• 作成日 : 2025年9月9日

M&Aにおけるのれんとは?会計基準や税務処理を解説

M&Aにおける「のれん」は、買収価格と被買収企業の純資産額との差額として発生する重要な会計項目です。この記事では、のれんの基本概念から会計処理、税務処理まで、M&A関係者が知っておくべき知識を解説します。

のれんとは?

M&Aにおける「のれん」について、その定義と経済的意味を明確に理解しましょう。

のれんの定義

のれんとは、企業買収において支払った対価が、取得した資産の公正価値から引き受けた負債の公正価値を差し引いた純額を上回る部分を指します。簡単に表現すると、「買収価格 – 純資産の公正価値 = のれん」という計算式で求められます。

この差額が生じる理由は、被買収企業が帳簿上に記載されていない無形の価値を保有しているためです。具体的には、優秀な人材、確立された顧客基盤、独自の技術やノウハウ、ブランド力、市場での競争優位性などが挙げられます。

のれんが示す企業価値

のれんは、財務諸表には表れない企業の「見えない資産」を数値化したものといえます。例えば、老舗企業の長年培ってきた信頼関係や、IT企業の革新的な技術力、小売業の立地優位性などは、すべてのれんとして評価される要素です。

買収企業がプレミアムを支払ってでも獲得したい価値がのれんに反映されるため、のれんの金額は買収企業の戦略的判断の妥当性を示す指標ともなります。

M&Aにおけるのれんの計算方法

のれんの算定プロセスを段階的に理解し、実務での適用方法を把握しましょう。

基本的な計算ステップ

のれんの計算は以下の手順で行われます。

まず、買収対価の確定を行います。現金による支払いだけでなく、株式交換の場合は取得日における株式の公正価値を算定します。条件付対価がある場合は、その見積額も含めて総買収対価を算出します。

次に、被買収企業の識別可能資産と負債を公正価値で評価します。有形固定資産は鑑定評価を実施し、無形資産については商標権や特許権など個別に識別可能なものを洗い出します。負債についても偶発債務を含めて公正価値評価を行います。

最後に、買収対価から識別可能純資産の公正価値を差し引いた残額がのれんとなります。

公正価値評価のポイント

被買収企業の資産・負債の公正価値評価において、簿価と公正価値に大きな差額が生じるケースが少なくありません。特に不動産は時価が簿価を大きく上回る場合があり、逆に陳腐化した設備は簿価を下回ることもあります。

無形資産の識別においては、顧客リスト、商標権、特許権、ソフトウェアなど、個別に価値評価が可能な項目を漏れなく計上することが重要です。これらの適切な識別により、のれんの金額がより正確に算定されます。

日本会計基準と国際会計基準の違い

のれんの会計処理について、適用する会計基準によって取り扱いが大きく異なる点を理解しておきましょう。

償却に関する根本的相違

日本会計基準では、のれんは20年以内の合理的な期間にわたって定額法により規則的に償却することが求められています。一方、国際会計基準IFRS)では、のれんの償却は行わず、年1回以上の減損テストを実施する非償却・減損アプローチを採用しています。

この違いは、のれんの性質に対する考え方の相違に基づいています。日本基準はのれんを期間の経過とともに価値が減少する資産と捉えているのに対し、国際会計基準はのれんの価値は減少しないが、価値が著しく低下した場合にのみ減損処理を行うべきとの立場を取っています。

財務への影響

償却の有無は企業の財務指標に大きな影響を与えます。日本基準を適用する企業では、のれん償却により毎年一定額の費用が計上され、営業利益当期純利益が減少します。一方、IFRS適用企業では、減損が発生しない限り利益への影響はありません。

この結果、同じM&A取引であっても、適用する会計基準によって財務諸表の見た目が大きく変わることになります。投資家や分析者は、この違いを理解した上で企業評価を行う必要があります。

日本会計基準におけるのれん会計処理

日本の会計実務におけるのれんの具体的な処理方法を詳しく確認しましょう。

償却期間の決定

のれんの償却期間は、投資効果の及ぶ期間を勘案して合理的に決定する必要があります。実務上は、事業計画の期間、買収効果が期待される期間、業界の特性などを総合的に考慮して決定されます。

