- 更新日 : 2025年6月2日
通勤中の事故は労災になる?認められないケースは?
通勤途中に発生したケガや交通事故は、状況によっては「労災保険」の対象になります。とはいえ、すべての通勤中の事故が労災として認定されるわけではなく、判断には法律上の基準や過去の運用実例が関係します。企業の人事担当者にとって、従業員から通勤中の事故報告を受けた際に適切に対応するには、通勤災害の範囲や労災保険の制度内容を正しく理解しておくことが欠かせません。
この記事では、通勤中の労災が認められる条件、実際の事例、労災申請の流れ、そして企業としての対応ポイントまで、網羅的にわかりやすく解説します。
目次
労災保険における「通勤」の定義とは
労災保険法では、通勤とは「就業に関し、住居と就業の場所との間を、合理的な経路および方法で往復すること」と定義されています。これには、就業の場所が複数ある場合の移動や、単身赴任中に帰省する場合なども含まれます。
合理的な通勤経路とは、社会通念上、通常利用される経路・手段のことであり、徒歩、自転車、電車、自家用車などが該当します。
労災法における「通勤」の意味
労災保険における「通勤」とは、労働者が就業に関し行う一定の移動を指し、労災保険法第7条第2項において明確に定義されています。具体的には、以下の3つの移動が「通勤」として認められています。
- 住居と就業の場所との間の往復
これは、自宅から会社へ出勤する際の移動、および会社から自宅へ退勤する際の移動を指します。ここでいう「住居」は、労働者が日常生活の拠点として使用している家屋であり、必ずしも住民票上の住所と一致する必要はありません。例えば、単身赴任者が家族のいる自宅とは別に、勤務先の近くにアパートを借りてそこから通勤している場合、そのアパートが「住居」とみなされます。また、早朝出勤や深夜残業の際に、一時的に会社近くのホテルや借りている別のアパートに宿泊し、そこから出勤する場合も、そのホテルやアパートが「住居」として扱われることがあります。一方、「就業の場所」とは、労働者が実際に業務を開始し、または終了する場所を指し、一般的には会社や工場などが該当します。営業職など外勤業務に従事する労働者の場合は、自宅を出てから最初の訪問先が業務開始の場所、最後の訪問先が業務終了の場所となります。 - 就業の場所から他の就業の場所への移動
複数の事業所で働く労働者が、ある就業場所での勤務を終え、別の就業場所へ移動する場合も「通勤」と認められます。 - 住居と就業の場所との間の往復に先行し、または後続する住居間の移動。
これは、例えば単身赴任者が、赴任先の住居と家族が住む自宅との間を移動する場合などが該当します。この移動が「通勤」と認められるためには、厚生労働省令で定める一定の要件を満たす必要があります。一般的には、転勤に伴い、従来の住居から勤務地への通勤が困難(片道60キロメートル以上など)になったために住居を移転し、やむを得ない事情により家族と別居することになった場合などが該当します。配偶者がいない場合の子供との別居や、配偶者も子供もいない場合に介護が必要な父母や親族との別居も同様に扱われます。
これらの移動は、合理的な経路および方法により行われる必要があり、業務の性質を有するものは除かれます。
「通勤災害」と「業務災害」の違い
通勤災害とは、上記のような通勤に伴って発生した負傷や疾病、障害、死亡などのことを指します。一方で、業務災害は就業中、つまり勤務時間中に業務に起因して発生した事故などが対象です。例えば、工場内での作業中の事故は業務災害に該当しますが、出勤途中の電車内での転倒は通勤災害として扱われます。
項目 | 通勤災害 | 業務災害 |
---|---|---|
給付の名称 | 療養給付、休業給付、障害給付など、「補償」の文字がない | 療養補償給付、休業補償給付、障害補償給付など、「補償」の文字がある |
療養給付の自己負担 | 原則として200円を超えない範囲で一部負担金あり(日雇特例被保険者は100円) | 労働者の自己負担金なし |
休業(補償)給付の待機期間中の補償 | なし | 使用者による休業補償あり(平均賃金の60%以上) |
