- 作成日 : 2025年6月9日
オーナー企業とは?メリット・デメリットや経営のポイントを解説
日本のビジネスシーンにおいて、「オーナー企業」という言葉は頻繁に耳にします。特に中小企業の多くがこの形態をとっており、日本経済の基盤を支える重要な存在です。
近年、経営者の高齢化や後継者不足といった課題から、オーナー企業のM&Aや事業承継が活発化しています。この記事では、オーナー企業の定義から、その特徴、メリット・デメリット、経営や事業承継のポイントを解説していきます。
目次
オーナー企業とは?
一般的に、オーナー企業とは、創業者やその親族など、特定の一人もしくは少人数の個人が株式の過半数を所有し、経営の実権を握っている企業を指します。ただし、持ち株比率が過半数に満たない場合でも、経営に対して強い影響力を持つ大株主であれば、実質的にオーナー企業と呼ばれることもあります。
オーナー企業の定義
この定義の核心は、株式の「所有」と経営の「支配権」が特定の個人(オーナー)に集中している点にあります。これにより、オーナーは経営方針や戦略決定に対して非常に強い影響力を持ち、外部からの干渉を受けにくい経営が可能となります。
オーナー企業には、外部株主が存在しない場合と、存在する場合とがあります。外部株主がいない、つまりオーナーとその親族等のみが株主である場合、オーナーの経営における裁量権は最大化され、生み出された利益は基本的にオーナー経営者に還元されます。中小企業の約3割がこの形態とされています。一方、外部株主が存在する場合、オーナー一族以外の個人や組織も株式を所有しており、その持ち株比率に応じて経営への発言権を持つことになります。外部株主が増えれば、相対的にオーナーの支配力は弱まる傾向にあります。中小企業の4割強がこの形態と言われています。
重要なのは、「オーナー企業」という言葉に厳密な法的定義があるわけではなく、実務上、所有権の集中度と経営への影響力に基づいて分類されるという点です。株式の過半数所有が一つの目安ですが、50%未満であっても実質的な支配力を持つケースも存在します。
サラリーマン社長との違い
オーナー企業の経営者が「オーナー社長」と呼ばれるのに対し、対比されるのが「サラリーマン社長(雇われ社長)」です。両者の最大の違いは、「所有と経営」が一致しているか、分離しているかにあります。
オーナー社長は、自らが会社の株式を所有するオーナー(株主)であり、かつ経営の最高責任者でもあります。一方、サラリーマン社長は、会社の株式を所有せず、株主や取締役会によって選任され、経営を委任された、いわば「雇われた」経営者です。
この立場の違いは、意思決定の権限にも表れます。オーナー社長は、特に自身や一族で株式の大部分を保有している場合、外部の意向に左右されにくく、迅速かつ大胆な経営判断を下すことが可能です。対照的に、サラリーマン社長は、株主全体の利益を最大化することが求められ、重要な経営判断においては株主総会や取締役会の承認を得る必要があり、その権限はオーナー社長に比べて制約されることが一般的です。
項目 | オーナー社長 | サラリーマン社長 |
---|---|---|
所有権 | あり(主要株主) | なし(株主ではない) |
経営権 | あり(自身で経営) | あり(株主から委任) |
意思決定 | 比較的自由度が高い、迅速 | 株主・取締役会の意向を反映、制約あり |
リスク | 比較的大きい(個人資産に及ぶ可能性も) | 比較的小さい(経営責任は問われる) |
報酬 | 役員報酬+配当等(会社の利益と連動しやすい) | 役員報酬(業績連動が主) |
立場 | 所有者 兼 経営者 | 雇われた経営者 |
同族企業との違い
「オーナー企業」という言葉は、「同族経営」「ファミリービジネス」「家族経営」といった言葉とほぼ同じ意味で使われることが多く、実務上、厳密に区別されない場面も少なくありません。いずれも、特定の創業家一族が会社の所有と経営の中心的な役割を担っている企業形態を指します。社名に創業者の名前が含まれていたり、役員に同姓の人物が多かったりすることも、同族企業を見分けるヒントになります。
一方で、日本の税法(法人税法)には「同族会社」という明確な定義が存在します。これは、「会社の株主のうち上位3グループ(その株主と特殊な関係にある個人や法人を含む)だけで、議決権の50%超を保有している会社」を指します。この定義に該当する場合、税務上の特定の規定(例えば、留保金課税など)が適用される可能性があります。
