• 作成日 : 2025年6月16日

株式買取請求権とは?行使できる条件や価格の決め方、手続きの流れを解説

M&A(企業の合併・買収)の実務に携わる中で、「株式買取請求権」という言葉を耳にする機会があるかもしれません。「具体的にどのような権利なのだろうか?」「自社や取引先が関わる場合に、どのような点に注意すればよいのだろうか?」といった疑問をお持ちの方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この記事では、株式買取請求権の定義や種類、どのような場合に権利を行使できるのか、権利行使のための具体的な手続き、株式の買取価格の決定方法、さらには権利行使に伴う注意点やリスクについて、分かりやすく説明していきます。

株式買取請求権とは?

株式買取請求権とは、株主が、特定の状況下において、自身が保有する株式を発行会社に対して「公正な価格」で買い取ることを請求できる、法律で認められた権利です。

重要なのは、これは株主がいつでも自由に「株を会社に買い取ってほしい」と要求できる権利ではない、ということです。この権利は、株主が反対する特定の会社の重要な意思決定(組織再編など)があった場合や、単元未満株式のように市場での売買が難しい特定の種類の株式を保有している場合に限って発生します。法律上、この権利は「形成権」とされており、株主が適法に権利を行使すると、会社と株主の間で価格決定に向けた協議や手続きを進める法的な効果が直接発生します。

株式買取請求権の最も重要な目的は、「少数株主の保護」にあります。株式会社では、合併や重要な事業譲渡、株式の権利内容を根本的に変えるような定款変更など、会社の経営に大きな影響を与える決定が、多数決によって行われます。しかし、これらの決定に反対する少数株主は、自らの意思に反して、望まない経営状況や権利内容の変更を受け入れざるを得ない状況に置かれる可能性があります。

このような場合に、株式買取請求権は、反対する少数株主に対して、会社から退出する機会(投下資本回収の機会)を提供するものとして機能します。つまり、反対した株主が、変更後の会社の株主の地位に留まらず、保有株式を「公正な価格」で会社に買い取ってもらうことで、投資した資金を回収できるようにする制度なのです。これは、多数決によって権利が侵害される可能性のある少数株主に対する、一種の補償措置ともいえます。

特に、株式が証券取引所に上場されていない非上場会社の場合、株主が保有株式を売却したくても、自由に売買できる市場が存在しません。そのため、自ら買い手を探す必要があり、売却は容易ではありません。このような非上場会社の少数株主にとって、株式買取請求権は、保有株式を現金化するための非常に重要な手段となります。

会社の意思決定は多数決が原則ですが、この株式買取請求権は、その多数決原理が行き過ぎて少数株主の利益が不当に害されることを防ぐための、重要なバランス調整メカニズムとして機能しています。M&Aのような会社の根幹に関わる変更に際して、反対する株主に公正な価格での退出を保障することで、会社運営における公平性を担保しているのです。

株式買取請求権の種類

株式買取請求権は、その発生原因によって、大きく二つの種類に分けられます。

反対株主の株式買取請求権

これは、M&Aに関連して最も重要となるタイプの株式買取請求権です。会社の組織再編(合併、会社分割株式交換株式移転など)、重要な事業譲渡、あるいは株式の内容を根本的に変更するような特定の定款変更など、株主の利益に重大な影響を与える可能性のある会社の行為に対して、正式に「反対」した株主に認められる権利です。

この権利を行使するためには、原則として、株主総会の前に会社に対して反対する意思を通知し、実際に株主総会でその議案に反対票を投じる、といった特定の法的手続きを踏む必要があります。

単元未満株式の買取請求権

もう一つは、単元未満株式の株主による買取請求権です。単元未満株式とは、証券取引所などで売買される際の最低単位(通常100株など)に満たない株式のことを指します。例えば、1単元が100株の会社で50株だけ保有している場合、その50株が単元未満株式にあたります。

