- 更新日 : 2025年6月5日
アーンアウトとは?メリット・デメリットや計算方法を解説
M&A取引における価格調整手法の一つとして「アーンアウト(Earnout)」への関心が高まっています。アーンアウトは、特にクロスボーダー案件やテクノロジー、バイオといった特定のセクターで活用されることが多いものの、日本国内の取引においてもその導入が検討されるケースが増えています。
この記事では、アーンアウトの基本的な定義や仕組み、具体的な計算方法、メリット・デメリット、そして契約締結や実行における重要な注意点について解説します。
目次
アーンアウトとは?
アーンアウト(Earnout)とは、M&A取引において、買収対価の一部を取引完了(クロージング)後、一定期間内に、買収対象となった会社または事業が事前に合意された特定の業績目標等を達成した場合に限り、買い手が売り手に対して追加的に支払うことを定める契約上の取り決めを指します。これは、「条件付取得対価」または「条件付対価」とも呼ばれます。
アーンアウトの基本的な仕組み
基本的な仕組みとしては、まずクロージング時に買収対価の一部(初期支払額)が支払われます。その後、契約で定められた「アーンアウト期間」(通常1年から3年程度、場合によってはそれ以上)において、対象会社・事業の業績(例:売上高、利益)や特定の非財務目標(例:薬事承認の取得)が、事前に設定された基準を満たした場合にのみ、追加の対価が支払われます。もし目標が達成されなかった場合、この追加支払いは行われません。
これは、通常M&Aの対価がクロージング時に一括で支払われることが多いのとは対照的です。アーンアウトは、実質的に買収対価の一部を将来の業績達成と連動させた分割払いにする仕組みと捉えることができます。
これらの条件は、株式譲渡契約書(SPA)などのM&A関連契約書の中に、「アーンアウト条項(Earn-out Clause)」として具体的に規定されます。
アーンアウト条項の詳しい記載内容についてはこちらの記事をお読みください。
関連記事:アーンアウト条項の内容は?条項の構成要素について詳しく解説
アーンアウトが活用される背景
アーンアウトがM&A取引で用いられる主な背景には、いくつかの要因があります。
第一に、買い手と売り手の間の企業価値評価(バリュエーション)に関する見解の相違を埋めるためです。売り手は自社の将来性について楽観的な見通しを持ちがちですが、買い手は情報の非対称性(売り手の方が自社事業について詳しい)やリスク回避の観点から、より慎重な評価を行う傾向があります。アーンアウトは、将来の実際の業績に基づいて対価の一部を決定することで、このギャップを埋めることを可能にします。
第二に、将来の不確実性に伴うリスクの適切な配分・軽減を目的としています。買い手にとって、アーンアウトは、買収後に期待した業績が達成されなかった場合や、予期せぬ問題(偶発債務など)が顕在化した場合の「高値づかみ」リスクをヘッジする手段となります。これは、特に成長性は高いものの事業リスクも大きいスタートアップ企業、バイオ・製薬企業、テクノロジー企業などの買収において有効です。
第三に、情報の非対称性の緩和です。売り手が持つ内部情報を買い手が完全には把握できない状況下で、将来の業績という客観的な結果に基づいて対価を調整することは、情報格差に起因する問題を軽減する効果があります。
第四に、上記のような機能を通じて、価格交渉が難航している案件や、リスクが高いために通常なら成立が難しい案件の実現を促進する役割を果たします。
M&Aにおけるアーンアウトの役割
M&A取引において、アーンアウトは主に以下の役割を担います。
- ディール・ファシリテーション機能
前述の通り、買い手と売り手の間のバリュエーションギャップを埋め、合意形成を容易にします。 - リスク管理ツール
特に買い手にとって、将来の業績不振リスクや未認識債務リスクなどを軽減するための重要なツールとなります。 - インセンティブ機能
M&A後も経営に関与する売り手側の経営陣や従業員に対して、設定された目標達成へのインセンティブを与え、M&A後の企業価値向上に向けた利害を一致させる効果があります。これは、キーマン条項(ロックアップ条項)と組み合わせて用いられることもあります。 - 価格調整メカニズム
事前の予測だけでなく、M&A後の実際のパフォーマンスに基づいて買収価格を事後的に調整する、動的な価格決定メカニズムとして機能します。
