すれば、是正勧告や企業名の公表、最悪の場合は書類送検といった厳しい対応を受けるリスクもあります。
本記事では、「36協定がない会社」が抱える法的リスクをはじめ、36協定を適切に締結・届出する方法や、労働時間管理の改善策について詳しく解説します。
目次
36協定とは
36協定とは、正式名称を「時間外・休日労働に関する協定書」といい、労働基準法第36条に基づいて労使間で締結する協定のことです。日本の労働基準法では労働時間の原則として「1日8時間、週40時間」を上限とし(法定労働時間)、少なくとも週に1回または4週を通じて4日以上の休日(法定休日)を与えることが義務付けられています。これら法定の労働時間・休日の枠を超えて労働させる場合、事前に労使協定(36協定)を締結し、所轄の労働基準監督署長に届け出ることが必要です。
36協定では「時間外労働を行う業務の種類」や「1日、1ヶ月、1年のそれぞれの延長時間の上限」などを定めなければなりません。36協定がない場合でも、法定時間内(1日8時間・週40時間以内)に労働が収まっている限りは違法にはなりません。しかし一方で、たとえ1分でも法定時間を超える残業が発生すれば36協定なしでは即座に労基法違反となります。
つまり現実には少しでも時間外労働や法定休日労働の可能性がある企業では、従業員に残業・休日出勤させるために36協定が不可欠です。
36協定がない会社のリスク
36協定がない状態で残業させている企業には、どのようなリスクがあるのか見ていきましょう。
罰則の適用
36協定がないのに法定時間を超える労働や法定休日労働をさせることは労働基準法違反となり、刑事罰の対象です。労働基準法32条(労働時間)および35条(休日)に対する違反として、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科される可能性があります(労基法119条)。36協定なし残業の違反によって企業(法人)だけでなく、現場の運営責任者や人事労務担当役員など個人が処罰対象となった事例も少なくありません。
労働基準監督署からの是正指導
労基署の調査等で36協定未締結のまま残業させている事実が発覚すれば、必ず是正指導の対象となります。まずは労基署から36協定を速やかに締結・届出するよう指導を受け、是正勧告に従って改善することが求められます。指導に従わず改善しない場合、悪質とみなされて書類送検(刑事手続きへの移行)されることもあります。
違反企業としての公表
違反を繰り返す、悪質であると判断された場合には、厚生労働省や都道府県労働局のホームページ上で企業名や違反内容が公表されるリスクもあります。各労働局では「労働基準関係法令違反に係る公表事案」として違反企業リストが定期的に公開されており、社名、公表日、所在地、違反法条、概要が誰でも閲覧可能になります。自社名が違反企業として公表されれば、従業員や求職者、取引先からの信用失墜は避けられないでしょう。
このように、36協定を締結せずに残業させることは重大な法的リスクを伴います。企業として法令遵守はもちろん、従業員の健康や適切な労務管理の観点からも36協定の未締結状態は早急に是正すべき問題と言えます。
36協定を締結する手続き
では、36協定を結んでいない会社が新たに協定を締結するには、どのような手順を踏めばよいのでしょうか。一般的な36協定締結までの流れは次のとおりです。
(1) 従業員代表の選出と協定内容の協議
まず労使で時間外・休日労働の条件について話し合います。協定の相手方(従業員側)は、事業場に労働組合(過半数組合)がある場合はその労働組合、ない場合は労働者の過半数を代表する者です。代表者は管理監督者でない従業員から民主的手続で選出する必要があります。協議では、1日・1ヶ月・1年単位の時間外労働の上限や法定休日労働の有無、必要に応じて特別条項(通常の上限を超えて残業させる場合の条件)について決め、協定の有効期間も定めます。協定の期間は事業場ごとに設定でき、通常は1年間を単位として毎年新たに協定書を作成し届け出ることが推奨されています。
(2) 協定書の作成と署名・押印
