- 更新日 : 2025年11月26日
人事戦略を立案するには?具体的な手順や注意するべきポイントを解説
企業の持続的な成長において、人事戦略の立案は経営の根幹をなす重要な要素です。単なる採用や労務管理にとどまらず、経営目標と人材をいかに連動させるかが、企業の競争力を大きく左右します。
本記事では、実効性の高い人事戦略を立案するために、まず中核となる具体的な立案手順をフレームワークに沿って詳しく解説します。その上で、前提知識となる「人事戦略とは何か」「人材戦略とどう違うのか」といった定義、そして立案プロセスで陥りがちな失敗を避けるための注意点まで網羅的に説明します。この記事を読めば、自社の未来を描くための戦略的な人事企画の第一歩を踏み出せるでしょう。
目次
人事戦略の立案はどのように行う?具体的な6ステップ
人事戦略の立案は、以下の6つのステップに沿って進めるのが一般的です。この手順を踏むことで、経営戦略と連動した、実効性の高い戦略を策定できます。
ステップ1. 経営課題・事業戦略の理解
最初に行うべきは、自社の経営理念やビジョン、中期経営計画などを深く理解し、経営層が何を目指しているのかを正確に把握することです。
人事戦略は、あくまで経営戦略を人材面から実現するための手段です。そのため、経営のゴールがどこにあるのかを理解することが、すべての出発点となります。
- 経営層へのヒアリングを実施する
- 中期経営計画書、決算説明資料、事業計画書などを読み込む
- 自社のビジネスモデルや収益構造を理解する
ステップ2. 現状分析と課題の特定
次に、理想(経営戦略が求める人材・組織)と現状のギャップを明らかにするため、外部環境と内部環境の両面から客観的な分析を行います。
この分析を通じて、自社が抱える人事面の課題を具体的に洗い出します。この分析を客観的かつ構造的に進めるために、後述するSWOT分析などのフレームワークが役立ちます。
- 内部環境分析:自社内の人材に関するデータを分析します。
- 人員構成:年齢、性別、勤続年数、部門別人員数などの分布
- スキル・コンピテンシー:従業員が持つスキルや資格、能力の棚卸し
- 人事データ:離職率、採用コスト、従業員満足度、人件費など
- 外部環境分析:自社を取り巻く外部の状況を分析します。
- 労働市場:有効求人倍率、労働人口の動態、採用競合の動向
- 法改正:労働関連法の改正の動き(例:働き方改革関連法)
- 社会・技術動向:価値観の多様化、DXの進展など
ステップ3. 人事戦略の目標(KGI/KPI)設定
分析で見つかった課題をもとに、人事戦略で何を達成するのか、具体的で測定可能な目標(KGI/KPI)を設定します。
目標を数値化することで、戦略の進捗度を客観的に評価し、関係者間の共通認識を持つことができます。
- KGI(Key Goal Indicator/重要目標達成指標):戦略が最終的に目指すゴール。
- 例:3年後に次世代リーダー候補人材を10名創出する。
- KPI(Key Performance Indicator/重要業績評価指標):KGI達成のための中間指標。
- 例:「リーダーシップ研修の受講完了率95%」「対象者のコンピテンシー評価スコアを年平均5%向上」などを設定。
ステップ4. 具体的な人事施策の策定
設定した目標を達成するために「採用」「育成」「配置」「評価」「報酬」といった各領域で、どのような人事施策を実行するかを具体的に設計します。
ここで重要なのは、それぞれの施策がステップ3で設定した目標と明確に紐づいていることです。
| 人事領域 | 施策の具体例 |
|---|---|
| 採用 |
|
| 育成 |
|
| 配置 |
|
| 評価 |
|
| 報酬 |
|
ステップ5. 実行計画(ロードマップ)の作成と周知
策定した人事施策を「いつ」「誰が」「どのように」実行するのかを時系列で整理したロードマップを作成し、関係者へ丁寧に説明して協力を得ます。
どんなに優れた戦略も、関係者の理解と協力がなければ実行できません。
ステップ6. 実行と効果測定・改善(PDCA)
人事戦略は立てて終わりではなく、計画通りに実行し、定期的に効果を測定して改善を繰り返すPDCAサイクルを回すことが成功の鍵です。
ステップ3で設定したKPIの進捗をモニタリングし、計画通りに進んでいない場合は原因を分析し、施策を修正します。