ただし、アーンアウトは単なる中立的な価格調整ツールではなく、本質的にリスクを移転させるものである点を理解することが重要です。買い手は初期のリスクを軽減できますが、売り手は追加支払いを受け取れない不確実性を負うことになります。このリスク移転の性質は、アーンアウトが単なる評価手法の補完ではなく、当事者のリスク許容度や交渉力を反映する、M&A交渉における核心的な論点の一つであることを意味します。
また、アーンアウト条項の導入は契約内容を複雑化させ、交渉期間やコストを増加させる可能性もあります。したがって、M&A担当者は、アーンアウトを単なる評価ギャップ解消策としてだけでなく、重要なリスク配分手段として認識し、そのリスク移転の公平性について明確に交渉する必要があります。その複雑さゆえに、将来の紛争を避けるためには、契約書の詳細な作成と専門家による助言が不可欠となります。
アーンアウトの計算方法
アーンアウトの支払額を計算する上で最も重要な要素は、契約で合意される業績等の達成目標となる「指標」の選択です。指標は大きく財務指標と非財務指標に分類されます。
財務指標
- 主な種類:売上高、粗利、営業利益、純利益、EBITDA(利払前・税引前・減価償却前利益)、営業キャッシュ・フロー、フリーキャッシュ・フローなどが一般的に用いられます。複数年度の平均値や合計値が用いられることもあります。
- 売上高:比較的、会計方針による影響を受けにくく操作されにくいとされますが、必ずしも収益性を反映しない可能性があります。
- 利益指標 (営業利益、純利益、EBITDAなど):企業価値の創出により直結しますが、会計基準の選択や買収後の買い手の経営方針(費用配分など)によって変動しやすく、操作されるリスクも指摘されます。特にEBITDAは、キャッシュ・フローに近い指標として国際的な実務で頻繁に利用されます。
非財務指標
- 概要:特定の戦略目標達成が重要視される場合、財務数値以外の指標が用いられることがあります。
- 主な種類:規制当局からの承認取得(例:新薬承認)、臨床試験の成功、製品開発のマイルストーン達成、新規顧客獲得数やユーザー数、顧客維持率、市場シェア、従業員数や離職率、重要契約の締結・更新、特定プロジェクトの完了、施設の稼働率、販売個数などが挙げられます。KPI(重要業績評価指標)として設定されることもあります。
- 適用場面:財務結果が遅行指標となる場合や、特定の非財務的な成果自体が価値の源泉となる場合(例:収益化前のバイオベンチャー)に有効です。
指標選択における考慮事項:
選択される指標は、具体的(Specific)、測定可能(Measurable)、達成可能(Achievable)、関連性がある(Relevant)、期限が明確(Time-bound)であること(いわゆるSMART原則)が重要です。また、売り手がM&A後も経営に関与する場合、そのコントロールが及ぶ範囲内の指標を選ぶことが望ましいとされます。
アーンアウトの計算例
アーンアウトの支払額の計算方法は契約ごとに多様ですが、以下にいくつかの典型的な例をご紹介します。
利益分配型(例:マネックス/コインチェック)
内容:アーンアウト期間(例:3年間)の累計純利益の一定割合(例:50%)を追加対価として支払う(上限設定あり)。
計算例:3年間の累計純利益が100億円の場合
閾値超過型(例:PKSHA/Aidora)
内容:アーンアウト期間(例:2年間)のEBITDAが一定の閾値(例:X億円)を超えた場合、その超過額の一定割合(例:30%)を追加対価として支払う(上限設定の可能性あり)。
計算例:2年間のEBITDAが4億円、閾値が3億円の場合
段階型(例:メニコン/板橋貿易グループの事例)
内容:アーンアウト期間(例:2年間)の平均営業利益に応じて、支払額が段階的に設定される。例えば、25億円未満なら0円、25億円~85億円なら利益額に応じて変動、85億円以上なら上限の65億円を支払う。
売上連動型
内容:アーンアウト期間(例:1年間)の売上高の一定割合(例:10%)を追加対価として支払う。
計算例:1年間の売上高が5億円の場合
マイルストーン達成型(例:製薬企業の事例)
内容:特定の非財務目標(例:期限内の薬事承認取得)を達成した場合に、予め定められた固定額(例:40億円)を支払う。
計算例:達成すれば40億円、達成できなければ0円。
複数指標連動型(例:YCPホールディングス/オークタスの事例)
内容:従業員数、売上高、税引前利益など、複数の指標の目標達成度に応じて支払額が決定される。
計算期間と金額の決定方法
次に、計算する期間と金額の決定方法について解説します。
計算期間(アーンアウト期間 / 評価期間)
一般的な期間として、クロージング後、通常1年から3年間とされることが多いです。ただし、事業特性(例:医薬品開発)によっては5年間など、より長期の期間が設定されることもあります。
