- 作成日 : 2025年8月19日
買収監査(デューデリジェンス)とは?種類や費用、流れを解説
M&A(企業の合併・買収)は、事業成長を加速させるための有効な選択肢ですが、その裏には想定外の負債や契約上のトラブルといった見えないリスクが潜んでいることがあります。買収後にこうした問題が発覚し、期待した成果が得られない事態は避けなければなりません。
そこで不可欠となるのが、買収対象の企業を事前に精査する「買収監査(デューデリジェンス)」です。この調査を通じて、相手企業の財務状況や法務リスク、事業の将来性を客観的に評価し、M&Aの意思決定を確かなものにします。
この記事では、M&Aの成功を左右する買収監査について、その目的から種類、費用の相場、そして具体的な実施の流れまでを解説します。
目次
買収監査(デューデリジェンス)とは?
M&A(企業の合併・買収)を検討する際、買収対象となる企業の価値や潜在的なリスクを正確に把握するための調査が不可欠です。この調査活動を「買収監査」、一般的には「デューデリジェンス(Due Diligence、略してDD)」と呼びます。
デューデリジェンスは、買収価格の妥当性を判断し、買収後に想定外の問題が発生することを防ぐ目的で実施されます。事前の情報だけでは見えにくい経営実態や財務状況、法務上の問題点などを専門家の視点から詳細に洗い出すことで、M&Aの意思決定を支える客観的な情報を提供します。
買収監査(デューデリジェンス)の種類
買収監査は、調査する領域によって複数の種類に分かれます。それぞれの分野で専門家が調査を担当し、多角的な視点から企業の実態を明らかにしていきます。これにより、買い手は対象企業の全体像を正確に捉えることが可能になります。
ビジネス・デューデリジェンス
ビジネス・デューデリジェンスは、対象企業の事業そのものに焦点を当てた調査です。市場における企業の立ち位置、競争優位性、製品やサービスの将来性、事業計画の実現可能性などを分析します。
業界の動向や顧客基盤、販売網の実態を評価することで、買収後に期待できるシナジー効果や事業の成長性を見極めます。この調査結果は、M&Aの戦略的な意義を判断する上で根幹となる情報です。
財務デューデリジェンス
財務デューデリジェンスでは、対象企業の財政状態や収益性を精査します。公認会計士や税理士などの専門家が、決算書の内容が正確であるか、粉飾や誤りがないかを確認します。
正常な収益力やキャッシュ・フローの実態、簿外債務や偶発債務の有無を把握することが主な目的です。この調査を通じて、企業の真の価値を算定し、適切な買収価格を決定するための基礎情報を得ます。
法務デューデリジェンス
法務デューデリジェンスは、弁護士が中心となって法的なリスクを洗い出す調査です。定款や株式に関する事項、許認可の状況、重要な契約内容、訴訟の有無、コンプライアンス体制などを検証します。
法令違反や契約上の問題が見つかれば、買収後に事業継続が困難になったり、損害賠償責任を負ったりする可能性があります。そうした法務リスクを事前に特定し、対策を講じるために実施されます。
その他のデューデリジェンス
上記のほかにも、人事、IT、税務、環境など、対象企業の特性に応じて様々なデューデリジェンスが実施されます。
人事デューデリジェンスでは、従業員の労働条件や労務問題、人事制度を調査します。ITデューデリジェンスは、情報システムの状況やセキュリティリスクを評価します。税務デューデリジェンスでは、過去の税務申告の妥当性や税務リスクを検証します。これらの調査は、統合後の円滑な経営(PMI=Post-Merger Integration、M&A後の統合プロセス)を見据え、隠れたリスクを網羅的に把握するために行われます。
デューデリジェンスの種類 | 主な調査内容 | 担当する専門家 |
---|---|---|
ビジネスDD | 事業モデル、市場環境、競争優位性、将来性 | M&Aアドバイザー、経営コンサルタント |
財務DD | 財政状態、収益性、キャッシュ・フロー、簿外債務 | 公認会計士、税理士 |
法務DD | 株式、契約、許認可、訴訟、コンプライアンス | 弁護士 |
人事DD | 労働条件、労務問題、人事制度、キーパーソン | 社会保険労務士、人事コンサルタント |
IT DD | 情報システム、セキュリティ、ライセンス | ITコンサルタント |
税務DD | 税務申告の妥当性、繰越欠損金の引継ぎの可否、税務リスク | 税理士 |
買収監査(デューデリジェンス)の時期と期間
買収監査は、M&Aの交渉がある程度進んだ段階で実施されるのが一般的です。タイミングを誤ると、無駄なコストが発生したり、十分な調査ができなかったりする可能性があるため、適切な時期を見極めることが大切です。
監査を実施するタイミング
買収監査を開始する最も一般的なタイミングは、買い手と売り手の間で基本的な条件について大筋の合意がなされ、「基本合意書(LOI/MOU)」を締結した後です。
基本合意書には、買収価格の目安や今後のスケジュールとともに、買い手によるデューデリジェンスの実施権が明記されます。基本合意前の段階では、売り手側も詳細な情報を開示することに慎重なため、合意形成後に本格的な調査に入るのが効率的です。
監査にかかる期間
買収監査に要する期間は、対象企業の規模や業種、調査範囲の広さによって大きく変動しますが、一般的には1ヶ月から2ヶ月程度が目安とされています。
