• 作成日 : 2025年6月5日

M&Aにおける身売りとは?メリットや選ぶべき身売りの方法を解説

近年、日本経済を取り巻く環境が大きく変化する中で、企業の「身売り」という言葉が以前にも増して注目を集めています。この記事では、身売りについて会社を売却する理由、メリット・デメリット、従業員への影響、具体的な手法、そして成功のためのポイントまで解説します。

会社の「身売り」とは?

「会社の身売り」という言葉は、一般的に、会社の事業や営業権などを親族や従業員ではなく、第三者に売却することを指す俗称として用いられています。 「身売り」はM&A(Mergers and Acquisitions、合併・買収)の文脈においては、「会社売却」とほぼ同義と捉えることができます。

ただし、M&Aという言葉は、より広範な意味合いを含んでいます。M&Aには、複数の会社が一つになる合併や、ある会社が他の会社の一部事業を譲り受ける事業譲渡、さらには経営統合を目的とした株式移転など、様々な形態が存在します。一方、「身売り」という言葉は、多くの場合、会社の経営権を手放し、第三者に事業全体を譲渡するという、より直接的な意味合いで使われる傾向があります。 親族内承継は「身売り」には含まれないという点も、両者の違いと言えるかもしれません。

なぜ会社を売却するのか?主な理由と目的

企業が会社を「身売り」する背景には、様々な理由と目的が存在します。ここでは、主な理由と目的について解説いたします。

経営者の高齢化と後継者不足のため

最も一般的な理由の一つが、経営者の高齢化と後継者不足です。 日本においては、多くの中小企業で経営者の高齢化が進んでおり、親族内や社内に後継者を見つけることが難しい状況が増えています。 そのような状況下で、会社を廃業してしまうと、従業員の雇用や取引先との関係が途絶えてしまう可能性があります。 そこで、M&Aによる会社売却を選択することで、事業を存続させ、従業員の雇用を守り、長年培ってきた技術やノウハウを次世代に引き継ぐことが可能になります。

多額の売却益(創業者利益)を得るため

また、創業者が会社を売却することで、多額の売却益(創業者利益)を得ることも大きな目的の一つです。 これは、長年の経営努力が報われる瞬間であり、得られた資金を老後の生活資金や新たな事業の立ち上げに充てることができます。

中小企業の経営者は、会社の借入金に対して個人保証を設定していることが少なくありません。 会社を売却することで、この個人保証や担保から解放されることも、経営者にとって大きなメリットとなります。 経営者としての重責から解放され、精神的な負担が軽減されるとともに、新たな事業への挑戦や、趣味や家族との時間など、より自由な生活を送ることが期待できます。

さらに、会社の状況によっては、不採算部門を売却し、主力事業に経営資源を集中させる(選択と集中)ことで、事業の成長を加速させるという目的も考えられます。

会社を身売りするメリット

会社を「身売り」することで、様々なメリットが得られます。

経営者のメリット

多額の売却資金を得ることで、長年の経営努力が報われ、得られた資金を老後の生活資金や新たな事業の立ち上げに充てることができます。

また、会社の借入金に対して設定している個人保証や担保から解放され、経営者としての重責から解放されます。精神的な負担が軽減されるとともに、新たな事業への挑戦や、趣味や家族との時間など、より自由な生活を送ることが期待できます。

従業員のメリット

会社が「身売り」されることは、従業員にとっても必ずしもネガティブなことばかりではなく、多くのメリットが期待できます。

最も重要なメリットの一つは、雇用の継続と安定です。 後継者不足などを理由に会社が廃業してしまう場合、従業員は職を失うことになりますが、M&Aによって事業が承継されれば、多くの場合、雇用契約はそのまま維持されます。 特に、株式譲渡による「身売り」の場合、会社自体が存続するため、雇用条件が大きく変わることは少ないでしょう。

また、「身売り」先の企業がより規模の大きな企業や、安定した経営基盤を持つ企業である場合、給与や福利厚生などの待遇が改善される可能性も期待できます。 大手企業グループの一員となることで、より充実した福利厚生制度や、研修制度、キャリアアップの機会などが提供されることもあります。

さらに、新しい経営体制や事業展開によって、これまで以上に自身のスキルアップやキャリアアップを目指せるチャンスが広がる可能性もあります。 新しい分野への挑戦や、より責任のあるポジションを任されるなど、自身の成長を促す機会が増える可能性もあります。

事業のメリット

新しい経営体制や、より豊富な資金力を持つ企業のもとで、更なる事業の成長が期待できます。 特に、大手企業の傘下に入ることで、これまで資金面や人材面で制約があった事業においても、新たな投資や優秀な人材の投入が期待でき、事業の拡大や成長のスピードが加速する可能性があります。