期間が長くなるほど、経済情勢や市場環境の変化といった外部要因の影響を受けやすくなり、目標設定の信頼性が低下するため、比較的短期間が望ましいとされます。一方で、スタートアップ企業や事業再生局面など、中長期的な計画に基づいて評価する必要がある場合は、それに合わせた期間設定が検討されます。期間は、事業サイクル、業界特性、戦略目標、交渉力などを考慮して決定されます。
支払金額の決定方法
交渉による決定です。支払われる金額(または計算式)は、評価額のギャップ、認識されているリスク、将来の潜在的なアップサイドなどを考慮した上で、当事者間の交渉によって決定される重要な要素です。
上限(キャップ)・下限(フロア):買い手側の支払額リスクを限定するために、アーンアウト支払額に上限(キャップ)が設けられることが一般的です。下限(フロア)が設定されることは稀です。
支払時期・回数は、アーンアウト期間終了後に一括で支払われる場合や、期間中の特定の時点(例:毎年度末)やマイルストーン達成時に複数回に分けて支払われる場合があります。
通常は現金で支払われますが、買い手企業の株式やその他の有価証券が用いられることもあります。
アーンアウトの計算においては、指標の定義と計算方法の精度が極めて重要です。曖昧な指標や、操作の余地がある指標は、後の紛争の原因となります。売上高、EBITDA、純利益のいずれを選択するかによって、計算結果や操作可能性は大きく異なります。さらに、計算に適用される具体的な会計基準(特定の費用処理など)を契約書で明確に定義しなければ、解釈の違いから対立が生じる可能性があります。
したがって、アーンアウト条項では、(1) 正確な指標の定義、(2) 詳細な計算式、(3) 適用される会計基準と方針(特定日時点での適用される会計基準の固定や特定の処理方法の定義を含む)、(4) 検証のためのデータソース、(5) 計算に関する紛争解決メカニズムを細心の注意を払って規定する必要があります。これらの定義が不十分であることは、クロージング後の訴訟の主要な原因の一つです。
アーンアウト契約のメリット
アーンアウト契約は、買い手と売り手の双方にメリットをもたらす可能性があります。
買い手のメリット
- リスク軽減
最大のメリットは、将来の業績が不確実な場合に、初期の支払額を抑えることで「高値づかみ」のリスクを低減できる点です。買収後に業績が期待通りでなかったり、簿外債務などの問題が発覚したりした場合でも、追加支払いを回避または減額できます。実際の業績を確認してから対価の一部を支払う形になるため、投資判断の安全性が高まります。 - キャッシュ・フロー管理
買収対価の支払いを時間的に分散できるため、クロージング時の多額の資金流出を避け、手元資金への影響を緩和できます。これにより、大規模な初期の資金調達が不要になる可能性があり、特に手元資金が潤沢でない買い手にとっては、魅力的な案件への参入を可能にする場合があります。 - 売り手のモチベーション維持
M&A後も売り手側の経営陣が残る場合、アーンアウトは業績目標達成に向けた強力なインセンティブとして機能します。これにより、買い手と売り手の利害が一致し、M&A後の事業運営やキーパーソンの維持(リテンション)に貢献します。 - バリュエーションギャップの解消
売り手と買い手の間で企業価値評価に大きな隔たりがある場合に、将来の業績に基づいて価格を調整することで、合意形成を促進します。
売り手のメリット
- より高い総対価獲得の可能性
設定された目標を達成または超過した場合、当初の固定価格での売却よりも最終的に受け取る総額が高くなる可能性があります。自社の将来の成功が報酬に反映されることになります。 - 高成長・不確実性の高い企業の売却実現
スタートアップ企業のように、現時点での実績は乏しいものの将来性が期待される企業にとって、そのポテンシャルを価格に反映させる機会を提供します。これにより、買い手のリスク懸念から通常なら成立しないようなM&Aが実現可能になることがあります。 - 自社への自信の表明
アーンアウトを受け入れることは、売り手が自社の将来性に対して強い自信を持っていることの表れとみなされる場合があります。 - 継続関与へのインセンティブ
M&A後も経営に関与し続ける場合、目標達成が直接的な金銭的報酬に繋がるため、事業へのコミットメントを維持・向上させる動機となります。
アーンアウト契約のデメリット
一方で、アーンアウト契約には買い手・売り手双方にとって無視できないデメリットやリスクも存在します。
買い手のデメリット
