インボイス制度開始後は、適格請求書発行事業者登録を行っていない事業者(以下「免税事業者等」とします)からの仕入取引に関しては仕入税額控除が出来なくなります。
そのため、免税事業者等との仕入取引は単純に考えると消費税負担が10%(軽減税率の場合は8%)増加することとなります。
仕入税額控除が出来なかった10%分は、税務上どのように処理されるのか、それを考慮した場合の実質的な負担増はどの程度となるかを考えてみたいと思います。
なお、文中の意見・例示に関しては筆者の私見であり、個別の事案や事情に対応するものではないこと、ご留意ください。
消費税の経理処理について
消費税の納税義務者である法人に関しては、消費税及び地方消費税の経理処理のうち以下のいずれかを任意で選択することが認められており(「旧消費税経理通達3」)、これはインボイス制度開始以後も変わりありません。
- ・税抜経理方式
- ・税込経理方式
前者は、課税取引の消費税額を「仮払消費税」「仮受消費税」を用いて取引ごとに仕訳計上し、後者は消費税額を売上や仕入に含めて仕訳計上する方法となります。
ここで注意が必要となるのは、税抜経理方式を採用し、インボイス制度開始後に免税事業者等と取引を行った場合です。
「令和3年改正消費税経理通達関係Q&A 問1」では、インボイス制度開始後は、免税事業者等との取引に関して、課税取引であったとしても仕入税額控除の適用を受ける消費税額はないこととなり、法人税法上、「仮払消費税」の額がないこととなる旨(法令 139 の4⑤⑥、法規 28②)の記載があります。
つまり、税抜経理方式を採用している会社では、インボイス制度開始前に「仮払消費税」で処理していた部分について、インボイス制度開始後は、「仮払消費税」の額がないこととなり、その分を費用又は資産の対価として処理する必要があります(以下では、税抜経理方式を採用している会社を前提として記載します)。
免税事業者等との取引の影響
インボイス制度開始後に免税事業者等と仕入取引を行った場合、仕入税額控除が出来なくなり納付消費税額に影響を与えるだけでなく、損益計算書や貸借対照表にも影響を与えることとなります。
ここで例として、課税事業者が免税事業者等から仕入取引を行う場合のインボイス制度開始前後の貸借対照表(未払消費税・未払法人税等のみ記載)、損益計算書及び納付消費税額(簡易的に国税・地方税を合わせて算定)を見てみたいと思います。
なお、法人税等は、法定実効税率(法人税・住民税・事業税の表面税率を使用して計算した実質的な負担税率)を用いて、簡便的に計算することとします(税務上の別表調整項目はなし)。
また、例における会社は、課税売上高5億円以下で、かつ課税売上割合が95%以上のため、仕入に係る消費税額の全額を売上に係る預かり消費税と相殺することができる課税事業者(簡易課税の選択なし)であり、後述する「免税事業者等との取引でも一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置」は考慮しないものと仮定します。

上記例においては、インボイス制度開始前後で同額の取引を行っていたとしても主に①~④の変化が見て取れます。
- ①納付消費税額の増加
- ②税引前利益の減少
- ③法人税等の減少
- ④納付消費税・法人税等の合計額の増加
①に関して、免税事業者等との取引では仕入税額控除が出来なくなる結果、免税事業者等からの仕入取引に関する消費税相当分、インボイス制度開始前後で納付消費税額が増加しています。
②は、インボイス制度開始後、仕入税額控除が出来なくなった消費税相当分を費用の額に含めて損益計算書に計上した影響で、税引前利益が減少しています。
また③については、②で費用が増加し利益が減少した結果、課税所得が減少し、それに伴い法人税等が減少しているものです。
さらに①の納付消費税額の増加を③の納付法人税等の減少で吸収しきれなかった結果、④の納付消費税・法人税等の合計額は、増加する形となっています。
このように、インボイス制度開始により「免税事業者等との仕入取引では仕入税額控除が出来なくなる」といっても、消費税額だけでなく、損益計算書の損益や貸借対照表及び法人税等の金額に影響を与えることとなります。
また、上記例で、仮にインボイス制度開始による免税事業者等との仕入取引による影響額を、納付消費税額の増加額のみとするのではなく、納付消費税額及び納付法人税等の合計の増加額(上記例示インボイス制度開始前と後の④の金額の差額)と定義した場合、以下の通り、その負担増は免税事業者等との仕入取引の10%を下回るとも考えることが出来ます。
業務委託費用=500円
納付消費税額及び納付法人税等の合計額の増加分=235円-200円=35円
業務委託費用に占める影響額の割合=35円÷500円=7%
ただし、免税事業者等との仕入取引が、損金不算入となる可能性のある取引(交際費等)や、仕入税額相当額が資産の取得価額(棚卸資産や固定資産)に算入される取引の場合もあるため、上記例のように単純に影響額を算定できない場合があります。
そのため、免税事業者等との取引の重要性に応じて、その影響額については顧問税理士等に確認いただく方がよいと考えられます。
免税事業者等との取引に関する経過措置について
前項の例では、免税事業者等との取引においては一切仕入税額控除が出来ないという前提のもと、ご説明しました。
しかし実際は、インボイス制度開始後6年間は、免税事業者等との仕入取引であっても、仕入税額相当額の一定割合を仕入税額とみなして控除できる経過措置が設けられています。
経過措置の対象は、「仕入取引をする事業者が適格請求書発行事業者以外の事業者であること」であり、具体的には①消費者 ②免税事業者 ③登録を受けていない課税事業者となっています。
また、経過措置の期間と仕入税額とみなされる割合は以下の通りとなっています。
期間 | 割合 |
---|---|
令和5年10月1日から令和8年9月30日まで | 仕入税額相当額の80% |
令和8年10月1日から令和11年9月30日まで | 仕入税額相当額の50% |
なお、この経過措置の適用を受けるためには、区分記載請求書等保存方式の記載事項に加え「経過措置の適用を受ける課税仕入である旨」を記載した帳簿と請求書等(区分記載請求書等と同様事項が記載された請求書等)の保存が必要となります。
経過措置を適用した場合、仕入税額相当額の80%もしくは50%は仕入税額とみなして控除可能となるため、当然、免税事業者等との仕入取引額の10%がインボイス制度開始による負担増ということにはなりません。
また、経過措置期間においては、前項の例示の各影響額も変化することとなるため、この点ご留意いただければと思います。
最後に
免税事業者等とインボイス制度開始後も取引を継続する場合、仕入取引の10%分が負担増と考えられている方も多いとは思います。
しかし、上記の通り納付消費税額以外も含めて考えるとその影響は様々なところに現れ、その影響の全体を考慮すると単純に負担増が10%とも言い切れません。また、仕入取引の内容(交際費や資産の譲渡等)や経過措置を考慮すると、その影響額及び負担増部分はより複雑になります。
免税事業者等からの仕入取引の影響を詳細に検討しようと思っていらっしゃる方は、影響額の算定が複雑となる可能性も考慮し、インボイス制度開始前のなるべく早い時期に、顧問税理士等の専門家から助言を受ける必要があると考えられます。
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