人事戦略の立案に役立つ代表的なフレームワーク
人事戦略を立案する過程、特に現状分析や課題特定のフェーズでは、思考を整理し、客観的な視点をもたらすフレームワークの活用が非常に有効です。ここでは代表的なものをいくつか紹介します。
PEST分析
自社を取り巻く外部環境(マクロ環境)を「政治(Politics)」「経済(Economy)」「社会(Society)」「技術(Technology)」の4つの観点から分析する手法です。自社ではコントロールできない大きな変化が、人材確保や制度設計にどのような影響を与えるかを予測するために用います。
- 政治 (Politics):労働関連法の改正、育児・介護休業法の動向など
- 経済 (Economy):景気動向、賃金水準の変化、有効求人倍率など
- 社会 (Society):労働人口の減少、働き方の多様化、価値観の変化(ダイバーシティなど)
- 技術 (Technology):AIやRPAの進化、HRテックの普及など
SWOT分析
内部環境である「強み(Strengths)」「弱み(Weaknesses)」と、外部環境である「機会(Opportunities)」「脅威(Threats)」の4つの要素を整理・分析する手法です。人事領域の現状を多角的に評価し、戦略の方向性(強みを活かす、弱みを克服するなど)を定めるのに役立ちます。
| 環境 | プラス要因 | マイナス要因 |
|---|---|---|
| 内部環境 | 強み (S) 例: 若手の定着率が高い | 弱み (W) 例: 管理職の育成が遅れている |
| 外部環境 | 機会 (O) 例: DX人材の市場が拡大 | 脅威 (T) 例: 労働人口の減少 |
クロスSWOT分析(TOWS分析)
SWOT分析で洗い出した4つの要素を掛け合わせる(クロスさせる)ことで、具体的な戦略を導き出すフレームワークです。SWOT分析が「事実の整理」であるのに対し、こちらは「戦略の策定」に用います。
- 強み × 機会(S+O):自社の強みを活かして、外部の機会を最大限に利用する戦略。(例: 高い定着率をアピールし、DX人材の採用を強化)
- 弱み × 機会(W+O):外部の機会を活かして、自社の弱みを克服する戦略。(例: DX市場拡大に合わせ、管理職向けのリスキリング研修を導入)
- 強み × 脅威(S+T):外部の脅威を、自社の強みで回避・軽減する戦略。(例: 労働人口減少に対し、高い定着率のノウハウを活かして中途採用を強化)
- 弱み × 脅威(W+T):弱みを補強し、脅威による最悪の事態を回避する戦略。(例: 管理職不足と労働人口減少に備え、早期から次世代リーダー選抜を開始)
ロジックツリー分析
一つの大きな問題をツリー(木)の枝葉のように分解し、根本的な原因(ボトルネック)を特定するためのフレームワークです。抽象的な課題を具体的なアクションに落とし込む際に役立ちます。
- 例:「若手の離職率が高い」という課題を分解
- → 「入社1年目」「入社3年目」
- → 「入社1年目」をさらに分解 → 「オンボーディング(OJT)の問題」「人間関係の問題」
- → 「OJTの問題」をさらに分解 → 「指導役のスキル不足」「業務マニュアルが未整備」
- 根本原因(施策):指導役(トレーナー)向けの研修を実施する。
PPM(プロダクトポートフォリオマネジメント)分析
元々は、自社の事業や製品を「市場成長率」と「市場占有率」で4象限に分類し、経営資源の配分を決めるためのビジネス戦略フレームワークです。 これを人事戦略に応用し、「どの事業(部署)に、どのような人材を、どれだけ重点的に配置・投資(採用・育成)すべきか」を判断するために用います。
- 例:「花形事業(急成長中)」には、ハイポテンシャルな人材を集中投下し、採用予算も重点的に配分する。一方、「金のなる木(安定収益)」事業では、効率化とノウハウの承継を重視した人材配置を行う。
VRIO分析
企業の経営資源(ヒト・モノ・カネ・情報)が持つ競争優位性を「経済的な価値(Value)」「希少性(Rarity)」「模倣困難性(Imitability)」「組織(Organization)」の観点から評価する手法です。
特に、人材や独自の組織文化といった「人的資本」が、他社に真似できない持続的な競争力の源泉となっているかを客観的に評価する際に役立ちます。
そもそも人事戦略とは?
