- 更新日 : 2025年11月26日
人事データ分析に使う指標(KPI)とは?全体像から失敗しない設計、活用ステップまで徹底解説
働き方の多様化、リモートワークの浸透、そして人材の流動化が進む現代において、「勘」や「経験」だけに頼った従来の人材マネジメントは限界を迎えています。離職率の増加やエンゲージメントの低下といった課題に対し、客観的なデータに基づいて意思決定を行う「戦略人事」が不可欠です。しかし、「どのデータを見ればいいかわからない」「経営層を納得させる根拠を示したい」といった悩みも少なくありません。
本記事では、そのような課題を解決するため、人事データ分析における指標(KPI)の全体像から、目的別の具体的な指標、分析を始めるためのステップ、成果に繋げるための設計ポイント、そして活用する上での注意点まで、体系的かつ実践的に解説します。
目次
人事データ分析における指標とは?
人事データ分析における指標とは、組織や従業員の状態を客観的に測定・評価するための「物差し」や「共通言語」のことです。
指標がなければ、集めたデータが何を意味するのかを正しく解釈できません。例えば「今年10人が退職した」という事実だけでは、それが問題かどうか判断できません。しかし「離職率」という指標を用いれば、「昨年の離職率は5%だったが、今年は8%に上昇した」というように、時系列での比較や業界平均との比較が可能になります。
このように、指標は単なる数値を意味のある情報へと変え、組織の状態を正確に把握し、課題の特定や改善策の効果測定を行うために不可欠な要素なのです。
そもそも人事データ分析とは?
人事データ分析とは、従業員の属性、勤怠、評価、スキルといった様々な人事関連データを収集・分析し、採用、育成、評価、離職防止といった組織課題の改善に繋げるプロセスです。
これは単にデータを眺めることではありません。「データ収集 → 可視化 → 分析 → 改善アクション」というサイクルを回し、客観的な根拠(エビデンス)に基づいて人材マネジメントの精度を高めることが目的です。
人事データ分析の全体像と指標マップ
人事データ分析で扱う指標は多岐にわたりますが、それらは従業員のライフサイクルに沿って整理すると理解しやすくなります。ここでは、従業員の入社から退職までの流れに沿った4つのフェーズに分け、それぞれの領域でどのような分析が行われるのか、その全体像を解説します。
採用フェーズ:入り口の質と効率を最大化する
採用は、組織と人材の最初の接点であり、データ分析の出発点です。 このフェーズの目的は、単に空いているポジションを埋めることではありません。「自社にマッチし、将来活躍してくれる人材を、いかに適切なコストとスピードで獲得するか」を科学的に検証することにあります。勘や経験に頼った採用から脱却し、データに基づいて採用チャネルの費用対効果を評価したり、面接の評価基準を客観的にしたりすることで、採用活動全体の質と効率を高めます。
- 代表的な指標:採用コスト、内定承諾率、早期離職率
育成フェーズ:人材を「人財」へと転換する
従業員の入社後の成長は、組織の成長そのものです。 育成フェーズでは、従業員一人ひとりが持つスキルやポテンシャルを可視化し、戦略的な育成計画に繋げることを目的とします。「実施した研修は本当に効果があったのか」「将来のリーダー候補は順調に育っているか」「組織全体として必要なスキルセットは満たされているか」といった問いに、データで答えていきます。効果的な育成は、従業員のエンゲージメント向上にも直結する重要な投資です。
- 代表的な指標:研修後エンゲージメント、スキル保有率、昇進・昇格スピード
定着・離職フェーズ:組織の魅力を維持し、人材流出を防ぐ
従業員がなぜ自社に留まり、あるいはなぜ去ってしまうのかを理解することは、組織の健康診断に他なりません。 このフェーズの目的は、離職率という結果だけを見るのではなく、その先行指標となる従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や貢献意欲)や満足度を定期的に観測し、課題の兆候を早期に発見することです。部署ごとのエンゲージメントの違いや、特定の層からの離職が続くといった傾向をデータで掴むことで、効果的なリテンション(人材定着)施策を打つことが可能になります。