また、「身売り」先の企業との間にシナジー効果が期待できる場合、事業の更なる発展や、新たな価値の創造につながる可能性があります。 例えば、互いの顧客基盤や販売チャネルを共有したり、技術やノウハウを融合させたりすることで、単独では成し得なかった事業の拡大や効率化が期待できます。

さらに、大手企業の傘下に入ることで、これまで不安定だった経営基盤が強化され、より安定した事業運営が可能になることも大きなメリットです。

会社を身売りするデメリット

会社を「身売り」することには、多くのメリットがある一方で、いくつかのデメリットや注意点も存在します。ここでは、経営者、従業員、そして事業の観点から、その可能性のあるデメリットについて詳しく見ていきましょう。

経営者のデメリット

経営者にとってのデメリットとしては、まず、売却後に一定期間、会社に留まることを求められる可能性がある点が挙げられます。 これは、ロックアップ条項やキーマン条項と呼ばれるもので、事業の円滑な引き継ぎや安定化を目的として設定されることがあります。早期リタイアを希望する場合や、新たな事業にすぐに着手したい場合には、この期間が制約となる可能性があります。

また、売却契約の内容によっては、一定期間、競合となる事業を行うことが制限される競業避止義務が発生するリスクもあります。 引退を考えている場合は影響がないかもしれませんが、売却後に新たな事業を始めたい場合には、この義務が障壁となることがあります。 特に事業譲渡の場合には、会社法によって一定の地域と期間において同様の事業を行うことが制限されるため注意が必要です。

従業員のデメリット

従業員にとってのデメリットとしては、まず、事業再編や経営方針の変更に伴い、リストラ(人員削減)が行われる可能性が挙げられます。 特に事業譲渡の場合、譲渡先の企業が同じ事業を行っている場合などには、人員が過剰になる可能性があり、雇用条件の見直しや解雇が行われることもあります。

また、給与や待遇、福利厚生などの労働条件が変更される可能性もあります。 譲渡先の企業の給与体系や福利厚生制度が異なる場合、従業員の労働条件が悪化する可能性も否定できません。

さらに、経営者が変わり、企業文化や社風が大きく変わることで、これまで馴染んできた環境に適応できず、不安やストレスを感じる従業員もいるかもしれません。 特に、長く勤めてきた従業員にとっては、変化への抵抗感や将来への不安が生じやすいでしょう。

事業のデメリット

事業にとってのデメリットとしては、まず、異なる企業文化を持つ企業同士が統合することで、企業文化の衝突が生じ、組織運営に支障をきたす可能性があります。 価値観や仕事の進め方の違いから、従業員間の対立や連携不足が生じ、生産性の低下につながることも考えられます。

また、M&Aの過程や統合後に、重要な人材が流出してしまうリスクも無視できません。 特に、事業の継続に不可欠なキーパーソンが退職してしまうと、事業運営に大きな影響が出かねません。

さらに、M&Aの準備段階や実行段階において、情報が漏洩してしまうと、従業員や取引先に不必要な不安を与えたり、株価に影響を与えたりする可能性があります。 最悪の場合、交渉が破談になることもあり得るため、情報管理は徹底する必要があります。

身売りしたらどうなる?従業員への影響と株価

従業員への影響:雇用、給与、待遇、企業文化

会社が「身売り」された場合、従業員にどのような影響があるのかは、M&Aの手法や買収側の企業の状況、そして事前の交渉によって大きく左右されます。

雇用に関しては、株式譲渡による「身売り」の場合、会社自体は存続し、経営者が変わるだけであるため、雇用契約はそのまま引き継がれることが一般的です。 労働条件も原則として維持されることが多いでしょう。一方、事業譲渡の場合は、譲渡する事業に従事する従業員は、一旦譲渡元の会社を退職し、譲渡先の会社と改めて雇用契約を結び直す必要があります。この際、給与や待遇などの労働条件が見直される可能性もあります。

給与や待遇についても、基本的にはM&A前後で大きく変わらないケースが多いですが、買収側の企業の給与体系や福利厚生制度が異なる場合、調整が行われることがあります。買収側の企業の方が規模が大きい場合などには、待遇が改善される可能性も期待できます。

企業文化に関しては、異なる文化を持つ企業同士が統合することで、従業員は新しい環境への適応を求められることになります。これまで培ってきた社風や価値観が大きく変わる可能性もあり、従業員によってはストレスを感じることもあるでしょう。

