- 更新日 : 2025年6月24日
労災の症状固定とは?補償の対応方法や再発、後遺症が残った場合を解説
労災(労働災害)で治療を続けている最中、「そろそろ症状固定ですね」と言われて戸惑った経験はありませんか?症状固定とは、これ以上の治療効果が見込めない状態を指しますが、「治っていないのに治療が終わるのか」「補償はどうなるのか」「働けないままだったら?」といった不安も抱きます。この記事では、労災保険における症状固定の意味や判断の流れ、症状固定後に受けられる補償や制度、後遺症や再発時の対応まで、わかりやすく解説します。
目次
労災の症状固定とは?
労災保険の給付を受けながら治療を続けていると、「症状固定」と言われることがあります。これは、治癒や治療が終了したという意味ではなく、これ以上治療を継続しても大きな改善が見込めないと医師が判断した状態を指します。
症状固定の判断は、被災者の回復状況を見ながら医師が行い、その内容を労働基準監督署が確認します。症状が固定されたとみなされると、休業補償給付などの支給は原則として終了し、障害補償給付の審査へと移行するのが一般的な流れです。
症状固定と「治癒」の違い
よく混同されるのが、「症状固定」と「治癒(ちゆ)」の違いです。治癒とは、けがや病気が完全に治って、日常生活に支障がなくなった状態をいいます。一方で症状固定は、痛みや機能障害が残っていても、それ以上は回復しないと判断された状態を指します。
たとえば、骨折後に関節の可動域が一部制限されたままの状態で、それ以上の回復が見込めない場合、「症状固定」とされます。つまり、治っていなくても治療が一区切りついたと判断されるタイミングが、症状固定なのです。
労災における症状固定は誰が判断する?
症状固定とされるかどうかの判断は、原則として主治医が行います。医師が「これ以上の改善が望めない」と診断したタイミングで、症状固定とされ、その旨が診断書などで労働基準監督署に伝えられます。
ただし、最終的に補償に関する判断を行うのは、労働基準監督署(労基署)です。つまり、医師の判断をもとにしつつ、労基署が症状固定を認定し、その後の給付内容を決定します。
症状固定と判断されるまでの期間
症状固定が判断される時期には個人差がありますが、療養開始から1年6ヶ月を経過した頃をひとつの目安とされることが多いです。これは、長期にわたる休業補償と傷病補償年金との切り替え基準としても用いられている期間です。
もちろん、1年半よりも早く症状固定となることもあれば、それ以降に認定されるケースもあります。医療的な経過や症状の性質によって大きく異なるため、一律の期間ではなく、医師の医学的判断を最優先にされる点を理解しておく必要があります。
労災の症状固定後は補償される?
労災の症状固定と判断されると、「これ以上回復しない状態」に対する補償が中心になります。これまでは治療中であることを前提に、医療費の全額補償や休業補償給付が支給されていたかもしれませんが、症状固定以降は、補償や受けられる制度が変わります。
症状固定により休業補償は終了する
労災で長期間休業していた場合、症状固定が判断された時点で「休業補償給付」は打ち切られます。これは、休業補償給付が「就業不能でかつ治療中であること」を前提とした制度であるためです。
たとえ、症状が完全に回復しておらず、日常生活に支障がある場合でも、医師によって症状固定とされた後は休業補償の対象とはなりません。
その代わり、症状が残っているかどうかに応じて、障害補償給付や傷病補償年金といった別の制度に切り替わります。
症状固定後の治療費
症状固定後の治療費は、原則として労災保険から支給されることはありません。そのため、症状固定後にリハビリなどを行う場合には、健康保険を使って通院することになります。ただし、重篤な後遺障害が残った場合、症状固定後も一定程度の治療費が支給されるアフターケア制度が存在します。アフターケア制度が利用できる場合には、治療費の支給を受けながら、指定医療機関において診察や保健指導、検査などを受けることが可能です。
症状固定後にできる請求手続き
症状固定の診断を受けた後は、「障害補償給付」または「傷病補償年金」のいずれかを請求することが一般的な流れです。
- 障害等級が1級〜7級に該当する場合:障害補償年金
- 等級が8級〜14級に該当する場合:障害補償一時金
- 症状は固定したが等級に該当しない場合:補償は終了する可能性がある
長期療養が1年6ヶ月を超えた時点で症状固定とされ、かつ傷病等級1〜3級に該当する場合は、傷病補償年金への移行が行われることもあります。これらの申請には医師の後遺障害診断書と、必要書類の提出が求められます。