- 最終的な支払額が高くなる可能性
対象企業が予想を大幅に上回る業績を達成した場合、当初想定していたよりも総支払額が高額になる可能性があります。最大支払額を念頭に置いた資金計画が必要です。 - 支払資金の確保リスク
アーンアウト期間中に買い手自身の業績が悪化したり、資金繰りが厳しくなったりした場合、アーンアウト対価の支払いが困難になるリスクがあります。契約上の支払い義務は免れないため、事前にコミットメントラインを設定するなど、資金調達手段を確保しておくことが重要です。 - PMI(統合プロセス)の複雑化・経営資源の分散
アーンアウト目標の管理や達成状況の測定・検証は、M&A後の統合プロセス(PMI)を複雑にし、経営陣の注意を他の重要な戦略的課題から逸らす可能性があります。短期的なアーンアウト指標達成への注力が、長期的な企業価値創造と相反する可能性も指摘されています。 - 紛争リスク
計算方法、会計基準の適用、業績操作の疑いなどを巡って、売り手との間で紛争が生じる可能性があります。これは時間とコストのかかる訴訟に発展するリスクを伴います。
売り手のデメリット
- 支払いの不確実性・対価未獲得リスク
追加対価を受け取れるかどうかは、将来の業績達成に依存します。市場環境の変化、買い手の経営判断や統合後の運営方針など、売り手自身がコントロールできない要因によって目標が達成できず、期待した対価を得られないリスクがあります。最悪の場合、追加対価がゼロになる可能性もあります。 - 支払いの遅延
対価の一部または全部の受け取りが、クロージング時からアーンアウト期間終了後まで遅れます。これにより、売り手のキャッシュ・フローや再投資計画に影響が出る可能性があります。 - 経営への影響力低下と買い手による影響
M&A後は通常、経営の主導権は買い手に移ります。買い手の戦略、投資判断、費用配分、グループ内取引などが、アーンアウト目標の達成に影響を与える可能性があります。極端な場合、買い手がアーンアウト支払いを回避するために意図的に業績を操作するリスクも指摘されています。 - 税務上の不利(売り手が個人の場合)
後述するように、日本の税務上、個人株主が受け取るアーンアウト対価は、譲渡所得(税率約20%)ではなく、より税率が高くなる可能性のある雑所得(最高税率約55%)として扱われることが一般的です。
共通のデメリット
- 契約の複雑性と交渉期間・コストの増加
アーンアウト条項は、指標の定義、計算方法、期間、前提条件など、多くの詳細な取り決めが必要となるため、契約内容が複雑になりがちです。その結果、交渉に多くの時間と労力、専門家(弁護士、公認会計士など)の費用が必要となり、取引コストが増加します。 - クロージング後の紛争可能性
契約条項の曖昧さ、計算結果への不満、M&A後の運営に対する不信感などが原因で、クロージング後に当事者間で紛争が発生しやすい傾向があります。 - 短期的な視点への偏り
アーンアウト目標達成を過度に重視するあまり、長期的な事業の健全性を損なうような短期的な行動を誘発する可能性があります。
アーンアウト契約の注意点
アーンアウト条項を含むM&A契約を締結・実行する際には、多くの注意点が存在します。
契約交渉における注意点
- 明確性・具体性
アーンアウト条項の文言は、曖昧さを徹底的に排除し、具体的かつ客観的に規定する必要があります。指標の定義、計算方法、適用される会計基準、支払いのトリガーとなる条件、支払時期、紛争解決手続きなどを、誰が読んでも一義的に解釈できるように詳細に定めることが不可欠です。曖昧な表現は、将来の紛争の火種となります。 - 公平性・バランス
交渉においては、一方の当事者に過度に有利または不利な条件とならないよう、公平な視点でのバランス感覚が求められます。アーンアウトがリスク移転の側面を持つことを認識し、そのリスク負担が合理的であるか、売り手のモチベーションを維持できるかなどを考慮する必要があります。 - 具体的な条項例
紛争予防や円滑な運用のため、以下のような条項の導入を検討すべきです。- 買い手の運営に関する誓約:買い手がアーンアウト期間中、対象事業をどのように運営するか(例:過去の慣行との整合性、アーンアウト達成を不当に妨げない努力義務など)を定める条項。
- 売り手の情報アクセス権・監査権:売り手がアーンアウト計算の基礎となる財務情報等にアクセスし、その正確性を検証(監査)できる権利を定める条項。
- 不正操作防止条項:買い手または売り手による意図的な業績操作を禁止し、違反した場合の措置を定める条項。
- 紛争解決メカニズム:計算結果等に争いが生じた場合の解決方法(例:第三者の専門家による判定、仲裁など)を具体的に定める条項。