単元未満株式は、市場での売買ができないだけでなく、議決権などの株主としての権利が制限されている場合もあります。そのため、保有していても活用が難しく、換金性も低いという問題があります。そこで会社法は、単元未満株主が、会社に対してその保有する単元未満株式の買い取りを請求できる権利を認めています(会社法192条)。これにより、株主は市場を通さずに、少数の株式を現金化することができます。これはM&A戦略そのものとは直接的な関連性は低いですが、株主対応の実務においては重要な制度です。

これら二つの株式買取請求権は発生原因こそ異なりますが、共通しているのは、株主が通常の市場メカニズムを通じて株式を売却することが困難な状況に対応するための制度であるという点です。一方は会社の組織再編等に反対した結果として、もう一方は保有する株式の性質(単元未満であること)そのものによって、市場での売却が難しい、あるいは不可能な場合に、会社法が株主の投資回収(現金化)と価値保護のために設けた救済策と言えるでしょう。

株式買取請求権が使えるケース

特にM&Aに関連性の高い「反対株主の株式買取請求権」が、具体的にどのような会社の行為によって発生するのか、会社法の規定に基づいて解説します。

会社の形が変わるとき:組織再編

会社の組織構造が根本的に変わるような組織再編行為が行われる場合、それに反対する株主は株式買取請求権を行使できます。

具体的には、以下のようなケースが該当します。

  • 合併:吸収合併(他の会社を吸収する)および新設合併(新しい会社を設立して統合する)
  • 会社分割:吸収分割(事業を既存の他社に承継させる)および新設分割(事業を新設会社に承継させる)
  • 株式交換:ある会社が他の会社の全株式を取得し完全親子会社関係を作る
  • 株式移転:一つまたは複数の会社がその全株式を新設会社に移転し、完全親子会社関係を作る

これらの行為は、会社の株主構成や事業内容、財産状況に大きな変化をもたらすため、反対する株主には、会社法785条(吸収合併・吸収分割・株式交換)、797条(吸収合併・吸収分割・株式交換)、806条(新設合併・新設分割・株式移転)などに基づいて株式買取請求権が認められています。

会社の事業内容が大きく変わるとき:事業譲渡等

会社の事業の根幹に関わるような事業譲渡等が行われる場合も、株式買取請求権が発生する可能性があります。会社法469条は、以下のような場合に株主総会の特別決議が必要とされており、これらに反対する株主は株式買取請求権を行使できます。

  • 事業の全部の譲渡
  • 事業の「重要な一部」の譲渡
  • 他の会社の事業の全部の譲受け
  • 一定規模以上の子会社の株式または持分の全部または一部の譲渡であって、これにより当該子会社の経営支配を失うこととなる場合など(特に持株会社が主要な子会社を売却するケースで重要です)

ポイントは、あくまで「重要」な事業や子会社の譲渡等が対象であり、日常的な資産の売買などは通常、株式買取請求権の対象とはなりません。

株式のルールが変わるとき:定款変更

会社の根本規則である定款の変更によって、株式に関する重要なルールが変わる場合にも、株式買取請求権が発生することがあります。特に重要なのは、以下のケースです。

  • 全株式への譲渡制限の設定
    これまで自由に譲渡できた株式について、定款を変更して、その譲渡に会社の承認が必要となる「譲渡制限株式」とする場合(会社法116条1項1号)。これは株主にとって株式の流動性を著しく低下させる変更であるため、反対株主に買取請求権が認められます。
  • 特定の種類株式への譲渡制限の設定
    複数の種類の株式を発行している会社が、特定の種類の株式についてのみ譲渡制限を設ける定款変更を行う場合(会社法116条1項2号)。

その他のケース

上記以外にも、以下のような場合に株式買取請求権が認められることがあります。

  • 株式併合
    複数の株式を統合してより少数の株式にする行為。特に、併合の結果、1株に満たない端数(はすう)が生じる場合(例えば、10株を1株に併合する際に、5株しか持っていない株主は0.5株となり、株主としての地位を失う可能性がある)。これは、少数株主を強制的に排除する「スクイーズアウト」の手法として用いられることもあり、反対株主保護のために買取請求権が認められています(会社法182条の4)。
  • 全部取得条項付株式への変更
    定款を変更して、発行済みの全ての株式または特定の種類株式について、会社が株主総会の決議によって強制的に取得できる権利(全部取得条項)を付す場合(会社法116条1項2号)。これも株主の意思に関わらず株式が取得される可能性があるため、反対株主に買取請求権が与えられます。
  • 種類株主に損害を及ぼす行為
    特定の種類株主に不利益を与える可能性のある一定の行為について、本来必要とされる種類株主総会の決議を定款の定めによって不要としている場合に、当該種類株主には買取請求権が認められることがあります(会社法116条1項3号)。