労災の症状固定後に後遺症が残った場合の対応
症状固定と判断された後も、痛みや麻痺、機能障害などが残るケースは少なくありません。治療によっても完全には回復せず、一定の障害が残った場合には「後遺障害」として労災保険の補償対象となります。ここでは、後遺症が認められた場合に受けられる給付の種類や、等級の考え方、手続きの流れについて解説します。
後遺障害がある場合の補償は「障害補償給付」
後遺障害が残った場合、労災保険では「障害補償給付」の制度を利用して、等級に応じた一時金または年金が支給されます。等級は1級から14級まであり、以下のように支給方法が異なります。
- 1〜7級:障害補償年金(定期的に年金として支給)
- 8〜14級:障害補償一時金(一括で支給)
支給額の計算は、事故前の平均賃金(日額)に、等級ごとに定められた支給日数(年金であれば131日〜313日など)を掛けて算出されます。たとえば、10級であれば一時金として給付基礎日額の302日分が支給されます。
障害等級に該当しない場合は補償なしとなることも
後遺症があっても、労災保険の基準に照らして障害等級に該当しないと判断された場合には、障害補償給付が支給されないこともあります。このような場合は、「無等級」とされ、症状固定をもって労災給付は終了します。
たとえば、「軽度な違和感」や「日常生活に大きな支障がない程度の機能低下」などでは、補償対象とは認められないケースがあります。納得できない場合には、再審査請求や労働局への相談も検討すべきです。
後遺障害がある場合の申請手続き
後遺障害があると判断された場合は、「障害補償給付支給請求書」と「後遺障害診断書(医師記入)」を添えて、労働基準監督署に提出します。書類には以下の情報を正確に記載する必要があります。
- 被災者の基本情報と負傷の内容
- 障害の種類・程度・発生時期
- 医師による症状固定日および後遺障害の診断内容
- 日常生活や就労への支障の有無
診断内容にもとづき、労働基準監督署で審査が行われ、障害等級の認定がなされると給付が決定されます。審査には1〜2ヶ月程度かかることもあり、書類不備があると遅延の原因になるため、事前の確認が大切です。
労災の症状固定後に症状が再発したらどうする?
症状固定後に悪化や再発が起きた場合は、一定の条件を満たせば、再申請や再認定によって補償を受けられる可能性があります。
再発した場合は再認定が可能なケースもある
労災保険では、症状固定後に新たな障害が現れたり、既存の後遺症が悪化したりした場合、再度の障害等級認定や給付の見直しを申請することが認められています。これを「再認定申請」や「障害等級の変更請求」と呼びます。
再認定の対象となる主なケース
- 後遺障害が進行し、日常生活や就労に大きな支障が出るようになった
- 一度認定された障害が、実際より軽く評価されていたと後から判明した
- 症状固定後に、新たな後遺障害が発生した(例:腰痛から下肢のしびれへ進行)
これらのケースでは、新たに医師の診断を受けたうえで、後遺障害の等級認定を再度労働基準監督署に申請することになります。
再認定に必要な書類
再発や症状悪化によって再認定を求める場合、以下の書類が必要になります。
- 後遺障害診断書(最新の医師の診断)
- 症状固定後の経過がわかるカルテや検査結果
- 障害補償給付支給請求書(再請求用)
手続きの流れは初回の認定と同様で、労働基準監督署に書類を提出し、審査を経て結果が通知されます。
再認定を求める際の注意点
再認定が認められるかどうかは、医学的に明確な変化や悪化の証拠があるかどうかがカギとなります。単なる主観的な不調ではなく、医師による客観的な診断と検査結果が重要です。
また、症状の変化から時間が経過してしまうと、因果関係の立証が難しくなる場合があります。そのため、「おかしいな」と感じた時点で早めに医師に相談し、労基署への対応を視野に入れることが大切です。
労災の症状固定に関する手続きや必要書類
症状固定と診断された後、労災保険の補償制度は休業補償給付から障害補償給付などに切り替わります。
この章では、症状固定後に行う主な手続きや必要書類について解説します。
障害補償給付を受けるための申請書類
症状固定後に障害補償給付を受けるために、まず必要になるのが以下の2つの書類です。
- 障害補償給付支給請求書
→ 障害等級に応じた補償を申請するための基本書類です。事故の発生状況、症状固定日、申請者の情報、勤務先の情報などを記載します。事業主の証明欄の記入も必要です。 - 後遺障害診断書(医師が作成)
→ 主治医が症状固定の時点で作成する診断書で、障害の内容・部位・程度・労働能力への影響などが詳細に記載されます。この診断書をもとに、労働基準監督署が障害等級の認定を行います。