上場企業における株価への影響

上場企業が「身売り」する場合、その株価には様々な影響が出ることがあります。

まず、買収される側の企業(売り手)の株価は、一般的に上昇する傾向にあります。これは、買収者が通常、TOB(株式公開買付け)と呼ばれる手続きを行い、市場価格よりも高い価格(買収プレミアム)を提示して株式を買い取るためです。また、買収によって、これまで注目されていなかった企業でも、大手企業の傘下に入ることで企業価値が見直され、株価が上昇することもあります。

一方、買収する側の企業(買い手)の株価は、市場の評価によって上下します。 買収によって事業規模の拡大や業績の向上が期待されると、株価が上昇する可能性があります。しかし、買収価格が高すぎると判断されたり、シナジー効果が期待できないと見なされたりすると、株価が下落することもあります。 また、買収資金の調達のために負債が増加する懸念や、大規模な統合によるコスト増なども、株価下落の要因となることがあります。したがって、M&Aが株価に与える影響は、個々の案件の状況や市場の判断によって大きく異なることを理解しておく必要があります。

身売りの主な手法と特徴

会社を「身売り」する際、M&Aには様々な手法が存在し、それぞれの特徴やメリット・デメリットが異なります。ここでは、主な手法とその特徴、そしてどのような状況でどの手法を選ぶべきかの判断ポイントを解説いたします。

株式譲渡

株式譲渡は、売り手企業の株主が、保有する株式を買い手企業に譲渡することで、会社の経営権を移転させる手法です。手続きが比較的簡便であり、事業譲渡などに比べて短期間で完了する点がメリットです。また、売り手側の株主は、株式の売却益を得ることができ、個人の場合は事業譲渡よりも税率が低い傾向にあります。 売り手企業の事業や従業員の雇用、取引先との関係などがそのまま引き継がれるため、事業の継続性を重視する場合に適しています。

一方、買い手側にとっては、売り手企業の持つ資産・負債を包括的に引き継ぐことになるため、簿外負債があればそれも引き継ぐこととなる点がデメリットです。

適した状況: 会社の事業全体をそのまま譲渡したい場合、手続きの簡便さを重視する場合、売り手側が株式の売却益を得たい場合に適しています。

事業譲渡

事業譲渡は、会社が行っている事業の全部または一部を、他の会社に譲渡する手法です。買い手側は、必要な事業のみを選択して譲り受けることができるため、不要な資産や負債を引き継ぐリスクを避けることができます。 売り手側は、会社全体ではなく、一部の事業のみを譲渡したい場合や、不採算部門を切り離したい場合に有効です。

ただし、事業譲渡では、譲渡する資産や契約などを個別に移転する必要があるため、手続きが煩雑になる傾向があります。 また、従業員との雇用契約も個別に再締結する必要があるため、従業員の同意が得られない場合や、人材流出のリスクも考慮する必要があります。 売り手側には、譲渡益に対して法人税が課税される点もデメリットです。

適した状況: 会社の一部事業のみを譲渡したい場合、買い手側が特定の事業のみを求めている場合、不要な資産や負債を承継させたくない場合に適しています。

合併

合併は、複数の会社が1つの会社になるM&A手法です。 吸収合併と新設合併の2種類があり、吸収合併は存続会社が消滅会社の権利義務を引き継ぎ、新設合併は新たに設立した会社に全ての会社の権利義務が引き継がれます。合併のメリットとしては、組織統合によるスケールメリットや、事業シナジーの強化、権利義務の包括的な承継などが挙げられます。

一方、手続きが煩雑であり、債権者保護手続きや株主総会の特別決議が必要となるなど、多くの手間とコストがかかる点がデメリットです。 また、異なる企業文化を持つ会社同士が統合するため、文化の衝突や従業員のモチベーション低下なども起こりやすいと考えられます。

適した状況: 複数の会社が経営統合し、事業規模の拡大やシナジー効果を最大限に発揮したい場合に適しています。

会社分割

会社分割は、会社の一部の事業を、新たに設立する会社(新設分割)または既存の別の会社(吸収分割)に承継させる手法です。特定の事業部門を独立させたい場合や、不採算部門を切り離したい場合に有効です。柔軟な事業再編が可能であり、倒産リスクの分散にもつながります。また、株式を対価とすることが可能なため、資金がなくても実施できる場合があります。

デメリットとしては、不要な資産や簿外債務を引き継ぐリスクがあることや、税務手続きが複雑になることが挙げられます。また、株主総会の特別決議が必要となる場合もあります。