これらの株式買取請求権が発生するケースに共通しているのは、いずれも会社の組織、事業、あるいは株主の権利や投資の性質そのものに関わる「根本的な変更」であるという点です。

株式買取請求権が使えないケース

株式買取請求権が認められないケースや、権利行使が失敗に終わる主な原因について解説します。権利があると思っていても、手続きの不備や法律上の例外規定によって行使できないことがあるため、注意が必要です。

手続き上の不備

株式買取請求権の行使は、法律で定められた手続きを厳格に守る必要があります。手続き上のミスは、権利失効に直結する最も一般的な原因の一つです。

  • 事前の反対通知の欠落
    株主総会で議決権を行使できる株主は、原則として、総会開催前に会社に対して書面等で「議案に反対する旨」を通知(事前通知)しなければなりません。これを怠ると、たとえ総会で反対票を投じても、買取請求権は認められません。議決権行使書や委任状に反対の意思を記載して送付する方法もありますが、それだけでは不十分とされるリスクも指摘されており、別途、内容証明郵便などで明確に反対通知を送付しておくことがより安全な方法です。
  • 株主総会での反対票の不投下
    事前通知を行った上で、実際に株主総会において対象議案に反対票を投じることが必要です(議決権を有し、総会が開催される場合)。単に総会を欠席したり、棄権したりしただけでは、反対の意思表示とはみなされず、買取請求権は発生しません。会社法上は、事前通知と総会での反対という「2回の反対」が必要と解釈されています。
  • 買取請求通知書の提出期限徒過
    株主総会での反対後、正式に株式の買い取りを請求する「株式買取請求通知書」を会社に提出する必要がありますが、この提出には厳格な期限があります。通常、組織再編等の「効力発生日の20日前から効力発生日の前日まで」と定められており、この期間を過ぎてしまうと権利を行使できません。特に株主総会決議と同時に効力が発生するようなケースでは、総会終了後すぐに提出する必要があり、時間的余裕がない場合もあるため注意が必要です。
  • 価格決定申立期間の徒過
    会社との間で買取価格の協議がまとまらなかった場合、裁判所に価格決定の申立てを行うことができますが、これにも期限があります。通常、効力発生日から30日間の協議期間が経過した後、さらに30日以内に申立てを行う必要があります。この申立期間を過ぎてしまうと、裁判所に価格を決めてもらう機会を失い、会社提示額を受け入れざるを得なくなる可能性があります。

法律で定められた例外

会社法では、特定の状況下で株式買取請求権の適用が除外されるケースが定められています。

  • 簡易組織再編・簡易事業譲渡
    合併や事業譲渡等の規模が、存続会社や譲受会社にとって比較的小さい場合(例えば、支払う対価が純資産額の5分の1以下など)、その会社の株主への影響は軽微であるとして、株式買取請求権は認められません。
  • 略式組織再編・略式事業譲渡
    特別支配会社(通常、議決権の90%以上を保有する親会社)がその子会社を吸収合併する場合などに、親会社の株主には株式買取請求権は認められません。また、親会社自身が子会社に対してこの権利を行使することもできません。
  • 事業全部譲渡と同時解散
    会社が事業の全部を譲渡し、それと同時に解散を決議した場合、株主は株式買取請求権を行使できません。会社自体が清算手続きに入るため、個別の株式買い取りを認める実益が低いと考えられるためです。
  • 総株主の同意を要する組織再編
    組織再編等の行為について、総株主の同意が必要な場合には、反対株主が存在しないため、株式買取請求権の問題は生じません。
  • 特定の対価の場合
    吸収合併等において、消滅会社の株主に対して交付される対価が、株式会社の株式ではなく、持分会社の持分などである場合には、株式買取請求権が認められないことがあります。