記入ミスや添付漏れがあると審査が遅れる原因となるため、内容をよく確認し、不明点がある場合は労基署または医療機関に相談しましょう。
障害補償給付の手続きの流れ
障害補償給付の申請は、会社と医師、本人の連携が必要になります。
- 医師による症状固定の診断
→ 診断書の作成と、補償に関する説明を受ける - 本人または企業が申請書を作成
→ 障害補償給付支給請求書の作成、事業主の証明 - 必要書類を労働基準監督署に提出
→ 障害補償給付の審査に入る - 労基署による障害等級の認定
→ 審査には通常1〜2ヶ月程度かかることが多い - 認定結果の通知と補償の支給
→ 年金または一時金が指定口座に振り込まれる
この手続きは、本人だけで進めるのは負担が大きいため、会社側が積極的にサポートすることが望まれます。
書類準備時に気をつけたいポイント
医師に依頼する診断書は必ず最新の症状にもとづいて作成されたものを使用してください。必要に応じて、診療明細書や治療経過の要約資料を添付するとスムーズです。
また、障害補償給付請求書には企業の事業主証明欄の記載が必要なため、人事労務担当者が内容をしっかり確認することが求められます。
郵送で提出を行う場合は、控えを必ず保管し、簡易書留など追跡可能な方法で送付しましょう。
労災の症状固定後に働けない場合の補償
症状固定と判断された後、障害補償給付を受けたとしても、日常生活や職場での作業に大きな支障が残り、元の仕事に復帰できないケースも少なくありません。このような場合、労災保険だけでは生活が成り立たないこともあるため、他の制度や職場での配慮を含めた対応が必要となります。
障害補償年金だけでは足りない場合の公的支援制度
障害補償給付(年金または一時金)は、労災によって発生した後遺障害に対して支給されますが、その金額だけでは生活を支えるには不十分な場合があります。そうしたときは、以下のような他の公的制度の活用が検討されます。
- 障害年金(厚生年金・国民年金)
→ 労災とは別に支給され、一定の障害等級に該当すれば受給可能です。 - 生活保護制度
→ 資産や収入状況に応じて、最低限の生活保障を受けることができます。
これらの制度は労災補償とは独立しており、受給資格や申請手続きも異なるため、社会保険労務士や年金事務所に相談しましょう。
復職できない場合の企業の対応
症状固定後も従業員が業務に復帰できない場合、企業としては、以下のような対応を検討する必要があります。
- 配置転換や軽作業への業務変更
→ 従来の業務が困難でも、負担の少ない業務に変更することで復職を支援 - 時短勤務やリモートワークへの切り替え
→ 就労可能な範囲を拡大し、段階的な復職を目指す - 休職制度の活用と延長の検討
→ 症状固定後も労働能力の回復を期待する場合には、一定期間の猶予を設けることも
労働契約法や判例では、「労働者の健康状態に応じて配慮すべき義務(安全配慮義務)」が会社に求められるため、安易な解雇や退職勧奨は避けるべきです。職場復帰支援プログラム(リワーク支援)などを活用することも選択肢の一つです。
症状固定後の生活設計と相談先
症状固定後も働けない状態が続く場合、被災者本人とその家族にとって、将来にわたる生活設計が課題となります。以下のようなサポート体制を整えておくことが望まれます。
- 社労士や弁護士による法的・制度的アドバイス
- 地域の労働局やハローワークでの再就職支援
- 障害者手帳の取得による福祉サービスの活用
- 自治体の障害者支援窓口での相談
労災保険による補償は、あくまで労働災害が原因で発生した障害や収入減に対する救済策です。その後の生活を安定させるためには、制度を横断的に組み合わせた支援が必要になることを念頭に置きましょう。
労災の症状固定後も適切な補償と支援を受けられるよう備えよう
労災による治療の過程で「症状固定」と判断されることは、治療の終了ではなく、補償内容が変わる節目を意味します。休業補償が終了する一方で、後遺症の有無に応じて障害補償給付や年金制度が適用されるため、症状固定後も正しい知識と手続きが不可欠です。
また、再発時の対応、働けない場合の生活設計にも、制度的な支援を活用することが求められます。本人・会社・医師が連携し、適切な補償を受けるための準備と相談体制を整えておくことが、安心につながります。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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