- 更新日 : 2025年6月2日
時間外労働が360時間を超えたらどうなる?36協定のルールや時間外労働の上限について解説
長時間労働の是正が社会的な課題となる中、「36協定の360時間」を超える時間外労働が発生した場合に企業が直面するリスクは極めて深刻です。企業の人事担当者や労務担当者にとって、労働時間の管理は法令遵守のみならず従業員の健康管理の観点からも重要であり、違反は罰則や行政指導の対象となります。
本記事では、36協定の基本と時間外労働の上限、360時間を超えた場合の影響について解説します。
目次
36協定とは
36協定(さぶろくきょうてい)とは、労働基準法第36条に基づき法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて労働させるために必要な労使協定のことです。企業が従業員に時間外労働(残業)や休日労働をさせる場合、この協定を労働者代表と締結し、所轄の労働基準監督署に届け出なければなりません。36協定では時間外労働を行う業務の種類や、1日・1ヶ月・1年あたりの時間外労働の上限などを具体的に定める必要があります。
36協定が締結・届け出されていないのに法定時間を超えて労働させた場合、それ自体が労働基準法違反となり、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金に処される可能性があります。したがって、残業や休日出勤が発生する企業では36協定の締結は必須です。協定を締結したからといって無制限に残業させられるわけではなく、後述するように法令で厳格な上限が設けられている点に注意が必要です。
36協定における時間外労働の上限
36協定を締結した場合でも、時間外労働には法定の上限(=限度時間)が設定されています。
原則上限は月45時間・年360時間まで
労働基準法の改正(大企業は2019年4月、中小企業は2020年4月より適用)により、時間外労働の法定上限が月45時間・年360時間と明確に定められ、罰則付きで適用されるようになりました。臨時的な特別の事情がない限り、使用者は月45時間・年360時間を超えて時間外労働をさせることはできません。
例えば通常の36協定では「1ヶ月の残業上限45時間、年間では360時間まで」と定めるのが一般的であり、この限度を1分でも超えれば違法となります。
なお、この「月45時間・年360時間」という上限基準は、2019年の法改正以前から行政指導上の目安として存在していましたが、当時は罰則がなく強制力が弱いものでした。改正後は法定の拘束力を持つ上限規制となり、違反時には後述する罰則の適用対象となっています。人事・労務担当者は月45時間・年360時間という数字を改めて確認し、これを超える残業が常態化しないよう管理することが求められます。
特別条項付き36協定による延長と限度
業務が繁忙となり一時的に月45時間・年360時間の上限を超える残業が避けられない場合、36協定に特別条項(臨時的な特別の事情による労働時間延長の定め)を付記することで、一定の範囲で上限を緩和できます。特別条項付き36協定を締結すると、年6ヶ月までは月45時間超の時間外労働が可能になります。
ただし、この場合でも法律上絶対に超えてはならない限度が定められており、以下を満たす必要があります。
- 年間の時間外労働は720時間以内
- 複数月(2~6ヶ月)の平均80時間以内(休日労働含む)
- 単月では100時間未満(休日労働含む)
- 月45時間超の残業は年6ヶ月まで(上記720時間以内で特別な月を最大6回まで)
例えば特別条項によって「繁忙期の3月と9月は月残業80時間まで可」などと定めることが考えられます。しかしこれらの上限(年720時間・月100時間未満等)すら超えた場合、たとえ特別条項があっても違法となり36協定違反として罰則の対象です。特別条項はあくまで臨時の例外措置であり、常態的に長時間労働させるための手段ではありません。
企業としても特別条項の発動は最小限に留め、可能な限り労働時間を月45時間・年360時間以内に収める努力が求められます。また、月45時間・年360時間を超える時間外労働を行う場合には、労働者の健康確保措置(例えば医師による面接指導や労働時間の上限設定等)についても協定で定めるよう努めなければなりません。これは長時間労働による過労死等のリスクに配慮するための規定で、企業の安全配慮義務とも関連します。