したがって、オーナー企業が、そのオーナー個人または親族・関係者を含めた上位3株主グループで議決権の50%超を保有していれば、法人税法上の「同族会社」にも該当します。多くの中小オーナー企業はこのケースに当てはまるでしょう。
あえてニュアンスの違いを挙げるならば、「オーナー企業」は特定の「個人」による所有と経営への強い関与に焦点が当たりやすいのに対し、「同族企業」や「ファミリービジネス」は、より広く「家族・一族」全体での事業への関与を想起させる場合があります。しかし、前述の通り、これらの用語はしばしば同義で用いられます。M&Aの文脈では、税法上の「同族会社」の定義に該当するかどうかを確認することは重要ですが、それ以上に、一族内の力関係や事業への関与の実態を把握することが肝要です。
項目 | オーナー企業 | 同族企業・同族会社 (ファミリービジネス) |
---|---|---|
一般的な意味 | 創業者等が株式過半数を持ち経営権を握る企業 | 特定の一族が所有・経営の中心にいる企業 |
法人税法上の定義 | 直接的な定義なし | 上位3株主グループで議決権50%超保有の会社 (同族会社) |
主な焦点 | 「個人」の所有と経営への関与 | 「家族・一族」の所有と経営への関与 |
判定基準例 | 株式保有比率、経営への影響力 | 経営陣の姓、社名、創業家との関係 |
個人事業主との違い
オーナー企業が通常、株式会社や合同会社といった「法人」の形態をとるのに対し、「個人事業主」は法人格を持たず、個人として事業を営みます。この違いは、法的責任、税制、手続き、社会的信用度など、多岐にわたる差異を生み出します。
最も重要な違いの一つが「責任の範囲」です。株式会社や合同会社のオーナー(出資者である株主や社員)は、原則として「有限責任」であり、会社の債務に対して自身が出資した範囲内でのみ責任を負います。つまり、会社が倒産しても、オーナー個人の資産がすべて差し押さえられるわけではありません(ただし、経営者が個人保証をしている場合は別です)。一方、個人事業主は「無限責任」であり、事業上の借入金や損害賠償などの債務は、事業用資産だけでなく個人の私財をもってすべて返済・賠償する義務を負います。
項目 | オーナー企業(法人: 株式会社・合同会社) | 個人事業主 |
---|---|---|
法人格 | あり | なし |
責任範囲 | 有限責任(原則、出資額の範囲内) | 無限責任(事業の全責任を個人が負う) |
主な税金 | 法人税、法人住民税、法人事業税 等 | 所得税、住民税、個人事業税 等 |
設立・廃業手続 | 比較的複雑(登記、清算等が必要) | 比較的簡便(届出が中心) |
社会保険 | 原則加入義務あり | 社会保険には加入せず、国民健康保険と国民年金に加入 |
社会的信用度 | 比較的高い | 法人に比べると低い傾向 |
オーナー企業のメリット・デメリット
オーナー企業の持つ利点と欠点を、特にM&Aの観点から整理し、買い手・売り手双方が留意すべき点を明確にします。
メリット
- 迅速な意思決定と実行力 : オーナーの一存で素早く意思決定し、実行に移せるため、市場の変化への対応が早いという強みがあります。M&Aのプロセスにおいても、オーナーが決断すれば交渉がスピーディーに進展する可能性があります。
- 経営の柔軟性と自由度: 外部株主の意向に過度に配慮する必要が少ないため、オーナーのビジョンに基づいた独自の経営戦略を追求しやすく、事業展開の自由度が高いと言えます。ニッチ市場での強みを発揮しやすい側面もあります。
- 長期的な視点での経営: 短期的な業績変動に左右されず、企業の持続的成長を見据えた設備投資、研究開発、人材育成などに注力できます。これは、安定した経営基盤の構築につながります。
- 強いリーダーシップと求心力: オーナーの明確なビジョンや価値観が組織全体に浸透しやすく、従業員の向かうべき方向性が統一され、一体感が醸成されやすい傾向があります。オーナーと従業員の距離が近く、エンゲージメントが高い企業も見られます。
- 安定した経営基盤: 経営権が特定のオーナーに集中しているため、経営方針が頻繁に変わるリスクが少なく、経営が安定しやすいと言えます。
デメリット (Demerits)