- 秘密保持:アーンアウトの条件等に関する秘密保持義務。
- 専門家の関与
アーンアウト条項の複雑さを考慮すると、M&A、法務、会計、税務に精通した専門家(弁護士、公認会計士、税理士、M&Aアドバイザーなど)の助言を得ながら交渉を進めることが極めて重要です。
目標設定の重要性
- 指標選択
アーンアウトの成否は、適切な目標指標の選択に大きく依存します。指標は、対象事業の価値創造ドライバーとM&Aの戦略的目的に合致している必要があります。また、客観的に測定可能で、かつ不正操作がしにくい指標を選ぶべきです。財務指標だけでなく、必要に応じて非財務KPIの導入も検討します。 - 達成可能性
設定する目標値は、現実的で達成可能な水準であるべきです。過度に高い目標は売り手のモチベーションを削ぎ、逆に容易すぎる目標は買い手にとって意味がありません。ベースラインの目標と、ストレッチ目標(達成した場合に追加インセンティブがあるなど)を組み合わせることも考えられます。 - 不正操作の防止
指標の定義や計算方法を工夫し、いずれかの当事者が人為的に結果を操作するインセンティブや機会を最小限に抑えるように設計します。これは、明確な定義や運営に関する誓約条項と密接に関連します。 - 長期的戦略との整合
アーンアウト目標が、短期的な利益追求のために長期的な事業の健全性を犠牲にするような行動を誘発しないように注意が必要です。必要であれば、財務指標と非財務指標を組み合わせたバランスの取れたKPI設定が有効です。 - 定期的なレビュー
アーンアウト期間が長期にわたる場合、事前に定めた客観的な基準に基づき、目標値や計算方法を中間レビューする可能性も検討できますが、これは契約をさらに複雑にする可能性があります。
アーンアウトの会計処理・税務処理
日本におけるアーンアウトの会計処理と税務処理について解説します。
会計処理
- 日本基準 (Japanese GAAP):
- IFRS(国際財務報告基準)との比較:
- IFRSでは、取得日時点で条件付取得対価の公正価値を見積もり、これを当初の取得原価及びのれんに含めて認識します。
- その後、条件付取得対価(負債に分類される場合)の公正価値変動は、原則としてのれんではなく、損益(P/L)として認識されます。
- 日本企業でもIFRSを採用している場合があるため、適用される会計基準を確認することが重要です。
この日本基準とIFRSの会計処理の違いは、特に留意すべき点です。日本基準では後発的にのれんが変動するのに対し、IFRSでは取得時にのれんが確定し、その後の変動は損益に影響を与える傾向があります。この違いは、財務諸表の比較可能性を損なわせるだけでなく、損益への影響のタイミングや性質が異なるため、投資家の評価や経営判断に影響を与える可能性があります。クロスボーダーM&AやIFRS移行を検討している企業にとっては、特に重要な論点となります。
税務処理
- 売り手(個人株主)の場合:
- 日本の税務実務上、個人株主が受け取るアーンアウト対価は、雑所得として扱われるのが一般的です(国税庁の内部見解によるとされる)。これは、法律で明確に規定されているわけではありませんが、実務上の重要なポイントです。
- 税率への影響:株式譲渡所得であれば申告分離課税で税率約20.315%ですが、雑所得は他の所得と合算される総合課税の対象となり、所得額に応じて最高約55%の累進税率が適用される可能性があります。これは売り手にとって大きな税負担増となり得ます。
- 根拠とされる考え方:譲渡(クロージング)時点では支払額や支払自体が確定しておらず、将来の条件達成に依存するため、譲渡所得の要件(譲渡時点で権利が確定していること)を満たさない、という解釈に基づくとされています。過去の判例(大阪高裁平成28年判決など)が参考にされていますが、事案の特殊性から直接的な適用には議論の余地も指摘されています。
- 例外:もしアーンアウト対価の金額がクロージング時点で確定しているか、算定方法が確定しており、停止条件が付されていない場合は、譲渡所得として扱われる可能性も理論上は考えられますが、典型的な業績連動型アーンアウトでは該当しないことが多いです。
- 所得認識時期:原則として、アーンアウトの条件が達成され、支払いが確定した年の所得として認識されます。
- 売り手(法人株主)の場合:
会計上の収益認識時期に合わせて、税務上も益金として認識されるのが一般的です。 - 買い手の場合:
アーンアウト支払額は、通常、株式の取得価額に加算され、即時の損金算入は認められないのが一般的です。