権利行使の主体・対象とならない場合

  • 行為承認後の株式取得者
    組織再編等の行為が承認された後に株式を取得した株主については、その行為を了知して株主になったと考えられるため、原則として株式買取請求権は認められないと解されています。
  • 株主名簿への未記載
    株式を取得していても、株主名簿への名義書換を怠るなどして、基準日や株主総会時点で株主名簿上の株主として記載・記録されていない場合、権利を行使できない可能性があります。

株式買取請求権を使うための条件

株式買取請求権(反対株主のもの)を行使するための主な要件をまとめると、以下のようになります。

株主であること

権利行使の前提として、当該会社の株主でなければなりません。株主名簿に適切に記載・記録されている必要があります。議決権のない株式(議決権制限株式)の株主であっても、買取請求権を行使することは可能です。

事前の反対通知

原則として、株主総会の前に、会社に対して対象となる議案に反対する旨を通知する必要があります。

株主総会での反対

議決権があり、株主総会が開催される場合には、実際にその議案に対して反対票を投じなければなりません。これが「2回目の反対」にあたります。ただし、株主総会が開催されない場合や、当該株主が議決権を行使できない場合は、反対票の投下は不要です。

  • 正式な買取請求
    上記の要件を満たした上で、会社に対して正式に株式の買い取りを請求する通知(株式買取請求通知書)を提出します。この通知には、買い取りを請求する株式の種類と数を明記する必要があります。
  • 行使期間の遵守
    この正式な買取請求は、定められた期間内に行う必要があります。通常は、組織再編等の効力発生日の「20日前から効力発生日の前日まで」です。
  • 株券の提出
    会社が株券発行会社であり、株主が株券を保有している場合には、原則としてその株券を会社に提出する必要があります。株券不発行会社や、株券が電子化されている場合は手続きが異なります。

株式買取請求権の手続き

株式買取請求権の行使から価格決定までの一般的な流れは、以下のようになります。手続きが複雑で期限も厳格なため、注意が必要です。

  1. 会社による通知・公告
    会社は、株式買取請求権の対象となる行為(組織再編など)を行う場合、その効力発生日の20日前までに、株主に対してその旨と買取請求権に関する事項を通知または公告します。株主総会の招集通知にこれらの情報が含まれることもあります。
  2. 株主による事前の反対通知
    権利行使を予定する株主は、株主総会に先立って、会社に対し議案に反対する旨を通知します(上記要件参照)。
  3. 株主総会での反対票投下
    株主は、株主総会に出席(または委任状を行使)し、対象議案に反対票を投じます(上記要件参照)。
  4. 株主による株式買取請求権の行使
    株主は、効力発生日の20日前から前日までの期間内に、会社に対して正式な株式買取請求通知書を提出します。株主総会で反対票を投じた後、速やかに行うのが一般的です。
  5. 株券の提出
    株券発行会社の場合、株主は保有する株券を会社に提出します。
  6. 買取価格の協議
    効力発生日以降、株主と会社との間で株式の「公正な価格」について協議を行います。この協議期間は、効力発生日から30日間と定められています。
  7. 協議成立・代金支払い
    協議が成立した場合、会社は効力発生日から60日以内に合意した価格を支払わなければなりません。
  8. 裁判所への価格決定申立て
    効力発生日から30日以内に協議が成立しない場合、株主または会社は、その後の30日間(効力発生日から起算して31日目から60日目まで)に、裁判所に対して価格決定の申立てを行うことができます。
  9. 裁判所の決定・代金支払い
    裁判所が「公正な価格」を決定し、その価格に基づいて代金が支払われます。