- ワンマン経営のリスク: 意思決定がオーナー個人に集中するため、その判断が誤っていた場合の影響が甚大です。また、オーナーへの忖度から、周囲が建設的な意見を述べにくい「イエスマン」ばかりの状況に陥る可能性もあります。M&Aにおいては、オーナー退任後に事業運営が立ち行かなくなる「キーマンリスク」として顕在化します。
- 後継者問題: 経営者の高齢化に伴い、後継者が見つからない、あるいは育成が間に合わないという問題が多くのオーナー企業で深刻化しています。これはM&Aの主要な動機となる一方で、事業承継計画の不備は買収後のリスク要因となります。
- ガバナンスの不透明性: 経営に対する外部からのチェック機能が働きにくいため、経営判断の客観性が担保されにくかったり、コンプライアンス上の問題が発生したりするリスクがあります。M&Aのデューデリジェンスにおいて、潜在的なリスクの発見が重要になります。
- 公私混同のリスク: オーナー個人の支出が会社の経費として処理されていたり、会社の資産が私的に利用されていたりするケースが見られます。これは財務諸表の信頼性を損ない、税務上の問題を引き起こす可能性があるため、財務・税務デューデリジェンスにおける重要な調査項目です。
- 資金調達の制約: 株式市場からの資金調達が可能な上場企業と比較して、オーナー企業(特に非上場の中小企業)は資金調達の選択肢が限られることがあります。事業拡大に必要な資金を十分に確保できない場合、成長のボトルネックとなる可能性があります。
- 個人保証の問題: 日本の中小企業では、金融機関からの借入に際して、オーナー経営者個人が連帯保証人となっているケースが依然として多く見られます。この個人保証は、経営者の再チャレンジ意欲を削いだり、後継者候補が事業承継をためらう原因となったりするなど、円滑な事業承継やM&Aの大きな障害となり得ます。M&Aにおいては、この個人保証を解除できるかどうかが、売り手オーナーにとって極めて重要な交渉条件となります。
注目すべきは、オーナー企業の「デメリット」として挙げられる点の多く、特に後継者問題や、個人保証に伴うオーナー自身の負担感やリスク回避志向が、同時にM&Aを決断する主要な「動機」にもなっているという事実です。これは、買い手にとっては、事業運営自体は健全であるものの、経営者の個人的な事情により売却を希望する優良な企業を獲得する機会となり得ます。
しかし、同時に、売却理由となったその背景(例えば、過度なオーナー依存体制や、引継ぎが困難な個人保証など)は、買収後の統合プロセスにおけるリスク要因ともなり得ます。したがって、M&A戦略においては、この「デメリット=売却動機」という二面性を認識し、機会を捉えつつも、関連するリスクをデューデリジェンスで慎重に評価し、買収後の対応策(オーナー退任後の体制構築、保証の解除交渉など)を計画することが不可欠です。
オーナー企業を成功させるポイント
持続的な成長を遂げているオーナー企業には、いくつかの共通する経営上の要諦が見られます。ここでは、それらのポイントを探り、M&Aにおける「磨き上げ」(企業価値向上)のポイントについて解説します。
明確なビジョンと理念の共有
成功しているオーナー企業では、オーナー自身の経営哲学や目指すべき方向性(ビジョン・理念)が明確であり、それが組織全体に共有・浸透しています。これは、日々の業務における判断基準となり、従業員の行動を方向づける羅針盤の役割を果たします。特に、後述する権限移譲を進める際には、この共有された価値観が組織の一体性を保つ上で極めて重要になります。
権限移譲と人材育成
オーナー一人の能力や判断に依存する体制には限界があります。持続的な成長のためには、オーナーは意識的に権限を現場のリーダーや中堅社員に委譲し、次世代の経営を担う人材を育成していく必要があります。単に仕事を任せるだけでなく、責任あるポジションへの抜擢、成果に応じたインセンティブの設計、自己管理能力を高める研修など、従業員が自律的に考え、行動できるような仕組み作りが重要です。
外部の視点と専門性の活用
オーナー経営者は、自身の経験や勘に頼りがちになることがあります。しかし、経営判断の客観性を担保し、新たな知見を取り入れるためには、外部の視点を積極的に活用することが有効です。社外取締役や顧問、あるいは特定の課題に対応するための専門家(経営コンサルタント、M&Aアドバイザー、弁護士、税理士など)の意見に耳を傾けることが、より良い意思決定につながります。近年では、特定の専門スキルを持つ副業人材を活用する企業も増えています。
ガバナンスと透明性の向上