人事戦略とは、企業の経営戦略やビジョンを実現するために、「人材」の獲得・育成・配置・評価・処遇などを最適化し、組織能力を最大化するための中長期的な計画のことです。言い換えれば、経営目標というゴールに対して、「どのような人材・組織を、いかにして作るか」という道筋を示す羅針盤と言えます。
経営戦略と人事戦略の関係性
人事戦略は経営戦略に従属するものではなく、相互に連動し、一体となって推進されるべき重要な要素です。経営戦略が「どの市場で何をどのように」事業を成長させるかを示すのに対し、人事戦略はそれを実現するための「人材・組織」を最適化する役割を担います。両者が密接に連携することで初めて、戦略の実効性が高まるのです。
人事戦略と人材戦略の違い
人事戦略と人材戦略は、ほぼ同義で使われることも多いですが、両者のニュアンスには違いがあります。一般的に、人事戦略の方がより広範な概念を指します。
- 人事戦略:採用、育成、配置、評価、報酬といった人事制度や仕組み全体を通じて、組織能力を最大化しようとする包括的な計画。組織構造の設計や組織文化の醸成なども含みます。
- 人材戦略:より「個々の人材(タレント)」に焦点を当てた戦略。特に、経営目標の達成に不可欠な優秀人材の獲得・育成・リテンション(定着)に重きを置く場合に用いられる傾向があります。
人事戦略という大きな枠組みの中に、重要な要素として人材戦略が位置づけられる、と理解すると分かりやすいでしょう。
人材戦略については、以下の記事でも詳しく紹介しています。
人事戦略が企業にもたらすメリット
効果的な人事戦略は、従業員のエンゲージメント向上や生産性の最大化を通じて、企業の持続的な成長を実現します。戦略的に人材を育成・配置することで、事業計画の達成確度が高まるだけでなく、以下のような多様なメリットが期待できます。
| 種類 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 人材の確保と定着 | 企業のビジョンに共感する優秀な人材を採用し、働きがいのある環境を提供することで離職率を低下させる。 |
| 生産性の向上 | 適材適所の人員配置やスキル開発により、従業員一人ひとりのパフォーマンスを最大化し、組織全体の生産性を高める。 |
| 次世代リーダーの育成 | 計画的なサクセッションプランに基づき、将来の経営を担うリーダー候補を早期から育成する。 |
| 組織文化の醸成 | 企業が目指す姿に沿った価値観や行動規範を浸透させ、変化に強く、一体感のある組織文化を育む。 |
| 人的資本経営の実践 | 人材を「資本」として位置づけ、その潜在的価値を最大限に発揮させることで、企業価値の向上へと結びつける。 |
人事戦略の立案で失敗しないための注意点とは?
人事戦略の立案を成功させるには、経営層との密な連携、現場の声の尊重、そして計画の柔軟な見直しというポイントが特に重要です。ここでは、立案プロセスで陥りがちな失敗を防ぐための、6つの重要な注意点を解説します。
1. 経営層との連携を密にする
人事戦略は経営戦略と一体であるため、立案の初期段階から完了まで、常に経営層を巻き込み、認識をすり合わせ続ける必要があります。人事部門だけで策定を進めてしまうと、経営の意図とズレが生じたり、実行段階で経営層からの十分なバックアップが得られなかったりするリスクがあります。
2. 現場の意見を無視しない
机上の空論で終わらせないためには、従業員アンケートや管理職へのヒアリングなどを通じて、現場の実態や意見を十分に反映させることが不可欠です。現場の納得感が得られない施策は、形骸化したり、思わぬ反発を招いたりする可能性があります。
3. 施策の優先順位を明確にする
現状分析を行うと、「採用強化」「育成体系の整備」「評価制度の見直し」など、取り組むべき課題が山積みに見えることがよくあります。しかし、限られたリソース(ヒト・モノ・カネ)の中で、これらすべてを同時に高い品質で実行するのは困難です。戦略立案の段階で、「経営戦略へのインパクトの大きさ(重要度)」と「実行までのスピード感(緊急度)」で施策を整理し、優先順位を明確にすることが失敗しないための鍵となります。
4. 抽象的な目標で終わらせない
「従業員のモチベーションを上げる」といった目標では、何をもって達成とするのかが不明確です。人事戦略の策定においては、可能な限り「離職率を5%低下させる」「エンゲージメントサーベイのスコアを10ポイント向上させる」といった具体的な数値目標(KPI)に落とし込むことが重要です。
5. 戦略を実行できる人事部門の体制を整える
どんなに優れた戦略を立案しても、それを実行する人事部門自体にリソース(人員、予算、専門スキル)がなければ計画倒れに終わります。例えば、タレントマネジメントシステムを導入する戦略なら、それを使いこなせるITスキルが人事担当者に必要です。戦略立案と同時に、「その戦略を誰が実行するのか?」という人事部門の体制や必要なスキルセットについても検討し、整備することが不可欠です。
6. 定期的な見直しと柔軟な修正を行う
市場環境や組織の状況は常に変化するため、一度立てた戦略に固執せず、定期的に進捗を確認し、必要に応じて柔軟に計画を修正する姿勢が求められます。半期に一度、少なくとも年に一度は戦略全体をレビューし、必要であれば大胆な軌道修正も厭わない柔軟性が成功の鍵となります。
経営と人材をつなぐ、人事戦略立案への第一歩
本記事では、これからの企業経営に不可欠な人事戦略の立案について、その基本となる定義や人材戦略との違いから、具体的な立案手順、分析に役立つフレームワーク、そして成功に導くための注意点までを網羅的に解説しました。
人事戦略とは、経営戦略と連動し、目標達成に不可欠な「人材・組織」という経営資源を最適化するための羅針盤です。本記事で解説した手順や考え方を参考に、自社の課題解決と持続的成長につながる、実効性の高い人事戦略策定の第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
人事労務の知識をさらに深めるなら
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