協議がまとまったら36協定書を作成し、使用者(会社側)と労働者代表者が署名押印します。労働者代表と締結する協定書には双方の署名押印が必要であり、これは紙で保管する正式な協定書面です。
※なお2021年4月1日以降、労基署へ提出する届出様式については使用者の署名押印が不要となりましたが、協定書そのものへの署名押印は引き続き必要です。この点、届出書への押印廃止と協定書への署名を混同しないよう注意しましょう。
(3) 協定内容の届出書(36協定届)を作成
締結した協定の内容を所定の届出用紙に記入します。36協定届の様式は厚生労働省から提供されており、2024年4月に新様式へ更新されています(労働者代表の適正選出に関するチェックボックス欄の追加等)。業種によって様式番号が細かく分かれていますが、一般的な事業場であれば「様式第9号(一般条項)」、特別条項がある場合は「様式第9号の2」を使用します。
記載例や様式は、厚労省サイトや労働局のホームページからダウンロード可能です。
(4) 労働基準監督署へ届け出
作成した36協定届を管轄の労働基準監督署に提出します。届け出は事業場ごとに行い、郵送や電子申請(e-Gov)も可能です。36協定は締結しただけでは法的効力がなく、労基署に届け出をして初めて効力が生じます。
届け出を完了したら、協定の内容を就業規則などに明記するとともに、労働者への周知(書面配布や見やすい場所への掲示など)も行いましょう。こうした周知は労基法106条で義務付けられており、従業員が内容を理解して遵守するためにも重要です。
36協定がないと判明した・失効している場合の対応
自社が36協定を締結していないと判明した場合、あるいは過去に締結していたが失効している場合には、速やかに対応策を講じる必要があります。
至急36協定を締結・届け出する
何よりもまず、前述の手順に則って可能な限り早急に36協定を結び労基署へ届け出ることが最優先です。残業や休日出勤が既に常態化している場合は、従業員代表の協力を得て速やかに協定を取り交わしましょう。残業が発生する可能性が少しでもあるなら、事前に36協定を備えておくことがリスク回避の基本です。
協定締結までは法定時間を超える労働を行わないよう勤務シフトを調整し、どうしても必要な場合は業務量を見直すなどして対応します。
労働時間の管理体制を整える
二度と違反を起こさないよう、労働時間を適正に把握・管理する仕組みを導入・強化します。例えばタイムカードや勤怠管理システムで従業員の労働時間を厳密に記録・集計し、管理者がリアルタイムで残業状況を把握できるようにします。近年はテレワーク普及に伴い「見えない残業」が増える傾向もあるため、PCのログオン・ログオフ記録や勤怠アプリを活用した長時間労働のアラート機能などを活用すると効果的です。
適切なシステムと運用ルールにより、36協定の上限を超える前に対処できる環境を整えましょう。
社内ルールの周知と教育
36協定を締結しただけで安心せず、残業や休日出勤の社内手続ルールを定めて全従業員に周知徹底することも大切です。36協定で定めた範囲以上の時間外労働は禁止する旨や、許可なく勝手に残業しないこと、サービス残業の禁止などを就業規則や社内通知で明文化します。また管理職や従業員に対して労務コンプライアンス研修を定期的に実施し、長時間労働の弊害や法的リスクについて教育することで、会社全体で違反抑止の意識を高めます。
業務効率化と長時間労働の削減
36協定はあくまで法定を超えて労働させるための措置であり、残業ありきの働き方を是正する努力も並行して行うことが望ましいです。業務プロセスの見直しや適切な人員配置、繁忙期における人員増強、IT化による効率化などで業務量と人員のバランスを取り、慢性的な長時間労働を解消する取り組みを進めましょう。結果として残業が減れば従業員の健康確保につながり、36協定違反のリスクも自然と低減します。
以上のような対応策を講じることで、36協定未締結というリスク状態から早期に脱し、適切な労働時間管理体制へ移行することができます。必要に応じて社会保険労務士や弁護士といった専門家に相談し、社内規程類の整備や行政対応についてアドバイスを受けるのも有効です。ポイントは、違反が発覚する前に自主的に是正することと、従業員が安心して働ける職場環境づくりにつなげることです。