ワンマン経営に陥るリスクを抑制し、企業の持続的成長と社会からの信頼を確保するためには、適切なガバナンス体制の構築が不可欠です。たとえ非上場であっても、取締役会の監督機能を強化する(例えば、独立した視点を持つ社外取締役を選任する)、内部統制システムを整備・運用する、経営情報を適切に開示するなど、経営の透明性を高める努力が求められます。
変化への適応とイノベーション
過去の成功体験にしがみつくことなく、常に市場環境の変化を捉え、新しい技術やビジネスモデルを積極的に取り入れていく姿勢が重要です。自社内での開発に留まらず、外部の技術やアイデアを取り込むオープンイノベーションや、既存事業の枠にとらわれない「第二創業」と位置づけるような取り組みも、企業の成長を加速させる原動力となります。
従業員エンゲージメントの向上
企業の持続的な成長は、従業員の意欲と能力の発揮にかかっています。ハラスメントのない、安全で働きがいのある職場環境を整備すること、貢献意欲を高める公正な評価・報酬制度(インセンティブ)を導入すること、経営層と従業員間の良好なコミュニケーションを促進することなどにより、従業員のエンゲージメント(会社への愛着や貢献意欲)を高めることが、組織全体のパフォーマンス向上につながります。
これらの成功要因は、単に優れた経営手法であるだけでなく、M&Aにおける企業価値を直接的に高める要素でもあります。オーナー依存体制からの脱却(権限移譲)、ガバナンスの強化、イノベーションへの取り組みなどは、買い手にとってのリスクを低減し、将来の成長ポテンシャルを示すものです。
したがって、M&Aによる売却を検討しているオーナー企業が、事前にこれらの「磨き上げ」に取り組むことは、交渉力を高め、最終的な売却価格を引き上げる上で非常に有効な戦略となります。買い手側のM&A担当者も、デューデリジェンスにおいてこれらの要素が実践されているかどうかを確認することで、より質の高い、リスクの少ないターゲット企業を見極めることができます。
オーナー企業の事業継承の種類
日本におけるオーナー企業の事業承継の方法は、誰に引き継ぐかによって、主に以下の3つに分類されます。
親族内承継
経営者の子供や配偶者、兄弟姉妹、甥・姪といった親族に事業を引き継ぐ方法です。
メリット: 従業員や取引先など、内外の関係者から心情的に受け入れられやすい。所有と経営の一体性を維持しやすく、創業からの理念や文化を引継ぎやすい。後継者を早期に決定し、長期的な育成が可能。
デメリット: 親族内に経営者としての資質と意欲を持つ適任者がいるとは限らない。複数の相続人がいる場合、株式や財産の分配を巡って争いが生じるリスクがある。株式評価額によっては高額な相続税・贈与税負担が発生する。
従業員等への承継
親族以外の役員や従業員の中から後継者を選び、事業を引き継ぐ方法です。経営陣が株式を買い取るMBO(Management Buyout)や、従業員が買い取るEBO(Employee Buyout)といった形態があります。
メリット: 長年勤務しているため、会社の事業内容や経営理念、企業文化を深く理解している。他の従業員からの支持を得やすく、経営体制の移行が比較的スムーズに進む可能性がある。従業員のモチベーション向上につながることも。
デメリット: 後継者候補に株式を買い取るための十分な資金力がない場合が多い。資金調達が必要となり、その過程で金融機関等から経営手腕を厳しく問われる。オーナー経営者が個人保証を提供していた場合、その後継者への引継ぎが困難な場合がある。他の親族株主がいる場合、その理解を得る必要がある。
M&Aによる第三者承継
社外の企業や個人(ファンド含む)に会社や事業を売却・譲渡する方法です。
メリット: 親族や社内に後継者がいなくても、事業の存続を図ることができる。オーナー経営者は、株式譲渡により創業者利益(売却益)を獲得でき、引退後の生活資金等を確保できる。買い手の資本力やネットワークを活用し、会社がさらに成長する可能性がある。オーナー個人の連帯保証を解除できる可能性が高い。幅広い候補者の中から最適な相手を選べる。
デメリット: 必ずしも希望する条件(価格、従業員の雇用維持など)で売却できるとは限らない。買い手を見つけるまでに時間がかかる場合がある。M&A後に、買い手企業の経営方針や企業文化との違いから、従業員が戸惑ったり、モチベーションが低下したり、離職につながるリスクがある。取引先との関係性が変化する可能性もある。