解雇制限 | なし | あり(休業期間とその後30日間は原則として解雇できない) |
申請用紙 | 通勤災害用の申請用紙を使用 | 業務災害用の申請用紙を使用 |
どんな場合に通勤中の事故が労災と認められるか
通勤ルート上での交通事故
通勤経路上で発生した交通事故は、労災保険の通勤災害として認められる可能性があります。例えば、自宅から会社まで自転車で向かう途中で自動車と接触し負傷した場合、その通勤経路が合理的であれば労災対象となります。通勤手段が公共交通機関でも自転車でも、認定の可否は経路と方法の合理性によって判断されます。
駅構内や自転車通勤中の転倒など
通勤中に駅の階段で転倒した、バスを降りた直後に滑って転んだ、自転車で通勤中に転倒したといったケースも、通勤災害として認定されることがあります。重要なのは、それが就業の場所への移動中であり、通常想定される合理的な経路で発生した事故であることです。
労災と認められないケースとは
通勤途中の寄り道(逸脱・中断)
通勤中に業務と無関係な目的でルートを逸脱した場合、その間の移動や事故は通勤とは認められません。例えば、通勤途中にカフェに立ち寄る、ショッピングモールで買い物をするなど、日常生活に必要とは言えない行動を取った場合、その逸脱の間とその後の移動は労災の適用外となります。
ただし、選挙の投票や日用品の購入、医療機関の受診など「日常生活上必要な行為」であり、かつ最小限のものであれば、逸脱後に通勤に復帰したとみなされ、以後の経路は通勤と認められることがあります。
私用による時間的・空間的な逸脱
通勤に関係しない目的で著しく遠回りをする、長時間の寄り道をするなど、時間的・空間的に通勤の合理性を欠いた移動は、通勤災害と認定されない傾向があります。例えば、趣味のために回り道をしていた際の事故や、友人と私的な会食に向かう途中での負傷などは、通勤の範囲外とみなされる可能性が高くなります。
労災保険が適用されるかどうかの判断は、事故発生時の状況や移動経路、目的などを総合的に考慮して行われるため、ケースバイケースとなります。
通勤中の労災が認められるための要件
合理的な経路・方法とは
労災保険法第7条の「通勤」の要件
労災保険法第7条では、「通勤」とは、労働者が住居と就業の場所との間を合理的な経路および方法で往復することをいいます。この合理性は、移動手段が一般的に使われているものであるか、通勤距離が極端に長くないかといった観点から判断されます。例えば、電車通勤の代わりにタクシーを使うことも、状況によっては合理的とみなされる場合があります。
寄り道後の「復帰」がポイントになることも
通勤中に寄り道をした場合でも、所定の条件を満たしていれば、その後の経路が通勤と認められる可能性があります。例えば、日用品の買い物や病院への立ち寄りなど、法律上認められた最小限の私的行為については、再び本来の通勤ルートに戻った時点から「通勤に復帰した」とみなされ、以後の事故は通勤災害の対象となることがあります。
このように、「どの時点で通勤が再開されたと判断されるか」が労災の認定において非常に重要なポイントになります。
「通勤災害」として認められた裁判例・事例
裁判所で認められた通勤中事故の例
過去の裁判例では、業務に必要な忘れ物を取りに戻る途中で発生した事故が通勤災害として認定された事例があります。また、保育園への送迎後に職場へ向かう途中の事故についても、日常生活に必要な行為として通勤の範囲と認定された例があります。
労基署判断が分かれやすいグレーな事例
一方で、同じように寄り道をしていた場合でも、目的や寄り道の内容によっては判断が分かれるケースがあります。例えば、コンビニでの長時間の滞在や、私的な買い物を目的とした大きな遠回りをした場合などです。このようなグレーゾーンの事例では、事故発生時の状況や従業員の申告内容、実際の経路などをもとに、労働基準監督署が個別に判断します。
企業としては、過去の判例や行政通達に基づいて通勤災害の判断ポイントを把握し、疑問があれば専門家への相談を行うことが望ましい対応です。
通勤中の労災が発生したときの対応方法