36協定に関連する法改正や裁判例
最後に、36協定に関連する法改正動向や判例について押さえておきましょう。
法改正
2019年施行の働き方改革関連法により労働基準法が改正され、時間外労働に罰則付きの上限が設けられました。従来、36協定を結べば事実上青天井で残業させることも可能でしたが、改正法は時間外労働の限度時間を「月45時間・年360時間」と明確に規定しました(大企業は2019年4月施行、中小企業は2020年4月施行)。
臨時的な特別事情がある場合でも、年720時間・複数月平均80時間以内(休日労働含む)・単月100時間未満(休日労働含む)という絶対的な上限を超えることはできず、月45時間超の残業が認められるのも年6ヶ月までという制限があります。この上限規制に違反した残業は36協定があっても免罰の効果が及ばず直ちに労基法違反となります。
つまり36協定で定めた範囲内でしか残業は許されず、たとえ労使合意があっても法律上の上限を超えた働かせ方はできなくなったのです。企業にとっては、36協定の内容が法律の上限規制を超えないよう注意するとともに、実際の残業時間が協定と法の範囲内に収まるよう管理徹底が求められます。
また、この法改正に関連して36協定届の様式変更も行われました。2021年4月から届出用紙への会社押印が不要となり、労働者代表の適正な選出について確認するチェックボックスが追加されています。さらに2024年4月には、自動車運転業務や建設業などこれまで上限規制の適用が猶予されていた業種にも規制が適用され、様式も細分化されました。2024年4月以降は建設業においても36協定なしでの残業は違法となり(猶予期間の終了)、各社に36協定締結が求められています。
業種ごとの特例はありますが、基本的に全ての企業で36協定と時間外労働の上限規制遵守が必須となったことを認識しておきましょう。
裁判例
36協定に関する判例では、協定の適法性(労働者代表の選出方法)や協定違反時の扱いについて重要な示唆を与えるものがあります。代表的なものの一つに「トーコロ事件(最高裁平成13年6月22日判決)」があります。この事件では、会社が過半数労働者で組織する親睦団体の代表Aを労働者代表として36協定を締結していました。
しかしこの代表者は実質的に会社側と一体の存在で、民主的な選出とは言えなかったため、裁判所は当該36協定が無効であると判断しました。その結果、本件で長時間の残業命令を拒否した従業員の解雇は無効とされ、従業員の地位確認と賃金支払いが認められています。
この判例は、36協定の労働者代表は過半数労働者の真意を反映したものでなければならないことを示しています。形式的に36協定を届け出ていても、代表選出が不適切で協定自体が無効とみなされれば、法的には36協定がないのと同じ扱いとなり違法残業と判断されかねません。企業は労働者代表の選出手続が適正か、協定内容が法の範囲内かを厳格にチェックする必要があります。
その他にも、違法な長時間労働に対する企業の責任を問うケースとして有名な電通事件では、同社に対し労基法違反で罰金刑の判決(罰金50万円)が下されています。この事件では労使協定上の残業上限(月50時間)を超える違法残業をさせた点が処罰されました。
処罰が労基法上限定的な罰金額に留まったことから法の抑止力が議論されましたが、このケースを契機に社会的な非難や企業イメージの失墜は計り知れず、結果として働き方改革の流れが一層加速しました。近年は行政による指導・是正勧告も強化されており、違反があれば即是正・公表といった厳しい姿勢が取られています。
まとめ
36協定がない会社は法的に非常に危うい状態にあります。人事・労務担当者は、最新の法改正(残業時間の上限規制や様式変更)や判例動向も踏まえ、自社の労働時間管理を見直しましょう。適切に36協定を締結・運用することは企業を守り、従業員の健康と権利を守る両面で不可欠です。
法定遵守の下で効率的な働き方改革を進め、違法な残業のない健全な職場環境を築いていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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