適した状況: 特定の事業を分離・独立させたい場合、複数の事業を効率的に再編したい場合、事業承継を円滑に進めたい場合に適しています。

株式交換

株式交換は、ある会社(完全親会社となる会社)が、別の会社(完全子会社となる会社)の発行済株式の全てを取得し、完全な親子会社関係を成立させる手法です。 買収資金を現金で用意する必要がなく、株式を対価とすることができる点が大きなメリットです。 売り手企業の株主は、買い手企業の株式を取得するため、統合後のシナジー効果による利益を享受できる可能性があります。さらに、株主総会で特別決議が可決されれば、少数株主を排除して会社を100%の完全子会社化することも可能です。

一方、買い手企業が上場企業の場合、株式交換により発行済株式数が増加するため、1株当たりの利益が減少し、株価が下落するリスクがあります。 また、売り手企業の株主が買い手企業の株主となるため、株主構成が変化する点も考慮が必要です。

適した状況: 資金調達を抑えたい場合、経営統合を迅速に進めたい場合、少数株主を排除して完全子会社化したい場合に適しています。

株式移転

株式移転は、既存の会社が、新たに設立する持株会社にその発行済株式の全てを移転させることで、持株会社を親会社とし、既存の会社を完全子会社とする手法です。 株式交換と同様に、買収資金を現金で用意する必要がない点がメリットです。 子会社となる会社は法人格を維持したまま、独立性を保つことができるため、緩やかな経営統合に適しています。組織の内部統合も比較的容易に進めることができます。

デメリットとしては、手続きが煩雑であり、株主総会の特別決議が必要となること、買い手が上場企業の場合には株価が下落するリスクがあることなどが挙げられます。

適した状況: 複数の会社がそれぞれの独立性を維持しつつ、持株会社体制のもとで経営統合を行いたい場合に適しています。

身売り(M&A)の一般的な流れと成功するポイント

会社を「身売り」(M&A)する際の一般的な流れは、大きく分けて準備段階、マッチング・交渉段階、最終契約段階、そしてクロージング後の統合段階に分けられます。段階ごとに注意したい成功のためのポイントを一緒に解説します。

①準備段階

まず、M&Aを行う目的を明確にすることが非常に重要です。なぜ会社を売却したいのか、売却によって何を実現したいのかを明確にすることで、その後のプロセスがスムーズに進みます。次に、M&Aの専門家(M&A仲介会社やFA:フィナンシャルアドバイザーなど)を選定し、アドバイザリー契約を締結します。専門家は、M&Aのプロセス全体をサポートし、適切なアドバイスを提供してくれます。また、過去3期分の決算書など、M&Aに必要な資料を準備します。

②マッチング・交渉段階

準備が整ったら、売却先の候補となる企業を探し(マッチング)、交渉を開始します。専門家のアドバイスを受けながら、候補となる企業をリストアップし、秘密保持契約(NDA)を締結した上で、具体的な交渉に入ります。

売却後は、事業再編や経営方針の変更に伴い、リストラ(人員削減)が行われる可能性、給与や待遇、福利厚生などの労働条件が変更される可能性もあります。売却後の従業員のことを十分に考慮し、交渉することもより良い条件での売却を成功させるポイントとなります。

③最終契約

最終的に合意した内容を盛り込んだ最終契約書(Definitive Agreement – DA)を締結します。株式や事業の譲渡、代金の支払いなどが行われ、取引が完了します。

④社内外への情報開示

また、従業員や取引先、社会に対してM&Aの事実を情報公開します。

このプロセス全体を通して、法務や財務、税務など、様々な専門知識が必要となるため、専門家のサポートを受けながら進めることが一般的です。

会社の身売りにはメリットもデメリットもある!下調べや従業員との話し合いが大切です

「身売り」という言葉は、かつてネガティブな意味合いを持つこともありましたが、現代においてはM&Aにおける「会社売却」とほぼ同義であり、事業承継や企業成長のための重要な戦略的選択肢の一つとして広く認識されています。会社を売却することには、事業承継の実現、創業者利益の獲得、個人保証からの解放など、多くのメリットがある一方で、一定期間の拘束や競業避止義務、従業員への影響といったデメリットや注意点も存在します。

会社売却の手法は、株式譲渡、事業譲渡、合併(吸収合併、新設合併)、会社分割(新設分割、吸収分割)、株式交換、株式移転など多岐にわたり、それぞれの特徴や手続き、メリット・デメリットを理解し、自社の状況や目的に最適な手法を選択することが重要です。

M&Aによる会社売却は、準備段階からクロージング、そして統合後のプロセスまで、多くの段階を経て完了します。各段階において専門的な知識や経験が必要となるため、M&Aを検討する際には、専門家のアドバイスを受けながら慎重に進めることが成功への鍵となります。


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