アーンアウト対価が個人株主にとって高税率の雑所得となる可能性は、M&A交渉における大きな障害となり得ます。売り手は手取り額が大幅に減少するため、より高いアーンアウト金額を要求したり、アーンアウト自体を拒否したりする可能性があります。買い手はこの税務インパクトをコスト分析や交渉戦略に織り込む必要があります。明確な法令や通達がないことも、不確実性を高める要因となっています。この税務上の非対称性は、アーンアウト導入の是非を判断する上で極めて重要な検討事項です。
アーンアウトの事例
アーンアウト条項が実際にどのように活用されているのか、具体的な事例を通じて見ていきましょう。
成功事例と失敗事例
ここでは、日本企業が関与した、比較的情報が公開されている事例を中心に紹介します。
事例1:マネックスグループによるコインチェック買収 (2018年)
- 背景:仮想通貨取引所コインチェックが大規模な不正アクセス事件を起こした後、マネックスグループが同社を買収。事業の将来性や訴訟リスクなど、不確実性が非常に高い状況でした。
- アーンアウト構造:当初の買収価額は約36億円。これに加え、買収後3事業年度(2021年3月期まで)のコインチェックの累計純利益の1/2を上限とするアーンアウト対価が設定されました。例えば、3年間で100億円の利益が出れば、追加で50億円が支払われる計算です。
- 結果:最終的なアーンアウト支払額に関する公表情報は確認できませんでした。しかし、この事例は、極めてリスクの高い状況下でM&Aを成立させるためにアーンアウトが有効に活用された代表例として広く認識されています。
- 示唆:高リスク・高不確実性案件におけるリスク管理手段としての有効性を示しています。利益分配型のモデルが採用された点も特徴です。
事例2:DeNAによるngmoco買収 (2010年)
- 背景:DeNAが米国のモバイルゲーム開発スタートアップngmocoを買収。急成長するスマートフォン市場での事業拡大を目的としたクロスボーダー案件であり、ngmocoの将来性に期待した買収でした。
- アーンアウト構造:クロージング時に約3.03億ドルを支払い。さらに、2011年12月期のEBITDA及び売上高目標の達成度に応じて、最大1億ドルのアーンアウト対価が支払われる契約でした。対価には現金に加え、DeNAの株式や新株予約権も含まれていました。
- 結果:最終的なアーンアウト支払額の詳細は公表されていません。日本企業による米国スタートアップの高額買収におけるアーンアウト活用事例として注目されました。
- 示唆:クロスボーダーのテクノロジーM&Aにおいて、高成長企業のバリュエーションギャップを埋め、業績達成へのインセンティブを与えるためにアーンアウトが活用される典型例です。複数の指標や非現金対価を含む複雑な構造も示しています。
事例3:ユーザベースによるQuartz買収 (2018年)
- 背景:経済メディアNewsPicksなどを運営するユーザベースが、米国のオンライン経済メディアQuartzを買収。
- アーンアウト構造:現金と株式による初期支払いに加え、Quartzの2018年12月期の業績達成度に応じて、最大で新株予約権2,500万ドル相当と現金1,000万ドルが支払われるアーンアウト条項が設定されました。
- 結果:アーンアウトの結果に関する具体的な情報は確認できませんでした。
- 示唆:この事例もクロスボーダーM&Aであり、比較的短い(1年間)業績評価期間と、現金・株式を組み合わせたアーンアウト対価が特徴です。
アーンアウトの活用は慎重な検討と専門家への相談が不可欠
アーンアウトは、M&A取引における価格調整手法として、買い手と売り手の双方にとって有効な手段となり得るものです。特に、将来の業績に不確実性が伴う場合や、両者の評価額に大きな隔たりがある場合には、アーンアウトを活用することでM&Aの成立を促進し、リスクを軽減できる可能性があります。
しかし、アーンアウト契約は複雑であり、注意すべき点も多く存在します。指標の選択、目標設定、契約条項の明確化など、慎重な検討が不可欠です。また、会計処理や税務上の影響も考慮する必要があります。
本記事で解説したように、アーンアウトにはメリットとデメリットがそれぞれ存在します。M&Aの状況や目的に合わせて、アーンアウトの導入を検討する際には、専門家(弁護士、公認会計士、税理士など)に相談し、適切なアドバイスを得ることをお勧めします。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
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