- 更新日 : 2025年11月18日
退職金規定がない場合は退職金をもらえない?支払われるケースや税務の注意点を解説
退職金は退職後の生活を支える重要な制度ですが、すべての企業が退職金規定を設けているわけではありません。規定がない会社では、支払われるのかどうか不安になることもあるでしょう。しかし、規定がなくても退職金がもらえるケースがあります。
本記事では、退職金に関する基本的な知識や退職金規定がない場合の対応について詳しく解説します。
目次
退職金の支給要件とは
退職金の支給要件とは、労働者が退職時に退職金を受け取るために満たすべき条件を指します。
従来、企業は以下の要素を考慮し、退職金の支給要件を決定しており、勤続年数が長いほど支給額が増える「勤続年数比例型」が主流でした。
- 勤続年数
- 退職理由
- 就業規則や労働契約の内容
また、自己都合退職や懲戒解雇の場合は支給額の減額や不支給になることがありました。
しかし、令和5年7月に退職金の支給の規定(改訂後の第54条第1項)の見直しがあり、厚生労働省が公表した「モデル就業規則(令和5年7月版)」では勤続年数を要件とする条文が削除されています。
【改定前】
勤続〇年以上の労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、自己都合による退職者で、勤続〇年未満の者には退職金を支給しない。また、懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
【改定後】
労働者が退職し又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、第68条第2項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。
「勤続〇年以上の労働者に支給」「自己都合による退職者に支給なし」の記載がなくなり、「労働者が退職した場合に支給する」という広範囲な表現に改訂されました。この背景には政府の「骨太の方針2023」にもとづき、労働市場の流動性を高め、成長分野への人材移動促進を目指す意図があります。
これによって、企業が必ずしも勤続年数を基準に退職金を支給する必要がなくなりました。ただし、退職金制度を設ける場合は、適用範囲や計算方法、支払い時期を就業規則に明記する必要があります。
職業安定分科会雇用保険部会|経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)等について
退職金規定がなくても退職金が支払われるケース
退職金は必ずもらえるわけではなく、規定がない場合は会社が退職金を支払う義務はありません。しかし、企業の慣行として支払われている場合は、退職金の支払いが認められることがあります。
慣行とは、企業が過去に繰り返し行ってきた取り扱いが、一貫して行われている場合に成立することです。長年にわたり特定の条件下で退職金が支給されてきた場合、慣行とみなされる可能性があります。
代表的な判例として知られているのが、宍戸商会の裁判です。退職金の規定はありませんでしたが、20年以上にわたって辞める人に退職金を払い続けていました。最高裁は、この長年の実績を「会社の習慣」として認め、退職金を支払うように命じています。
ただし、会社の習慣として認められるには、ただ長い間支払っていただけでは不十分です。同じような立場で辞める人に、同じような基準でお金を支払っていること、そして働く人が退職金をもらえると思うのが当然だと認められる状況が必要です。
また、給料明細に退職金の積立金が書かれていたり、採用時に「退職金があります」と説明されていたりした場合も、退職金を支払う根拠になることがあります。このように正式な規定がなくても、会社の長年の習慣や約束によって、退職金を支払う必要が生じる場合があります。
参考: 宍戸商会事件
慣行により支払われる退職金額の算定方法
退職金が慣行として支払われる場合、算定方法として大切なのは過去の支給実績です。同じような立場や勤続年数の従業員に、これまでどのような基準で支給してきたのかを確認します。一貫性のある基準で支給してきた場合は、その金額が目安となるでしょう。
ただし、会社の経営状況も考慮する必要があります。退職金の支払いが会社の存続を脅かすほどの負担になってはいけません。そのため、会社の支払い能力も踏まえて、現実的な金額を設定するのが適切です。
なお、一般的に企業が採用する退職金の算定方法は、以下のとおりです。
| 種類 | 特徴 |
|---|---|
| 定額制 |
|
| 基本給連動型 |
|
| ポイント制 |
|
| 別テーブル制 |
|
慣行による退職金額は、過去の実績や業界水準にもとづいた合理的な算定が求められます。労働者は過去の事例や条件を確認し、不明点があれば専門家に相談することが大切です。
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退職金規定がないのに支給することで税務上の注意点はある?
退職金規定がない場合に退職金を支給する際、税務上の取り扱いに注意が必要です。
退職金は通常は「退職所得」として扱われ、所得税の優遇措置(退職所得控除)を受けられます。ただし、規定がない場合は、退職金が「給与所得」とみなされるリスクがあります。税負担が大幅に増える可能性があるため、適切な処理が必要です。
また、企業は従業員に「退職所得の受給に関する申告書」を提出してもらう必要があります。この書類がない場合、退職金に対して一律20.42%の税率で源泉徴収が必要となり、退職所得控除が適用されません。
従業員が確定申告を行えば清算可能ですが、負担が増えるため、支給前に必ず申告書を取得するように案内することが大切です。
さらに、過去4年以内に退職金を受け取った従業員の場合、勤続年数の計算が複雑になるため注意が必要です。企業は適正な手続きと従業員への案内を徹底し、税務上のリスク回避が求められます。不明な点がある場合は、税理士などの専門家に相談しましょう。
退職金の請求権の時効
退職金の請求権には時効があり、一定期間をすぎると請求できなくなる可能性があります。労働基準法第115条では、賃金請求権の時効は「請求権を行使できる時から5年間」と規定されています。
第百十五条 この法律の規定による賃金の請求権はこれを行使することができる時から五年間、この法律の規定による災害補償その他の請求権(賃金の請求権を除く。)はこれを行使することができる時から二年間行わない場合においては、時効によつて消滅する。
この賃金には退職金も含まれるため、退職から5年を経過すると時効により消滅するため注意しましょう。
ただし、労働基準法は退職金の支払い期限について具体的な規定を設けていません。そのため、支払い時期は就業規則や労働契約で定められた内容に従うことになります。
ただし、退職金の支払いを企業が意図的に拒否した場合や、労働者が退職金の存在を知らなかった場合など、特定の条件下では時効の進行が中断する可能性があります。退職金の請求を考える際は、早めに確認・請求を行うことが大切です。
参考:e-Gov|労働基準法
退職金規定がなくても支給される可能性を確認しよう
退職金規定がない場合でも、退職金を受け取れる可能性はあります。企業の慣行や契約内容、過去の支給実績を確認することが大切です。
また、支給額の算定基準や税務上の取り扱いについても注意が必要です。
労働者として自分の権利を守るためには、就業規則や退職金に関する記録を確認し、必要に応じて専門家に相談するのがオススメです。適切な情報と行動で、退職金を受け取りましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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