株式買取請求権の手続きと期限の概要

段階内容主体期限・時期関連条文例
1. 会社からの通知/公告組織再編等の実施と買取請求権の通知会社効力発生日の20日前まで116条3項, 469条3項, 785条3項など
2. 株主の事前反対通知議案への反対意思を事前に通知株主株主総会前116条2項1号, 469条2項1号など
3. 株主総会での反対投票議案に反対票を投じる株主株主総会時同上
4. 株式買取請求権の行使株式買取請求通知書を提出株主効力発生日の20日前~前日116条4項, 469条4項, 785条4項など
5. 株券の提出 (該当する場合)株券を会社に提出株主買取請求後、会社の指示に従う117条6項 (効力発生日), 133条適用除外
6. 買取価格の協議「公正な価格」について話し合う株主・会社効力発生日~30日以内117条1項, 470条1項, 786条1項など
7. 協議成立・支払い合意価格を支払う会社効力発生日~60日以内同上
8. 価格決定の申立て裁判所に価格決定を申し立てる株主または会社効力発生日後31日~60日以内(協議不成立の場合)117条2項, 470条2項, 786条2項など
9. 裁判所の決定・支払い裁判所が決定した価格に基づき支払い会社裁判所の決定後

株式買取請求権に必要な書類

株式買取請求権の行使に関連して、主に以下のような書類が必要となります。

事前通知書

会社に対して議案への反対を事前に通知するための書類。法律上、特定の書式は定められていませんが、後日の証拠となるよう、内容証明郵便などを利用して書面で通知するのが実務上安全です。

株式買取請求通知書

会社に対して正式に株式の買い取りを請求するための書類。権利行使の意思、請求する株式の種類と数を明確に記載する必要があります。これも書面での提出が一般的です。

株券

株券発行会社の場合、保有する株券そのもの。

価格決定申立書

会社との価格協議が不調に終わり、裁判所に価格決定を求める場合に提出する書類。申立人(株主または会社)、相手方、対象株式、価格決定を求める旨、協議が不調に終わった経緯などを記載します。裁判所への申立てには、所定の収入印紙の貼付が必要です。

価格交渉・裁判用資料

価格の「公正さ」を主張するための根拠資料。会社の財務諸表、事業計画、専門家による株価算定書(鑑定書)、類似取引事例などが考えられます。

株式の買取価格を決めるプロセス

株式買取請求権における最大の争点となりやすい「株式の買取価格」がどのように決まるのか、そのプロセスと基準について解説します。

まずは話し合いから:会社と株主の協議

株式買取請求権が行使された場合、会社法はまず、株主と会社との間で株式の価格について協議を行うことを定めています。この協議期間は、通常、組織再編などの効力が発生した日から30日間です。

この協議で双方が価格に合意できれば(協議が調えば)、その価格が買取価格となります。会社は、合意した価格を効力発生日から60日以内に株主に支払う義務を負います。

しかし、実際には、会社側はできるだけ安く買い取りたい、株主側はできるだけ高く売りたい、という利害の対立があるため、協議で円満に価格が決まるケースは多くありません。

話し合いで決まらない場合:裁判所による価格決定

効力発生日から30日以内に価格協議がまとまらない場合、株主または会社のいずれか一方が、裁判所に対して「価格決定の申立て」を行うことができます。

ここで極めて重要なのは、この申立てには厳格な期限があることです。申立ては、協議期間(効力発生日から30日間)が満了した日の翌日から、さらに30日以内に行わなければなりません(つまり、効力発生日から起算して31日目から60日目までの間)。この申立期間を徒過してしまうと、原則として裁判所に価格を決めてもらう権利を失い、株主は会社が提示する価格(場合によっては不当に低い価格)を受け入れざるを得なくなるリスクがあります。

裁判所での手続きは「非訟事件」として扱われます。これは、通常の訴訟とは異なり、裁判所がより広い裁量をもって、提出された証拠や鑑定人の意見などを考慮し、「公正な価格」を決定する手続きです。裁判所は、価格算定のために専門家(鑑定人)を選任することが多く、その鑑定費用は高額になることもあります。裁判所は、申立ての対象となった会社の資産状態や、その組織再編等が行われた背景など、「その他一切の事情」を考慮して価格を決定します。

株式の買取価格の評価基準

では、裁判所などが判断する「公正な価格」とは、具体的にどのように考え、算定されるのでしょうか。会社法自体には「公正な価格」としか書かれておらず、その解釈は事案の状況によって異なります。