中小企業のM&Aで、調査範囲を財務と法務に絞るようなケースでは、2週間から1ヶ月程度で完了することもあります。一方で、大企業や複数の事業を抱える企業の監査では、各分野の調査が並行して進められ、3ヶ月以上かかる場合も少なくありません。
買収監査(デューデリジェンス)の流れ
買収監査は、専門家を選定する準備段階から始まり、調査、報告という一連の手順で進められます。
1. 専門家の選定と秘密保持契約
まず、デューデリジェンスの目的と調査範囲を明確にし、それに適した専門家(公認会計士、弁護士など)を選定します。
候補となる専門家と面談し、実績や費用を見積もった上で依頼先を決定します。正式な依頼に先立ち、対象企業の情報を開示するため、専門家との間で秘密保持契約(NDA)を締結します。これは、監査の過程で知り得た機密情報が外部に漏洩することを防ぐための措置です。
2. キックオフミーティングと資料請求
専門家の選定後、買い手、売り手、専門家が集まり、キックオフミーティングを開催します。この場で、デューデリジェンスの目的、スケジュール、調査範囲、担当者などを共有し、関係者全員の目線合わせを行います。
その後、専門家は調査に必要な資料のリスト(依頼資料リスト)を作成し、売り手側に提出します。売り手側は、このリストに基づき、関連資料の準備と開示を進めます。
3. 資料の分析とインタビュー
売り手から開示された資料を専門家が詳細に分析し、リスクや問題点を洗い出します。
資料分析だけでは不明な点や、さらに深掘りすべき事項については、対象企業の経営陣や担当者へのインタビュー(マネジメント・インタビュー)を実施します。このインタビューを通じて、資料からは読み取れない事業の実態や将来の見通し、潜在的なリスクに関する情報を直接ヒアリングし、調査の精度を高めていきます。
4. デューデリジェンス報告書の作成と提出
すべての調査が完了すると、専門家は調査結果をまとめた「デューデリジェンス報告書」を作成します。
この報告書には、各調査項目で発見された問題点やリスク、そのリスクが買収価格や契約条件に与える影響などが記載されます。報告書は通常、速報版が提出された後、詳細な分析を加えた最終版が提出されます。買い手は、この報告書の内容を基に、最終的な買収の可否や条件交渉の方針を決定します。
買収監査(デューデリジェンス)の費用
買収監査を実施するには、専門家への報酬を中心とした費用が発生します。費用はM&Aの成否にかかわらず発生するコストであるため、事前に相場観を理解し、予算を確保しておくことが肝要です。
費用の相場
デューデリジェンスにかかる費用は、調査対象となる企業の規模や調査の範囲によって大きく変動します。中小企業のM&Aで、調査範囲を財務・法務などに限定した場合、一般的には財務・法務中心のDDでは50万円〜数百万円程度ですが、場合によっては600万円台に達する場合もあります。
一方、上場企業や事業規模の大きい非上場企業が対象となる場合、ビジネスDDやIT DDなど多岐にわたる調査が必要となり、費用は数千万円に達することもあります。海外企業が絡むクロスボーダー案件では、さらに高額になる傾向が見られます。
費用の内訳
費用の大部分を占めるのは、公認会計士、弁護士、コンサルタントといった専門家への報酬です。一般的に、報酬は想定時間×チャージレートで計算される場合が多く、契約時に総額を固定する場合や実績時間によるタイムチャージ(時間単価)型にする場合などがあります。
したがって、調査に時間がかかるほど、また、多くの専門家が関与するほど費用は増加します。その他、専門家の出張に伴う交通費や宿泊費といった実費も請求されることがあります。費用を抑えるためには、調査範囲を事前に絞り込むなどの工夫が考えられます。
買収監査(デューデリジェンス)に必要な資料
買収監査を円滑に進めるためには、売り手側の協力のもと、多岐にわたる資料を迅速に準備することが不可欠です。以下に、各デューデリジェンスで一般的に要求される資料の例を挙げます。
全般的に必要な資料
まず、会社の基本情報を示す資料として、商業登記簿謄本、定款、株主名簿が求められます。また、会社の組織図や役員・従業員の名簿も、全体の構造を把握するために準備します。
過去3〜5期分の決算書(貸借対照表、損益計算書、キャッシュ・フロー計算書)および法人税等の申告書も、財務状況を理解する上で基本的な資料となります。
各分野で必要な専門資料
財務デューデリジェンスでは、総勘定元帳や勘定科目内訳明細書、固定資産台帳といった会計の詳細資料が必要です。
法務デューデリジェンスでは、不動産売買契約書や賃貸借契約書、顧客や取引先との基本契約書、融資関連契約書、許認可証など、法的な権利義務関係を示す書類が調査対象となります。
人事デューデリジェンスにおいては、就業規則や賃金規程、労働協約、従業員の雇用契約書などが精査の対象です。
M&Aの成功確度を高めるために
買収監査(デューデリジェンス)は、M&Aにおける意思決定の質を左右する極めて大切な調査です。対象企業が抱える潜在的なリスクを事前に洗い出し、企業価値を適正に評価することで、買収後に「こんなはずではなかった」という事態を回避できます。
財務、法務、ビジネスといった多角的な視点から企業を精査し、その実態を正確に把握することが、最終的な成功につながります。M&Aを検討する際には、信頼できる専門家と連携し、徹底したデューデリジェンスを実施することが賢明な判断といえるでしょう。
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