360時間を超えて時間外労働を行わせた場合のリスク
36協定に定めた上限(「360時間/年」等)を超える時間外労働を行わせた場合、たとえ協定を締結・届け出していても労働基準法第32条(労働時間規制)に違反します。
法的なリスク
違反が認定されれば、企業やその担当者に「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」の刑事罰が科される可能性があります。この罰則は労働基準法119条に定められており、企業規模や違反人数に関わらず適用されます。
罰則の適用対象は、実際に労働時間の管理に責任を負う使用者(経営者や現場管理責任者など)です。仮に現場の判断で違反が起きても、最終的な法的責任は会社および代表者等に及ぶ可能性があります。また、36協定自体を締結せずに残業や休日労働をさせていた場合も当然ながら同様の罰則対象です。
さらに、特別条項付き36協定の限度(年720時間等)を超えてしまった場合も同じく労基法違反となり、罰則規定が適用されます。法違反は企業の社会的信用を失墜させる重大事です。
悪質なケースでは企業名の公表や刑事裁判に発展することもありますので、法定上限を一切超えない労務管理が不可欠と言えるでしょう。
労働基準監督署の是正指導と行政処分
36協定の上限を超える違法な残業が発生した場合、ただちに刑事罰が科されるわけではありません。多くのケースでは、まず所轄の労働基準監督署が調査に入り、企業に対して是正指導を行います。違反が判明すると労基署は「是正勧告書」や「指導票」を交付し、企業に対し一定期間内に違反状態を解消するよう求めます。
時間外労働が月45時間を超えた従業員がいた場合、労基署は会社に対して残業削減策の実施や36協定の見直し、該当従業員の労働時間是正などを指導します。また未払いの割増賃金があれば、その支払いを遡及して行うよう命じられます。
是正指導に従い速やかに改善措置をとれば、ただちに刑事罰とはならないケースが一般的です。しかし、指導に従わない、違反が継続・常態化している、虚偽の報告をする、といった悪質な場合には送検(検察庁に書類送致)され、罰金刑等が科されることになります。その際、厚生労働省は悪質事案として企業名を公表することがあり、社会的に「ブラック企業」として認知されるリスクも高まります。
厚生労働省が公表した監督指導の事例を見ると、36協定の特別条項限度(例:月80時間平均・月100時間未満)を超える違法な時間外労働に対して是正勧告を行ったケースが報告されています。労基署の是正指導が入ったという事実だけでも従業員や取引先の不信を招きかねません。指導段階で速やかに改善し、再発防止策を講じることが企業には求められます。
従業員の健康リスク
また、法令違反としてのリスクだけでなく、長時間労働そのものが従業員の健康リスクを高める点にも注意が必要です。厚生労働省の通達によれば、時間外労働が月100時間、または2~6ヶ月平均で月80時間を超える場合、脳・心臓疾患の発症との関連性が強まるとされています。過労による労災(過労死や過労自殺)が発生すれば、企業は安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われる可能性もあります。
従業員の過労自殺が労災認定され会社に賠償命令が下った裁判例も存在します。法令遵守とともに、従業員の健康を守る観点からも360時間を超える残業は絶対に放置せず、未然に防ぐリスク管理が不可欠です。
法令違反を防ぐ労務管理のポイント
法令違反を防ぐために企業がとるべき対応策を解説します。
適切な労務管理と実態把握
長時間労働の違反を防ぐため、まず企業は労働時間の適切な把握を徹底する必要があります。タイムカードやPCのログ、自社の勤怠管理システム等を用いて、従業員の実労働時間を正確に記録・集計します。客観的記録に基づき36協定の範囲内で業務が行われているか日次・月次でチェックし、早めに長時間労働の兆候を察知することが重要です。
管理職とされる社員についても、労基法上の「管理監督者」に該当しない場合は残業規制が適用されるため、役職名のみでなく実態に即した管理が必要です。労働時間の見える化を進めることで、繁忙による残業時間増大をリアルタイムに把握し、必要に応じて人員配置の変更や応援要員の手配など事前の手当てを打てるようにします。