「ナカリセバ価格」という考え方

株式に譲渡制限を設ける定款変更など、その行為自体が当然に企業価値を高めるものではない場合、「公正な価格」は、原則として「その行為がなかったならば(無かりせば)、その株式が有していたであろう価格」と考えられます。これは旧商法時代の考え方を引き継ぐものです。

「シナジー効果」の反映

一方、合併などの組織再編行為によって、企業価値の向上が期待される場合(シナジー効果)、その増加する価値の一部を反映した価格が「公正な価格」とされることがあります。ただし、シナジー効果の有無や程度、それを価格に反映させるべきか否かは、裁判所が個別に判断します。

非上場株式の評価方法

市場価格のない非上場株式の評価は特に難しく、裁判所は様々な評価方法を単独で、または組み合わせて用います。主な評価方法には以下のようなものがあります。

非上場株式の主な評価方法比較

評価方法アプローチ分類算定基礎メリットデメリット主な利用場面
純資産価額方式コストアプローチ貸借対照表の純資産(簿価または時価)客観性が高く、理解しやすい。静的な財産価値を示す。将来の収益力を反映しない。清算価値に近い場合も。会社の清算価値評価、収益性の低い会社、他の評価方法の補完・下支え。
DCF法インカムアプローチ将来予測されるフリー・キャッシュ・フローの現在価値理論的に最も優れているとされる。将来の成長性を反映。将来予測の主観性・恣意性が入りやすい。非上場会社での適用困難性。M&A、成長企業の評価、継続企業価値の評価。裁判例でも採用多数。
収益還元方式インカムアプローチ将来予測される利益の現在価値DCF法の簡便法。利益に着目。キャッシュ・フローや資産価値を直接反映しない。中小企業の評価、DCF法の適用が難しい場合。
類似業種比準方式マーケットアプローチ類似上場企業の株価・財務指標との比較市場の評価を反映。客観性がある程度担保される(税務評価で多用)。適切な類似企業が見つからない場合がある。非支配権や流動性の差異調整が必要。税務上の評価、市場相場観の参考。
配当還元方式インカムアプローチ将来予測される配当金の現在価値配当重視の少数株主の視点に近い。計算が比較的容易。配当がない・少ない場合は過小評価に。会社全体の価値を反映しにくい。少数株主の評価(特に税務上の特例評価)、配当性向が安定している場合。一般的に低い株価になりやすい。

ディスカウント適用の議論

算定された株価から、さらに減価(ディスカウント)を行うべきかどうかも、大きな争点です。

  • マイノリティ・ディスカウント(非支配株主ディスカウント)
    少数株主持分は会社経営への支配権がないため価値が低い、という考え方。しかし、株式買取請求権の場面では、株主は自らの意思ではなく、会社の決定によって退出を余儀なくされるため、このディスカウントを適用すべきではない、とする裁判例が多く見られます。
  • 非流動性ディスカウント(市場性欠如ディスカウント)
    非上場株式は市場で自由に売買できず換金性が低いため、その分価値を割り引くべき、という考え方。これについても、反対株主の買取請求の場面では否定的な裁判例が多くありました。しかし、令和5年(2023年)の最高裁判所決定は、譲渡制限株式の譲渡承認が得られなかった場合の株式売買価格決定(会社法144条)の事案において、DCF法で算定された価格から非流動性ディスカウント(30%)を適用することを認めました。この最高裁決定は、譲渡承認請求の場面(株主が自ら譲渡を希望)と、組織再編等に反対する株主の買取請求(会社側の都合で退出を迫られる)とでは、権利の趣旨が異なると示唆しており、株式買取請求権が発生した原因によって、非流動性ディスカウントの適用の可否が異なる可能性があることを示唆しています。これは実務上、非常に重要な判断であり、今後の動向が注目されます。