- 代表的な指標:離職率、平均在籍年数、エンゲージメントスコア
生産性・健全性フェーズ:持続可能な成長を実現する
人事施策が最終的に事業の成果にどう結びついているのかを証明する、経営視点で不可欠なフェーズです。
ここでは、「人材への投資が、どれだけの生産性向上に繋がったか」を定量的に示すことを目的とします。同時に、過度な労働による燃え尽きを防ぎ、従業員が心身ともに健康に働ける環境(健全性)が保たれているかも評価します。生産性と健全性は表裏一体であり、この両輪をデータで監視することが、組織の持続可能な成長を実現する鍵となります。
- 代表的な指標:一人当たり売上高、平均残業時間、有給休暇取得率
【目的別】人事データ分析で使われる主要な指標(KPI)と改善アクション例
人事データ分析で用いるべき指標は、解決したい課題や目的によって異なります。ここでは主要な5つのカテゴリに分け、それぞれの指標の算出式と、分析結果から考えられる「改善アクション例」をあわせて解説します。
1. 採用活動を評価するための指標
採用活動全体が適切に進んでいるかを客観的に評価するための指標です。採用プロセスの効率性や、入社後のミスマッチといった課題を明らかにします。
| 指標名 | 算出式・意味 | 改善アクション例 |
|---|---|---|
| 採用コスト | 採用活動にかかった総費用 ÷ 採用人数 (従業員1人あたりの採用単価) |
|
| 内定承諾率 | 内定承諾者数 ÷ 内定者数 (企業の魅力度や選考プロセスの妥当性) |
|
| 早期離職率 | (特定期間の)新入社員離職者数 ÷ 採用者数 (入社後のミスマッチや受け入れ体制の課題) |
|
2. 定着・離職を評価するための指標
従業員が自社にどれだけ定着しているかを可視化する指標です。これにより、定着や離職の根本的な要因を特定し、組織課題の改善へと繋げます。
| 指標名 | 算出式・意味 | 改善アクション例 |
|---|---|---|
| 離職率 | (特定期間の)離職者数 ÷ 期初の従業員数 (従業員の定着度合い) |
|
| 平均在籍年数 | 全従業員の在籍年数の合計 ÷ 全従業員数 (人材の定着度と組織の安定性) |
|
3. 評価・育成を評価するための指標
人材育成の施策や人材配置が適切に機能しているかを客観的に評価する指標です。これにより、従業員の成長を正しく促し、その能力を最大限に活かせているかを検証します。
| 指標名 | 算出式・意味 | 改善アクション例 |
|---|---|---|
| 昇進・昇格スピード | 従業員が特定の役職に昇進するまでの平均在籍年数 (人材育成の速度やキャリアパスの明確さ) |
|
| スキル保有率 | 特定のスキルを保有する従業員数 ÷ 全従業員数 (組織のスキルレベルや不足スキルの可視化) |
|
4. エンゲージメントを評価するための指標
従業員一人ひとりが持つ、会社への貢献意欲や仕事への熱意(エンゲージメント)を数値化する指標です。この数値は組織全体の生産性に直結するため、非常に重要な先行指標とされています。
| 指標名 | 算出式・意味 | 改善アクション例 |
|---|---|---|
| エンゲージメントスコア | エンゲージメントサーベイ(調査)によって測定 (貢献意欲や仕事への熱意) |
|
| eNPS (Employee Net Promoter Score) | (推奨者の割合 – 批判者の割合) (自社を友人や知人に薦めたいかという職場推奨度) |
|
5. 組織の生産性・健全性を測るための指標
組織全体としてのパフォーマンスや、従業員が健康的に働けているかを評価する指標です。
| 指標名 | 算出式・意味 | 改善アクション例 |
|---|---|---|
| 一人当たり売上高 | 売上高 ÷ 従業員数 (従業員一人あたりの生産性) |
|
| 平均残業時間 | 全従業員の月間総残業時間 ÷ 全従業員数(従業員の労働負荷や業務効率) |
|
失敗を防ぐ人事データ分析の指標設計のポイントとは?