多くの企業では、保守的な観点から5年または10年の償却期間を設定するケースが見られます。ただし、IT関連事業のように技術革新が激しい分野では、より短期間での償却を選択する企業もあります。

減損処理の要否判定

のれんについても、他の固定資産と同様に減損の兆候が認められる場合は減損の認識の要否を判定する必要があります。具体的には、被買収事業の業績悪化、市場環境の著しい変化、競合他社の台頭などが減損の兆候として挙げられます。

減損テストでは、のれんを含む資産グループの帳簿価額と割引前将来キャッシュ・フローを比較し、割引前将来キャッシュ・フローが帳簿価額を下回る場合に減損損失を認識します。割引前将来キャッシュ・フローを基に計算した回収可能価額が帳簿価額を下回る部分について、減損損失を計上します。

表示方法

のれんは貸借対照表の「無形固定資産」の部に計上され、毎期の償却累計額および減損損失累計額を控除した未償却残高で表示されます。損益計算書では、のれん償却額は「販売費及び一般管理費」に含めて表示するのが一般的です。

国際会計基準におけるのれん会計処理

IFRS適用企業におけるのれんの会計処理の特徴と実務上の留意点を解説します。

減損テストの実施方法

IFRSでは、のれんを含む資金生成単位について年1回以上の減損テストを実施することが求められています。減損テストは、帳簿価額と回収可能価額の比較により行われ、回収可能価額は使用価値と売却費用控除後の公正価値のいずれか高い方となります。

使用価値の算定においては、将来キャッシュ・フローの現在価値計算が中心となるため、事業計画の精度や割引率の設定が減損判定の結果に大きく影響します。

のれんの配分

買収により取得したのれんは、買収によるシナジー効果を享受すると期待される資金生成単位または資金生成単位グループに配分する必要があります。この配分は買収後速やかに行う必要があり、後の減損テストの基礎となります。

配分の方法は、相対的な公正価値に基づく方法が一般的ですが、シナジー効果の及ぶ範囲を慎重に検討することが重要です。

減損損失の処理

減損損失が認識された場合、まずのれんに配分し、のれんの帳簿価額を超過する部分については、当該資金生成単位のその他の資産に比例配分します。重要な点は、のれんの減損損失は後の期間において戻し入れることができないことです。

M&Aにおけるのれんの税務処理

のれんの税務上の取り扱いについて説明します。

税務上ののれんとは

法人が非適格組織再編等により交付した金銭等の価額が移転資産負債の時価純資産価額を超えるとき、その超える部分の金額を「資産調整勘定」として認識します。これがいわゆる「税務上ののれん」と言われています。

税務上ののれんは株式譲渡の手法が用いられるM&Aでは認識されず、事業譲渡や非適格分社型分割などで認識されます。

会計上ののれんとは全く別の概念となります。

税務上ののれんの償却

税務上ののれんは5年間(60ヶ月)で均等償却することが認められていますので、税務メリットを比較的早期に享受できる仕組みとなっています。

のれんの理解に役立つM&A事例

実際のM&A事例を通じて、のれんの計上と処理について具体的に確認しましょう。

【成功事例】のれんを成長の糧としたM&A

のれん償却という負担をこなし、それを上回るシナジー効果を生み出した成功事例です。

事例1:JT(日本たばこ産業)による英ガラハー買収(2007年)

国内市場の縮小を見据え、グローバル展開を加速させるために行われた大型買収です。

  • 買収企業:JT(日本たばこ産業)
  • 被買収企業:Gallaher Group Plc(英ガラハー)
  • 買収価額:約2兆1,800億円
  • 発生したのれん:約1兆7,200億円

JTはこの買収により、ロシアや欧州で高いシェアを持つガラハーの強力な販売網とブランド(例:「ウィンストン」「キャメル」など)を獲得しました。当時のJTの純資産に匹敵するほどの巨額なのれんであり、その償却は大きな負担となりましたが、買収によって得られた収益はそれを上回るものでした。

このM&Aは、JTが世界第3位のたばこメーカーへと躍進する原動力となり、のれんという「将来への期待」が現実の利益となって結実した代表的な成功例と言えます。

事例2:ソフトバンクグループによる英Arm(アーム)買収(2016年)