労災申請の手順
会社を通じた申請の流れ
通勤災害が発生した場合、従業員本人が労災指定医療機関を受診し、労災保険による給付を申請します。会社は、労災保険請求に必要な書類の記入・証明を行い、労働基準監督署への提出をサポートします。
基本的な流れは以下のとおりです。
- 従業員が事故・負傷の発生を会社に報告
- 労災指定病院で診療を受け、医師に所定書類を記入してもらう
- 会社が「通勤災害に関する証明欄」など必要事項を記入
- 書類一式を労働基準監督署に提出
フォーム(様式第16号の3など)と提出先
通勤災害で療養給付を受ける際には、「療養給付たる療養の給付請求書(様式第16号の3)」を用います。これらは労働基準監督署に提出し、労災保険の適用を受けます。
申請書は厚生労働省のウェブサイトからダウンロード可能で、必要に応じて医師や事業者の証明が求められます。
- 療養給付たる療養の給付請求書(通勤災害用)(様式第16号の3):
労災指定医療機関で治療を受ける場合に提出します。提出先は、受診する労災指定医療機関です。 - 療養給付たる療養の費用請求書(通勤災害用)(様式第16号の5):
労災指定医療機関以外で治療を受け、治療費の払い戻しを請求する場合に提出します。提出先は、事業所の所在地を管轄する労働基準監督署です。 - 休業給付支給請求書(通勤災害用)(様式第16号の6):
通勤災害による負傷や疾病のため仕事を休業し、賃金を受けられない場合に提出します。提出先は、事業所の所在地を管轄する労働基準監督署です。 - 障害給付支給請求書(通勤災害用)(様式第16号の7):
通勤災害による負傷や疾病が治癒後も障害が残った場合に提出します 。提出先は、事業所の所在地を管轄する労働基準監督署です。
会社が非協力的なときの対処法
労働基準監督署への直接申請
本来は会社が申請手続きを補助しますが、事情により協力が得られない場合でも、労働者本人が自ら労基署に申請することが可能です。その際、診断書や事故の状況を示す資料などが必要になります。
直接申請は、会社が通勤災害の事実を認めない場合や、書類への記入を拒否するような状況でも、労災給付を受ける権利を確保するための手段として有効です。
社労士への相談や支援制度
通勤災害の申請手続きに不安がある場合は、社会保険労務士に相談することで、手続きの代行やアドバイスを受けることができます。また、各地の労働基準監督署や労働局では、労災保険に関する無料相談窓口を設けており、手続き上の不明点についてサポートを受けることができます。
会社側の対応に問題がある場合や、申請が進まない場合には、こうした外部リソースを活用することで、労災給付の遅れや不利益を防ぐことが可能です。
通勤中の労災が認められると受けられる補償
療養給付・休業給付の内容
通勤災害により負傷や疾病が生じた場合、労災保険から以下の給付が受けられます。
- 療養給付:労災指定医療機関での診療や治療にかかる費用が全額支給されます。自己負担はありません。
- 休業給付:仕事を休まざるを得なくなった場合、休業4日目以降について、1日につき給付基礎日額の60%が支給されます。
- 特別支給金:休業給付とは別に、1日につき給付基礎日額の20%相当が支給されます。
これらを合算すると、実質的に休業中の賃金の約80%が補償される形となります。
障害が残った場合の補償や年金制度
通勤災害によって後遺障害が残った場合、障害等級に応じた障害給付が支給されます。等級が重い場合には一時金ではなく年金として継続的に支給されるケースもあります。
- 障害給付(障害等級1~7級):年金として支給されます
- 障害一時金(障害等級8~14級):一括で支給されます
障害等級は医学的な評価に基づいて決定され、日常生活や就労に支障を及ぼす度合いに応じて分類されます。年金の金額や期間については、給付基礎日額および等級により異なります。
後遺障害の程度が重く、長期にわたる療養や生活支援が必要な場合には、追加の福祉的支援制度(介護給付など)の対象となることもあります。
通勤中の労災をめぐるよくある疑問
自転車通勤やバイク通勤も対象?