株式買取請求における価格決定のポイント

論点原則的な考え方主な考慮事項・近時の動向関連判例・条文例
公正な価格の基準時株式買取請求がなされた日、または組織再編等の効力発生日などが考えられるが、争いあり。最高裁はシナジー効果がない吸収合併等では「株式買取請求がなされた日」を基準とする傾向。最決平23.4.19, 最決平24.2.29
シナジー効果の反映組織再編等により企業価値が増加する場合、その効果を価格に反映させることが原則。シナジーの有無・程度は裁判所が判断。増加しない場合はナカリセバ価格。最決平23.4.19, 最決平24.2.29, 会社法785条1項など
マイノリティ・ディスカウント適用しないのが近時の裁判例の傾向。反対株主は自発的な売却ではなく、補償措置としての性格が考慮される。東京地決平19.1.19, 東京地決平21.1.15
非流動性ディスカウント組織再編等の反対株主買取請求では否定的な裁判例が多い。令和5年最高裁決定は、譲渡制限株式の譲渡不承認に伴う買取価格決定(会社法144条)では適用を肯定。権利発生の趣旨による区別が重要に。最決平27.3.26, 最決令5.5.24

このように、「公正な価格」の決定は、単一の計算式で決まるものではなく、事案の背景、採用する評価方法、そして最新の裁判例の動向などを踏まえた、法務・財務両面からの複雑な検討を要するプロセスです。特にディスカウントの扱いは、買取請求権が発生した具体的な条文(組織再編への反対か、譲渡承認拒否かなど)によって判断が異なる可能性が出てきた点は、実務上、特に注意が必要です。

株式買取請求権の注意点とリスク

株式買取請求権の行使を検討する際に、事前に理解しておくべき注意点や潜在的なリスクについて解説します。

権利行使がもたらす影響

株式買取請求権を行使するということは、本質的に会社の方針に対して「反対」の意思を明確に示す行為です。そのため、特に非公開会社や同族経営の会社など、株主と経営陣との関係が密接な場合には、権利行使が人間関係や将来の取引関係に悪影響を及ぼす可能性があります。権利行使によって一時的な金銭回収ができたとしても、長期的な関係性の悪化というデメリットが生じる可能性も考慮に入れる必要があります。まずは交渉による円満な解決を試みることも一考に値します。

価格に関するリスク

買取価格は株主にとって最も重要な関心事ですが、ここにはいくつかのリスクが伴います。

  • 価格の不確実性
    会社との協議はもちろん、裁判所に価格決定を委ねたとしても、最終的に決定される価格が、株主が期待していた金額よりも低くなる可能性があります。特に非上場株式の評価は、用いる評価方法や将来予測、比較対象の選定、ディスカウントの適用など、主観的な判断要素が多く含まれるため、算定結果には幅が出やすいのが実情です。
  • コストと時間
    株式買取請求権の行使、特に価格協議が不調に終わり裁判手続きに移行した場合、相当の時間と費用がかかる可能性があります。弁護士費用や、場合によっては高額な株価算定費用、裁判所に納める印紙代などの実費が発生します。期待する買取価格と、これらのコストを比較検討する必要があります。
  • ディスカウントのリスク
    前述の通り、特に令和5年の最高裁判決以降、譲渡承認請求に関連するケースなどでは非流動性ディスカウントが適用される可能性が明確になりました。これにより、算定された企業価値から大幅に減額された価格が最終的な買取価格となるリスクがあります。

株式買取請求権を理解し、大事な株を守ろう

この記事では、「株式買取請求権」について、その基本的な概念から、権利を行使できる具体的なケース、手続きの流れ、価格決定の方法、そして注意点やリスクに至るまで、幅広く解説してきました。

近年、経済産業省のデータ(※出典:経済産業省「2024年版中小企業白書」など)によれば、事業承継などを背景に中小企業を含むM&A件数は増加傾向にあり、株式買取請求権に関する知識の重要性はますます高まっています。

株式買取請求権は、株主にとっては自身の権利を守るための強力な武器となり得ますが、会社にとってはM&A等の円滑な遂行を妨げる要因ともなり得ます。この権利が関係する状況に直面した際には、本記事で解説した内容を参考にしつつ、手続きの初期段階から弁護士や公認会計士などの専門家に相談し、適切な対応をとりましょう。


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