やみくもに多くの指標を追いかけても、分析が複雑になるだけで成果には繋がりません。ここでは、成果を出すための指標設計のポイントを3つ紹介します。
ポイント1. 経営目標・事業戦略と連動させる
最も重要なのは、会社の経営目標から逆算して指標を設計することです。例えば「新規事業の売上を3年で2倍にする」という経営目標があるなら、人事としては「その事業に必要なスキルを持つ人材の採用数・育成数」が重要な指標(KPI)になります。人事の活動が経営にどう貢献するのか、ストーリーを描ける指標を選びましょう。
ポイント2. KPIは3〜5個に絞り込む
最初から多くの指標を追うと、どれが重要なのか分からなくなります。まずは最も重要な目標(KGI:Key Goal Indicator)を1つ定め、それに直結する最重要指標(KPI: Key Performance Indicator)を3〜5個に絞り込みましょう。例えば、KGIが「離職率の10%改善」なら、KPIは「エンゲージメントスコア」「平均残業時間」「1on1面談実施率」などが考えられます。
ポイント3. SMARTの原則を意識する
良い指標は、SMARTと呼ばれる5つの要素を満たしています。指標を設定する際のチェックリストとして活用してください。
- Specific(具体的か):誰が読んでも同じ解釈ができるか
- Measurable(測定可能か):定量的に測ることができるか
- Achievable(達成可能か):現実的に達成できる目標値か
- Relevant(関連性があるか):経営目標と関連しているか
- Time-bound(期限が明確か):いつまでに達成するのか期限が決まっているか
指標を使った人事データ分析を実践する4つのステップ
適切な指標を設計したら、いよいよ分析の実践です。以下の4ステップで進めるのが基本です。
ステップ1. 目的の明確化と仮説設定
まず、「若手社員の離職率が高い原因は、オンボーディングの不備にあるのではないか?」といったように、「目的」と「仮説」を具体的に設定します。これが分析の軸となります。
ステップ2. データの収集と可視化
目的に合わせて、人事システムや勤怠システムなどから必要なデータを集めます。集めたデータは、そのままでは分析しづらいため、BIツールなどを活用してグラフやダッシュボードの形に「可視化」します。可視化することで、異常値や傾向を直感的に把握できます。
ステップ3. 分析と課題の特定
可視化されたデータを基に、仮説を検証します。例えば、「入社後3ヶ月以内の離職率が特に高く、その層は研修後のフォロー面談実施率が低い」といった相関関係を見つけ出し、課題を特定します。部署別、年代別など、様々な切り口でデータを比較することが深掘りの鍵です。
ステップ4. 改善施策の立案・実行と効果測定
分析によって特定した課題に対し、具体的な改善アクションを立案・実行します。そして、施策実行後は必ず効果測定を行いましょう。施策によって指標がどう変化したかを確認し、次の改善に繋げるPDCAサイクルを回し続けることが、データ活用の本質です。
事データ分析の指標を活用する際の注意点
指標は強力なツールですが、万能ではありません。その限界を知り、正しく使うことが重要です。ここでは、初心者が陥りがちな3つの注意点を紹介します。
1. 数値偏重のリスク
例えば「離職率の低下」だけを目標にすると、本来退職すべき人材が無理に引き留められ、かえって組織の活力が失われる可能性があります。
指標はあくまでも結果です。その数値が「なぜ」そうなったのか、背景にある定性的な情報(従業員の声など)とセットで考察しなければ、本質的な課題を見誤ります。
2. データの質の重要性
分析の精度は、元となるデータの質に完全に依存します。「ゴミを入れれば、ゴミしか出てこない(Garbage In, Garbage Out)」という言葉の通り、入力ミスや古い情報が混じったデータで分析しても、誤った結論を導くだけです。日頃からデータを正確に入力・更新する運用ルールを徹底することが、質の高い分析の土台となります。
3. 相関と因果の混同
データ分析をしていると「残業時間が長い部署ほど、離職率が高い」といった相関関係が見つかることがあります。しかし、これが直ちに「残業が離職の原因である」とは限りません。実際には「マネジメントの問題」という共通の原因が、残業と離職の両方を引き起こしている可能性もあります。見せかけの関係性に惑わされず、真の因果関係を探求する姿勢が求められます。
人事データ分析の指標(KPI)を理解し、戦略人事へ
本記事では、人事データ分析で用いる主要な指標(KPI)について、その全体像から目的別の選び方、設計のポイント、そして活用上の注意点まで網羅的に解説しました。指標は単なる数字ではなく、組織の課題を可視化し、経営と現場を繋ぐ「共通言語」です。この記事を参考に、まずは「部署別の離職率」など身近なKPIの分析から、データに基づいた戦略人事への第一歩を踏み出しましょう。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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