自転車やバイクでの通勤も、通勤災害の対象となる可能性があります。労災保険では、移動手段が徒歩、電車、自家用車、自転車、バイクなどであるかを問わず、合理的であれば通勤と認められます。
ただし、会社の就業規則でバイク通勤を禁止している場合でも、労災保険の給付対象にはなり得ます。とはいえ、そのようなケースでは、社内規定違反として別途処分対象となることもあるため、企業側は通勤手段を適切に把握し、通勤届などで事前申告を求めることが望まれます。
フレックスタイム制・在宅勤務中は?
フレックスタイム制であっても、通勤と認められる時間帯の範囲であれば、通勤災害の適用は可能です。出勤・退勤時刻が異なっていても、就業のための移動であれば通勤とみなされます。
在宅勤務中の場合、原則として通勤が発生しないため、通勤災害は想定されません。ただし、在宅勤務の日に会社からの指示で出社した場合、その移動は通勤とみなされ、災害があれば通勤災害として扱われることがあります。
アルバイトやパートも労災対象?
労災保険は、正社員だけでなく、アルバイトやパートなどすべての労働者が対象です。雇用形態や勤務時間の長短にかかわらず、事業主に雇用されている労働者であれば、通勤災害も含めた労災給付を受ける権利があります。
企業側も、非常勤労働者に対して労災保険の対象であることを認識し、通勤中の事故が発生した際には正社員と同様に対応する必要があります。
第三者(加害者)がいる場合の対応は?(自賠責との関係)
通勤中の交通事故で相手方がいる場合、加害者側の自賠責保険または任意保険が関係してくることがあります。このようなケースでは、労災保険と自賠責保険のどちらを使うかは原則として労働者が選択できます。
一般的には、治療費や休業給付を速やかに受けるために、労災保険を先に申請するのが有効です。そのうえで、自賠責保険からの補償を後から調整・精算することも可能です。
また、原則として労災保険を利用しても企業の保険料率には影響がありません。人事担当者は、従業員に対して制度の違いや併用方法について適切に説明し、円滑な対応ができるよう備えておくことが求められます。
通勤中の労災を防ぐためにできること
企業としての安全配慮義務
企業は、労働者が安全かつ健康に働くことができるように配慮する義務(安全配慮義務)を負っています。この義務は、通勤中の安全にも及ぶと考えられます。企業として通勤中の労災を防ぐためにできることとしては、以下のような点が挙げられます。
- 安全な通勤方法に関する指導や啓発を行う。
- 自転車通勤を認める場合に、安全運転に関する講習を実施したり、自転車保険への加入を推奨したりする。
- 通勤経路の危険箇所を把握し、労働者に周知する。
- 事業所内の通路や駐車場などを安全に管理する。
- フレックスタイム制やテレワークなど、柔軟な働き方を導入することで、通勤ラッシュを避けることができるようにする。
個人でできる事故予防の工夫
労働者個人としても、通勤中の事故を防ぐために様々な工夫ができます。
- 交通ルールを守り、安全な方法で通勤する。
- 歩行中や自転車運転中にスマートフォンを操作するなど、ながら行為をしない。
- 体調が悪いときは無理をせず、公共交通機関を利用するなど、安全な移動手段を選ぶ。
- 自転車通勤の場合はヘルメットを着用し、車両の点検を怠らない。
- 天候が悪いときは、時間に余裕をもって出発する。
通勤経路・手段の申告と見直し
労働者は、会社に対して通勤経路や手段を正確に申告することが重要です。通勤経路や手段を変更した場合は、速やかに会社に届け出るようにしましょう。
また、通勤経路に危険な箇所がないか定期的に見直し、必要であれば会社に改善を求めることも大切です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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