これらの手法にはそれぞれ一長一短があり、どの方法が最適かは、会社の状況、経営者の意向、後継者候補の有無や資質などによって異なります。M&Aは、特に後継者不在の問題を抱えるオーナー企業にとって、事業存続と成長のための有力な選択肢となっています。
手法 | メリット | デメリット | 主な課題 |
---|---|---|---|
親族内承継 | 関係者の理解得やすい、理念継承容易、長期育成可能 | 適任者不在リスク、相続争いリスク、税負担 | 後継者の資質・意欲、相続対策、税金対策 |
従業員等承継 (MBO/EBO) | 経営・文化への理解、従業員の納得感、モチベーション向上 | 後継者の資金力不足、個人保証引継ぎ問題、親族株主の同意 | 株式買取資金の調達、個人保証の処理、関係者の合意形成 |
M&Aによる承継 | 後継者不在でも存続可、創業者利益獲得、個人保証解除期待、更なる成長期待、幅広い候補者選択 | 希望条件での売却困難リスク、従業員の雇用・処遇不安、文化衝突リスク、取引先への影響 | 適切な買い手探し、条件交渉、従業員・取引先への配慮、PMI |
オーナー企業の事業継承の対策
どの承継方法を選択するにせよ、円滑な事業承継のためには、早期からの計画的な準備が極めて重要です。具体的には、まず自社の経営状況や経営課題を客観的に把握し(「見える化」)、後継者が引継ぎやすいように経営改善や企業価値の向上(「磨き上げ」)に取り組みます。並行して、後継者候補の選定と育成計画を進め、株式や事業用資産、知的財産などの移転方法、そしてそれに伴う税金対策などを具体的に盛り込んだ「事業承継計画」を策定することが推奨されます。
後継者の選定と育成
後継者の選定においては、経営者としての資質(リーダーシップ、判断力、財務知識、人間性など)を慎重に見極める必要があります。選定後は、すぐに経営を任せるのではなく、段階的に権限を委譲しながら、OJT(On-the-Job Training)や社外研修などを通じて経営に必要な知識や経験を積ませる計画的な育成が不可欠です。必要に応じて、経験豊富な経営者をメンターとしてつけることも有効でしょう。中小企業庁のウェブサイトなどでは、様々な事業承継の成功事例が紹介されており、参考になります。
公的支援策の活用
国や地方自治体も、中小企業の円滑な事業承継を後押しするために、様々な支援策を用意しています。
- 事業承継・引継ぎ支援センター: 各都道府県に設置されている公的な相談窓口です。事業承継に関する初期相談から、専門家(税理士、弁護士、M&Aアドバイザー等)の紹介、事業承継計画の策定支援、後継者不在企業と起業希望者をマッチングする「後継者人材バンク」の運営、M&Aの相手探しや手続きのサポートまで、幅広い支援を原則無料で行っています。
- 事業承継ガイドライン: 中小企業庁が策定・公表しているもので、事業承継の必要性の認識から、準備、実行に至るまでの具体的なステップや留意点が示されています。事業承継を考える上での基本的な指針となります。
- 事業承継税制: 後継者の税負担を軽減するための重要な制度です。一定の要件を満たすことで、後継者が相続または贈与によって取得した非上場株式等に係る相続税・贈与税の納税が猶予され、将来的に免除される可能性があります。
- 特例措置: 特に、2018年度税制改正で創設された「特例措置」は、従来の制度(一般措置)よりも要件が緩和されており、活用しやすくなっています。主なポイントとして、納税猶予の対象となる株式数の上限撤廃(発行済株式総数が対象)、納税猶予割合の100%への引き上げ、対象となる後継者数の拡大(最大3人)、事業承継後の雇用維持要件の弾力化などが挙げられます。
- 手続きと注意点: 特例措置の適用を受けるためには、2026年3月31日までに、認定経営革新等支援機関の指導・助言を受けて作成した「特例承継計画」を都道府県に提出し、確認を受ける必要があります。その後、実際に贈与や相続が発生した後、都道府県への認定申請、税務署への申告、担保提供などの手続きを行います。納税猶予期間中も、事業継続や株式保有に関する要件を満たし続け、定期的な報告(年次報告書など)が必要です。手続きが複雑なため、税理士などの専門家への相談・依頼が推奨されます。この特例措置は、2027年12月31日までの贈与・相続が対象となる時限措置である点にも注意が必要です。