来るべきIoT(モノのインターネット)時代の覇権を握るため、半導体の設計開発を手がけるArm社を傘下に収めました。

  • 買収企業:ソフトバンクグループ
  • 被買収企業:Arm Holdings plc
  • 買収価額:約3兆3,000億円
  • 発生したのれん:約2兆6,500億円

このM&Aでソフトバンクグループが評価したのは、スマートフォン向け半導体設計におけるArm社の圧倒的な技術的優位性と、今後の成長性でした。買収額は当時、日本企業による海外M&Aとして過去最高額であり、巨額ののれんが発生しました。

ソフトバンクグループはIFRSを適用しているため、のれんの定額償却はありません。その後、AI市場の拡大とともにArmの業績は急成長し、2023年に米国ナスダック市場に再上場。その企業価値は買収時を大きく上回り、この買収は「大成功」だったと評価されています。将来の技術を見据えて投資した「のれん」の価値が、見事に開花した事例です。

【減損事例】のれんが経営を揺るがしたM&A

期待したシナジーが生まれず、のれんの価値が大きく下落し、巨額の損失(減損損失)を計上することになった事例です。

事例3:日本郵政による豪トール・ホールディングス買収(2015年)

国際物流事業を成長の柱とするため、オーストラリアの物流大手トール社を買収しました。

  • 買収企業:日本郵政
  • 被買収企業:Toll Holdings Limited
  • 買収価額:約6,100億円
  • 発生したのれん(当初):約4,744億円

しかし、買収後に資源価格の下落によるオーストラリア経済の悪化や、事業統合の遅れなどにより、トール社の業績は計画を大幅に下回りました。その結果、日本郵政は買収からわずか2年後の2017年3月期に、約4,000億円という巨額の減損損失を計上することを発表しました。

これは、買収時に見込んでいた「将来の収益力(のれん)」が、実際には存在しなかったことを意味します。買収前のデューデリジェンス(資産査定)の甘さや、高値掴みを指摘される典型的な失敗例として知られています。

事例4:東芝による米ウェスチングハウス買収(2006年)

原子力事業を中核に据える戦略のもと、米国の原発大手ウェスチングハウス(WH)を買収しました。

  • 買収企業:東芝
  • 被買収企業:Westinghouse Electric Company
  • 買収価額:約6,600億円
  • 発生したのれん(当初):約3,500億円

当初は「夢の技術」と期待された原子力事業でしたが、2011年の福島第一原発事故を境に、世界の原子力市場は安全対策コストの増大などで環境が激変しました。WHの業績は急速に悪化し、東芝は複数回にわたる減損処理を迫られ、2017年3月期には7,000億円を超える巨額の減損損失を計上した。これが引き金となり、WHは経営破綻し、東芝本体も経営危機に陥りました。

外部環境の急激な変化により、かつて価値があると思われた「のれん(技術力や将来性)」が、一転して巨大なリスクと化した事例です。のれんの価値評価の難しさと、事業環境の変化がもたらすリスクを象徴しています。

のれんは「両刃の剣」

これらの事例からわかるように、のれんはM&Aにおける「両刃の剣」です。

  • 成功すれば、企業の成長を加速させる強力なエンジンとなります。
  • 失敗すれば、巨額の損失を生み出し、時には経営そのものを揺るがすリスクとなります。

M&Aのニュースを見る際には、「買収額」だけでなく、どれくらいの「のれん」が発生したのか、そしてその「のれん」がその後どのように推移しているのか(順調に収益に貢献しているか、あるいは減損の兆候はないか)に着目することで、そのM&Aの本質的な成否をより深く理解することができるでしょう。

M&Aにおけるのれん管理の重要性

のれんは単なる会計処理の問題ではなく、M&A戦略の成功を測る重要な指標です。適切なのれんの管理により、買収効果の最大化と株主価値の向上を実現することができます。

のれんの計上から償却・減損まで、各段階における会計処理と税務処理の違いを理解し、適切な判断を行うことが企業の財務責任者には求められています。また、のれんの金額や処理方法は投資家の企業評価に直結するため、透明性の高い開示を心がけることも重要な要素となります。

M&Aが企業成長の重要な手段として位置付けられる現在、のれんに関する知識は財務・経理部門だけでなく、経営陣や事業部門においても必須の知識といえるでしょう。


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