あわせて、36協定の内容と運用を定期的に見直すことも効果的です。業務量や繁閑の時期が変化している場合、36協定の上限設定が実態に合っていない可能性があります。残業上限を低めに設定しすぎて現場に無理が生じているなら、特別条項の活用を含め協定内容を見直す検討も必要です。
一方で、協定上許容される範囲ギリギリまで残業させる運用は避け、法定上限よりも余裕を持った社内基準を設定することが望ましいでしょう。いずれにせよ、協定と実態に乖離がないよう管理し、「気づいたら360時間を超えていた」という事態を起こさないことが肝心です。
過重労働を防止するための職場環境づくり
根本的な対策として、長時間労働に依存しない職場環境づくりが求められます。業務プロセスの効率化や適正な人員配置によって業務量そのものを適正化し、従業員一人ひとりの残業負担を減らす取り組みです。業務の無駄を洗い出してICTツールを導入し省力化を図る、業務の繁閑に応じて派遣社員やアルバイトを活用する、部署間で応援し合う仕組みを作る等が挙げられます。
またノー残業デーの導入や深夜業の原則禁止、在宅勤務やフレックスタイム制度の活用による柔軟な働き方の推進も、有効な過重労働防止策です。社員が適切に休息を取れるよう休暇取得を奨励し、勤務間インターバル制度(終業から翌日の始業までに一定時間の休息確保)を導入する企業も増えています。
管理職に対しては、部下の残業時間を定期的に確認させ、恒常的に長時間労働となっている社員に業務量調整や声かけを行うよう指導します。従業員の健康管理について産業医等と連携し、月の残業が一定時間を超えた社員への面談指導や健康チェックを実施することも重要です。過重労働を放置せず、問題が深刻化する前にケアを行うことでリスクを軽減できます。
36協定違反を防ぐための仕組みの構築
企業内で36協定違反を未然に防ぐ仕組みを構築することも有効です。残業申請・承認制を設けて管理職が事前に残業予定時間を把握し、月45時間に達しそうな場合は業務配分を変更する、といった運用ルールを徹底します。また、36協定の上限アラートを勤怠システム上で設定し、個人の残業時間が一定時間に達したら人事部門に通知が行くようにする企業もあります。
こうしたITツールの活用により、人事担当者自身も全社の残業状況をモニタリングしやすくなります。万一、特別条項の発動が必要な事態になった場合でも、発動前に経営層・人事・産業医で協議し社員の健康確保措置を講じた上で実施するなど、手続を厳格に運用することが大切です。
さらに、従業員への教育も欠かせません。36協定の意義や残業上限のルールを周知し、「月45時間・年360時間超の残業はできない」ことを社員一人ひとりが理解するよう研修や社内ポータルで情報提供します。管理職には労働時間管理の責任を自覚させ、違反発生時には自身も処分対象となり得ることを認識させます。
また、労働時間の自己申告制を採用している場合は適正な申告がなされるよう定期的に実態との突合を行い、サービス残業(未申告残業)がないようチェックします。これらの多角的な対策により、企業風土として「長時間労働に頼らない」「違反は絶対に起こさない」というコンプライアンス意識を醸成していくことが重要です。
まとめ
36協定の360時間を超える残業は法的に許されず、企業にとって大きなリスクとなります。人事・労務担当者は労働時間管理のプロとして、最新の法規制を把握しつつ現場の実態を的確にコントロールすることが求められます。違反が起きてから対処するのではなく、起きない仕組みづくりや企業風土の醸成によって未然に長時間労働を防ぐことが肝要です。
従業員が健康で安心して働ける環境を整えることは、法令遵守以上に企業の持続的成長につながります。法令に沿った適切な労働時間管理を実践することで、企業の信用と従業員のエンゲージメント向上につながるはずです。コンプライアンスと社員の健康の両立を図り、健全な職場づくりに努めていきましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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