この事業承継税制、特に時限的な特例措置の存在は、M&A市場にも影響を与えています。この制度を利用できれば、親族や従業員への承継が税負担の観点から有利になるため、オーナーが承継方法を選択する際の重要な判断材料となります。特例承継計画の提出期限(2026年3月末)が迫っていることも、オーナーの意思決定時期に影響を与える可能性があります。
一方で、制度の複雑さや、納税猶予期間中の継続的な要件充足義務を考慮し、より手続きが簡潔なM&Aによる売却を選択するオーナーもいると考えられます。M&Aアドバイザーとしては、この税制の内容と期限を理解し、売り手・買い手双方のクライアントに対して、事業承継の選択肢やタイミング、M&Aとの比較検討、企業価値への潜在的な影響(売り手の純手取り額が変わるため)などを適切に助言する必要があります。
オーナー企業の特性を理解し、事業承継と成長戦略に活かそう
オーナー企業は、創業者一族などが株式の多くを所有し、経営の実権を握る企業形態であり、日本の特に中小企業において広く見られます。所有と経営が近接していることから生まれる「迅速な意思決定」「長期的な視点」「強いリーダーシップ」といった強みを持つ一方で、「ワンマン経営のリスク」「ガバナンスの不透明性」、そして現代日本の大きな課題である「後継者問題」といった特有の課題も抱えています。
M&A市場において、オーナー企業は、後継者不在などを背景に、売り手として登場するケースが増加しており、重要なプレイヤーとなっています。しかし、その買収・売却プロセスにおいては、本記事で解説したような特有の留意点が存在します。デューデリジェンスでは、オーナー依存度、公私混同、労務管理、簿外債務などの論点を慎重に検証する必要があり、企業価値評価においても、非公開情報の多さやオーナー個人の影響力の大きさなどから、特有の難しさが伴います。
日本経済の持続的な発展のためには、数多く存在するオーナー企業の活力を維持・向上させていくことが重要です。
※ 掲載している情報は記事更新時点のものです。
※本サイトは、法律的またはその他のアドバイスの提供を目的としたものではありません。当社は本サイトの記載内容(テンプレートを含む)の正確性、妥当性の確保に努めておりますが、ご利用にあたっては、個別の事情を適宜専門家にご相談いただくなど、ご自身の判断でご利用ください。
関連記事
スモールM&Aとは?メリット・デメリットや流れについて解説
近年、中小企業の事業承継問題や、新たな成長戦略の一環として「スモールM&A」という言葉を耳にする機会が増えました。しかし、具体的にどのようなM&Aを指すのか、一般的なM&Aと何が違うのか、疑問に思われる方もいらっしゃ…
詳しくみる民事再生手続とは?利用できる条件や手続きの流れを詳しく解説
経済的な苦境に立たされた企業や個人事業主にとって、事業の再建は喫緊の課題です。その解決策の一つとして、「民事再生手続」という法的手続きがあります。この記事では、この民事再生について、その概要から利用条件、メリット・デメリット、手続きの流れま…
詳しくみる詐害行為とは?該当するケースや取消請求までわかりやすく解説
M&Aの取引において、「詐害行為」という言葉を聞いたことはありますか?この記事では、詐害行為とは何か、具体的な事例や取消方法、そして未然に防ぐための対策まで、わかりやすく解説します。 詐害行為とは? 詐害行為とは、債務者が債権者に損…
詳しくみるTOB(株式公開買付け)とは?目的・事例・注意点を解説
近年、企業の買収や組織再編に関するニュースにおいて、「TOB」あるいは「株式公開買付け」という言葉を目にする機会が増えています。これらは、企業が経営権を取得する目的で、証券取引所を通さずに、不特定多数の株主から株式を大量に買い集める手法を指…
詳しくみる株主総会の特別決議とは?普通決議との違いや決議事項を解説
この記事では特別決議とは何か、普通決議や特殊決議とどう違うのか、どのような事項で必要になるのか、そして実際の株主総会での流れや注意点まで、分かりやすく解説していきます。特別決議について正しく理解し、重要な局面でスムーズな意思決定ができるよう…
詳しくみるレーマン方式とは?M&A成功報酬の計算方法や種類を解説
M&A(企業の合併・買収)は、企業の成長戦略を実現するための重要な手段ですが、そのプロセスは複雑で専門的な知識を要します。多くの場合、M&Aの専門家である仲介会社やファイナンシャル・アドバイザー(FA)に業務を依頼することに…
詳しくみる